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クライシア王の異世界旅行記
ネオン街の絶品ナポリタン
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満月の夜。
クライシア大国の王有林の一角に時空の歪みが生じ、異世界へと通じるゲートが開かれる。
高位精霊である幻狼の中でも更に強い魔力と高い能力を持つコボルトはこのゲートを利用して数多の世界を行き来することができた。
一晩だけ姿を現わす赤い光が帯びた巨大な楼門の前にコボルトやクライシア大国の王レイメイ、騎士団長メリーとコハン、オリヴィア小国の左王とその護衛の騎士イルカル。
六人はそれぞれスーツ姿で月光を背に立っていた。
「すげぇ……」
「……私には朧げにしか見えないな」
魔力を持たない人間である左王には楼閣はよく見えない。
「行くぞ」
コボルトが先頭に立ち門下をくぐる。
レイメイに続き左王、騎士達も門を通り抜けた。
ぐわんっと一瞬重力が無くなったかのように足元の感覚がおかしくなり、耳鳴りがした。
そして眩しい光に目を細めた。
「わぁっ……」
目を開けるとそこは大都会のビル街。
高級タワーマンションの最上階、デザイナーズ仕様のお洒落でだだ広いガラス張りの室内に6人は転移していた。
騎士達や左王は目を見開き、見知らぬ世界の光景に驚いていた。
「ここはどこだ?」
「私の別荘だ。この世界には度々来るので家を買ったのだ」
「なんかお城より狭い家ですね~、しかもなんでこんなに高い位置にあるんですか?」
イルカルはキョロキョロ部屋を物色し、窓から下を見下ろして顔を青くした。
「地球という世界だ。王になる前は私もコボルトとよく来たものだ」
エレベーターを使い一階に降りると、一同はマンションを出た。
道路を走っている車や変わった格好をして歩いている人間、建物を見渡してイルカル達はその都度驚いた声を上げている。
「それで、コボルトはどこ行くんですか?」
「まずはホームセンターだな、クロウに野菜のタネや肥料を買うように頼まれている。後はバルキリーに頼まれているコーヒー豆を買おう」
コボルトが指を鳴らすと転移魔法で都内の大きな百貨店内に入っているホームセンターに着いた。
突然目の前に現れたスーツ姿の集団に清掃のおばさんは腰を抜かす。
「市場のようなものだ」
「へえ~」
「まあ、見慣れないモノばかり売ってるのね」
メリーも目に映るものすべてに興味津々だ。
途中立ち寄ったブランドショップの前でメリーとコハンは立ち止まり、コハンは真っ赤なパーティードレスを手に取りメリーの前に差し出した。
「服も売ってるぞ、買ってやろうか?たまには女らしい格好をしたらどうだ?枯れるぞ」
コハンはメリーに言った。
「はぁ?喧嘩売ってんの?」
異世界にやってきてまで喧嘩を始める2人にイルカルは苦笑した。
何の事情も知らないショップ店員は営業スマイルを浮かべ二人に近寄り和かに声を掛けた。
「いらっしゃいませ。そちらは新しく仕入れたドレスでございます。奥様にとてもよくお似合いですよ」
メリーとコハンが夫婦だと勘違いしているようだ。二人は全力で否定した。
落ち着いた様子で店内を堂々と闊歩する左王にすれ違う客や店員は振り返り見惚れていた。
金髪碧眼、彫刻のように整った精悍な顔、高そうなスーツを着こなすスタイルの良さ、恐ろしい程長い脚、まるでハリウッドスターか外国人トップモデルのようだ。
コボルトはこなれた感じで買い物をすんなり済ませて、店の入り口付近にあったコインロッカーの中に荷物をしまうと扉に手をかざす。
一瞬ロッカーの中が発光したのち、再度扉を開けると中は空っぽになっていた。
「城に送っておいた」
「便利ですね」
デパートを出ると入り口を出てすぐの路側帯に停まっている一台の黒塗りのハイヤーから、白髪混じりの頭の中肉中背でスーツ姿の中年男が車から降りて来た。
「コボルト!こっちこっち」
こちらに向かって白い手袋をはめた手を頭上でブンブンと振っている。
「スオウ、久しぶりだな」
「ふふ、レイメイか…久しぶりだなあ、老けたなあ。だが、相変わらず色男だ」
「それはお互い様だろう」
王と対等に話す謎の中年男を見て、イルカルは驚く。
そんなイルカルや左王達にコボルトは彼を紹介した。
「幻狼グレイの前に城に居た幻狼スオウだ」
「私の祖父と契約していた幻狼だ。祖父が死んだ後はこの世界で生活している」
「定年退職後のセカンドライフですわ!おほほほ」
スオウは陽気に笑った。
騎士らはポカンとした顔をしている。
「どうぞ乗ってください!」
「なんだ?これは」
「車ですよ。馬車のようなものです。お腹すいたでしょう、お食事どころへお連れしますよ」
全員を一度に収容できる大きな高級車に乗り込んだ。
街の様子を騎士や左王は物珍しそうに見ている。
「昔は色んな国を旅していたが、このような異世界は初めてだ」
左王は呟く。
「我でも把握しきれないほど、このような異世界が星の数ほど存在している。元の世界もその中の1つに過ぎない。しかし、どの世界にも自分と全く同一の魂が存在しているものだ」
コボルトは目を閉じながら穏やかな口調で語った。
「この世界にも私と同じ人間がいるってことか?」
左王が質問を投げかけるとコボルトは小さく笑った。
「同じだけど同じではないお前が存在している」
「言っている事がよくわからないぞ」
「我のような数多の世界を渡れる包括者にしか理解できない事だ、気にするな」
やがて車、パーキングエリアに停まった。
一同がスオウに連れて来られたのはネオン街の一角にあるキャバクラだ。
「食事処ではなかったのか?」
コボルトが文句を言いながら睨むと、スオウは茶目っ気たっぷりにウインクをし、舌を出しながら笑った。
「男どもが集まったらここでしょ?この世界の常識だ!本当はセクキャバの方が良かったが、女団長さんがいらっしゃるからなあ~」
「お前は相変わらず女好きだな!」
コボルトは呆れ顔だ。
しかし、ボーイに中に通され席に着いた以上帰るわけにはいかなかった。
スオウは常連なのか慣れたようにオーダーや指名をしていた。
「今日は無礼講だ、好きに呑んで食え」
王は萎縮している騎士達に笑いかけた。
本来ならば国王と同席で飲食なんてとんでもない事だ。無礼講だと言われても若手騎士のイルカルの表情は引きつっていた。
「ここはお料理も美味しいんですよ!キッチンチーフが元料理人でねえ」
スオウが注文した料理や酒、それから指名した女の子が数名やって来た。
皆 煌びやかで色っぽいドレスを着て派手な頭をしている。イルカルは顔を真っ赤にして狼狽えながらソファーのクッションと化している。
一方、女好きのスオウと一緒に女の子達に鼻の下を伸ばす第二騎士団 団長のコハン、彼の隣で険しい顔をしながら蔑視の眼差しを送っている第一騎士団の団長メリー。
「美味いな」
女の子に目もくれず運ばれて来た料理の皿を手に、もぐもぐと飲食を始めた左王。
初めて口にしたナポリタンはとても美味しく、あっという間に完食した。
「おい、店の女か、このパスタをもう一皿くれないか」
ホステスに向かって空の皿を差し出した。
ホステスは熱のこもった潤んだ瞳で左王を見つめ、思い切り猫かぶったような甘える声を出しながら、彼に寄りかかる。
「まあ、気に入ってくださいましたぁ?当店自慢のナポリタンです~」
「ナポリタンと言うのか?ああ、初めて食ったが美味だったぞ」
左王は腕にまとわりつくホステスの手を煩わしそうに払った。
「それは良かったです~」
「料理は頼んだからお前は下がって良いぞ、邪魔だ」
「え?…じゃ、邪魔って………」
「私のことは放って置いてもらって良い。静かに飲みたいんだ」
ツンケンとした表情や態度にホステスは戸惑う。
「そうはいかないわ。せっかくいらっしゃったんだし、もっと、お喋りを楽しみましょう?」
高校卒業と共に上京してキャバで働いて順風満帆に売り上げを伸ばし、現在は挫折知らずの不動のナンバーワンホステス祐美。
この自慢の天然物の美しい顔や豊満ボディに靡かない男がいるなんて、内心焦っていた。
今まで見てきたホストよりも1億倍も超美形で何よりめちゃくちゃタイプだと一目見て惚れていた。
今まではどんな男も向こうから声を掛けてきてチヤホヤするのに、このように男に冷たくあしらわれるのは初めての経験だ。
プライドが傷付けられたような気がした。
(なんとしても、この男を自分にメロメロにしてみせる!)
久しぶりに燃えた。
悶々としているうちにナポリタンが席に運ばれてきた。
左王は祐美など無視して美味しいナポリタンに夢中だ。
「で、では、私が食べさせてあげるわ!」
祐美は左王の手からフォークをかっさらい、ナポリタンを絡めとる。
そして左王の顔の前に差し出した。
左王はポカンとした顔をして黙る。
その顔を見た祐美も思わず無言になる。
ポツッ
祐美の着ていた淡色のドレスの裾にソースが跳ねた。
それに気付いた左王は無言で席を立ち、ボーイに何かを話しかけどこかへ行ってしまった。
祐美の顔が凍る。
周りのホステスからの冷ややかな笑い声が耳に入り、悔しい思いがこみ上げてくる。
やがて左王がタオルを片手に戻ってきた。
席に着くなり祐美の手を強引に引っ張って、裾の汚れに濡れタオルを押し付けた。
「この店に石鹸があってよかった。こうすれば汚れが落ちると、妹が言っていた」
「え……?」
汚れが落ちたことを確認すると、無邪気にフッと静かに笑った。
メロメロにすべき相手に返り討ちにされてしまった。
祐美は目にハートを浮かべたまますっかり放心状態でソファーの上の置物と化した。
「赤子じゃないのだからこれくらい自分で食える。お前の介助なんて要らん」
左王は我関せずでナポリタンを食べ始めた。
一部始終を見ていたイルカルは祐美同様に左王の横顔にドキドキしながら見惚れていた。
それに比べて酔っ払ったコハンは女の子を片っ端からエロオヤジのごとくいやらしい顔をして口説いたり、セクハラまがいな事をしている。
これがモテる男とモテない男の違いかと、両者を見比べたイルカルは苦笑した。
クライシア大国の王有林の一角に時空の歪みが生じ、異世界へと通じるゲートが開かれる。
高位精霊である幻狼の中でも更に強い魔力と高い能力を持つコボルトはこのゲートを利用して数多の世界を行き来することができた。
一晩だけ姿を現わす赤い光が帯びた巨大な楼門の前にコボルトやクライシア大国の王レイメイ、騎士団長メリーとコハン、オリヴィア小国の左王とその護衛の騎士イルカル。
六人はそれぞれスーツ姿で月光を背に立っていた。
「すげぇ……」
「……私には朧げにしか見えないな」
魔力を持たない人間である左王には楼閣はよく見えない。
「行くぞ」
コボルトが先頭に立ち門下をくぐる。
レイメイに続き左王、騎士達も門を通り抜けた。
ぐわんっと一瞬重力が無くなったかのように足元の感覚がおかしくなり、耳鳴りがした。
そして眩しい光に目を細めた。
「わぁっ……」
目を開けるとそこは大都会のビル街。
高級タワーマンションの最上階、デザイナーズ仕様のお洒落でだだ広いガラス張りの室内に6人は転移していた。
騎士達や左王は目を見開き、見知らぬ世界の光景に驚いていた。
「ここはどこだ?」
「私の別荘だ。この世界には度々来るので家を買ったのだ」
「なんかお城より狭い家ですね~、しかもなんでこんなに高い位置にあるんですか?」
イルカルはキョロキョロ部屋を物色し、窓から下を見下ろして顔を青くした。
「地球という世界だ。王になる前は私もコボルトとよく来たものだ」
エレベーターを使い一階に降りると、一同はマンションを出た。
道路を走っている車や変わった格好をして歩いている人間、建物を見渡してイルカル達はその都度驚いた声を上げている。
「それで、コボルトはどこ行くんですか?」
「まずはホームセンターだな、クロウに野菜のタネや肥料を買うように頼まれている。後はバルキリーに頼まれているコーヒー豆を買おう」
コボルトが指を鳴らすと転移魔法で都内の大きな百貨店内に入っているホームセンターに着いた。
突然目の前に現れたスーツ姿の集団に清掃のおばさんは腰を抜かす。
「市場のようなものだ」
「へえ~」
「まあ、見慣れないモノばかり売ってるのね」
メリーも目に映るものすべてに興味津々だ。
途中立ち寄ったブランドショップの前でメリーとコハンは立ち止まり、コハンは真っ赤なパーティードレスを手に取りメリーの前に差し出した。
「服も売ってるぞ、買ってやろうか?たまには女らしい格好をしたらどうだ?枯れるぞ」
コハンはメリーに言った。
「はぁ?喧嘩売ってんの?」
異世界にやってきてまで喧嘩を始める2人にイルカルは苦笑した。
何の事情も知らないショップ店員は営業スマイルを浮かべ二人に近寄り和かに声を掛けた。
「いらっしゃいませ。そちらは新しく仕入れたドレスでございます。奥様にとてもよくお似合いですよ」
メリーとコハンが夫婦だと勘違いしているようだ。二人は全力で否定した。
落ち着いた様子で店内を堂々と闊歩する左王にすれ違う客や店員は振り返り見惚れていた。
金髪碧眼、彫刻のように整った精悍な顔、高そうなスーツを着こなすスタイルの良さ、恐ろしい程長い脚、まるでハリウッドスターか外国人トップモデルのようだ。
コボルトはこなれた感じで買い物をすんなり済ませて、店の入り口付近にあったコインロッカーの中に荷物をしまうと扉に手をかざす。
一瞬ロッカーの中が発光したのち、再度扉を開けると中は空っぽになっていた。
「城に送っておいた」
「便利ですね」
デパートを出ると入り口を出てすぐの路側帯に停まっている一台の黒塗りのハイヤーから、白髪混じりの頭の中肉中背でスーツ姿の中年男が車から降りて来た。
「コボルト!こっちこっち」
こちらに向かって白い手袋をはめた手を頭上でブンブンと振っている。
「スオウ、久しぶりだな」
「ふふ、レイメイか…久しぶりだなあ、老けたなあ。だが、相変わらず色男だ」
「それはお互い様だろう」
王と対等に話す謎の中年男を見て、イルカルは驚く。
そんなイルカルや左王達にコボルトは彼を紹介した。
「幻狼グレイの前に城に居た幻狼スオウだ」
「私の祖父と契約していた幻狼だ。祖父が死んだ後はこの世界で生活している」
「定年退職後のセカンドライフですわ!おほほほ」
スオウは陽気に笑った。
騎士らはポカンとした顔をしている。
「どうぞ乗ってください!」
「なんだ?これは」
「車ですよ。馬車のようなものです。お腹すいたでしょう、お食事どころへお連れしますよ」
全員を一度に収容できる大きな高級車に乗り込んだ。
街の様子を騎士や左王は物珍しそうに見ている。
「昔は色んな国を旅していたが、このような異世界は初めてだ」
左王は呟く。
「我でも把握しきれないほど、このような異世界が星の数ほど存在している。元の世界もその中の1つに過ぎない。しかし、どの世界にも自分と全く同一の魂が存在しているものだ」
コボルトは目を閉じながら穏やかな口調で語った。
「この世界にも私と同じ人間がいるってことか?」
左王が質問を投げかけるとコボルトは小さく笑った。
「同じだけど同じではないお前が存在している」
「言っている事がよくわからないぞ」
「我のような数多の世界を渡れる包括者にしか理解できない事だ、気にするな」
やがて車、パーキングエリアに停まった。
一同がスオウに連れて来られたのはネオン街の一角にあるキャバクラだ。
「食事処ではなかったのか?」
コボルトが文句を言いながら睨むと、スオウは茶目っ気たっぷりにウインクをし、舌を出しながら笑った。
「男どもが集まったらここでしょ?この世界の常識だ!本当はセクキャバの方が良かったが、女団長さんがいらっしゃるからなあ~」
「お前は相変わらず女好きだな!」
コボルトは呆れ顔だ。
しかし、ボーイに中に通され席に着いた以上帰るわけにはいかなかった。
スオウは常連なのか慣れたようにオーダーや指名をしていた。
「今日は無礼講だ、好きに呑んで食え」
王は萎縮している騎士達に笑いかけた。
本来ならば国王と同席で飲食なんてとんでもない事だ。無礼講だと言われても若手騎士のイルカルの表情は引きつっていた。
「ここはお料理も美味しいんですよ!キッチンチーフが元料理人でねえ」
スオウが注文した料理や酒、それから指名した女の子が数名やって来た。
皆 煌びやかで色っぽいドレスを着て派手な頭をしている。イルカルは顔を真っ赤にして狼狽えながらソファーのクッションと化している。
一方、女好きのスオウと一緒に女の子達に鼻の下を伸ばす第二騎士団 団長のコハン、彼の隣で険しい顔をしながら蔑視の眼差しを送っている第一騎士団の団長メリー。
「美味いな」
女の子に目もくれず運ばれて来た料理の皿を手に、もぐもぐと飲食を始めた左王。
初めて口にしたナポリタンはとても美味しく、あっという間に完食した。
「おい、店の女か、このパスタをもう一皿くれないか」
ホステスに向かって空の皿を差し出した。
ホステスは熱のこもった潤んだ瞳で左王を見つめ、思い切り猫かぶったような甘える声を出しながら、彼に寄りかかる。
「まあ、気に入ってくださいましたぁ?当店自慢のナポリタンです~」
「ナポリタンと言うのか?ああ、初めて食ったが美味だったぞ」
左王は腕にまとわりつくホステスの手を煩わしそうに払った。
「それは良かったです~」
「料理は頼んだからお前は下がって良いぞ、邪魔だ」
「え?…じゃ、邪魔って………」
「私のことは放って置いてもらって良い。静かに飲みたいんだ」
ツンケンとした表情や態度にホステスは戸惑う。
「そうはいかないわ。せっかくいらっしゃったんだし、もっと、お喋りを楽しみましょう?」
高校卒業と共に上京してキャバで働いて順風満帆に売り上げを伸ばし、現在は挫折知らずの不動のナンバーワンホステス祐美。
この自慢の天然物の美しい顔や豊満ボディに靡かない男がいるなんて、内心焦っていた。
今まで見てきたホストよりも1億倍も超美形で何よりめちゃくちゃタイプだと一目見て惚れていた。
今まではどんな男も向こうから声を掛けてきてチヤホヤするのに、このように男に冷たくあしらわれるのは初めての経験だ。
プライドが傷付けられたような気がした。
(なんとしても、この男を自分にメロメロにしてみせる!)
久しぶりに燃えた。
悶々としているうちにナポリタンが席に運ばれてきた。
左王は祐美など無視して美味しいナポリタンに夢中だ。
「で、では、私が食べさせてあげるわ!」
祐美は左王の手からフォークをかっさらい、ナポリタンを絡めとる。
そして左王の顔の前に差し出した。
左王はポカンとした顔をして黙る。
その顔を見た祐美も思わず無言になる。
ポツッ
祐美の着ていた淡色のドレスの裾にソースが跳ねた。
それに気付いた左王は無言で席を立ち、ボーイに何かを話しかけどこかへ行ってしまった。
祐美の顔が凍る。
周りのホステスからの冷ややかな笑い声が耳に入り、悔しい思いがこみ上げてくる。
やがて左王がタオルを片手に戻ってきた。
席に着くなり祐美の手を強引に引っ張って、裾の汚れに濡れタオルを押し付けた。
「この店に石鹸があってよかった。こうすれば汚れが落ちると、妹が言っていた」
「え……?」
汚れが落ちたことを確認すると、無邪気にフッと静かに笑った。
メロメロにすべき相手に返り討ちにされてしまった。
祐美は目にハートを浮かべたまますっかり放心状態でソファーの上の置物と化した。
「赤子じゃないのだからこれくらい自分で食える。お前の介助なんて要らん」
左王は我関せずでナポリタンを食べ始めた。
一部始終を見ていたイルカルは祐美同様に左王の横顔にドキドキしながら見惚れていた。
それに比べて酔っ払ったコハンは女の子を片っ端からエロオヤジのごとくいやらしい顔をして口説いたり、セクハラまがいな事をしている。
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