シャルロット姫の食卓外交〜おかん姫と騎士息子の詰め所ごはん

ムギ・オブ・アレキサンドリア

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ミレンハン国のトド王妃と赤獅子シモンのダイエット大作戦!?〜美しい公爵令嬢と獣人騎士の身分差恋愛の行方

ヘルシーライ麦サンドと共同戦線

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「んん?」

午前中、食堂の客足が引いた時間帯。
紅茶を飲みながら早めのランチをリリースとユハと共に食べていたシャルロットは、今侍女や貴族たちの間で流行っているらしい小説を読んでいた。
ユハの姉で小説家のクリスティが書いたものだ。
クライシア大国の現王レイメイと赤獅子シモンが登場する過去を舞台にしたストーリーだ。
中盤までは過去に実際に起きた事件について語られてあったので伝記物だと思っていたが、急に雰囲気が変わってきた。

「どうしてクライシア王とシモンさんが愛し合ってるのかしら?」

シャルロットは首を傾げた。

「姉の妄想小説だよ。実際にはそんな事実ないから気にしないでね☆」

ユハは苦笑しながらスープを食べていた。
リリースも呆れたように笑っている。

「ちなみにグレース皇子とクロウの話もあるわよ?」

「肖像権とかどうなってるの……?」

「裏でひっそり楽しんでるだけだからグレーゾーンだろって姉ちゃんが言ってたよ。ちなみに今は騎士モノが流行ってるらしいよ!第一騎士団なんて美形揃いだし男の園だからね~」

怒られないのかしら?シャルロットは苦笑する。

「昔はあの姉でも好きな騎士と自分のロマンティックな妄想夢小説を書いちゃうピュアで可愛い女の子だったんだけどね~月日の経過って残酷だよね☆」

ユハは明るく笑っていた。

「その騎士とはどうなったの?」

「恋人同士だったけれどだいぶ前に別れたよ。うちの姉は由緒正しい王家の血を引く公爵家の娘で、相手は新興貴族の獣人だったからさ。叶わぬ恋だよね☆」

「そう…騎士と恋しちゃダメなの?」

「うちの公爵家の結婚は血統や家柄重視だからね」

身分差のある騎士との恋か……、恋愛小説のようでロマンティックだ。シャルロットは少し気になった。
噂をすれば、食堂の前を騎士の集団が野太い掛け声を出しながらランニングしている。

「……あれって、ナージャ様!?」

騎士団の最後尾で息を切らしながら苦しそうな顔をして走るミレンハン国の王妃の姿があった。
その隣で赤獅子が並走している。

「もう限界なんですか?まだ一周もしてないですよ!」

「ね……ねえ…ちょっと…休憩させて」

ナージャ王妃は立ち止まり呼吸を整える。
赤獅子は腕を組み仁王立ちしていた。

「もうダメ、脚が重いわ~」

「痩せたくないんですか?」

「痩せてやるわよ!」

勢いよく立ち上がり強気に宣言したナージャ王妃だったが、ふらっと倒れてしまった。
赤獅子はぐったりとしているナージャ王妃を抱える。
そして食堂に彼女を運んできた。

「すまない、少し休憩させてもらえないか?」

赤獅子は入り口近くの席にナージャ王妃を座らせた。
一部始終を見ていたシャルロットは驚いてすぐに駆けつけたが、意識はあるようだ。
だが顔色は悪そうだ。

「もうダメ……身体が動かないわ!」

テーブルに突っ伏しナージャ王妃は叫んだ。
その後で盛大に王妃の腹の虫が鳴いた。

「王妃様、朝ごはんは食べました?」

「食べてないわよ。昨夜はパン一切れね。だって食べたら太るんですもの……」

「ダメですわ。食べないで激しい運動するから倒れるんです」

急な断食に激しい運動、恐らく低血糖で倒れたんだろう。
シャルロットは厨房に入り、ささっとあり合わせの材料でサンドウィッチと昼食用に用意していた温野菜をかき集め、その上にクラッシュした茹で卵をトッピングしたサラダを作ってナージャ王妃の元へ運んだ。
ナージャ王妃は美味しそうな目の前のサンドウィッチに一瞬目を輝かせたが、すぐに顔を引き締めそっぽうを向いた。

「食べないわよ、太っちゃうもの!」

シャルロットは微笑んで、構わず彼女の前に皿を置いた。

「野菜や卵は栄養が豊富ですし太りませんわ。サンドウィッチに使われてるパンもライ麦を使用しているからとってもヘルシーです!どうぞお食べください」

アルハンゲルが酸っぱくてパサパサで美味しくないと不評だった従来のライ麦パンを改良してくれた。
貴族や王族が食べる漂白された小麦粉で作られたパンよりも栄養が豊富だし健康的だし、元々庶民の主食なので安価で手に入る、美味しさも加わって今では食堂での最強の主食だ。


「……ほんとね?」

ナージャ王妃はおずおずとサンドウィッチに手を伸ばした。
パクリと大口を開いて一口食べると顔に血色と無邪気な笑顔が戻ってきた。

「美味しい!」

笑った顔がゲーテ王子によく似ていた。

「食事は蔑ろにしてはいけません。シモンさんもです!」

シャルロットはナージャ王妃を斜め後ろからぼーっと見ていた赤獅子に声を掛けた。

「目のご病気のこと聞きました。…暗い場所で視力が落ちるのと、お肌の乾燥から察するに恐らく夜盲ではないでしょうか?」

「夜盲?」

「ええ、野菜不足で発症する栄養障害ですわ。視力が落ちたり肌が乾燥したり病気にかかりやすくなるんです。こちらもきちんと野菜を食べていれば防げますし改善できます」

赤獅子シモンが領主を務める北の領地は面積がだだ広く辺鄙な場所にあり中心街からの物流の効率低下、また近年続く農作物の不作に加え、長年屋敷で家政婦をしていた婦人の退職、ここ数年社交界とも離れ、生来食事に関して無頓着な国民性などが起因して不摂生な食生活であった。

そういえばこの城で生活して騎士団での規則正しい生活や適度な運動、そして食堂で食事をするようになり体調も良好かもしれないと、赤獅子は思った。

「シャルロットちゃんはなんでも知ってるのね」

王妃様は満腹になったお腹をさすりながらニコニコ笑顔になった。

「流石になんでもは知らないですわ。……でも、よかったら私も食事面でナージャ様のダイエットをサポートしてもいいですか?」

「ほんと?お願いしても良いかしら?」

「ええ。シモンさんも、目に良い食事を提供いたしますわ!」

「姫……」

「私の国では『医食同源』って言葉があるんです。毎日食べる食事で病気を治療したり予防するんです。私やユハはこの食堂で使用人達の健康を支えたいと思っております」

私の国って言っても前世の話だが……、シャルロットは笑った。

「とても心強いです」


*

一人の令嬢が小一時間ほど前から騎士団の詰め所がある建物の壁にもたれかかり、日傘を片手にずっと黄昏ている。
その前を通りかかる騎士達はチラチラと彼女を遠巻きに横目でしきりに気にしていた。

「騎士食い令嬢クリスティ様か……どうしたんだろう?」

一見物思いに耽るように憂いた表情を浮かべる儚げな美人なのだが、おっかない噂の絶えない彼女に騎士たちはすっかり怯えていた。

「クリスティ様?」

顔見知りだった第一騎士団のアダムは果敢にも彼女に近寄り声をかけた。

「アダム、お久しぶり」

「こんな所で何をしてるんですか?ユハ様に用事でも?」

「……いいえ、シモンの出待ちをしていたの、中にいらっしゃるかしら?」

「シモンさんならいませんよ?」

「……そう」

「………あ、シモンさん」

クリスティとアダムの目線の先には詰め所へ戻ってきたばかりの赤獅子が居た。
驚愕した顔で固まり、こちらを見ている。

「シモン!」

クリスティは笑顔になり、固まったままの赤獅子の元へ駆け寄る。
そしてその胸に飛び込んだ。

「クリスティ様……」

赤獅子はすぐに彼女を自分の身から引き剥がした。
そして険しい顔で彼女に言う。

「何故貴女がここに?」

「あなたが避けるからよ」

赤獅子は咳払いをすると野次馬のように集まってきた騎士達を睨んだ。
涙目で見つめてくるクリスティの手首を掴むと無言のまま誰もいない庭園の中まで引っ張った。
クリスティをガゼボの椅子に座らせ、赤獅子は彼女の前で膝を折った。

「……もう貴女とは終わったと、申したはずだが?」

「あんな一方的な手紙一枚で納得できるわけないでしょう?私に何も言わず遠い領地に行ってしまうし……私がどんなに悲しかったことか」

クリスティは泣いた。
赤獅子は黙ってその涙を拭った。

「私のことが嫌いになったの?」

「いいえ、愛しています、今も。でも、私は貴女に相応しい男じゃない」

「相応しいかどうかは私が決めるわ!」

「クリスティ様……現実はそうはいきません」

「……一緒に駆け落ちしようとは仰ってくれないの?私はずっと貴方を待っていたのよ」

クリスティは椅子から立つとシモンに抱き着き、泣き縋った。
赤獅子はクリスティの肩に手を置き彼女の身体を退けた。

「…お帰りください、クリスティ様」

彼女を突き放すように赤獅子は背を向けてガゼボを降りた。

「シモン!待って!」

必死に叫ぶが赤獅子は振り返らない。
クリスティは力が抜けたようにガゼボの中に座り込み泣いていた。

「……あ、ごめんなさい。盗み聞きするつもりじゃなかったのですが」

ガゼボの中に現れたのはグリムとナージャ王妃だった。
グリムはハンカチを目の前で泣いているクリスティに差し出した。
クリスティはそれを受け取り涙を拭った。

「……あら、どちら様でしょうか?……」

「グリムと申します。ミレンハン国の宰相をしております。こちらは我が国の王妃ナージャ様でございます」

「あんな意気地なしの男のどこがいいのかしら?」

ナージャ王妃は呆れたような顔をしてクリスティを見ている。

「そうね、本当に……」

「あなたもね!涙に男を引き留める力はなくってよ」

「え……」

ナージャ王妃はしばらく考えた後で強気に笑い、クリスティに言った。

「決めた!あなたをうちの息子ゲーテの側妻に迎えることにするわ」
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