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番外編・スピンオフ集
(番外編)独りぼっちの食卓、夢見た光景
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十歳の時に父が交通事故で亡くなった。
優しくて泣き虫でおっちょこちょいで大らかな父。
休みの度に川や山に連れてってくれた。長期の休みには南の離人島へ行ったり、北の山へ行ったり。楽しい思い出しかない。
仕事以外ではいつも一緒にいてくれたし、母にこっ酷く叱られた時にはいつも味方になってくれた。
そんな父が大好きだった。
父が死んだ日。連絡を受けた母と共に叔父の運転する車に乗って病院へ行った。
遺体の損壊が激しくて、死んだ父とは会わせてもらえなかった。だから父が死んだとはしばらく実感できなくて、母は遺体と対面した後も泣かなかった。
あれは満月の夜の事だった。
父の葬式で、母が祖父母と言い争ってるのを目の当たりにした。
父方の祖父母たちは実子である父に対して関心のない人達だった。息子の葬式の日でさえ一欠片の愛情さえ見せず、冷淡であった。母はそれに憤りを感じ、泣きながら意見していた。
その日以外で母が泣いてる姿を見たことはない。
ちょっぴり怒りっぽくて世話好きで働き者で料理が得意だった母。
そんな母も、自分が高校一年生の夏にトラックにはねられて死んでしまった。
たまたま母と一緒にいた親友も一緒に事故に巻き込まれ、同時に二人の大切な存在を亡くしてしまった。
さよならも言えずに。
あの後、金銭的に余裕のあった父方の祖父母に引き取られたが、仕事ばかりで孫に関心のない人達だった。
大学進学の資金やまとまった生活費を部下伝手に渡してくるだけで、碌に顔も合わせたことがなかった。
広い高級マンションの一室を与えられ一人暮らし、ーー孤独な日々。
母が料理上手な人で幼い頃から家事も手伝っていたから料理も家事も一通り出来たが、ファミリー向けのマンションのダイニングルームで独りきりで食べる料理は味気ない。
何度も父や母と食卓を囲んでいた子供時代を思い出しては悲しみに浸っていた。
だから家族に対する憧れや恋しさは常にあった。
……だが、それ以上に家族を突然失ってしまうことへの恐怖やトラウマが消えなかった。
「………ごめん」
結婚の話まで出ていて長く付き合っていた女性も居たが、やはり決心はつかなかった。
身勝手な話だが臆病な自分は、たったその一言だけで一方的に別れを告げた。
持たなければ、
家族なんて最初からなければ、失うこともない。
ある日思い立ったように脱サラして、晩年までの五年間、世界中を飛び回ってカメラマンをしていた叔父の仕事を手伝っていた。
色んな文化に触れて、たまにちょっとしたアクシデントも刺激になり、世界中の人たちとの浅くて広い交際は気軽で楽しかった。
友達だって数え切れないほど出来た。
だが、最期の最期まで、やっぱり誰とも深い付き合いはできなかった。
満たされることのない気持ちを抱えながら、操縦していた軽飛行機が山の中で墜落し、深くて寒い林の中、独りぼっちで客死した。
そして目を開けたら、異世界にいた。
山の中で倒れていた自分は二歳くらいの子供で、自分の隣で母親らしき女の人と男の人が複数人が泥まみれのうつ伏せ状態で倒れていて、既に息絶えていた。
その様子を傍観していると、一匹の黒い狼がこちらに歩み寄ってきた。
目をパッチリと開けて呆然としている子供の自分を見て、無言のまま前脚を伸ばして自分の頭を撫でた。
その瞬間ビリッと電流が走ったような気がした。
「……陽太?」
黒い狼が目を見張っていた。
黄金色の不思議な瞳からボロボロと涙が溢れた。
狼は鼻水を垂らしながら間抜けな顔で号泣していた。
あまり細かい記憶はないけれど中世時代のお城のような建物に連れて行かれた。
クライシア大国という君主国らしい。
孤児の自分は城の使用人夫婦に引き取られ、十歳で従士団に入り実績を上げ、親友だったグレース皇子の推薦で第二騎士団に所属するようになった。
あの黒い狼は幻狼と呼ばれる聖獣で怖そうな見た目をしているが人間に化けるとものすごく美形で、なにかと面倒を見てくれて、良くしてくれた。
自分が幼い頃はお城の中は色々と大変だったが、今では騎士団の気の良い仲間たちに囲まれ仕事も順調、城下町もすっかり平和になり、幸せな日々。
「オリヴィア小国からグレース皇子の婚約者様が来たんだって!」
「へえ~」
「良いなあ、俺も結婚したいなあ」
「貴族揃いの第一騎士団のお坊っちゃまや団長クラスはともかく、うちってば騎士とは名ばかりの実質従士団、遠征も頻繁にあるし戦争があれば参加しなきゃだし危険な職業だし、まあモテないよね~」
「そもそも城から出れないから出会いないしさあ」
騎士たちは仕事終わりで酒を飲みながら愚痴を吐いていた。
自分は苦笑していた。
「俺はお前たちと楽しく暮らせてるから今のままでも十分幸せっすけどね」
「枯れたこと言うなよ~ユーシン」
心からそう思ってる。
けれど、前世で死を迎える直前にlやっぱり願ってしまったのだ。
家族が欲しい。
家で自分の帰りを待っていてくれる大切な人たち。
賑やかなリビング。温かい団欒。自分の帰る場所。作りたての美味しいご飯。
もし願いが叶うなら、もう一度父や母に会いたい。
諦めていたつもりだったのに、最期に残った願い。心からの切望。
こうやって生まれ変わったのも自分の儚い願いを聞き入れた神様の気まぐれかもしれない。
いつか、大切な人を失う恐怖を乗り越えられたら……。
ユーシンは目を瞑り、密かに祈っていた。
優しくて泣き虫でおっちょこちょいで大らかな父。
休みの度に川や山に連れてってくれた。長期の休みには南の離人島へ行ったり、北の山へ行ったり。楽しい思い出しかない。
仕事以外ではいつも一緒にいてくれたし、母にこっ酷く叱られた時にはいつも味方になってくれた。
そんな父が大好きだった。
父が死んだ日。連絡を受けた母と共に叔父の運転する車に乗って病院へ行った。
遺体の損壊が激しくて、死んだ父とは会わせてもらえなかった。だから父が死んだとはしばらく実感できなくて、母は遺体と対面した後も泣かなかった。
あれは満月の夜の事だった。
父の葬式で、母が祖父母と言い争ってるのを目の当たりにした。
父方の祖父母たちは実子である父に対して関心のない人達だった。息子の葬式の日でさえ一欠片の愛情さえ見せず、冷淡であった。母はそれに憤りを感じ、泣きながら意見していた。
その日以外で母が泣いてる姿を見たことはない。
ちょっぴり怒りっぽくて世話好きで働き者で料理が得意だった母。
そんな母も、自分が高校一年生の夏にトラックにはねられて死んでしまった。
たまたま母と一緒にいた親友も一緒に事故に巻き込まれ、同時に二人の大切な存在を亡くしてしまった。
さよならも言えずに。
あの後、金銭的に余裕のあった父方の祖父母に引き取られたが、仕事ばかりで孫に関心のない人達だった。
大学進学の資金やまとまった生活費を部下伝手に渡してくるだけで、碌に顔も合わせたことがなかった。
広い高級マンションの一室を与えられ一人暮らし、ーー孤独な日々。
母が料理上手な人で幼い頃から家事も手伝っていたから料理も家事も一通り出来たが、ファミリー向けのマンションのダイニングルームで独りきりで食べる料理は味気ない。
何度も父や母と食卓を囲んでいた子供時代を思い出しては悲しみに浸っていた。
だから家族に対する憧れや恋しさは常にあった。
……だが、それ以上に家族を突然失ってしまうことへの恐怖やトラウマが消えなかった。
「………ごめん」
結婚の話まで出ていて長く付き合っていた女性も居たが、やはり決心はつかなかった。
身勝手な話だが臆病な自分は、たったその一言だけで一方的に別れを告げた。
持たなければ、
家族なんて最初からなければ、失うこともない。
ある日思い立ったように脱サラして、晩年までの五年間、世界中を飛び回ってカメラマンをしていた叔父の仕事を手伝っていた。
色んな文化に触れて、たまにちょっとしたアクシデントも刺激になり、世界中の人たちとの浅くて広い交際は気軽で楽しかった。
友達だって数え切れないほど出来た。
だが、最期の最期まで、やっぱり誰とも深い付き合いはできなかった。
満たされることのない気持ちを抱えながら、操縦していた軽飛行機が山の中で墜落し、深くて寒い林の中、独りぼっちで客死した。
そして目を開けたら、異世界にいた。
山の中で倒れていた自分は二歳くらいの子供で、自分の隣で母親らしき女の人と男の人が複数人が泥まみれのうつ伏せ状態で倒れていて、既に息絶えていた。
その様子を傍観していると、一匹の黒い狼がこちらに歩み寄ってきた。
目をパッチリと開けて呆然としている子供の自分を見て、無言のまま前脚を伸ばして自分の頭を撫でた。
その瞬間ビリッと電流が走ったような気がした。
「……陽太?」
黒い狼が目を見張っていた。
黄金色の不思議な瞳からボロボロと涙が溢れた。
狼は鼻水を垂らしながら間抜けな顔で号泣していた。
あまり細かい記憶はないけれど中世時代のお城のような建物に連れて行かれた。
クライシア大国という君主国らしい。
孤児の自分は城の使用人夫婦に引き取られ、十歳で従士団に入り実績を上げ、親友だったグレース皇子の推薦で第二騎士団に所属するようになった。
あの黒い狼は幻狼と呼ばれる聖獣で怖そうな見た目をしているが人間に化けるとものすごく美形で、なにかと面倒を見てくれて、良くしてくれた。
自分が幼い頃はお城の中は色々と大変だったが、今では騎士団の気の良い仲間たちに囲まれ仕事も順調、城下町もすっかり平和になり、幸せな日々。
「オリヴィア小国からグレース皇子の婚約者様が来たんだって!」
「へえ~」
「良いなあ、俺も結婚したいなあ」
「貴族揃いの第一騎士団のお坊っちゃまや団長クラスはともかく、うちってば騎士とは名ばかりの実質従士団、遠征も頻繁にあるし戦争があれば参加しなきゃだし危険な職業だし、まあモテないよね~」
「そもそも城から出れないから出会いないしさあ」
騎士たちは仕事終わりで酒を飲みながら愚痴を吐いていた。
自分は苦笑していた。
「俺はお前たちと楽しく暮らせてるから今のままでも十分幸せっすけどね」
「枯れたこと言うなよ~ユーシン」
心からそう思ってる。
けれど、前世で死を迎える直前にlやっぱり願ってしまったのだ。
家族が欲しい。
家で自分の帰りを待っていてくれる大切な人たち。
賑やかなリビング。温かい団欒。自分の帰る場所。作りたての美味しいご飯。
もし願いが叶うなら、もう一度父や母に会いたい。
諦めていたつもりだったのに、最期に残った願い。心からの切望。
こうやって生まれ変わったのも自分の儚い願いを聞き入れた神様の気まぐれかもしれない。
いつか、大切な人を失う恐怖を乗り越えられたら……。
ユーシンは目を瞑り、密かに祈っていた。
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