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ミレンハン国のトド王妃と赤獅子シモンのダイエット大作戦!?〜美しい公爵令嬢と獣人騎士の身分差恋愛の行方
東の魔女のピッツァ・マルゲリータ
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早朝の銀の間に朝陽が差し込んだ。
狼が一匹余裕で入るくらいの大きな鳥籠の形をした鉄の檻の中、ふかふかのクッションの上に黒チワワのクロウは丸まって眠っていたが、小鳥のさえずりが耳に入りやがて目を覚ました。
鉄の檻のすぐ近くには来客対応のソファーセットがあり、グレース皇子はソファーで眠っていた。
「グレース?」
「クロウ……お早う」
グレース皇子も目を覚ました。
「ここで寝てたの?」
「お前、一人で眠るの嫌いだろ」
「うん……、グレース、怒ってないの?シャルロットに怪我させたこと……」
「怒ってるぞ。でも、わざとじゃないんだろう?」
「うん……」
大昔東の魔女に作ってもらった頑丈な鉄檻には強力な魔法がかけられており、この中では幻狼の魔法も物理的な攻撃も無効化される。
昔から悪さを働いた幻狼を折檻するのに使われていた。
グレース皇子は檻越しにチワワの頭を撫でる。
「今日はユハとシャルロットを呼んでおいた、気晴らしに散歩でもしてこい」
「え?でも罰は?檻の中で謹慎なんじゃ?」
「少しくらいならいいだろう」
グレース皇子は微笑んでいる。
あれからずっと檻の中に閉じ込められていたので外を走りたくてウズウズしていた。シャルロットとお散歩と聞いてクロウは尻尾を振って舞い上がった。
午前中、お出掛け用のドレスを着て帽子を被ったシャルロットと外着姿のユハがクロウを迎えにやって来た。
シャルロットの護衛にはアダム、それから第一騎士団の騎士オーエンがお伴している。
ユハはリードのような魔道具の紐と首輪をクロウに取り付け、まるで犬の散歩のようにその紐を引っ張って歩いた。
幻狼の力が封じられたチワワの姿では逃げられない。
空は快晴、気持ちの良い朝。
本殿を出て馬車に乗る手前までは散歩だとすっかり信じ込んでご機嫌なクロウだったが、馬車を目の前にして何かに勘付き、ピタリと足を止め地面にへばり付いて外出を拒否しだした。
「クロウ、どうしたの?早く馬車に乗りましょう?」
「嫌嫌嫌~~行きたくない~助けて~シャルロット~」
「チッ 勘付かれたか」
ユハは舌打ちをし、荒っぽく魔道具のリードを引っ張った。だが、クロウは絶対に動こうとはしない。
まるで動物病院へ行くのを抵抗する飼い犬とご主人のようだ、シャルロットは苦笑いした。
最近クロウの様子がおかしいので、聖獣や精霊に詳しい東の魔女に相談しに行って欲しいと、グレース皇子より頼まれた。
クライシア大国の東方の村に住む魔人の老婆ルシア、またの名を東の魔女。
王家とも古くより付き合いがあり、難しい高位魔法をいくつも会得し魔道具を作り売って生計を立て、一人寂れた村でひっそりと暮らしている。
幻狼にも詳しいらしく定期的に検診のようなものがあるようだが、その検診はかなり痛いそうで幻狼は彼女の名前を聞くだけで条件反射で逃げ出す。
毎度ユハがチェス仲間のクライシア王にバイト代を貰ってコボルトやクロウを検診に連れて行くことがあった。
クロウのついでに検診を受けることになったポメラニアンのグレイは死刑執行を待つ死刑囚のような生気のない顔をして、シャルロットの腕の中で放心していた。
よっぽど魔女が怖いらしい。最強の聖獣幻狼が怯える女性、一体どんな人なんだろう?シャルロットはワクワクしていた。
ユハと騎士に取り押さえられ、無理矢理馬車の中に乗せられたクロウは絶叫した。
悲痛な声は虚しく馬の蹄の音にかき消された。
「王都を出るなんて初めてだわ」
シャルロットは膝の上にクロウを座らせて馬車の窓の外を眺めていた。
レンガ造りの家が建ち並び、中央には大きな青空市場や魔法で走る鉄道のような乗り物が走り、人で溢れ栄えている王都を離れると、途端にのどかな田舎風景が広がった。
「そうだったの~?昔はどこもすごい荒れてたんだけどね、今は超平和っしょ?ほんと、王次第で国って変わるんだよね」
ユハも窓の外を眺めていた。
前王時代を知っているが、ユハが幼い頃は城下は悲惨な状態だった。
二時間ほど馬車を走らせ、目的地の東の村に入った。
人口も少なく閑散としているが村人たちは穏やかに暮らしている。
養羊場があちこちにあり、人よりも羊の数の方が圧倒的に多かった。
馬車はとある古びた屋敷の前に停まり、馬車からユハにエスコートされてシャルロットは降りた。
二匹の幻狼はブルブルと恐怖に震えていた。
黒い屋根に赤いレンガ造りの壁を蔦が覆っている。だだ広い庭にはハーブや花が植えられ、小さな人工池もあった。おとぎ話に出て来そうな外観のお屋敷だ。
「おや、いらっしゃい。ユハ御坊ちゃま」
屋敷に入ると白髪混じりの引っ詰め髪に全身黒づくめの老婆ルシアが現れた。
確かに魔女っぽい。
「はじめまして!この度グレース皇子と婚約いたしました、シャルロットですわ」
シャルロットは頭を下げた。
老婆はニコニコと笑って歓迎する。
挨拶もそこそこに、早速幻狼の検診が始まった。
ルシアの仕事部屋の台の上に乗せられたグレイは顔面蒼白だったが、おとなしく伏せている。
「グレイと会うのは何年ぶりかねぇ、うん、異常はないよ」
ルシアはグレイの前脚を手に取り、大きくて太い釘のような針を刺した。
魔法で出来たワクチンや栄養剤のようなものらしいそれは、光りながら前脚に溶けていく。
これがかなりの激痛だそうだ。だが、グレイは悲鳴も出さず耐えた。
検診が終わるとシャルロットはグレイを抱え、頭を撫でて褒めてあげた。そこでやっと安堵の表情を浮かべ顔色も良くなり、尻尾をパタパタと振り始めた。
問題のクロウだがーー
「う~ん、異常はないねえ」
「よかった…」
シャルロットは胸をなで下ろす。
ルシアはジッとシャルロットを見つめ、何も言わずに彼女の腕を掴んで引っ張った。
触れた部分がじわっと熱くなり発光する。
「まぁ、おやおや……」
ルシアは驚いたような顔をして、再度視線をシャルロットの腕から顔に移す。
窓から入ってきた風がシャルロットの髪を揺らし、露わになった頰の痣が薄いピンク色に光っている。
「あんた、ドラジェの精霊に祝福されたのかね」
「え、ええ……」
「身体に幻狼の子どもを宿しておるぞ。それでクロウの神経が高ぶっておるのじゃ」
「ええっ!?」
思わぬ受胎報告に、その場にいたユハや騎士たちも、クロウやシャルロット自身も驚いた。
構わずルシアは続けた。
「大昔に伝え聞いた話だが…。幻狼は番が子を身籠もると、巣の中に閉じ込めて外敵や他の幻狼から番を守るそうだ。攻撃的になってるのもその本能からじゃろ」
「ま、まさか……」
「ドラジェの精霊に祝福されることも滅多にない事だ、しかも幻狼のような高位聖獣の子を宿した人間なんて前例がない。さっき言ったように、幻狼は育児中も番や子供を巣の中に隠すから幻狼の子ども自体を誰も目にしたことがないんだ」
「わ……、私の子供!?ほんと!?」
クロウは台の上でぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んだ。
「うーん、幻狼の子を人間のお姫ちゃんが産んでも害はないの?酷い場合ショック死したりとか……」
ユハは不安げにルシアを見つめた。
「それは……、何しろ魔人でもない人間が聖獣を産むなど……前例がないからなあ……。一般的な精霊の子供だと、母体に実体のない魔力の塊が発生してから大体三~六ヶ月ほどで誕生する」
「そ、そんな……子供は嬉しいけど、シャルロットが死ぬのは……」
クロウの表情が曇る。
「まだ死ぬとは決まってないわ!」
「今なら、最悪、私の魔法で堕胎も可能だが……」
「産むわ!」
シャルロットは迷わず断言した。
前世では経産婦だ。人間の妊娠・出産でも簡単な事じゃないのはよく分かってる。それが聖獣の子供ともなると大変さは測定不能だろう。
でも産む以外の選択肢はシャルロットになかった。
「シャルロット……」
「お姫ちゃん、そんな危険な事……。グレースに話したらきっとグレースは反対すると思うよ?お姫ちゃんのお兄ちゃんやお父さんだって。俺っちだって簡単に割り切れない。お姫ちゃんに何かあったら……」
「シャルロット様、今一度きちんと考え直してください」
珍しく悲しげな表情のユハや騎士アダムたちを安心させようと笑顔を向けた。
「そんなの、納得させます。子供を失くすなんて、自分が死ぬよりも辛いことよ」
「でもシャルロットがいなくなるとみんなが悲しむよ!」
暗い顔の一同にルシアはため息をついた。
「……とりあえず、魔力や体力をつけておきなさい。それから、あまりクロウを刺激させないように。番に何かがあると、幻狼の本能で、理性が飛んで何をするかわからない」
「わかりました」
「今日はお前達が来ると聞いてピザを焼いたんだ。食べて行きなさい」
ルシアは庭にある小型の釜からピザを取り出し、家の中まで運んできた。
騎士たちも椅子に座りピザを頬張る。
表面はカリッとして中身はふわっと軽やかな分厚い生地に、赤と白と緑のコントラストが美しい焼き立てのマルゲリータ。
「美味しい」
「だろう?」
シャルロットは笑顔でピザを食べた。
ルシアも満足そうだ。
しかし男性陣はピザをちまちま口に運びながら沈んでいる。
皆シャルロットの身を案じているんだろう。
「そんな顔するな!せっかくのピザが不味くなるわ!」
ルシアは男性陣を叱咤する。
「ごめーん☆でもさ~お姫ちゃん……」
「全く、情けないったらないね!産む訳でもない男共が弱気になってどうするんだい!母は強いのよ!ねえ、シャルロット様」
「ははは、そうですわ。みんな、心配してくれてありがとうございます。でも、今は……そうね、新しい命を祝ってほしいわ。お願いよ」
彼女の言葉に、ユハはいつもの笑顔に戻りシャルロットの背中をバンバンと元気づけるように豪快に叩いた。
「そうだね!ルシア!ワイン出してよ~!アダムもオーエンも祝杯あげるぞ!」
「ユハ様、自分達は勤務中ですから……」
「堅いこと言うなよぉ~」
シャルロットにも不安や恐怖がないわけではない。
でもそれ以上にこの懐胎が嬉しかった。
狼が一匹余裕で入るくらいの大きな鳥籠の形をした鉄の檻の中、ふかふかのクッションの上に黒チワワのクロウは丸まって眠っていたが、小鳥のさえずりが耳に入りやがて目を覚ました。
鉄の檻のすぐ近くには来客対応のソファーセットがあり、グレース皇子はソファーで眠っていた。
「グレース?」
「クロウ……お早う」
グレース皇子も目を覚ました。
「ここで寝てたの?」
「お前、一人で眠るの嫌いだろ」
「うん……、グレース、怒ってないの?シャルロットに怪我させたこと……」
「怒ってるぞ。でも、わざとじゃないんだろう?」
「うん……」
大昔東の魔女に作ってもらった頑丈な鉄檻には強力な魔法がかけられており、この中では幻狼の魔法も物理的な攻撃も無効化される。
昔から悪さを働いた幻狼を折檻するのに使われていた。
グレース皇子は檻越しにチワワの頭を撫でる。
「今日はユハとシャルロットを呼んでおいた、気晴らしに散歩でもしてこい」
「え?でも罰は?檻の中で謹慎なんじゃ?」
「少しくらいならいいだろう」
グレース皇子は微笑んでいる。
あれからずっと檻の中に閉じ込められていたので外を走りたくてウズウズしていた。シャルロットとお散歩と聞いてクロウは尻尾を振って舞い上がった。
午前中、お出掛け用のドレスを着て帽子を被ったシャルロットと外着姿のユハがクロウを迎えにやって来た。
シャルロットの護衛にはアダム、それから第一騎士団の騎士オーエンがお伴している。
ユハはリードのような魔道具の紐と首輪をクロウに取り付け、まるで犬の散歩のようにその紐を引っ張って歩いた。
幻狼の力が封じられたチワワの姿では逃げられない。
空は快晴、気持ちの良い朝。
本殿を出て馬車に乗る手前までは散歩だとすっかり信じ込んでご機嫌なクロウだったが、馬車を目の前にして何かに勘付き、ピタリと足を止め地面にへばり付いて外出を拒否しだした。
「クロウ、どうしたの?早く馬車に乗りましょう?」
「嫌嫌嫌~~行きたくない~助けて~シャルロット~」
「チッ 勘付かれたか」
ユハは舌打ちをし、荒っぽく魔道具のリードを引っ張った。だが、クロウは絶対に動こうとはしない。
まるで動物病院へ行くのを抵抗する飼い犬とご主人のようだ、シャルロットは苦笑いした。
最近クロウの様子がおかしいので、聖獣や精霊に詳しい東の魔女に相談しに行って欲しいと、グレース皇子より頼まれた。
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王家とも古くより付き合いがあり、難しい高位魔法をいくつも会得し魔道具を作り売って生計を立て、一人寂れた村でひっそりと暮らしている。
幻狼にも詳しいらしく定期的に検診のようなものがあるようだが、その検診はかなり痛いそうで幻狼は彼女の名前を聞くだけで条件反射で逃げ出す。
毎度ユハがチェス仲間のクライシア王にバイト代を貰ってコボルトやクロウを検診に連れて行くことがあった。
クロウのついでに検診を受けることになったポメラニアンのグレイは死刑執行を待つ死刑囚のような生気のない顔をして、シャルロットの腕の中で放心していた。
よっぽど魔女が怖いらしい。最強の聖獣幻狼が怯える女性、一体どんな人なんだろう?シャルロットはワクワクしていた。
ユハと騎士に取り押さえられ、無理矢理馬車の中に乗せられたクロウは絶叫した。
悲痛な声は虚しく馬の蹄の音にかき消された。
「王都を出るなんて初めてだわ」
シャルロットは膝の上にクロウを座らせて馬車の窓の外を眺めていた。
レンガ造りの家が建ち並び、中央には大きな青空市場や魔法で走る鉄道のような乗り物が走り、人で溢れ栄えている王都を離れると、途端にのどかな田舎風景が広がった。
「そうだったの~?昔はどこもすごい荒れてたんだけどね、今は超平和っしょ?ほんと、王次第で国って変わるんだよね」
ユハも窓の外を眺めていた。
前王時代を知っているが、ユハが幼い頃は城下は悲惨な状態だった。
二時間ほど馬車を走らせ、目的地の東の村に入った。
人口も少なく閑散としているが村人たちは穏やかに暮らしている。
養羊場があちこちにあり、人よりも羊の数の方が圧倒的に多かった。
馬車はとある古びた屋敷の前に停まり、馬車からユハにエスコートされてシャルロットは降りた。
二匹の幻狼はブルブルと恐怖に震えていた。
黒い屋根に赤いレンガ造りの壁を蔦が覆っている。だだ広い庭にはハーブや花が植えられ、小さな人工池もあった。おとぎ話に出て来そうな外観のお屋敷だ。
「おや、いらっしゃい。ユハ御坊ちゃま」
屋敷に入ると白髪混じりの引っ詰め髪に全身黒づくめの老婆ルシアが現れた。
確かに魔女っぽい。
「はじめまして!この度グレース皇子と婚約いたしました、シャルロットですわ」
シャルロットは頭を下げた。
老婆はニコニコと笑って歓迎する。
挨拶もそこそこに、早速幻狼の検診が始まった。
ルシアの仕事部屋の台の上に乗せられたグレイは顔面蒼白だったが、おとなしく伏せている。
「グレイと会うのは何年ぶりかねぇ、うん、異常はないよ」
ルシアはグレイの前脚を手に取り、大きくて太い釘のような針を刺した。
魔法で出来たワクチンや栄養剤のようなものらしいそれは、光りながら前脚に溶けていく。
これがかなりの激痛だそうだ。だが、グレイは悲鳴も出さず耐えた。
検診が終わるとシャルロットはグレイを抱え、頭を撫でて褒めてあげた。そこでやっと安堵の表情を浮かべ顔色も良くなり、尻尾をパタパタと振り始めた。
問題のクロウだがーー
「う~ん、異常はないねえ」
「よかった…」
シャルロットは胸をなで下ろす。
ルシアはジッとシャルロットを見つめ、何も言わずに彼女の腕を掴んで引っ張った。
触れた部分がじわっと熱くなり発光する。
「まぁ、おやおや……」
ルシアは驚いたような顔をして、再度視線をシャルロットの腕から顔に移す。
窓から入ってきた風がシャルロットの髪を揺らし、露わになった頰の痣が薄いピンク色に光っている。
「あんた、ドラジェの精霊に祝福されたのかね」
「え、ええ……」
「身体に幻狼の子どもを宿しておるぞ。それでクロウの神経が高ぶっておるのじゃ」
「ええっ!?」
思わぬ受胎報告に、その場にいたユハや騎士たちも、クロウやシャルロット自身も驚いた。
構わずルシアは続けた。
「大昔に伝え聞いた話だが…。幻狼は番が子を身籠もると、巣の中に閉じ込めて外敵や他の幻狼から番を守るそうだ。攻撃的になってるのもその本能からじゃろ」
「ま、まさか……」
「ドラジェの精霊に祝福されることも滅多にない事だ、しかも幻狼のような高位聖獣の子を宿した人間なんて前例がない。さっき言ったように、幻狼は育児中も番や子供を巣の中に隠すから幻狼の子ども自体を誰も目にしたことがないんだ」
「わ……、私の子供!?ほんと!?」
クロウは台の上でぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んだ。
「うーん、幻狼の子を人間のお姫ちゃんが産んでも害はないの?酷い場合ショック死したりとか……」
ユハは不安げにルシアを見つめた。
「それは……、何しろ魔人でもない人間が聖獣を産むなど……前例がないからなあ……。一般的な精霊の子供だと、母体に実体のない魔力の塊が発生してから大体三~六ヶ月ほどで誕生する」
「そ、そんな……子供は嬉しいけど、シャルロットが死ぬのは……」
クロウの表情が曇る。
「まだ死ぬとは決まってないわ!」
「今なら、最悪、私の魔法で堕胎も可能だが……」
「産むわ!」
シャルロットは迷わず断言した。
前世では経産婦だ。人間の妊娠・出産でも簡単な事じゃないのはよく分かってる。それが聖獣の子供ともなると大変さは測定不能だろう。
でも産む以外の選択肢はシャルロットになかった。
「シャルロット……」
「お姫ちゃん、そんな危険な事……。グレースに話したらきっとグレースは反対すると思うよ?お姫ちゃんのお兄ちゃんやお父さんだって。俺っちだって簡単に割り切れない。お姫ちゃんに何かあったら……」
「シャルロット様、今一度きちんと考え直してください」
珍しく悲しげな表情のユハや騎士アダムたちを安心させようと笑顔を向けた。
「そんなの、納得させます。子供を失くすなんて、自分が死ぬよりも辛いことよ」
「でもシャルロットがいなくなるとみんなが悲しむよ!」
暗い顔の一同にルシアはため息をついた。
「……とりあえず、魔力や体力をつけておきなさい。それから、あまりクロウを刺激させないように。番に何かがあると、幻狼の本能で、理性が飛んで何をするかわからない」
「わかりました」
「今日はお前達が来ると聞いてピザを焼いたんだ。食べて行きなさい」
ルシアは庭にある小型の釜からピザを取り出し、家の中まで運んできた。
騎士たちも椅子に座りピザを頬張る。
表面はカリッとして中身はふわっと軽やかな分厚い生地に、赤と白と緑のコントラストが美しい焼き立てのマルゲリータ。
「美味しい」
「だろう?」
シャルロットは笑顔でピザを食べた。
ルシアも満足そうだ。
しかし男性陣はピザをちまちま口に運びながら沈んでいる。
皆シャルロットの身を案じているんだろう。
「そんな顔するな!せっかくのピザが不味くなるわ!」
ルシアは男性陣を叱咤する。
「ごめーん☆でもさ~お姫ちゃん……」
「全く、情けないったらないね!産む訳でもない男共が弱気になってどうするんだい!母は強いのよ!ねえ、シャルロット様」
「ははは、そうですわ。みんな、心配してくれてありがとうございます。でも、今は……そうね、新しい命を祝ってほしいわ。お願いよ」
彼女の言葉に、ユハはいつもの笑顔に戻りシャルロットの背中をバンバンと元気づけるように豪快に叩いた。
「そうだね!ルシア!ワイン出してよ~!アダムもオーエンも祝杯あげるぞ!」
「ユハ様、自分達は勤務中ですから……」
「堅いこと言うなよぉ~」
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