シャルロット姫の食卓外交〜おかん姫と騎士息子の詰め所ごはん

ムギ・オブ・アレキサンドリア

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東大陸へーー幻狼エステル誕生。シャルロット、オオカミの精霊のママになる

思いがけない出会い

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 ーー東大陸・明帝国郊外の村に紺色の漢服を着た武装集団が馬に乗って走っていた。

「ジョンシア!」

 黒髪を結い上げた切れ長の赤い色の瞳の男は仲間から名を呼ばれ振り返る。
 彼の字(あざな)は仲夏(ジョンシア)。
 明帝国内で自警団のリーダーをしている男で、常に行動を共にしている仲間の男達はそれぞれルイとヨキという名だ。

「村を襲ってきた賊は全員拘束したぞ!」

「よくやった!被害も最小限に抑えられたな」

 ジョンシアは笑う。
 背後からまた別の仲間達がやってきて報告する。

「国境前の山道を塞いでいた土砂も全部撤去できたぞ」

「そうか、ご苦労だった」

 村人達はジョンシアの姿を見て神が降臨してきたかのように仰々しく拝んでいた。
 老若男女、皆口を揃えて彼を賞賛する。

 平民にしては珍しい魔法を操れる魔人、頭は良く外国語をいくつも操れて武道の腕もある。
 弱きを助け強きを挫く正義感の強い男で、その上決して偉ぶることはなく誰にでも分け隔てなく接し心優しい。
 それに人目を引く美丈夫だ。

「彼らのお陰でなんとか生活できるもの」

「この前も紅国から物資を運んできてくれたしのう」

 ジョンシア達 自警団は国を東へ西へ移動し奉仕活動を行なっていた。
 明帝国で起こった大規模な水害により絶たれたライフラインを以前ほどとはいかないが、ある程度整えてくれたのも国ではなく彼らの功績だ。
 暇があれば村の子供達に読み書きも教えていた。

 ヒーローのような男だ。

「ああいう人こそこの国の皇帝になってくれればいいのに……」

 *

「ぐすん」

 エステルは男児の姿になり、第一騎士団の浴室の中にいた。
 アーサーはエステルをせっせとお風呂に入れていた。

「ママはいつ帰ってくるの?」

「1~2ヶ月後でしょうか……」

「うう……」

 さっきから何度も同じ質問をしてくるエステルに、アーサーは参っていた。

「ほら、エステル様~キャンディですよ」

「エステル様、自分が絵本を読んであげます!」

「エステル様、みんなで鬼ごっこしましょうか?」

 第一騎士団の騎士達は詰め所でエステルを取り囲み楽しそうにしていた。
 それでもエステルの機嫌は直らない。

 お風呂上がりのエステルはアーサーと手を繋ぎ、詰め所のソファーに座っていた。
 拗ねた顔もとても愛くるしい。

「なんか……本当、小ちゃい頃のグレース皇子そっくりだな」

「か、可愛い」

 既に騎士達のアイドルになっていた。

「ママのところに行きたい」

 エステルは言った。

「ママは海の向こうへ行っちゃいましたよ?」

「ママに会いたい」

「ダメですよー、エステル様、俺たちが一緒にいますから、どうか我慢してください」

「ママ~、ママぁ……!」

 エステルは大きな声で泣いて手脚をジタバタさせた。

 エステルが寂しくないようにと騎士団に預けようと提案したのはシャルロットだった。
 だがやっぱり母の存在には敵わないらしい。

 詰め所に転移の魔法を使って騎士イルカルが出現した。
 右手には冷たいミルクティー、左手にはクッキーを持っていた。

「エステル様、オヤツの時間です」

 突然現れたイルカルにエステルは目を見開いた。

「イルカル……それって魔法?」

 エステルは興味津々に尋ねた。

「ええ、物を移動したり転移する魔法は俺の得意分野です。限度や法律的なややこしい制約はありますが……」

 イルカルは答える。

「ぼくにもできる~?」

「そりゃあ幻狼ですから。コボルト様なんて異世界へも簡単に転移できますからね」

「ママのところ行ける~?」

 エステルの瞳が輝いた。
 イルカルはハッとした。『しまった……!』そう思ったが、遅かった。

 エステルがソファーから飛び降りると、白い光が部屋中に広がった。
 足元には金色の魔法陣のようなものが浮かび上がる。

「エステル様!いけません!」

 エステルは魔力や魔法が不安定だ。
 コボルトやクロウの前以外で魔法を使わせないようにと言いつけられていた。

 咄嗟にイルカルはエステルの腕を掴んだ。
 アーサーも眩しさに目を細めながらもなんとかエステルの手を強く掴む。

「ほえっ?」

 魔法陣がグニャリと歪んでエステルはびっくりして声を出す。
 やはり魔法が不完全だ。

「イルカル!アーサー!?」

「エステル様!」

 周りの騎士達の叫ぶ声が遠のく。
 白い光に飲まれて、目を開けるとエステルとイルカルとアーサーは真っ暗な森の中に居た。
 虫やコウモリや獣の鳴き声がする。

「もしかして、転移魔法を使ったのか!?エステル様……。ここはどこだ?」

「知らない。ママのところへ行きたいって念じたの」

「イルカルの転移魔法で城まで戻れないのか?」

「……簡単に言うな。現在地がわからないと移動できないよ。もしここが他国だとしたら、国境を移動するのは色々と大変なんだぞ」


 見渡す限り木や草が生い茂っている。
 アーサーとイルカルは間にエステルを挟み、手を握って横並びに歩いていた。

 するとどこからか足音が近付いて来た。

 振り返ると、ぼうっと松明の光が揺れながらこちらに迫る。
 イルカルは腰に携えていた剣を抜き構えた。アーサーは自分の背中にエステルを隠し、足音に向かって警戒態勢を取る。

「……!?」

 現れたのは異国の装いをして馬に乗った青年集団だ。
 イルカルは唖然とした。

 武器を構える男達を、先頭に立っていたリーダー格らしい青年が制止する。

「お前達は誰だ?ここで何をしている?」

「……えっと、道に迷ってしまって……」

 リーダー格の青年はギロッとこちらを睨んでいる。
 アーサーの後ろに隠れた男児を見て、多分子供を拐っているのだとでも勘違いしているようだ。

「あっ怪しいものではございませんっ」

「怪しい奴は皆そう言うな」

 男に凝視される。

「その服の国章は……クライシア大国の……騎士か?」

「はっハイ!そうです!えっと、ここはどこなんでしょうか?」

「はあ?明帝国の闇森の中だ」

「め、明帝国!?」

 まさか、明帝国まで転移してくるとは……。
 普通の魔人だと近距離内でしか転移魔法は使えない、転移魔法を得意とするイルカルでさえせいぜい同じ大陸内に限る。国境を越えるにはその国の許可が必要なので手間がかかるし魔力も消費するが……。

 やはり幻狼の子だ。
 大陸から大陸へ転移するなど普通ではない。

「……!」

 リーダーの男はエステルの顔を見てかなり驚いていた。

「黄金の瞳……その子は幻狼か?」

「え!?幻狼について知っているのか?」

 珍しい精霊だし、一般的にそこまで知ってる者はいない。

「……昔、本で読んだだけだ」

 おっかない武装集団だが、こちらに危害を加えようとする気配はない。
 イルカルとアーサーは警戒を少し解いた。

「えっと……転移魔法に失敗しちゃって、間違えてここへ飛んできてしまったんだ。それで途方に暮れていた」

「そうか、大変だったな」

「どうしよう、すぐには帰れないだろうし、とりあえず無事だと元いた場所の連中に知らせることができれば……」

「……俺が連絡しよう。お前達の国に呼応の魔法が使える魔人はいるか?」

「呼応の魔法?……あ、ユハだ!」

「俺が呼応の魔法でそいつに伝えよう」

「えっと……お兄さんは何者?」

「仲夏(ジョンシア)という。自警団のリーダーをしている」

 呼応の魔法が使えると言うことはかなり高レベルな魔人だろう。
 イルカルとアーサーは瞬時に判断した。

 ジョンシアは目の前で目をそっと閉じ、黙り込んだ。
 しばらくの沈黙の後、口を開く。

「……ユハという奴が、『わかった』と言っている。城の人間に連絡するそうだ。そちらへ迎えに行くからしばらく待機していてくれとのことだ」

「え!待機って言っても、着の身着のまま手ぶらですし……どうすれば」

 船でクライシア大国から明帝国へ来るには最短半月はかかるだろう。

「……俺たちと共に行動すればいい、この国は治安が悪いし宿なんてものもない。お前たちは異邦人で容姿も目立つからな…賊に襲われるぞ」

 路頭に迷うよりはいいかもしれない。
 仲間との連絡手段も、彼の呼応の魔法に頼るしかないし……。

「えっと……ジョンシアさん達は良いのか?」

 あり得ないほどの親切に、イルカルは警戒した。

「ユハという奴から取引を持ち掛けられた。俺たちがお前達を匿う謝礼に、結構な額の謝礼金を支払うと。物資も支給すると。俺たちにとっても願っても無いことだ」

「え……!」

 あの短時間でそんな交渉まで……。ぬかりない。
 ユハの考えは分からないが、タダより怖いものはない、しかしギブアンドテイクな関係なら一先ず安心か。

「まあ、野営が多いが、寝床と食料には不自由しないだろう。衣服も貸してやろう」

「ありがとうございます!野営なら慣れています」

「お前たちの呼び名は?」

「俺はイルカル、こっちはアーサー。クライシア大国の騎士だ。そしてこの子はエステル」

「エステルですっ」

 エステルは無邪気に可愛らしく笑った。
 人懐っこい性格で良かったとイルカルは安堵した。

 ジョンシアに連れられて森の中を進むと焚き火を取り囲むように簡易テントが無数に張られてあった。
 そのエリアに入った瞬間、皮膚にビリッと小さな電流のようなものが当たる。

「結界が張られてあるな」

 目を凝らしてみるとドーム型の結界がエリア一帯を覆っていた。

「虫や雨風も防げるし、温度調節もできる。それに獣や賊や魔物が襲ってくることもない」

「すごい……」

 クロウの王有林の畑の結界に似ている。
 これも上級魔人にしか使えない魔法だろう。

 イルカルやアーサーもそこそこの魔力は持っていて結界を張ることもできるが、それを長時間維持することは難しい。

 ジョンシアは仲間たちにイルカルやアーサー、エステルを紹介した。
 彼らはすんなりと受け入れてくれて、好意的に接してくれる。

 ジョンシアという青年は仲間たちからかなり信頼されており、慕われているようだ。

 テントを1つ貸してもらえた。
 その中でイルカルとアーサーとエステルは川の字になって眠る。
 エステルは2人の間に挟まれて安らかな寝顔を見せていた。

「ああ、可愛いな~、やっぱり子供っていいなあ~、俺も早く結婚したいなあ」

 イルカルの戯言にアーサーは無表情で適当に相槌を打った。
 エステルは楽しい夢でも見ているのか笑ってる、そしてギュッとアーサーの手を握った。

「……あのジョンシアという男は何者なんだ?上級魔人がこんなところで自警団のリーダーなんて……」

「訳ありって感じだよね」

 あれほどの魔法の使い手になると大半がキャリア志向だ。
 それに周囲も放っては置かないだろう。
 ユハのようにプータローもいるにはいるが……。

「でも、今の非力な俺らはジョンシアに頼るしかないな……」

「そうだな」

 しばらくして2人も眠りについた。

 *

 一方。
 ジョンシアのテント内には側近のルイとヨキが集っていた。

「あの幻狼の子供は……確か“孟春(マンチェン)”が狙ってた幻狼だよな」

「向こうにそれが知られたら厄介な事になるな」

「ああ……絶対に奴らには渡せない」

 ジョンシアは眉間にシワを寄せて奥歯をギリッと鳴らした。

「しかし、謝礼金が入るのは有り難いことだな」

「だが……信用していいのか?そのユハってやつを。知り合いなのか?」

「……ああ、まあ、少しな。胡散臭い貴族の息子だが、まあ、悪いやつではない」

「ジョンシアがそう言うなら、そうなんだろうが……」

「謝礼金が手に入れば玉村と藍村の間を流れる川の上に橋を架けられるだろう。移動や物資を運ぶのも容易になる。それに余った金で薬や家畜も買える」

 ジョンシアは淡々と言った。

「謝礼金ってそんなにたくさんもらえるのか?」

「ああ。ルイ、ヨキ、お前たちはあの異邦人の警護をしてくれ」

「オッケー!リーダー!」

「任せとけ」

 男たちは白い歯を見せて笑った。

 夜は更けていく。
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