シャルロット姫の食卓外交〜おかん姫と騎士息子の詰め所ごはん

ムギ・オブ・アレキサンドリア

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東大陸へーー幻狼エステル誕生。シャルロット、オオカミの精霊のママになる

エステルと初めてのホットドック

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 エステルが産まれて二週間目。
 本殿の回廊の中心の広い芝生の上で四匹の幻狼が集合していた。

 紺色の幻狼コボルトが中心に立ち、その両脇には銀色の幻狼グレイ・漆黒の幻狼クロウ。三匹の大きな大人幻狼を前にして、黄金色の小さな子狼エステルは踏ん張りながら地上二十センチくらいを飛んでいた。いや、フヨフヨと時々転びながら必死に浮いているだけだった。

「頑張って~エステル!」

「さっきより五センチも高く飛べてるぞ」

 クロウとグレイがハラハラとしながらエステルを見守っている。
 コボルトは荒っぽくエステルの首根っこを咥えると、高く天に向かって放り投げた。

「あああ!何するの!コボルト!」

 クロウが叫ぶが遅かった。

「ぴゃあああああっ!」

 か細い悲鳴と共に目を回しながらエステルは前脚と後脚をバタバタさせていた。
 恐る恐る目を開けると芝生が目の前に迫っていた。
 落下してしまう恐怖を感じながらも必死に習ったばかりの魔法を使う。
 金色の光がエステルを包み、見えない空気の巨大なクッションが芝生の上に現れた。エステルはそのクッションの上に落ちた。

「我は空を飛べと言ったはずだ!何故朝から練習していて一回も飛べないんだ!?飛べない幻狼など、ただの犬だ!」

 優しさのカケラもない厳しいコボルトの鬼コーチ、エステルは耳を垂らしながらプルプルと脚を震わせ泣いていた。
 産まれたばかりの幻狼がまず練習するのが基本の魔法や空を飛ぶ魔法。人間の赤ちゃんで言うところのハイハイや掴まり立ちレベルの魔法だ。

「んも~!意地悪なおじちゃんでちゅね~」

「風の魔法も立派だったよ」

 デレデレと甘い態度のクロウとグレイはコボルトの前に立ち子狼をかばう。
 ペロペロと小さい身体を舐めてあげて励ましていた。

 さっきから延々と繰り返しているやり取りを、回廊を通り掛かる侍女や官僚たちが微笑ましそうに見つめていた。
 シャルロットが日中社員食堂の仕事に行っている間は、クロウ、コボルト、グレイら幻狼がエステルの育児を担当していた。

「クロウ!エステル!」

 午前中から城の会議に参加していたグレース皇子がバスケットを片手にやってきた。
 エステルは尻尾を振って彼に駆け寄る。

「グレースパパ!」

 グレース皇子は足元に寄って来たエステルの頭を撫でた。

「まだ飛ぶ練習やってるのか?」

「うん、でもなかなか飛んでくれないんだ……」

 グレース皇子は思い出していた。
 自分が空を飛ぶ魔法を教えてもらったのも、五歳になったばかりの頃 幻狼のコボルトからだ。
 あの時もかなり厳しくていつも父や母に泣きついていた。

 グレース皇子はエステルを抱きかかえると、バスケットを見せた。

「シャルロット姫がお弁当を作ってくれた。俺と一緒に丘へ行って食べないか?」

「ママが?行きたい~!」

「じゃあ、エステルが丘へ連れて行ってくれ」

「へっ?うう~」

 エステルはグレース皇子の腕の中で踏ん張った。
 ぐらっとグレース皇子の身体が揺らぎ、そしてゆっくりではあったが宙に浮いた。

「えらいぞ、エステル。上手だ。その調子だ。そのままもっと高く上げてくれ」

 褒められたエステルは嬉しそうな顔をしてさらに力んだ。
 するとペットボトルロケットの如く二人の体は空に向かって勢いよく一直線に飛んだ。
 時折魔法が不安定になり身体が大きく傾いた。
 グレース皇子が自身の魔法でアシストし、なんとか先へ進む。

「見ろ、俺たちが住んでるお城だ。綺麗だろ?」

「わぁ~~!大きい~~!」

 初めて城外へ出るエステルは城の大きさや城下町の様子に興味津々だった。
 二人を護衛の第一騎士団の騎士メデオとアーサーが飛びながら追い掛ける。

「わーん!グレースー置いてかないで~!」

 クロウも半泣きしながら飛んできた。
 しばらく空を飛んでたどり着いたのは、城下町が一望できる青々とした丘の上。
 少し強めの爽やかな風が心地よい。

「シャルロット姫が作ってくれたホットドックだ」

 胚芽入りのロールパンには自家製の長いソーセージとピクルス、甘めのトマトソースにマスタード。
 騎士たちの分も用意してくれた。

 人間化したクロウとエステルは丘の上の大きな倒木の上に並んで座り、食事を摂ることにした。

「ママのごはん美味しい!」

「食堂のケータリングで出す新メニューだそうだ」

「うふふ、エステル、お弁当ついてるよ~」

 クロウはエステルの口を拭った。

「ね、ねえ、今日の会議ってエステルの事を話し合ったんだよね!どうだった?」

「……魔人協会が研究のためにエステルを協会へ差し出せと要求して来た。陛下がやんわり断ったようだが……。東の大陸の、明帝国は知ってるか?クライシア大国とも大昔から因縁のある……。エステルの情報を嗅ぎ回っているらしい」

「野生の幻狼じゃなくて飼養種の幻狼は滅多にいないもんねー、しかも赤ちゃんときた。幻狼を利用したい組織にとっては、喉から手が出るほど欲しいだろうね……。私も何度かそいつらに奇襲されたことあるよ!も~大嫌い!」

「お前は幻狼の中でもドン臭そうだからな」

 幻狼は人馴れしているが賢い聖獣だ。
 人と連れ添う場合も主従関係ではなくあくまで契約を結び、対等な協力関係というスタンスだ。パワーバランスが崩れた場合、契約者に牙を剥く時もある。
 その魔力は膨大で、存在そのものが周辺国を威圧する盾にもなるし、軍事兵器として戦争のために利用したがる国もある。これが東の大陸にある大きな君主国・明帝国。
 百年ほど前までは明帝国にも幻狼が棲んでいた。現在では居なくなってしまったが再び国に幻狼を連れ戻したいと考えているようで、幻狼の住む岩山に不法侵入しては無謀にも幻狼を攫おうとして返り討ちに遭っているという報告もある。

 一方で魔人協会は魔人の住む国々の名だたる有志たちが加盟している独立機構。
 魔人の通うアカデミーの運営、精霊や魔物、魔法に関する研究、魔道具の開発、各地のダンジョン管理など様々な事業を行なっている。
 数回研究所へ行ったり会議に参加したことがあるが、不気味なマッドサイエンティストの集まりのような胡散臭い協会であった。
 きっとエステルを手に入れれば実験用のモルモット扱いするだろう。

「ああ、それで、エステルに騎士を付けることにした……」

「グレース皇子!遅れてごめん~~!」

 丘を全力疾走で駆け上がってくる黒服を着た騎士。

「ユーシン!」

「父さん、エステル、こんちわ」

 第二騎士団のユーシンだ。

「エステルはまだ子供で魔法も不慣れで危険だ。護衛の騎士は当面ユーシンに頼むことにした」

「わぁい!ユーシン兄ちゃん!」

 エステルは元気よくユーシンに駆け寄った。
 ユーシンは子狼を抱き上げる。

「よろしくっす!エステル」

「あと1人は……アーサー、彼にお願いした」

 短い黒髪で目付きの悪い大柄の魔人の騎士アーサー、第一騎士団の騎士だ。

「こわぁい」

 アーサーに睨まれて怯えるエステル。
 ユーシンは笑顔でアーサーの肩を叩いた。

「口下手で顔が怖いだけっすよ!めっちゃ優しくて良い人っす!ね!」

「…………よろしくお願いします」

 なんとも無骨な感じだ。

「……あの、俺もエステル様を抱っこしていいっすか?」

 やっと重たい口を開き、頬をポッと染めた。
 子狼を抱っこすると、こわばった顔をフニャアっと緩めて笑った。

「アーサーは犬好きなんです」

 顔は怖いけど撫で撫では気持ちいい。
 エステルはうっとりとした顔になった。
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