シャルロット姫の食卓外交〜おかん姫と騎士息子の詰め所ごはん

ムギ・オブ・アレキサンドリア

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東大陸へーー幻狼エステル誕生。シャルロット、オオカミの精霊のママになる

ユハのサモンと煮カツ丼

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 大きな平たい鍋にシャルロットはハミングを口ずさみながら醤油を投入した。
 オーギュスト国のパーティーで知り合った紅国の鳳太子から親交の証として醤油が送られてきた。
 麹も手に入ったし、エスター国とミレンハン国の大豆もある。今までコボルトに頼んで取り寄せていたが、この国でも自家製の醤油や味噌が作れそうだ。

 スライスした玉ねぎに彩りで葉野菜と溶いた卵、その上に揚げたてのカツを並べてざっくり溶いた卵を掛けて蓋をした。
 しばらく火を通して蓋を開けると、半熟白身の美味しそうな『かつ煮』が出来た。
 こんなに大人数分を一度に作るのは初めてだったが、上手に出来て満足だ。

「シャルロットちゃん、後は私がやるから帰っていいわよ?エステルを産んだ後三日休んだだけでずっと働き詰めじゃない」

 お仕着せ姿で皿を洗っていたウェスタが心配そうな顔をしていた。

「私なら大丈夫ですわ。働き詰めって言っても、日中に四時間程度のパート勤務のようなものですもの。それに、クロウが子供の面倒を見てくれてるの。それに、リリースがくれた産後のお薬のお陰で調子も良いのよ」

 ユハが一週間近く病気で寝込んでいるのだ。
 厨房は料理長に任せられるが、ユハが一人で回していた細かい業務を代行できるのはシャルロットしかいなかった。

 シャルロットはどんぶりに炊きたての白いご飯を盛ると出来上がったばかりのかつ煮を乗っけた。
 昨日お見舞いに行ったら『カツ丼が食べたい』とユハからリクエストされたのだ。

「ママ~」

 カツ丼の乗ったトレイを手に食堂を出るとエステルとユーシンとアーサーがやって来た。

「エステル!良い子にしてた?」

「うんっ!コボルトと魔法のお勉強してたの~」

「そうなの。お利口さんね」

 愛しの我が子に優しく微笑みかける。
 幻狼の子供というのは成長スピードが著しい。

 魔力が強くなるほど見た目の姿も成長していくそうだ。
 一年ほど経てば少年くらいの見た目になるとクロウが言ってた。

「シャルルさん、それは俺は持つっす」

「ま、まあ、ありがとう、ユーシン……じゃあユハのところまでお願いできる?第一騎士団の寮舎へ」

「ママ~僕が運ぶ~!」

 エステルは突然シャルロットとユーシンの間に割って入り魔法を発動した。
 金色の光が放たれシャルロットが持っていたトレイが突然宙に大きく跳ね上がった。

「きゃ!」

「ふぇ!?」

 突然魔法が切れてトレイがエステル目掛けて落ちて来た。
 シャルロットは慌ててトレイを掴みエステルから大きく逸れる。
 騎士達が手を伸ばすも虚しく、体勢を崩してしまってそのまま顔面から地面へ滑るように転んでしまった。

「まっママ~!」

 エステルが泣きながら倒れたシャルロットに駆け寄る。

「シャルルさん!?」
「姫様!」

 シャルロットは額と鼻頭、腕を擦りむいていた。

「だ、大丈夫よ~、カツ丼も無事だわ、よかった~」

 へなっと地面に座り込み、シャルロットは胸を撫で下ろした。

「ごめんなさい……ママぁ……」

「ふふ、大丈夫よ。お手伝いしてくれようとしたのよね?じゃあ、エステルは人間の姿になってこのバスケットを運んでくれる?」

 エステルは人間化するとシャルロットからバスケットを受け取った。
 ユーシンに手を取られてシャルロットは立ち上がる。

 エステルの魔力は不安定だとコボルトが言っていた。
 エステルは幻狼クロウと魔人のグレース皇子とシャルロットの血を引く子らしい。
 ルシアの調査で分かった。もしかして母親である自分が魔力も何も持たない人間だから、魔力に不自由しているんじゃないか?と不安だった。

 第一騎士団の寮舎。
 ここにユハは下宿していた。

 広めの清潔感のある部屋に三つシングルベッドがあって、そのうちの一つにユハが寝ていた。
 部屋の中にはユハのルームメイトで非番の騎士キャロルの姿もあった。

「こんにちは、ユハ。お昼ご飯持ってきたわよ」

 ユハはベッドの上で本を読んでいた。
 エステルはせっせとベッドの上にバスケットを運んだ。ユーシンもカツ丼の乗ったトレイをベッドの脇にある小さなテーブルの上に乗せた。

「お姫ちゃーん!エステル!ありがとう!」

 ユハはエステルの頭を撫でた。

「調子はどう?熱は下がった?」

「うん、だいぶ良くなったよ。明日から仕事復帰できそう」

 シャルロットはベッドの側の椅子に腰掛けた。
 エステルはシャルロットの膝の上に乗る。

「ユハってば、いつも一人であんな大量の業務やっていたの?お休みもあまり取ってないんですって?私もこれからはちゃんと働くわ!仕事を分けてちょうだい」

「あはは。お姫ちゃん、優し~。気にしないでよ!好きでやってることだもん。それに熱も。キャロルの風邪もらっちゃっただけだからさ☆」

「風邪引いてるのに俺のベッドに潜り込んでくるからだ、自業自得だ」

「移したら治るって言うじゃーん」

 キャロルがユハを睨んでいる。

 ユハはカツ丼を前にしてニッコリと笑った。
 そして箸を手にかき込み、豪快に食べ始めた。

「うん!美味しい~!」

「それだけ食欲が戻れば、もう大丈夫よね。あ、プリンも作ってきたのよ。キャロルさんやアーサーさんもどうぞ!」

 バスケットの中にはプリンが入っていた。
 ホイップクリームとチェリーが乗ったカラメルソースたっぷりのプリンアラモードもどき。
 キャロルはたちまち笑顔になりプリンを食べ始めた。

「おお……これが噂の……姫様のプリンか」

 アーサーは興味深そうにまじまじとプリンを観察していた。
 シャルロットは膝の上に座ってるエステルにプリンを食べさせていた。

「エステル、プリン美味しい?」

「むふふふふ、ぷるぷるで甘くておいちい~~!」

 エステルも気に入ってくれたようだ。

「エステルは今日も可愛いなあ。ユハお兄ちゃんが元気になったら、いっぱいお菓子作ってあげるからね」

 ユハはエステルの頭をぐしゃぐしゃに撫でた。

「うんっ」

 エステルの頭に手を乗せたまま、ユハはちらりとシャルロットの背後に立っていたユーシンに目配せした。

「?」

 ユハの視線に首を傾げたユーシン。
 数秒後、脳内にビリッと微弱な電流が流れ込んできたかのような感覚と共にユハの声が届いた。

 呼応の魔法。
 高い魔力を持つ者が使える高位魔法。

『……ユーシン。君って明帝国の回し者だよね?……そんな君が、どうしてエステルの護衛なんかしているの?』

 淡々とした、だが何処か怒りのこもったような口調。
 だが、ベッドの上のユハは何事もないようにニコニコと楽しげに笑ってる。

「なっ……!?」

 ユーシンは驚きを声に出していた。
 一斉に隣に居たアーサーやシャルロット達が振り返った。

「どうしたの?ユーシン」

「いえ、ごめんなさい。なんでもないっす」

 ユーシンは笑って取り繕った。

『……今までは無害そうだったから放って置いたんだけどね、それが突然目立った行動を始めたから、どうしたのかなぁ?って思ってさ』

「…………」

 ユーシンは真顔でユハを凝視していた。
 ユハは一方的にユーシンの脳に声を送ってくる。

『狙いはエステル?……君のことを絶対的に信頼しているグレースやお姫ちゃんを裏切るつもり?』

 ユハのその言葉にユーシンの表情が曇った。
 ユハとユーシンのやり取りなど気付いていないシャルロットやエステルたちは目の前で楽しげに笑い合っている。

「…………」

『前に起こったシャルロット姫の暗殺未遂事件、明帝国も裏で噛んでいたよね?まあ、明帝国の狙いはお姫ちゃんの暗殺じゃなくて幻狼のグレイの封印を解いて明帝国に連れて行き従わせること、だったかな?』

  だが、幻狼との契約にはかなりのリスクがあるので、没落貴族を煽って都合の良い実行犯にしたのだろう。

  ユーシンの顔が青くなる。
  けれどユハは続けた。

『幻狼との契約方法って危険な術だから王族くらいしか知らない秘匿の術だよ。主犯格の貴族に秘術の方法を教えて、契約のための特殊なポーションを横流ししたのは…ユーシン、君だろ?グレイがお姫ちゃんと契約しちゃうのは誤算だったようだけど☆』

「…………」

『君にも君の事情があるんだろう?君が間諜だったとしても俺っちは何もしないよ。でも俺っちやお姫ちゃん達に危害を加えるようなら容赦はしない、これ牽制ね☆』

「…………」

『……もし心の中に少しでも迷いがあるなら、お姫ちゃん……、クロウやグレースや第二騎士団の仲間、誰でもいいから素直に打ち明ければいい。独りで全部背負わなくてもいいんだよ』

 こんな話をしながらもユハは顔色を全く変えない。

『ユーシンが悪いやつじゃないってのは俺っちもちゃんと分かってる。何か事情があるんだろう?』

   今度は優しいユハの声がユーシンの耳に届く。
   ユーシンはため息をついた。

「……ユーシン?どうしたの?顔色が良くないわよ?」

 第一騎士団の寮舎を出たところでシャルロットが一声掛けてくれた。
 とても心配そうな顔をしている。

「……もしかしてユハの風邪をもらっちゃった?」

「な、なんでもないっすよ!ちょっと騎士団の掃除当番サボっちゃってコハン団長に怒られるかも~ってヒヤヒヤしてただけ……」

 ユーシンが腕を組み目を泳がせると、シャルロットは眉尻を上げて彼に詰め寄った。

「…………、それ!前世から変わってないわ。ユーシンってば嘘を吐く時、必ず右上を見ながら腕を組むのよね」

「え……?」

「分かるわよ、私はあなたの母親ですもの。お父さんは嘘吐く時口がへの字になるのよね。本当に嘘が下手な父子だわ」

「母親…………」

「そうよ。例え何度世界や立場が変わったって、あなたはずっと私の大切な息子よ。そして私はあなたのお母さんですわ。エステル、あなたもね」

 シャルロットは足元に擦り寄ってきた子狼を抱っこし笑顔でハグをすると、愛おしそうな顔をしながらエステルの額にキスをした。

「……でも、でも、言えない、話せばーー母さんに迷惑がかかる」

「え?、……それなら尚更話してちょうだい。迷惑なんて絶対に思わないわ。私に話せないことであなたは今独りで苦しんでるんでしょう?それが私には一番悲しいわ」

 ユーシンは泣きそうな表情をした。
 シャルロットはその顔を見て驚く。

「ユーシン……?」

 だが、泣いてはいない。ユーシンは真剣な表情に戻り、シャルロットに向かって言葉を発した。

『ごめんーー母さん、ありがとう……』

 日本語だ。
 突然前世の言葉に戻り、どうしてしまったんだろうか?シャルロットは首を傾げた。

「ゆ、ユーシン?」

『……母さん、お願い、黙って聴いて。…この城内に、俺の他にも間諜がいるらしい。今もどこかで監視しているかもしれない』

「…………!?」

『日本語なら、転生者の俺達しか理解できないでしょ?』

 ユーシンは笑った。
 エステルは首をくねっと横に傾け不思議そうな顔でシャルロットとユーシンの顔を見ている。

『できれば、完全に人が立ち入れない空間で込み入った話をしたい。城内はダメだ。グレース皇子も、クロウも……できれば同席して欲しい。可能かな?』

『…………クロウの塔はどう?そこなら結界もあるから、聖獣クラスの魔力を持つ人しか立ち入れないはずよ?』

『父さんの……』

『今夜はお渡りの日なの。グレース皇子と夜、塔へ行くわね。ユーシンも後からいらっしゃい。合流しよう』

『わかった、グレイに連れて行ってもらうよ』

『くれぐれも、気を付けてね。何かあったらすぐに私に言うのよ?』

 シャルロットは、すぅっと息を吸うとユーシンの背中をポンポンと叩く。

「……当番。サボっちゃダメでしょ?」

「はは…ちゃんと団長に謝ります」

 二人の接触を、どこで誰が見ているのかわからない。
 まだ事情はよくわからないけれど、シャルロットは咄嗟の機転で話を合わせることにした。
 ユーシンも合わせてくれる。

「じゃあ、私は食堂に戻るわね」

「うん。エステル、休憩は終わりだ。魔法のお勉強の時間だよ。パパ達のところへ戻ろう」

「うん!」

 ユーシンはエステルと共に本殿へ向かって歩いて行った。
 その背中を不安げな顔でシャルロットは見守る。

「し、しっかりしなきゃ!」

 話してもらったところで自分は非力な存在かもしれないけれど、放っても置けない。
 シャルロットは拳を二つ作ると、よし!っと意気込みを入れる。

「母は強し、なのよ!」

 どんな事があっても何があっても息子の力になりたい。
 そう思うのが、母という生き物なんだ。
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