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東大陸へーー幻狼エステル誕生。シャルロット、オオカミの精霊のママになる
決着
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左王は迷う事なく明帝国の闇森の中を闊歩していた。
幻狼姿のクロウはその後ろに続いた。
「ふぎゃ~!」
山のスズメ達がクロウの頭をからかうように突いた。
クロウは頭をブンブン振りながら憤怒した。
「んも~!」
「クロウ、エステルの気配はするか?」
「うん、もっと真っ直ぐかなぁ……うぎゃっ!」
「うわー!」
突然宙に切れ込みが入り、そこから青年が降ってきた。
ドスンッとクロウの背中に青年は落ちてきた。
「あ!クロウ!?……左王様!」
「イルカル!」
転移魔法で現れたのは第一騎士団のイルカルだった。
だが今彼は生成色の漢服を着ていた。
手には野菜がたくさん盛られたザルを持っている。
「無事だったか?」
「ええ、まあ、なんとか」
「ねえ、エステルは?」
「あっちです、向こうで自警団が野営をしています。エステル様はジョンシア様と一緒にいるはずです」
イルカルに案内されて奥へ進むと無数のテントが張られた平地が見えた。
その中央にある焚き火の前に金色の子狼は居た。
「エステルっ!」
クロウは大きな声で我が子の名を呼んだ。
エステルは耳をぴょこっと動かし、くるりと振り返り、父の姿を見るなり表情を明るくさせ駆けてきた。
「パパ!?……パパっ!」
父に会えて嬉しそうにクロウの身体に擦り寄るエステル。
クロウはエステルの身体を優しく舐めて、幻狼の愛情表現の一種であるグルーミングをした。
2匹の幻狼を左王とイルカルは微笑ましそうに見つめた。
「お前がシャルロットの産んだ子か?」
左王は屈むと、エステルの頭を撫でた。
「ほえ?、だあれ?」
「エステル、ママのお兄さんだよ」
クロウはエステルに左王を紹介した。
「ーーお前がクロウと、オリヴィア小国の大公か?」
テントから出てきたのはジョンシアだ。
「うん!君がジョンシアかい?ユハから話は聞いてるよ~!エステルを保護してくれてありがとうね~」
クロウはぺこりと頭を下げた。
エステルも父の真似をして頭を下げる。
「いや…」
ぞろぞろと自警団の仲間が集まってくる。
その中にはアーサーの姿もあった。
「腹減ってないか?どうせなら飯でも食っていけ。今から作るところだったんだ」
「ああ、そういえば丸一日ほとんど何も食ってなかったな」
左王は腹をさすった。
「えっと……とても左王様に出せるものは作れませんが……」
イルカルが苦笑している。
物資もなかなか入って来ず食糧難が深刻なこの村で、自警団の食料は村人達からの善意で少しばかりの小麦粉や野菜や芋を分けて貰えていた。
自警団は貴重なタンパク質源である川魚やイノシシやムジナを狩って村人達と物々交換をして生活していた。
「では、ーー私が皆に料理を振る舞おう」
「え!?左王様が?」
「うむ」
「私も手伝う♪」
クロウも乗り気だ。
自警団のメンバーは顔を見合わせ、唖然としていた。
こうして左王とクロウのゲリラクッキングが始まった。
鼻歌をうたいながらクロウは魔法で野菜をカットして大きな鍋で煮込み、焚き火で川魚や芋を焼いた。
その横で左王が捏ねた小麦粉とトウモロコシの粉が混ざった生地を手で千切りながら鍋に入れていた。
イルカルは目をキラキラと輝かせ、左王の横顔を見つめていた。
「左王様は本当になんでもできるんですね!マジで尊敬します!」
「大袈裟だ。野営の料理くらい騎士もできるだろう」
「わぁ~、すいとんだ~!美味しそう」
「昔 傭兵をやっていた時に作っていた料理だ」
クロウは尻尾を振ってフンフンフンと美味しそうな匂いを嗅いでいた。
左王が作ったのは野菜や肉やすいとんがゴロゴロ入った食べ応えのあるスープだった。
薄味のスープだったが野菜や肉をよく煮込んでいるので旨味が溶けてて美味しい。
スープを黙って食べているジョンシアの横顔をクロウは見つめ、ニコニコとご機嫌だった。
「うふふ。シナバーからジョンシアのことはよく聞いていたよ。とても優しい皇子様だって」
シナバーという名を聞いて、ジョンシアは驚いていた。
「シナバーは生きているのか!?」
明帝国を去った幻狼シナバー。
あれ以来ジョンシアの前に姿を現わすことはなかった。
「ウン、精霊は死なないもの。今はねえ、岩山で幻狼達のリーダーやってるんだ~。この前会ったよ」
クロウは言った。
ジョンシアはホッとしたような顔で笑った。
「そうか……よかった」
「シナバーは別に皇帝のことも、明帝国のことも恨んでなんかいないよ」
「え?」
「だって、いつも昔話する時は 楽しい思い出話ばかりだったから。小さいジョンシアと、ギョウホウ皇子と3人で一緒に粉まみれになりながらラーミェンを作って、汁そばにして出征から帰って来た皇帝と卓を囲んで食べんだって何百回も話してくれたよ」
自らの手で契約者だった前クライシア王を殺してしまったグレイだって王の命日には墓前に花を手向け、ひっそりと友人の死を悼み泣いていたし。
幻狼はそういう生き物だ。
「ーーそんな時代もあったな」
何も知らない子供の頃は兄であるギョウホウ皇子とも仲が良かった。
どこから狂ってしまったんだろう。
*
「じゃあな、エステル」
ジョンシアは、人間の姿に変化したクロウに抱かれているエステルに向き合っていた。
ジョンシアはエステルの前脚をギュッと握ると、笑う。
エステルの目には涙が滲んでいた。
「ジョンシア……」
ーー別れを惜しむ間もなく手投げ弾が投げ込まれる。
威力はさほどなかったが、爆音が闇森の中に轟いた。
「ーーーー!?」
明帝国の兵士達十数人に囲まれていた。
その中央で、ギョウホウ皇子が仁王立ちしている。
「お前っ……!」
兵士達はギョウホウ皇子に命じられるまま、次々と手投げ弾を投げてくる。
クロウとジョンシアが結界で跳ね返すがきりがない。
「逃げましょう!」
クロウは再び幻狼の姿になって先頭に出ると兵士たちと対峙した。
攻撃魔法を発動しようとした時だーー。
「いいのか?ーーシャルロット姫は我らが捕らえている。我々に攻撃を加えればーーすぐに魔法が発動し、姫を収監している部屋が吹き飛ぶぞ。ほら見ろ、姫の耳飾りだ。これが証拠だ」
突然現れたギョウホウ皇子がほくそ笑んで、シャルロットがよく身につけていた六芒星のイヤリングを取り出した。
「なっ……シャルロット……!?」
怒りでどうにかなりそうだったが、クロウは奥歯を噛み締めて堪えた。
下手に手出しできない。
「そこの黒い幻狼、子幻狼、大人しく我らに付いて来い。さもなければ姫は殺すぞ」
地面に張り付いたように動かないクロウとエステルの元に、兵士たちが数人近付いてくる。
そこにジョンシアは乱入した。
「なんの真似だ!お前ら!」
「ジョンシア。お前こそ幻狼をこのように匿い、どういうつもりなのだ?第2皇子が野蛮な平民共と徒党を組みーー謀反を企てているともっぱらの噂だぞ」
ギョウホウ皇子は歯軋りをしながらジョンシアに憎悪の目を向けた。
その横で、兵士たちは動けないクロウの首に魔道具の縄を括って引っ張った。
「パパぁ~。ジョンシア~」
エステルも複数の兵士に取り囲まれて泣いている。
ジョンシアは兵士を睨んだ。
「いやああ!」
「エステル!」
兵士の1人が乱暴にエステルの片脚を引っ張って思い切り持ち上げた。
クロウは子を守ろうとその兵士に体当たりをし、兵士は地面に倒れ込む。
怒った兵士はクロウの首の縄を思い切り引っ張ると腹を蹴飛ばした。
騎士のイルカルとアーサーは兵士たちを止めに入る。
「あんたら……!!」
「そこから一歩も動くな!姫がどうなってもいいのか!?」
それを言われたら騎士の2人も、自警団の仲間たちも動けない。
幻狼を手荒に扱う兵士達の姿にジョンシアは怒りで震えた。
そんな中、アーサーの瞳が赤く光る。
彼が最も得意とする透視の魔法だ。
「ーーイルカル、見えるか?あの皇子の右後ろだーーあの男が魔道具を持っている。服の裾で隠れているが……あのオレンジの腕輪だーー、あれが宮殿の、恐らく姫様が囚われている建物の爆破装置に繋がっている魔道具だ」
「……了解」
小声で隣のイルカルに話し掛けたアーサー。
イルカルはコクリと首を縦に振った。
エステルは小型の鉄のケージに押し込められた。
「ジョンシア~……」
ジョンシアはぐっと拳を握っていた。
左王は背負っていた大剣を抜き取り、敵陣の前に堂々と立った。
どう猛な野獣のような猛々しいオーラに兵士たちは押される。
左王は恐ろしい目で兵士らを睨んだ。
「動くな!姫がどうなってもいいのか!?」
「我が妹を人質に取るなど良い度胸だな」
左王はギョウホウ皇子の顎を思い切り長い脚で蹴飛ばした。
彼は地面に倒れこむ。
「ぐ……っ、貴様!」
左王はギョウホウ皇子を取り押さえると、ーーこう着状態の自警団たちに向かって叫んだ。
「このような雑魚達相手に何を尻込んでいる!」
山の獣道をかき分けて兵士がぞろぞろと集まって来る。
ジョンシアは自警団へ指示を出したーーそれと同時に自警団は襲ってきた兵士たちを迎え撃つ。
左王に掴まれている腕を振り解こうとするが、人間離れした握力で押さえられておりビクともしない。
ギョウホウ皇子は目の前にいた兵士に声を荒げた。
「グッ……このッ……おいっ……離宮を爆破しろ!」
ただの脅しのつもりだったが……仕方ない。
兵士はすぐさま腕の裾を捲り魔道具を確認するが……腕にはめていたはずの爆破装置のついた腕輪がこつ然と消えていた。
「え?無い!?」
つい数分前まで確かに腕にはめていた。
「な!何をしている!早く……!」
「探しているのはこれか?」
イルカルが兵士から掠めた腕輪を大きく掲げたーー。
「ーーーー!!!」
アーサーの透視の魔法、イルカルの転移魔法で魔道具は回収できた。
クロウはそれを確認すると拘束していた縄をぶち破り、そしてすぐにエステルが入れられたケージを破壊し我が子を救出した。
ーー形勢逆転。
圧倒的に不利な状況に追い込まれたギョウホウ皇子は怒りを露わにしながら、迫ってきたジョンシアに向かって持っていた魔道具の手投げ弾を投じた。
「何故ーーお前はいつもいつも俺の邪魔をするんだっー!」
「ーー!?」
「……ジョンシア!」
エステルは咄嗟にジョンシアを庇うように身を乗り出し、まだ不慣れな結界の魔法を発動した。
ーードカンッ
まるで大きな雷でも落ちたかのような爆音に山は揺さぶられた。
地震のように激しく揺れて木をいくつもなぎ倒し地面が大きく陥没するほどの爆破の衝撃に、多くの兵士が負傷した。
だが、寸でで発動したエステルの魔法によりジョンシア達は無傷だった。
目の前の兵士たちは皆吹き飛ばされたり地面に突っ伏し負傷していた。
エステルはバッタリとその場で倒れてしまった。
「エステルーー!」
元々 弱っていたところに強大な魔法を使ってしまい、すっかり力が尽きてしまった。
ぐったりと地面の上に横たわり、意識は朦朧としている。
すぐにクロウとジョンシアが駆け付けた。
エステルの身体から白くて淡い光が漏れる。
精霊の魂が泡となり消えかかっていた。
「………俺が、エステルと契約しようーーーそうすればエステルの魂は消えずに済むだろ」
ジョンシアはエステルの抜け殻のような身体を抱き上げると立ち上がった。
「良いか?クロウ」
「うん!うん!」
国と国の複雑な制約はあるし、幻狼の世界にも掟はあるし、クロウには何の権限もない。
だが、今はそんなこと考えている猶予はないーーこのままではエステルは消えてしまう。
我が子が助かるならば、今はそれを何より最優先したかった。
ジョンシアは柔らかい草の上にエステルを寝かせると小さな口を開けた。
そして契約の呪文を呟きながら、持っていた小型のナイフで自分の手首を躊躇いもなくざっくりと切った。
ジョンシアの赤黒い血がエステルの口の中に滴る。
……その瞬間、2人を取り囲むように白い光が溢れた。
ジョンシアの生き血をもって契約は無事に締結された。
これから2人は、ジョンシアが死ぬまで魂を分かち合うことになるだろう。
幻狼姿のクロウはその後ろに続いた。
「ふぎゃ~!」
山のスズメ達がクロウの頭をからかうように突いた。
クロウは頭をブンブン振りながら憤怒した。
「んも~!」
「クロウ、エステルの気配はするか?」
「うん、もっと真っ直ぐかなぁ……うぎゃっ!」
「うわー!」
突然宙に切れ込みが入り、そこから青年が降ってきた。
ドスンッとクロウの背中に青年は落ちてきた。
「あ!クロウ!?……左王様!」
「イルカル!」
転移魔法で現れたのは第一騎士団のイルカルだった。
だが今彼は生成色の漢服を着ていた。
手には野菜がたくさん盛られたザルを持っている。
「無事だったか?」
「ええ、まあ、なんとか」
「ねえ、エステルは?」
「あっちです、向こうで自警団が野営をしています。エステル様はジョンシア様と一緒にいるはずです」
イルカルに案内されて奥へ進むと無数のテントが張られた平地が見えた。
その中央にある焚き火の前に金色の子狼は居た。
「エステルっ!」
クロウは大きな声で我が子の名を呼んだ。
エステルは耳をぴょこっと動かし、くるりと振り返り、父の姿を見るなり表情を明るくさせ駆けてきた。
「パパ!?……パパっ!」
父に会えて嬉しそうにクロウの身体に擦り寄るエステル。
クロウはエステルの身体を優しく舐めて、幻狼の愛情表現の一種であるグルーミングをした。
2匹の幻狼を左王とイルカルは微笑ましそうに見つめた。
「お前がシャルロットの産んだ子か?」
左王は屈むと、エステルの頭を撫でた。
「ほえ?、だあれ?」
「エステル、ママのお兄さんだよ」
クロウはエステルに左王を紹介した。
「ーーお前がクロウと、オリヴィア小国の大公か?」
テントから出てきたのはジョンシアだ。
「うん!君がジョンシアかい?ユハから話は聞いてるよ~!エステルを保護してくれてありがとうね~」
クロウはぺこりと頭を下げた。
エステルも父の真似をして頭を下げる。
「いや…」
ぞろぞろと自警団の仲間が集まってくる。
その中にはアーサーの姿もあった。
「腹減ってないか?どうせなら飯でも食っていけ。今から作るところだったんだ」
「ああ、そういえば丸一日ほとんど何も食ってなかったな」
左王は腹をさすった。
「えっと……とても左王様に出せるものは作れませんが……」
イルカルが苦笑している。
物資もなかなか入って来ず食糧難が深刻なこの村で、自警団の食料は村人達からの善意で少しばかりの小麦粉や野菜や芋を分けて貰えていた。
自警団は貴重なタンパク質源である川魚やイノシシやムジナを狩って村人達と物々交換をして生活していた。
「では、ーー私が皆に料理を振る舞おう」
「え!?左王様が?」
「うむ」
「私も手伝う♪」
クロウも乗り気だ。
自警団のメンバーは顔を見合わせ、唖然としていた。
こうして左王とクロウのゲリラクッキングが始まった。
鼻歌をうたいながらクロウは魔法で野菜をカットして大きな鍋で煮込み、焚き火で川魚や芋を焼いた。
その横で左王が捏ねた小麦粉とトウモロコシの粉が混ざった生地を手で千切りながら鍋に入れていた。
イルカルは目をキラキラと輝かせ、左王の横顔を見つめていた。
「左王様は本当になんでもできるんですね!マジで尊敬します!」
「大袈裟だ。野営の料理くらい騎士もできるだろう」
「わぁ~、すいとんだ~!美味しそう」
「昔 傭兵をやっていた時に作っていた料理だ」
クロウは尻尾を振ってフンフンフンと美味しそうな匂いを嗅いでいた。
左王が作ったのは野菜や肉やすいとんがゴロゴロ入った食べ応えのあるスープだった。
薄味のスープだったが野菜や肉をよく煮込んでいるので旨味が溶けてて美味しい。
スープを黙って食べているジョンシアの横顔をクロウは見つめ、ニコニコとご機嫌だった。
「うふふ。シナバーからジョンシアのことはよく聞いていたよ。とても優しい皇子様だって」
シナバーという名を聞いて、ジョンシアは驚いていた。
「シナバーは生きているのか!?」
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あれ以来ジョンシアの前に姿を現わすことはなかった。
「ウン、精霊は死なないもの。今はねえ、岩山で幻狼達のリーダーやってるんだ~。この前会ったよ」
クロウは言った。
ジョンシアはホッとしたような顔で笑った。
「そうか……よかった」
「シナバーは別に皇帝のことも、明帝国のことも恨んでなんかいないよ」
「え?」
「だって、いつも昔話する時は 楽しい思い出話ばかりだったから。小さいジョンシアと、ギョウホウ皇子と3人で一緒に粉まみれになりながらラーミェンを作って、汁そばにして出征から帰って来た皇帝と卓を囲んで食べんだって何百回も話してくれたよ」
自らの手で契約者だった前クライシア王を殺してしまったグレイだって王の命日には墓前に花を手向け、ひっそりと友人の死を悼み泣いていたし。
幻狼はそういう生き物だ。
「ーーそんな時代もあったな」
何も知らない子供の頃は兄であるギョウホウ皇子とも仲が良かった。
どこから狂ってしまったんだろう。
*
「じゃあな、エステル」
ジョンシアは、人間の姿に変化したクロウに抱かれているエステルに向き合っていた。
ジョンシアはエステルの前脚をギュッと握ると、笑う。
エステルの目には涙が滲んでいた。
「ジョンシア……」
ーー別れを惜しむ間もなく手投げ弾が投げ込まれる。
威力はさほどなかったが、爆音が闇森の中に轟いた。
「ーーーー!?」
明帝国の兵士達十数人に囲まれていた。
その中央で、ギョウホウ皇子が仁王立ちしている。
「お前っ……!」
兵士達はギョウホウ皇子に命じられるまま、次々と手投げ弾を投げてくる。
クロウとジョンシアが結界で跳ね返すがきりがない。
「逃げましょう!」
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攻撃魔法を発動しようとした時だーー。
「いいのか?ーーシャルロット姫は我らが捕らえている。我々に攻撃を加えればーーすぐに魔法が発動し、姫を収監している部屋が吹き飛ぶぞ。ほら見ろ、姫の耳飾りだ。これが証拠だ」
突然現れたギョウホウ皇子がほくそ笑んで、シャルロットがよく身につけていた六芒星のイヤリングを取り出した。
「なっ……シャルロット……!?」
怒りでどうにかなりそうだったが、クロウは奥歯を噛み締めて堪えた。
下手に手出しできない。
「そこの黒い幻狼、子幻狼、大人しく我らに付いて来い。さもなければ姫は殺すぞ」
地面に張り付いたように動かないクロウとエステルの元に、兵士たちが数人近付いてくる。
そこにジョンシアは乱入した。
「なんの真似だ!お前ら!」
「ジョンシア。お前こそ幻狼をこのように匿い、どういうつもりなのだ?第2皇子が野蛮な平民共と徒党を組みーー謀反を企てているともっぱらの噂だぞ」
ギョウホウ皇子は歯軋りをしながらジョンシアに憎悪の目を向けた。
その横で、兵士たちは動けないクロウの首に魔道具の縄を括って引っ張った。
「パパぁ~。ジョンシア~」
エステルも複数の兵士に取り囲まれて泣いている。
ジョンシアは兵士を睨んだ。
「いやああ!」
「エステル!」
兵士の1人が乱暴にエステルの片脚を引っ張って思い切り持ち上げた。
クロウは子を守ろうとその兵士に体当たりをし、兵士は地面に倒れ込む。
怒った兵士はクロウの首の縄を思い切り引っ張ると腹を蹴飛ばした。
騎士のイルカルとアーサーは兵士たちを止めに入る。
「あんたら……!!」
「そこから一歩も動くな!姫がどうなってもいいのか!?」
それを言われたら騎士の2人も、自警団の仲間たちも動けない。
幻狼を手荒に扱う兵士達の姿にジョンシアは怒りで震えた。
そんな中、アーサーの瞳が赤く光る。
彼が最も得意とする透視の魔法だ。
「ーーイルカル、見えるか?あの皇子の右後ろだーーあの男が魔道具を持っている。服の裾で隠れているが……あのオレンジの腕輪だーー、あれが宮殿の、恐らく姫様が囚われている建物の爆破装置に繋がっている魔道具だ」
「……了解」
小声で隣のイルカルに話し掛けたアーサー。
イルカルはコクリと首を縦に振った。
エステルは小型の鉄のケージに押し込められた。
「ジョンシア~……」
ジョンシアはぐっと拳を握っていた。
左王は背負っていた大剣を抜き取り、敵陣の前に堂々と立った。
どう猛な野獣のような猛々しいオーラに兵士たちは押される。
左王は恐ろしい目で兵士らを睨んだ。
「動くな!姫がどうなってもいいのか!?」
「我が妹を人質に取るなど良い度胸だな」
左王はギョウホウ皇子の顎を思い切り長い脚で蹴飛ばした。
彼は地面に倒れこむ。
「ぐ……っ、貴様!」
左王はギョウホウ皇子を取り押さえると、ーーこう着状態の自警団たちに向かって叫んだ。
「このような雑魚達相手に何を尻込んでいる!」
山の獣道をかき分けて兵士がぞろぞろと集まって来る。
ジョンシアは自警団へ指示を出したーーそれと同時に自警団は襲ってきた兵士たちを迎え撃つ。
左王に掴まれている腕を振り解こうとするが、人間離れした握力で押さえられておりビクともしない。
ギョウホウ皇子は目の前にいた兵士に声を荒げた。
「グッ……このッ……おいっ……離宮を爆破しろ!」
ただの脅しのつもりだったが……仕方ない。
兵士はすぐさま腕の裾を捲り魔道具を確認するが……腕にはめていたはずの爆破装置のついた腕輪がこつ然と消えていた。
「え?無い!?」
つい数分前まで確かに腕にはめていた。
「な!何をしている!早く……!」
「探しているのはこれか?」
イルカルが兵士から掠めた腕輪を大きく掲げたーー。
「ーーーー!!!」
アーサーの透視の魔法、イルカルの転移魔法で魔道具は回収できた。
クロウはそれを確認すると拘束していた縄をぶち破り、そしてすぐにエステルが入れられたケージを破壊し我が子を救出した。
ーー形勢逆転。
圧倒的に不利な状況に追い込まれたギョウホウ皇子は怒りを露わにしながら、迫ってきたジョンシアに向かって持っていた魔道具の手投げ弾を投じた。
「何故ーーお前はいつもいつも俺の邪魔をするんだっー!」
「ーー!?」
「……ジョンシア!」
エステルは咄嗟にジョンシアを庇うように身を乗り出し、まだ不慣れな結界の魔法を発動した。
ーードカンッ
まるで大きな雷でも落ちたかのような爆音に山は揺さぶられた。
地震のように激しく揺れて木をいくつもなぎ倒し地面が大きく陥没するほどの爆破の衝撃に、多くの兵士が負傷した。
だが、寸でで発動したエステルの魔法によりジョンシア達は無傷だった。
目の前の兵士たちは皆吹き飛ばされたり地面に突っ伏し負傷していた。
エステルはバッタリとその場で倒れてしまった。
「エステルーー!」
元々 弱っていたところに強大な魔法を使ってしまい、すっかり力が尽きてしまった。
ぐったりと地面の上に横たわり、意識は朦朧としている。
すぐにクロウとジョンシアが駆け付けた。
エステルの身体から白くて淡い光が漏れる。
精霊の魂が泡となり消えかかっていた。
「………俺が、エステルと契約しようーーーそうすればエステルの魂は消えずに済むだろ」
ジョンシアはエステルの抜け殻のような身体を抱き上げると立ち上がった。
「良いか?クロウ」
「うん!うん!」
国と国の複雑な制約はあるし、幻狼の世界にも掟はあるし、クロウには何の権限もない。
だが、今はそんなこと考えている猶予はないーーこのままではエステルは消えてしまう。
我が子が助かるならば、今はそれを何より最優先したかった。
ジョンシアは柔らかい草の上にエステルを寝かせると小さな口を開けた。
そして契約の呪文を呟きながら、持っていた小型のナイフで自分の手首を躊躇いもなくざっくりと切った。
ジョンシアの赤黒い血がエステルの口の中に滴る。
……その瞬間、2人を取り囲むように白い光が溢れた。
ジョンシアの生き血をもって契約は無事に締結された。
これから2人は、ジョンシアが死ぬまで魂を分かち合うことになるだろう。
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婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
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