シャルロット姫の食卓外交〜おかん姫と騎士息子の詰め所ごはん

ムギ・オブ・アレキサンドリア

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東大陸へーー幻狼エステル誕生。シャルロット、オオカミの精霊のママになる

紅国・瑞鳥城

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 大陸を横断する長い長い船旅も終わり、紅国の首都にあるふ頭へ到着した。
 シャルロットは浮かない顔でグレース皇子に手を引かれながら大型船を降りた。

「姫、疲れてないか?」

「大丈夫ですわ、グレース様」

 波止場にはすでに紅国の迎えの馬車が待機していた。
 馬車のデザインも異国風で金色と赤を基調とした鮮やかなコーチが目を引く。

「よくいらっしゃいました!お待ちしておりましたよ。グレース皇子、シャルロット姫様」

 紅国人の御者と、装いから察するに紅国の官僚であろう中年の男がにこやかに迎えてくれた。
 外交官のようだ。

(エステル……大丈夫かしら?)

 そればかりがシャルロットは不安で、心配で仕方なかった。

 エステルが転移の魔法で騎士数人と共に明帝国へ行ってしまったとユハに連絡が入った。
 どうやら明帝国に居るユハの知り合いがエステル達を保護しているようなので大丈夫だとユハには言われたが、それでも心配だった。

「俺っちがエスター国にある魔人の学校(アカデミー)に留学してた時の同級生でルームメイトだったんだ~。まさか、明帝国に居るなんて思ってなかった☆いやはや、ラッキーだね」

 それでもやっぱり心配だ。
 どうか無事であって欲しい。

 *
 ふ頭から1時間弱馬車で走ると白い城牆(じょうそう)が見えてきた。
 馬車の中から観る紅国の街の風景を眺めていた。

「到着いたしました。瑞鳥城です」

 朱色の立派な門をくぐると鮮やかな赤色の花が咲く大きな木があちらこちらに生えており、赤い花咲く木と緑色の街路樹、薄い水色の雲ひとつない空、白いレンガが無数に敷かれ整備された道のコントラストが美しい城郭都市。

 獣人が国民の9割を占める獣人の国。その大半が鳥の獣人らしい。
 それでか空を飛び交う鳥の数が異様に多い。

「オーギュスト国とはまた雰囲気が違うわね」

「ああ、俺も初めて来た」

 やがて馬車は本城に入った。
 天守を見上げると金箔を贅沢に使った大きな鳥の絵が描かれてある。

 馬車を降りて本城の中に通された。
 最上階。先程見上げていた天守部分には吹き抜けの大広間があって、そこで黒い着物姿の鳳太子が待っていた。

「畳だわ。この世界にもあるのね」

 前世のそれとは少しだけ見た目が違ったが床部分が全て畳になっており、靴を脱いで素足で歩いた。

「グレース皇子、シャルロット姫様、お久しぶりでございます。ようこそおいでいただきました、長旅で疲れたことでしょう」

 感じの良い笑顔を向けられる。

「お招きいただきありがとうございます」

 グレース皇子は鳳太子と握手をした。

「調印式は明後日に控えております。本日はお疲れでしょうし、どうぞゆっくり休んでください。明日の視察先はーー」

 小一時間ほど会談した後、夕食を摂るために応接間に移動した。

 応接間もやはり畳張りの広間で、テーブルや椅子もなく用意されていた座布団の上に座った。

 微妙に差分はあるけれど、色々と前世の日本に近いわね……。

 異国ではあるが、どこか故郷を思い出させる懐かしさ。
 こうして靴を脱いで、畳の上に座って食事をするというもの前世ぶりだろう。
 い草の香りもどこか懐かしい。

「お姫ちゃん、やっほー」

 応接間にユハが元気に登場した。

「おい、ふざけるな」

 グレース皇子は小声で嗜める。
 こんな場でも彼はおちゃらけている。

「お構いなく。我々は年も近いですし、身分も対等ではございませんか。もっと気楽に接していただいても構いませんよ。幸い肩苦しい皇帝陛下も、口うるさい上皇も今は留守ですし」

「鳳太子もこう言ってることだしーいいじゃん☆」

「ふふ」

 ユハと鳳太子はすでに打ち解け仲良くなっていた。
 その社交性は羨ましい。

「シャルロット姫、お招きし、本来おもてなしする立場非常に厚かましいのですが、姫と、それからユハに頼みたいことがあるんですが……よろしいでしょうか」

「え?何かしら?」

「私の妻が……。オーギュスト国でのお二人の話をしたら、お二人の料理が食べてみたいと申しておりまして」

「妻?鳳太子はご結婚されていたんですか?」

「ええ、5年ほど前に。名を大瑠璃と申します。あ、ちょうどやってきました」

 鳳太子が応接間に足音もなく静かに入室してきた少女を見て、手招いた。

「え……あの子が?」

 真っ黒な直毛に切り揃えられた前髪、花を模した髪飾りを頭上に翳し、美しい紅色の着物を着た美少女・大瑠璃姫。
 年齢は12歳前後だろうか、シャルロットよりもずっと小さくて幼かった。

 シャルロットも15歳でグレース皇子と婚約してびっくりしたが、あんな小中学生くらいの少女がすでに結婚5年目だという事実にも驚愕する。
 世の中には5歳で政略結婚をする国もあるそうだし、この世界では当たり前のことだが。

 少女はぺこりとお辞儀をして、すぐに鳳太子の背中に隠れてしまった。
 異国人が怖いのだろう。
 鳳太子は苦笑していた。

「ほら、瑠璃、お願いしたいことがあるのだろう。自分の口で申してみなさい」

 優しい声を少女に投げかける。
 夫婦というより、年の離れた兄妹みたいだ。

 少女は恐る恐る鳳太子の背中から前に出てきて、シャルロット達の前で俯きながら震える声で言った。

「お、大瑠璃です……。あっ、あの……、シャルロット姫様たちの……その、お料理が……大変素晴らしいと伺って、それで、わたくし、……わたくしも、……その、お料理というものを、してみたく、…おりまして……」

 消えてしまいそうなほどか細い声で大瑠璃姫が発した言葉に鳳太子は目を見開いた。

「え?瑠璃が料理をするのかい?」

「……ええ、シャルロット姫様がよろしければ、是非、教えていただけませんか?」

 シャルロットやユハも驚いたが、笑顔で了承した。

「まあ!もちろん良いですわよ」

「本当ですか!?ありがとうございます……」

 少女の顔が明るくなった。
 シャルロットは改めて少女と握手を交わした。

「よろしくね!大瑠璃姫」

「あっ……はい!」

 2人を見ながら呆然としている鳳太子。

 侍女達が忙しく御膳を持ち座敷にぞろぞろ入ってきて畳の上に置いた。

 一汁三菜。飾り切りの根菜と乱切りした椎茸の入ったすまし汁、白米、煮物、赤魚の煮付けに小鉢。
 御膳の上には盛り付けも美しく美味しそうな料理が並んでいる。

「わあ、お魚だわ」

 シャルロットは好物の魚を見て笑顔になる。

「なんだか、和食に似てるね」

 こそっと隣に座っていたユハはシャルロットに耳打ちした。

「そうね」


「………」

 グレース皇子は馴染みのない箸や魚に苦戦していた。
 前世は日本人であるシャルロットとユハは箸は難なく使いこなせるし、魚も上手に食べられる。

「グレース様、私が魚の骨を取って差し上げますわ」

 シャルロットはグレース皇子のお膳から魚の乗った皿を取る。

「すまない……」

「良いのよ。クロウも苦手だったから、いつも私が取ってあげてたの」

 前世でクロウも魚を食べるのが下手だった。
 だから食べる時は必ず取ってあげていた。

「ふふふ、仲睦まじいですね。お二方は」

 鳳太子は微笑ましそうに目を細めた。
 鳳太子の隣に座っている大瑠璃姫にもジッと凝視されていて、思わずシャルロットとグレース皇子は赤面し照れた。

「お姫ちゃん~俺っちの魚もお願い~」

 ユハが魚の皿をシャルロットに差し出す。
 シャルロットは突っぱねた。

「ユハは自分でできるでしょ!」

「ええ~」

 始終談笑しながら夕餉は終わった。

 *
 深夜。
 大きな満月を背に複数人の騎士が池の前に集っていた。
 幕僚長ユハを中心に、人間姿のクロウ、グレイ、フクシアに、仮面を被った左王(シン)。

「みんな、オッケー?」

「ああ、わかってる。明帝国の皇帝の首を取れば良いんだな。任せろ。魔王の首なら昔取ったことあるから要領は心得ている」

 元勇者の血が騒ぐのだろうか、左王は心なしか楽しそうだった。

「ウンウン、天下を取るぞ~!って、取らんでいい取らんでいい。シンってば、真顔で物騒な事言わないで!本当にやりかねなくて怖いわ!とりあえずエステル達と夫婦が救出できればいいから!オッケー?」

 ユハは左王をどつき、元気にジャパニーズ・ノリツッコミをする。

「そうか。つまらんな」

「出発前と状況が変わっちゃったから作戦変更。クロウとシンはエステル達を迎えに言ってくれ。紅国側には事情を話してあるから、ここに連れてきてくれ。グレイとフクシアは明帝国側と接触して捕らわれた夫婦の居場所を探ってくれ。何かあれば呼応の魔法で俺に連絡よろしくね☆」

「御意」

 シンはコクリと首を縦に振った。

「グレースの指示でユーシンや他の応援騎士達は国境近くで待機してもらってるから、緊急時は駆けつけよう。俺も時期を見てそちらへ移動するから」

 ユハは言った。

「そういえば、ユハの知り合いって何者なの?」

 クロウが問う。
 ユハは笑って言った。

「うんとねー、仲夏(ジョンシア)って言う人だよ。俺っちの友達!ジョンシアって言うのは通り名でね。ーー朱梓豪(シュ・ジーハオ)って名前だったらピンとくる?」

 左王とグレイは目を見張った。

「……!、明帝国の第2皇子か!」

「そう。ギョウホウ皇子、朱暁鵬(シュ・ギョウホウ)の弟だよ」

「エステルはその人のところにいるの?幻狼の子供って明帝国が欲してるんでしょ?それって危険じゃないの?」

 クロウは不安げな顔をした。

「ギョウホウ皇子と弟のジーハオ皇子は対立してるから大丈夫。それにジョンシアは良い奴だよ。必ず俺たちの味方になってくれるよ」

「そいつを信用してるんだな」

 グレイが呟くと、ユハはニッコリ笑った。

「まあねー、忌み名を呼び合う仲だしね~」

 精霊や魔人は忌み名、実名を隠して生きている。
 幻狼も便宜的にそれぞれの体毛の色で呼び合っている。

 実名を他の魔人や精霊などに知られると心を操られたり、魂を奪われたり、呪いをかけられてしまう危険性があるからだ。

 本来肉親しか知らない名前で、恋仲であっても結婚してから互いの忌み名を知る。
 肉親や配偶者以外だと、よっぽど相手を信頼していなければ忌み名は教えないだろう。

「クロウ達が来ることは知らせておいたよん」

「わかった~!」

 クロウは楽しげに笑った。

「シン、忘れてた。手を借りるね」

 ユハは左王の手を取り、呪文を唱えた。
 そして左王の手のひらにキスをすると一瞬辺りがピカッと光った。

「魔力を注入しといた。それで幻狼の姿も見えるでしょ」

「そうか、感謝する」

 ふと背後を振り返ると、人間の姿を解いた3匹の幻狼が居た。
 左王は物珍しそうにジロジロとオオカミ達を凝視し、体を撫でた。

「でかい犬みたいだな」

「犬じゃないもん!かっこいいでしょ!?」

 クロウは憤怒した。

「じゃあ、後はよろしくねー」

「またねーユハ」

 クロウはユハに背を向けて尻尾を振る。
 そして左王を背中に乗せると、3匹の幻狼は満月に向かって飛んで行った。
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