シャルロット姫の食卓外交〜おかん姫と騎士息子の詰め所ごはん

ムギ・オブ・アレキサンドリア

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ミレンハン国のトド王妃と赤獅子シモンのダイエット大作戦!?〜美しい公爵令嬢と獣人騎士の身分差恋愛の行方

ほっこり湯豆腐とユハのエスノグラフィ

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 お昼過ぎ、仕事を終えたユーシンが瓶を片手に社員食堂に現れた。

「母さん!これ、作っておいたよ!」

 食堂のテーブルの拭き掃除をしていたシャルロットは、その瓶を見て首を傾げた。

「ユーシン…それは?」

「“ニガリ”っす。この国や周辺国に海なんてないし入手も困難だったから、手作りの紛い物っすけどね」

 ニガリ……、豆腐に使われる凝固剤、お魚料理などにも使用する海水を濃縮して出来た食品添加物だ。
 クライシア大国は従属国から砂糖やスパイスや茶葉類は比較的容易に入手できるが、地理的な問題で海産物はあまり普及せず、食塩も大変高価で貴重な食材として扱われている。

 エスター国から沢山大豆を入手できたので真っ先に豆腐を作りたいと考えたのだが、肝心のニガリが手に入らず悩んでいたのだ。
 前世の日本では近所のスーパーへ行けば安価で手軽に購入できたのだが……。

「ユーシンってば、どうやって作ったの?」

「砕いた卵の殻を酢に数日間浸けておくと化学反応が起こって、ニガリと同じような液体ができるんです」

 前世では仕事で海外を飛び回っていたらしいユーシン。海外ではなかなか日本の食材が入手できず、手に入ったとしても高価なため豆腐などは自作していたようだ。

「そういえば、昔は一緒に家でお豆腐作ってたわね。豆乳を買って」

「うん、だから市販の豆腐では味気なかったんだよなぁ。久しぶりに作ってよ」

「わかったわ」

 そんなやり取りがあったのが数日前。


「お姫ちゃん?何作ってるの~?」

 昨夜から城外に出かけていたユハが元気に帰って来た。
 ちょうど良いタイミングで手作りのお豆腐が出来上がっていた。

「わ~豆腐だ!」

 同じ転生者であるユハは感動をしていた。
 しかし、リリースやウェスタは不思議そうな顔をしている。

 一晩水に漬けておいた大豆を、クロウの知り合いの発明家の青年達に作ってもらったミキサーのような粉砕機にかける。
 そしてアクを取りながら鍋で煮込み、出来上がったものを布で濾せば豆乳が出来上がる。
 豆乳にニガリもどきを投入しさらに火にかけると固まってくるので、布を敷いた型に流し込み重石を乗せて数時間放置をすれば豆腐の完成だ。

  「形はちょっと歪ですけど、ちゃんとできたわ」

 嬉しそうなシャルロット。

「ねえ、これ、この豆腐とかいう食べ物、ユーシンの好物なの?」

「え?うん、そうねえ」

 リリースはマジマジと豆腐を見つめた。

「あとでレシピもらえる?練習するわ!」

 よくわからないが、意気込みがすごい。
 シャルロットは苦笑しながら、首を縦に振った。

「あっ、そうだわ、以前ミレンハン国から頂いた干し昆布があったわね、それに鰹節も」

 シャルロットは出来上がったばかりの豆腐を使って早速料理を始めた。
 和風の出しにアクセントですりおろした生姜を加えて、手で大雑把に割った豆腐を煮込む。
 出来上がったのは温かい湯豆腐だった。

「柔らかくて美味しいわね、この豆腐って」

 味見をしてくれたリリースは笑った。

「大豆は畑のお肉って言うでしょ、騎士団のタンパク質源や代替食に良いかも☆あと、ダイエットを謳って貴族の令嬢達に売り込めば稼げるかも☆」

 ユハは黒い笑いを浮かべる。
 この社員食堂の経費は財政部から全て支給されている。酒や嗜好品に経費は落ちないので一部は喫食者からお金を取ることになっているのだが、特に稼ぐ必要はないのだが……。

「王様の資本主義的な考えそのものでしょ。お金はいくらあって困るものじゃないし~。今の時代、貴族も身分だけじゃ食っていけないし金稼ぎしなきゃ生きていけないし~。ね、アル」

 ユハはちょうど食堂に戻ってきたアルハンゲルに話を振った。

「実家から何か言われたのか?ユハ。今日公爵家に帰っていたんだろ?」

「ん~ちょっとねえ、父ちゃんに『いつまでそんなオママゴトしてるつもりだ!』って説教されたさ☆だから一儲けして父ちゃんをギャフンと言わせてやろうと思って☆」

「お前も間抜けな顔して苦労人なんだな」

 アルハンゲルはそう言いながらシャルロット達の前にあるテーブルの上に、焼きたてのパンが入ったバスケットを置いた。

「シャルロットの案で粉にした大豆でパンを焼いてみた、試食してくれ」

 ややクリーム色をしたハードな食感で重ための丸パンだ。

「まだ食感が悪いから小麦粉の配合量を調整しようと思うんだが」

「でも食べ応えがあっていいわね。少し大豆の青臭さがあるから……惣菜パンにしたらどうかしら?いっそ、お豆腐をパン生地に混ぜるとか…」

「これもダイエットに良いのね?」

 リリースは興味津々だった。

「そうですわ。小麦粉よりもずっと低糖質なの。ナージャ王妃、パンを食べるのを控えていらっしゃるから代替食にどうかなと思って…アルにお願いしたのよ」

「貴族の令嬢達が食い付きそうだわ。最近王宮や城下のスイーツが美味しいから太っちゃってる子が増えてるのよね~。アランに宣伝してもらえば売れると思うわよ」

「良いわね、それ」

 そうしてあれこれダイエットメニューを試作してみた。
 もちろん試食してもらうのはナージャ王妃だ。

 数日後、食堂内にあるモダンな雰囲気の小さな個室にナージャ王妃をお呼びした。

「まあ、すごいわ!これがダイエットに効くの?」

 毎日赤獅子の元で騎士団の厳しいトレーニングやランニング、食堂での食事制限を欠かさず行なっているナージャ王妃は、一ヶ月前と比べて顔色も良いし、顎のラインもスッキリし一回り細っそりと小さくなった気がする。

 柑橘類を絞った爽やかなジュースに、豆腐作りの副産物おからを百パーセント使用した甘さ控えめの素朴なクッキー、大豆粉のバンズに茹でた胸肉やオリーブの実、フレッシュな葉野菜をトッピングし、バーニャ・フレイダ(アンチョビソース)をかけ挟んだサンドウィッチ。

 ナージャ王妃はご機嫌そうにニコニコしながら大きな口を開けてサンドウィッチを頬張った。

「しかも美味しいじゃない!こんなに美味しいのに太らないなんて!」

「カロリーや糖質は抑えつつ、ダイエットに欠かせない食物繊維やビタミンやタンパク質を豊富に含んでおりますわ。痩せるだけじゃなくてお肌も健やかになりますし、大豆は女性に欠かせないお野菜です」

「そうなの。それは有益な情報ね。レシピを書いてグリムに渡してちょうだい、うちの宮殿の料理人に教えるわ」

 そこですかさずユハは現れた。

「王妃様、それは門外不出のレシピとなっております。タダでは教えられませんねえ」

「あら、うちの旦那に請求してちょうだい」

「毎度あり~」

 食べ物自体じゃなくてレシピを売る。
 ユハはクリスティの伝手で本を出版している商会とも繋がりがあった、本としていくつかの料理のレシピやダイエットレシピ本を販売する気だ。
 ベストセラー作家クリスティの宣伝効果もあり、既に発売前から貴族の家のみならず一般市民からも予約が殺到している。

 中産階級や貴族の屋敷で出張お料理教室も開いて金稼ぎもしている様子で、前世では財閥の御曹司だった影響なのか意外にも商才があるようだ。
 ただし本人は純粋に料理人になりそうだ。
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