シャルロット姫の食卓外交〜おかん姫と騎士息子の詰め所ごはん

ムギ・オブ・アレキサンドリア

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オーギュスト国へご訪問〜猫神様の祟り!?もふもふパンデミック大パニック

深夜のお勉強お夜食のたまごサンド

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 街中は獣化した民だらけ。
 予想以上に深刻な状態にヴェルは言葉を失った。

「このままじゃ生活にならないわ」
「物資を運ぶ馬車も来ないんじゃ、いずれ食料も尽きてしまう!」
「ああ祟りじゃ……」

 不安に陥る人々を目の当たりにしてヴェルは涙が出そうになる。

 泣いちゃダメだ。泣きたいのは彼らの方なのに……。
 ぐっと拳を握ると、涙を拭い大きく深呼吸した。息を吐き出し気持ちを落ち着かせると、民達に向かって大きな声を出した。

「みんな!もう安心して!僕がなんとかするから!」

 具体的な策はやっぱりまだ思いつかない。けれど、先ずやる事は目の前の人達を元気付かせることだ。

「ああ!ヴェル殿下!ヴェル殿下だ!」

 動物達は一斉にヴェルを取り囲み歓声を上げた。
 ヴェルは笑って、今度はゲーテ王子や騎士達に指示をした。

「みんなでふ頭へ行って街まで物資を運ぼう!今すぐトムと船問屋へ連絡して!」

「動物の姿だと手足も不自由で料理もできないし、炊き出しをしてみんなに配ろう」

 ユーシンはヴェルに提案した。

「そ、そうだね!」

 *

「はあ~疲れた~」

「あら?ユーシン……」

 宮殿内のバルコニーで私服姿のユーシンとばったり出会ったシャルロット。

「母さん!」

 シャルロットがやって来たのは厨房の方向からだった。
 もう夜もすっかり老けているというのに……、ユーシンは苦笑いした。

「母さん、今まで厨房にいたの?」

「ええ、皿洗いや掃除と、それから明日の仕込みですわ。ユーシンこそ、夕ご飯に顔を出さなかったじゃない」

「ははは、ずっと街にいたっす。獣化した街の人たちのフォローでてんてこ舞いだったよ」

「まあ、そうだったの、何か原因は分かったの?」

「……何も…。でも、今日一緒だったヴェル殿下の護衛の騎士は誰一人症状が出ていなかったすよ?例の突風に襲われた人もいたけど」

「アルも平気だったわね……?平気な人と発症してしまう人、何か条件があるのかしら?」

「ヴェル殿下の騎士たち全員 先月外国へ遠征していたようです。そういえば、遠征へ行っていた他の兵士たちも無事らしいですよ?今日はふ頭へ行ったんすけど、船乗りさんも獣人でしたが、無事でした」

「アルもクライシア大国から来たのよね……。船乗りさんも外国とこの国を行き来するし……。外国へ行っていた人は無事なのかしら……?でも、キャロルさんやコハンさんは症状が出ましたわ」

 シャルロットとユーシンはお互いの顔を凝視したまま黙り込んでしまった。
 今の情報だけでは何もわからない。

「明日も街へ出て調査してみるっす!」

「お願いね、ユーシン」

 ユーシンと別れた後、シャルロットは宮殿内の図書館へ立ち寄った。
 昼間に官僚のトムに図書館の場所を聞いておいたのだ。
 庭園内の別棟に図書館はあった。
 夜更けで今は誰もいない。いくつか本を借りて、すぐに私室へ戻るつもりで騎士の護衛も付けなかった。
 はしたないけれど、風呂上がりの寝間着姿でそうっと忍び込む。

 火の精霊ウェスタから教わった魔法を使って、宙を漂う火の玉を出した。
 火の玉が明るく道や部屋の中を照らしてくれる。

「シャルロット姫様?」

「きゃ!」

 突如背後から声を掛けられて、シャルロットは悲鳴をあげた。
 振り返ると本をたくさん抱えたヴェルが居た。

「ヴェル殿下?こんな夜中にどうしたの?」

「調べ物だよ。早くみんなを治してあげたいんだ。今日は徹夜だよ!」

 図書館内の机の上にはランプと、積み上げられた本や紙の山。

「そうだったの…偉いわね!」

「えへへ」

「えっと……私も何かせずには居られなくって……、あ!あのね、ちょっと本を読んで待っていてくれる?」

「う、うん」

 シャルロットは何かを閃いたような顔をすると、慌ただしく図書館を飛び出していった。
 それからシャルロットは皿とティーカップをお盆の上に乗せて再度図書館へ現れた。

「お夜食を簡単に作って来たわ。ヴェル殿下、晩餐会にもいらっしゃらなかったでしょう?お腹空いてるんじゃない?」

「うん。夜まで街にいたからね。もうお腹ぺこぺこだよ」

「たまごサンドと甘茶です」

「わぁ~!美味しそう!いただきまーす!」

 ヴェルは笑顔でたまごサンドを手にし、美味しそうパクパクと食べ始める。

「ん~!すっごくおいしい!」

「ふふ、よかった」

「このお茶も美味しいね!」

「そうでしょう?アルも好きなのよ」

 笑い合う2人の顔を、火の玉の優しいオレンジ色の光がぼんやりと照らす。
 食事を時々口に運びながら必死に調べ物をしているヴェルの隣で、シャルロットも本をいくつか開いていた。
 異国語で読み取るのは容易ではなかったが、何もしないよりはマシだった。
 30分だけ……、そう思っていたのに、次に目を開くと窓の外はすっかり明るくなっていて、明け方の空に薄い三日月が登っていた。

「はっ!」

 誰かが自分を抱き上げているような腕の感触や気配を感じた。
 ふと顔を上げると、そこにはアルハンゲルの顔があった。

「きゃっ!?あ、アル!?」

 アルハンゲルは無表情のまま、眠っていたシャルロットを横抱きしていた。
 目は覚めてしまっていたシャルロットだったが、図書館内にある長ソファーの上に寝かされた。
 向かいのソファーでヴェル殿下もスヤスヤ眠っている。

「声を出すな。ヴェルが起きるだろう」

「ごめんなさい……」

「ヴェルが部屋に戻らないから探しに来たんだ。まさか今の今まで図書館にいたとはな」

 本を読んでる最中に、いつのまにか机に突っ伏したまま寝ていたようだ。

「頑張ってて微笑ましかったわ」

「頑張ってもらわなきゃ困るんだ、この国の王族なのだから」

 ヴェルに厳しいアルハンゲルだが、それはヴェルの事を思って厳しくしているのだ。
 いつも気難しそうな顔をしているが根は優しい人かもしれない。

「ふふ」

 シャルロットが笑うと、アルハンゲルは怪訝そうな顔をしながら彼女の目を手のひらで覆った。

「もう少し寝てろ。朝になったら起こしてやる」

「は、はい……」

 シャルロットはゆっくり目を閉じた。
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