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ミレンハン国のトド王妃と赤獅子シモンのダイエット大作戦!?〜美しい公爵令嬢と獣人騎士の身分差恋愛の行方
賽は投げられた
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「う~ん……」
食堂での仕事を終えて居城の私室に戻ったシャルロットは部屋に入るなり胸を押さえてソファーに座り込んだ。
心配そうに侍女のリディが駆け寄った。
「シャルロット様?具合でも悪いんですか?」
「いいえ、ちょっと胸に異物感があるの」
胸部で子ネズミが潜り込んでモゾモゾと蠢いているような異物感に違和感。
じわじわと胸の奥に灼熱感もあり、それが内臓を圧迫して時々吐き気や息苦しさももたらす。
「宮廷医に診てもらいましょうか?」
「平気よ。きっと疲れてるだけですわ」
「シャルロット様、そう言って無理をなさるんですから!ハーブティーでも淹れますね」
リディは部屋を出て行った。
昔から一緒だったリディも兄達に負けず劣らず心配性なところがある。
あまり心配をかけないようにしなきゃ……、ふうっとため息をついてシャルロットは笑った。
そして心配そうにシャルロットの顔を見上げて隣に寄り添うポメラニアンを撫でた。
「シャルロット~!」
開けっ放しのバルコニーから黒チワワが飛んできた。
ソファーに座るシャルロットの元へぴょんぴょん跳ねて元気に登場する。
背中には風呂敷を背負っている。
シャルロットの目の前までやってくると、ご機嫌そうな様子でテーブルの上に風呂敷を広げた。
沢山のライムグリーンのミカンやオレンジ色の木苺のようなフルーツが中に詰まっていた。
このところ、クロウが度々シャルロットの元へフルーツや野菜、お菓子をせっせと運んでくる。
「ありがとう、クロウ。でも昨日もたくさんフルーツをもらったから、さすがに食べきれないわ」
「えへへ」
この異様な食べ物責め、昔を思い出すわ…。
シャルロットは前世の記憶を思い出していた。
前世で息子を妊娠していた時はとにかく“食べつわり”が酷かった。
それで、夫のクロウは毎日のように仕事帰りにケーキだのピザだのファーストフードのハンバーガーやポテトだの高カロリーな食べ物を買ってきてはシャルロットに食べさせていた。
それが原因で妊娠中かなり太ってしまって血圧も上がってしまった。医者にも注意され、一時期 必死にダイエットをした経験があった。
「あ、そうだわ。お兄様が実家から持ってきた大麦があったわね。それにクロウが持ってきたこの柑橘類もダイエットや美容にも良さそうね」
「私はシャルロットが太ってても大好きだよ」
クロウはデレデレとした表情を浮かべシャルロットに擦り寄る。
シャルロットは苦笑しながらチワワの頭を撫でる。
「ふふ、でも健康な身体が一番よ。今世ではあなたと一緒にもっと長生きしたいわ」
「うん!もう絶対に君を置いてどこにも行ったりしないよ!」
「……………」
ポメラニアンのグレイはクロウとシャルロットの間に割り込み、シャルロットの膝の上にストンと座って大欠伸した。
クロウはポメラニアンにワンワンと吠える。
「お前、シャルロットのお膝は私の物だぞ!さっさと降りろ」
「私が先に座ったんだ、私の物だ」
ポメラニアンはチワワに背を向ける。
黒チワワは瞳を真っ赤にしてポメラニアンのふさふさの尻尾に噛み付こうとするが、ポメラニアンは涼しい顔してそれをかわした。
二匹のワンコは険悪モードだ。
クロウの様子もなんだかおかしい。
いつもよりも獰猛、とでもいうか。グレイを本気で威嚇している。
「クロウ、抱っこなら今度してあげるわ……もう、喧嘩はやめて」
再度グレイを噛もうと飛び付いた黒チワワの目の前に腕を伸ばしグレイを庇おうとしたシャルロット。
「痛…………いっ!」
シャルロットが悲鳴をあげる。
黒チワワはシャルロットの細い右手首に噛みついていた。
クロウがハッと我に返った時にはダラダラと真っ赤な血が溢れていた。場所が場所だけに出血が酷い。
「しゃっ……シャルロット!!」
クロウは慌ててシャルロットに駆け寄る。
「ばか!何やってるんだ!あんたは!」
グレイは怒号と共にクロウに体当たりをした。クロウはソファーの下に転げ落ちる。
グレイは急いでシャルロットの腕に向かって魔法を発した。
光がシャルロットを包み、一時的に痛みが引き血が止まる。しかし傷が塞がったわけではない。
「しゃ、シャルロット様!?」
ティーセットを持って部屋に戻ってきたリディが血塗れのシャルロットを見て驚いて側に駆け寄る。
「り、リディ……」
「大丈夫ですか!?どうしたんですか?これ……。サルサ!今すぐ宮廷医を!」
リディは一緒に部屋にやってきた侍女のサルサに叫ぶ。
黒チワワは目に涙を浮かべながら、ソファーの下からシャルロットの横顔を不安そうに見つめている。
十数分ほどして本殿に居た宮廷医が血相を変えてシャルロットの私室にやって来て、その場で怪我の手当てが行われた。
出血ほど酷い状態ではなく、グレイの魔法で痛みも消えていた。
しかし黒チワワはテーブルの下に隠れ、泣きながらプルプルと震えている。
「クロウ?もう大丈夫よ?」
「ごめんなさい…シャルロット……」
ぐすんと鼻をすすりながら謝る。
ポメラニアンのグレイはクロウを厳しい目で睨んでいた。
シャルロットはソファーから降りるとテーブルの下を覗き、クロウを抱き上げる。
「クロウってばどうしたの?あなたらしくないわ」
目の色もすっかり黄金色に戻っていた。
「うう~」
「よしよし」
チワワを撫でて落ち着かせるシャルロット。
「姫……!」
バァンッと扉が開く激しい音とともに息を切らしながらグレース皇子が現れた。
シャルロットが怪我をしたと報告を聞いて慌てて駆けつけたんだろう。
「グレース様…!」
「大丈夫か!?」
「ええ、今処置も終わって……グレース様、お仕事は?」
寝る時間も削られるほど夜遅くまで仕事が残っていると言っていた。
それなのに本殿からわざわざ居城のシャルロットの私室まで来てくれたようだ。
「抜けて来た。…クロウ!これはどういうことだ?何故シャルロットを……っ」
グレース皇子に怒鳴られてクロウはますます耳と尻尾を下げて萎縮した。
シャルロットはチワワを胸に抱きしめ、グレース皇子に言った。
「じ、事故よ!グレース様、怒らないであげて!」
「お前、最近変だぞ?また前みたいに暴走しかけてないか?…何故……」
遅れて現れた親衛隊の騎士がチワワを回収しにやってきた。
クロウはおとなしく騎士に抱かれている。
「グレース様?クロウをどうする気?」
「罰だ、しばらくは本殿の檻の中に入れる。謹慎処分だ。王家ではそういう決まりになっている」
「そんなっ……可哀想ですわ!私なら大丈夫よ!大袈裟だわ!」
シャルロットはグレース皇子に詰め寄るが、グレース皇子はそっぽを向いたままだ。
「犬の姿だったから良かったものを、幻狼の姿で噛まれていたら姫は無事じゃ済まなかったぞ?」
「……で、でも」
「シャルロット、私なら大丈夫だよ。ごめんね……ごめんね」
クロウはグレイと共に親衛隊に連れられてシャルロットの部屋を出て行き、グレース皇子と2人きりになった。
グレース皇子はシャルロットの肩を抱いた。
「心配するな。銀の間の中に檻はある。たまに顔を見せてやれ」
「え……ええ……」
グレース皇子はシャルロットの頭を撫でると、部屋を去った。
*
翌朝。
本殿へ行ったはずのグレイがいつの間にか部屋に戻って来ており、ベッドの上で眠っていたシャルロットの隣でスヤスヤ眠っている。
クロウ……どうしちゃったんだろう?
包帯でぐるぐる巻きにされた腕を見つめ、シャルロットはため息をついた。
腕の怪我よりも、クロウのことが気にかかる。
それに、傷口がくっ付くまで重たいものを持ってはいけないと宮廷医に言われてしまった。
食堂の仕事もしばらくできないだろう。
「それでは~、私がシャルロット様の代わりに食堂で働きましょうかぁ?」
正午前、食堂を訪れたユハの姉クリスティはお淑やかに笑いながら、突拍子もなく提案した。
タレ目をさらに下げてニコニコと笑ってる。
「えっと…公爵令嬢様にそんなことさせられないわ」
「それ言ったらお姫ちゃんは姫じゃないの」
「で、でも…」
「ウフフ、私は小説家でしょう?給仕のお仕事も良い経験になると思うの。それにここには騎士達もよく集まるでしょう?小説の良いネタが……いいえ、目の保養にもなると思うの」
ユハもクリスティも楽天的で楽しげだ。
それでも代打が決まって一先ずホッとしたシャルロットは頭を下げた。
「ごめんない、よろしくお願いします!私は裏で雑用をしますわ」
*
ひらっと膝上丈の藤色のフレアスカートが翻った。
髪をお下げにし、アランから提供された予備の制服を着たクリスティが食堂に立った。
女のシャルロットやリリースでも見惚れてしまうほど、意外にも給仕姿がよく似合っていた。
「クリスティちゃん、可愛いわぁ~!」
可愛い女の子に目がないウェスタも大喜びだ。
「こんなに短いスカートは初めてよ。ステキなコスチュームね」
おっとりとしたお淑やかなご令嬢だが、意外にも給仕の仕事にすんなり慣れてテキパキ働いていた。
礼儀正しく、もともと侍女達とも仲が良いらしく食堂を利用する侍女らとも和気あいあいと交流していた。
ただ、騎士達はクリスティを恐れてビクビクしている。
彼女がホールに出ている間、シャルロットはテーブルの拭き掃除をしたり、料理の下ごしらえをしていた。
「おい、シャルル、怪我したんだってな。無事か?」
「シャルルさん、大丈夫っすか?」
午後、ユーシンとゲーテ王子が食堂に現れた。
今日は騎士服を着ていない、2人とも非番のようだ。
「ええ、平気よ」
「あのさ、シャルル……」
ゲーテ王子は何かを言いたげだった。
そうかと思えばモジモジと躊躇っている。
「まあ!ゲーテ王子様、いらっしゃいませ」
クリスティが満面の笑みでゲーテ王子をお迎えする。
「クリスティ様…」
「クリスティ?だと?お前が?」
ゲーテ王子はオーバーに驚愕している。
どうしたんだろう?とシャルロットは彼らを見る。
「ふふ、そうです。この度、ミレンハン国のゲーテ王子の側室に迎えられることになりました。クリスティですわ。よろしくお願いします」
食堂に居た誰もが、ゲーテ王子さえも一堂に唖然となった。
「お、俺はそんなの了承してねえよ!」
「そうですとも。グリム閣下と王妃様からご提案いただいたもの」
「あのババァ!それにグリム……?どういうつもりだ!?シャルルを嫁に迎えるだの……今度は側室だと!?」
ゲーテ王子は嘆くように叫んだ。
「ゲーテ王子……私では不満ですか?」
「あ?オバサンは趣味じゃないわ」
「……なんですって!?……噂に聞いてた通りやんちゃな王子様ですこと、私の小説のネタにされたいのかしら?」
クリスティは笑顔のまま、顔を強張らせた。
背後に般若の顔が見える。恐ろしい顔だ。
クリスティはおばさんという年齢では全然ないのだがゲーテ王子とは年の差がある。ゲーテ王子も結婚を焦るほどの年齢でもない。
ミレンハン国は一体何を考えてるんだろうか?
シャルロットには検討も付かなかった。
食堂での仕事を終えて居城の私室に戻ったシャルロットは部屋に入るなり胸を押さえてソファーに座り込んだ。
心配そうに侍女のリディが駆け寄った。
「シャルロット様?具合でも悪いんですか?」
「いいえ、ちょっと胸に異物感があるの」
胸部で子ネズミが潜り込んでモゾモゾと蠢いているような異物感に違和感。
じわじわと胸の奥に灼熱感もあり、それが内臓を圧迫して時々吐き気や息苦しさももたらす。
「宮廷医に診てもらいましょうか?」
「平気よ。きっと疲れてるだけですわ」
「シャルロット様、そう言って無理をなさるんですから!ハーブティーでも淹れますね」
リディは部屋を出て行った。
昔から一緒だったリディも兄達に負けず劣らず心配性なところがある。
あまり心配をかけないようにしなきゃ……、ふうっとため息をついてシャルロットは笑った。
そして心配そうにシャルロットの顔を見上げて隣に寄り添うポメラニアンを撫でた。
「シャルロット~!」
開けっ放しのバルコニーから黒チワワが飛んできた。
ソファーに座るシャルロットの元へぴょんぴょん跳ねて元気に登場する。
背中には風呂敷を背負っている。
シャルロットの目の前までやってくると、ご機嫌そうな様子でテーブルの上に風呂敷を広げた。
沢山のライムグリーンのミカンやオレンジ色の木苺のようなフルーツが中に詰まっていた。
このところ、クロウが度々シャルロットの元へフルーツや野菜、お菓子をせっせと運んでくる。
「ありがとう、クロウ。でも昨日もたくさんフルーツをもらったから、さすがに食べきれないわ」
「えへへ」
この異様な食べ物責め、昔を思い出すわ…。
シャルロットは前世の記憶を思い出していた。
前世で息子を妊娠していた時はとにかく“食べつわり”が酷かった。
それで、夫のクロウは毎日のように仕事帰りにケーキだのピザだのファーストフードのハンバーガーやポテトだの高カロリーな食べ物を買ってきてはシャルロットに食べさせていた。
それが原因で妊娠中かなり太ってしまって血圧も上がってしまった。医者にも注意され、一時期 必死にダイエットをした経験があった。
「あ、そうだわ。お兄様が実家から持ってきた大麦があったわね。それにクロウが持ってきたこの柑橘類もダイエットや美容にも良さそうね」
「私はシャルロットが太ってても大好きだよ」
クロウはデレデレとした表情を浮かべシャルロットに擦り寄る。
シャルロットは苦笑しながらチワワの頭を撫でる。
「ふふ、でも健康な身体が一番よ。今世ではあなたと一緒にもっと長生きしたいわ」
「うん!もう絶対に君を置いてどこにも行ったりしないよ!」
「……………」
ポメラニアンのグレイはクロウとシャルロットの間に割り込み、シャルロットの膝の上にストンと座って大欠伸した。
クロウはポメラニアンにワンワンと吠える。
「お前、シャルロットのお膝は私の物だぞ!さっさと降りろ」
「私が先に座ったんだ、私の物だ」
ポメラニアンはチワワに背を向ける。
黒チワワは瞳を真っ赤にしてポメラニアンのふさふさの尻尾に噛み付こうとするが、ポメラニアンは涼しい顔してそれをかわした。
二匹のワンコは険悪モードだ。
クロウの様子もなんだかおかしい。
いつもよりも獰猛、とでもいうか。グレイを本気で威嚇している。
「クロウ、抱っこなら今度してあげるわ……もう、喧嘩はやめて」
再度グレイを噛もうと飛び付いた黒チワワの目の前に腕を伸ばしグレイを庇おうとしたシャルロット。
「痛…………いっ!」
シャルロットが悲鳴をあげる。
黒チワワはシャルロットの細い右手首に噛みついていた。
クロウがハッと我に返った時にはダラダラと真っ赤な血が溢れていた。場所が場所だけに出血が酷い。
「しゃっ……シャルロット!!」
クロウは慌ててシャルロットに駆け寄る。
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グレイは急いでシャルロットの腕に向かって魔法を発した。
光がシャルロットを包み、一時的に痛みが引き血が止まる。しかし傷が塞がったわけではない。
「しゃ、シャルロット様!?」
ティーセットを持って部屋に戻ってきたリディが血塗れのシャルロットを見て驚いて側に駆け寄る。
「り、リディ……」
「大丈夫ですか!?どうしたんですか?これ……。サルサ!今すぐ宮廷医を!」
リディは一緒に部屋にやってきた侍女のサルサに叫ぶ。
黒チワワは目に涙を浮かべながら、ソファーの下からシャルロットの横顔を不安そうに見つめている。
十数分ほどして本殿に居た宮廷医が血相を変えてシャルロットの私室にやって来て、その場で怪我の手当てが行われた。
出血ほど酷い状態ではなく、グレイの魔法で痛みも消えていた。
しかし黒チワワはテーブルの下に隠れ、泣きながらプルプルと震えている。
「クロウ?もう大丈夫よ?」
「ごめんなさい…シャルロット……」
ぐすんと鼻をすすりながら謝る。
ポメラニアンのグレイはクロウを厳しい目で睨んでいた。
シャルロットはソファーから降りるとテーブルの下を覗き、クロウを抱き上げる。
「クロウってばどうしたの?あなたらしくないわ」
目の色もすっかり黄金色に戻っていた。
「うう~」
「よしよし」
チワワを撫でて落ち着かせるシャルロット。
「姫……!」
バァンッと扉が開く激しい音とともに息を切らしながらグレース皇子が現れた。
シャルロットが怪我をしたと報告を聞いて慌てて駆けつけたんだろう。
「グレース様…!」
「大丈夫か!?」
「ええ、今処置も終わって……グレース様、お仕事は?」
寝る時間も削られるほど夜遅くまで仕事が残っていると言っていた。
それなのに本殿からわざわざ居城のシャルロットの私室まで来てくれたようだ。
「抜けて来た。…クロウ!これはどういうことだ?何故シャルロットを……っ」
グレース皇子に怒鳴られてクロウはますます耳と尻尾を下げて萎縮した。
シャルロットはチワワを胸に抱きしめ、グレース皇子に言った。
「じ、事故よ!グレース様、怒らないであげて!」
「お前、最近変だぞ?また前みたいに暴走しかけてないか?…何故……」
遅れて現れた親衛隊の騎士がチワワを回収しにやってきた。
クロウはおとなしく騎士に抱かれている。
「グレース様?クロウをどうする気?」
「罰だ、しばらくは本殿の檻の中に入れる。謹慎処分だ。王家ではそういう決まりになっている」
「そんなっ……可哀想ですわ!私なら大丈夫よ!大袈裟だわ!」
シャルロットはグレース皇子に詰め寄るが、グレース皇子はそっぽを向いたままだ。
「犬の姿だったから良かったものを、幻狼の姿で噛まれていたら姫は無事じゃ済まなかったぞ?」
「……で、でも」
「シャルロット、私なら大丈夫だよ。ごめんね……ごめんね」
クロウはグレイと共に親衛隊に連れられてシャルロットの部屋を出て行き、グレース皇子と2人きりになった。
グレース皇子はシャルロットの肩を抱いた。
「心配するな。銀の間の中に檻はある。たまに顔を見せてやれ」
「え……ええ……」
グレース皇子はシャルロットの頭を撫でると、部屋を去った。
*
翌朝。
本殿へ行ったはずのグレイがいつの間にか部屋に戻って来ており、ベッドの上で眠っていたシャルロットの隣でスヤスヤ眠っている。
クロウ……どうしちゃったんだろう?
包帯でぐるぐる巻きにされた腕を見つめ、シャルロットはため息をついた。
腕の怪我よりも、クロウのことが気にかかる。
それに、傷口がくっ付くまで重たいものを持ってはいけないと宮廷医に言われてしまった。
食堂の仕事もしばらくできないだろう。
「それでは~、私がシャルロット様の代わりに食堂で働きましょうかぁ?」
正午前、食堂を訪れたユハの姉クリスティはお淑やかに笑いながら、突拍子もなく提案した。
タレ目をさらに下げてニコニコと笑ってる。
「えっと…公爵令嬢様にそんなことさせられないわ」
「それ言ったらお姫ちゃんは姫じゃないの」
「で、でも…」
「ウフフ、私は小説家でしょう?給仕のお仕事も良い経験になると思うの。それにここには騎士達もよく集まるでしょう?小説の良いネタが……いいえ、目の保養にもなると思うの」
ユハもクリスティも楽天的で楽しげだ。
それでも代打が決まって一先ずホッとしたシャルロットは頭を下げた。
「ごめんない、よろしくお願いします!私は裏で雑用をしますわ」
*
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髪をお下げにし、アランから提供された予備の制服を着たクリスティが食堂に立った。
女のシャルロットやリリースでも見惚れてしまうほど、意外にも給仕姿がよく似合っていた。
「クリスティちゃん、可愛いわぁ~!」
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「こんなに短いスカートは初めてよ。ステキなコスチュームね」
おっとりとしたお淑やかなご令嬢だが、意外にも給仕の仕事にすんなり慣れてテキパキ働いていた。
礼儀正しく、もともと侍女達とも仲が良いらしく食堂を利用する侍女らとも和気あいあいと交流していた。
ただ、騎士達はクリスティを恐れてビクビクしている。
彼女がホールに出ている間、シャルロットはテーブルの拭き掃除をしたり、料理の下ごしらえをしていた。
「おい、シャルル、怪我したんだってな。無事か?」
「シャルルさん、大丈夫っすか?」
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「ええ、平気よ」
「あのさ、シャルル……」
ゲーテ王子は何かを言いたげだった。
そうかと思えばモジモジと躊躇っている。
「まあ!ゲーテ王子様、いらっしゃいませ」
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「クリスティ様…」
「クリスティ?だと?お前が?」
ゲーテ王子はオーバーに驚愕している。
どうしたんだろう?とシャルロットは彼らを見る。
「ふふ、そうです。この度、ミレンハン国のゲーテ王子の側室に迎えられることになりました。クリスティですわ。よろしくお願いします」
食堂に居た誰もが、ゲーテ王子さえも一堂に唖然となった。
「お、俺はそんなの了承してねえよ!」
「そうですとも。グリム閣下と王妃様からご提案いただいたもの」
「あのババァ!それにグリム……?どういうつもりだ!?シャルルを嫁に迎えるだの……今度は側室だと!?」
ゲーテ王子は嘆くように叫んだ。
「ゲーテ王子……私では不満ですか?」
「あ?オバサンは趣味じゃないわ」
「……なんですって!?……噂に聞いてた通りやんちゃな王子様ですこと、私の小説のネタにされたいのかしら?」
クリスティは笑顔のまま、顔を強張らせた。
背後に般若の顔が見える。恐ろしい顔だ。
クリスティはおばさんという年齢では全然ないのだがゲーテ王子とは年の差がある。ゲーテ王子も結婚を焦るほどの年齢でもない。
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