シャルロット姫の食卓外交〜おかん姫と騎士息子の詰め所ごはん

ムギ・オブ・アレキサンドリア

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ミレンハン国のトド王妃と赤獅子シモンのダイエット大作戦!?〜美しい公爵令嬢と獣人騎士の身分差恋愛の行方

討伐大会後とたこ焼きパーティー

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 よく晴れた春の朝。
 赤獅子の指揮の元、二つの騎士団の合同訓練が行われることになった。
 キャロルやアダムも参加しているようで、早朝の仕事を終えたシャルロットとユハも見学していた。

 春でお日様が出ているとは言えまだ冷えるのに、騎士団の騎士達は騎士服のズボンに上半身裸というスタイルで城の近くにある湖の中に入水していた。

「冷たい~!風邪引いたらどうすんだよ!」

 キャロルが青ざめた顔で身震いしていた。
 シャルロットはポメラニアンのグレイを抱きながら滸に立ち心配そうに騎士達を見つめていた。

「大丈夫?キャロルさん、アダムさん」

「大丈夫……」

 そう答えたアダムの顔も引き攣っていた。
 突然の寒中水泳にプルプルと震える騎士達の中、元気はつらつと湖を我が物顔で泳いでいたのはゲーテ王子と黒チワワのクロウだった。

「シャルロット、この湖ね、タコみたいな魔物がいるんだ!獲ってあげるね!シャルロット、たこ焼き大好きでしょ!今夜はたこ焼きにしよう!」

 クロウは犬かきしながらシャルロットの元へ近寄って来た。
 ポメラニアンはシャルロットの腕から湖の中へダイヴすると、シャルロットを見て言った。

「私が獲ってあげる」

 ポメラニアンはそう言って湖の中に潜った。

「私がシャルロットに獲ってあげるんだよ!」

 クロウも負けじと潜った。

「幻狼は呑気でいいな」

 騎士達は呆れ顔だ。
 赤獅子はまた声を張り上げ、騎士を注目させた。

「みんな知っての通りこの湖には魔物が多くいる、この中で一番魔物を倒した者に最高級ワインを贈与する。後、シャルロット姫のお酌付きだ!」

 許可も無しに賞品にされてしまったシャルロットは目を点にしていた。
 騎士達はさっきまでの真っ青な顔に血の気を巡らせ途端にやる気を出し、一斉に湖に飛び込んだ。
 魔人の騎士は各々の魔法を使い、獣人騎士は動物に変化し魔物狩りをしている。
 熊の獣人リッキーは熊の鮭狩りの如く手捌きで小型の魔物を次々と捕らえていた。

「俺の婚約者を勝手に……」

 気付けばシャルロットの背後にはグレース皇子の姿があった。
 驚いて振り返ると正装姿のグレース皇子とパンツスタイルのバルキリー、ミレンハン国の宰相グリム、それから…

「あ、ババァ?なんでここに居んだよ?」

 水面から顔を出したゲーテ王子は、グレース皇子の背後に立ってこちらを見ていた謎の集団に気付き声を上げた。
『ババァ』と呼ばれた中年の女性は小麦色の膨よかなボディーで空色の綺麗な長い髪をしている。Aラインに薔薇の刺繍とスリットの入った豪華なドレスに指には大ぶりの真っ赤なルビーの指輪をはめていた。

「お母様とお呼びなさい!ゲーテ!」

 どうやらゲーテ王子の母らしい。

「ババァ、また太ったか?」

「ゲーテ王子ってばレディーに向かって失礼過ぎますよ!だからモテないんですよ」

「グリム、お前も一言余計だぞ」

 呆然とそっくりな顔の親子を見比べていたシャルロットをグリムはじっと見つめていた。
 グリムの背後にいるスーツ姿の小太りな中年男性達もヒソヒソと何かを話していた。
 シャルロットは首を傾げる。

「グレース様はどうしてここへ?」

「ミレンハン国より使節団が来ていたんだ。ゲーテ王子が騎士団でうまくやっているのか見たいとナージャ王妃の要望で来たのだ」

「授業参観みたいなものね?」

 水面から勢いよく二匹の犬が顔を出した。
 二匹とも口には吸盤のないツルツルとした皮に長くクネクネとした五本脚の黄色いタコのような魔物を加えている。
 滸に上がり、シャルロットの足元に我先にとタコもどきを運んできた。

「す、すごいわ。本当にタコのようね」

 シャルロットが笑顔になると、二匹とも満足そうに尻尾を振った。

「グレイより私のタコの方が大きいでしょ!シャルロット」

「そうね、二人ともありがとう」

「シャルル、俺がそいつよりも大物を獲ってやるぜ。素潜り漁は得意だ」

 ゲーテ王子はシャルロットに向かってドヤ顔で言うと湖の中に潜った。
 シャルロットは心配そうに水面を見つめた。
 なかなか浮上しないゲーテ王子に不安になっていたシャルロットの耳に騎士達の叫びが入って来た。

「魔物だ!」

 騎士達が見上げる先には岩のような鱗を全身に纏った双頭の大蛇。細長い二つの腕と真っ赤な三つ目を持ち、怪獣のような鳴き声をしている。
 湖に眠っていたらしい巨大な魔物だ。
 騎士達は一斉に岸に上がり立ち竦む。

「ね、ねえ、ゲーテ王子がまだ湖の中に……!」

 シャルロットは叫ぶ。
 数秒後、ゲーテ王子が思い切り水面から顔を出した。もがいているようだ。
 慌てて助けに入ろうと湖に向かったグリムをグレース皇子は止めた。

「やめろ」

「ですが!ゲーテ王子が……」

 グレース皇子は大蛇を見上げた。
 本来比較的大人しく人畜無害な魔物だ。その大蛇が騎士達へ攻撃してくる様子はない、だが長細い腕を伸ばしゲーテ王子の足首を鷲掴みにしブンブンと振ったり湖の底に沈めたりしている。
 取って食うわけでも怒ってるわけでもなく、ただ遊んでいるようだ。
 騎士が魔法で大蛇を攻撃するが跳ね返す。
 ただ人間のゲーテ王子にとっては水責め以外の何物でもない、掴まれた足を振り解けず溺れ掛かっている。

「やめて!ゲーテ王子を離してちょうだい!」

 シャルロットは大蛇に向かって叫ぶ。
 大蛇はシャルロットに気付き首を横にコクンと傾けた。手の動きも止まる。
 シャルロット自身は気付かなかったが、この時 シャルロットの背中から炎を纏った大きな龍が飛び出した。
 シャルロットと契約している火の精霊ウェスタの本来の姿だろう。
 炎の龍は牙を剥き、大蛇を威嚇した。
 この場にいた誰もが驚愕していた。
 大蛇は目を丸くして怯えたように身体を強張らせ、滸にいるシャルロットに向かってゲーテ王子をヒョイっと投げ湖の底へ沈んでいった。

 魔物の世界は力関係で成り立っている。
 明らかに自分より力の強い魔物の姿を見ると慄き、逃げるが勝ちと足早に退散する。


「ゲーテ王子!」

 シャルロットは芝生の上に横たわるゲーテ王子の身体を揺さぶったが、意識がなくぐったりしている。
 周りを見渡すが皆呆然と立っている。
 この世界では溺れた人への応急処置という概念がないのかもしれない。こんな時に限って前世の記憶を持つユハやユーシンも見当たらない。
 昼食の準備をしに出掛けている。
 もう時間がない。
 前世で接客業をしていた際に毎年研修を受けていた事があり、一度海で溺れた幼い女の子相手にした実践の経験はある。

 シャルロットはゲーテ王子の気道を確保し、胸部圧迫と人工呼吸を施した。
 周りのみんなが目を見張っている。
 しばらく続けるとゲーテ王子が飲み込んだ水を吐き出しながら意識を取り戻した。

「よかった……!」

 シャルロットはホッとして思わず涙目になりながら笑った。
 ゲーテ王子は唖然としている。
 ミレンハン国の一同も同じ顔をして口をあんぐりと開けシャルロットを見ていた。

「あっ、えっと、溺れた時の応急処置です!ゲーテ王子の呼吸がなかったから……。ごめんなさい、ゲーテ王子」

「いや、助かった…ありがとう」

 ざっくばらんに説明した。
 ゲーテ王子は驚愕した顔を緩め、柔らかく笑った。
 それで騎士達やグレース皇子は納得したようだが、ミレンハン国の一同は互いの顔を見合わせて深刻そうな顔をしていた。

 *

「姫」

 回廊で赤獅子シモンに呼び止められた。
 シャルロットは振り返ると頭を軽く下げて挨拶をした。

「今日はありがとう。姫のおかげでゲーテ王子も無事だった。私の配慮が足らなかったばかりに……」

 思いがけない陳謝をされ、シャルロットは困惑した。

「いえ……」

 怖そうな顔とおっかない異名と逸話を持つ人でどんな人だろうと遠目に思っていたが、接してみると常識的で穏やかな人だ。

「ゲーテ王子は大丈夫でした?」

「ああ、ピンピンしている」

「えっと……ミレンハン国の方達はお怒りではありませんでした?」

 他国の王子を溺れさせるなど、下手をすれば外交問題だった。

「いや…、特に何も言ってこないな。本殿でこれから宴をするとご機嫌だったよ」

「ふふ、よかったわ」

 話し込んでいると、遠くからカツカツと靴音がこちらに向かって近付いてくるのに気付いた。

「シモンーー?シモン……?どこへ行ったの?」

 聞き覚えのある女性の声だ。
 回廊の、ちょうど赤獅子がやってきた方面から現れたのはユハの姉で公爵令嬢のクリスティだった。

「シャルロット様、ご機嫌よう、あの…シモンを見ませんでした?背が高くて怖い顔の…」

「え……あれ?」

 先程まで隣に立っていたはずの赤獅子が消えている。
 シャルロットは不思議に思ったが、クリスティに向かって首を振った。

「さっきまで居たんですけど……どこかへ行ってしまったみたいですわ」

「そうなのですかぁ、困ったわ。それでは、またね」

 クリスティはシャルロットの前を立ち去った。

「ん?」

 ふと下に視線を下ろすと、シャルロットの足元に小さなジャンガリアンハムスターが居た。
 プルプルと震えている。

 シャルロットはハムスターを手に乗せると、顔を近付ける。

「あなた……もしかして、シモンさん?」

 赤獅子は獣人らしい。
 もしかして、と思って問うと、ハムスターは渋々口を開いた。

「如何にも」

「まあ、ハムスターの獣人だったのね?てっきりライオンだと……」

「できれば誰にも言わないでもらいたい」

「どうしてですか?」

「な、情けないだろう。赤獅子がネズミだなんて!」

 それ以上、シモンは何も言わなかった。言いたくないようだ。
 シャルロットの手のひらの上の小さなハムスターはくしくしと顔を擦った。

 *

「シャルルさん、出来ました!たこ焼きっす!」

 騎士団の詰め所に集まり、ラフな飲み会が始まった。
 魔物討伐大会で一位になったのはリッキーだった。褒美の高級ワインを皆で飲むことになった。
 赤獅子も参加してくれた。

「うげ~」

 タコもどきはこの世界ではゲテモノ扱いだ。
 騎士たちみんな顔をしかめていた。

 たこ焼き器なんてもちろんこの世界にはなく、細かく切ったタコもどきとキャベツと刻み生姜をお好み焼き風に焼き、焼いた後で一口サイズにカットした。
 ソースはユハが作ってくれた。

「俺っち、タコ大好き☆熱々うま~」

 ユハは一番乗りでたこ焼きを口にした。
 シャルロットも続いた。

「美味しい!本当に味も食感もタコみたいだわ!」

 騎士達は恐る恐るたこ焼きに手を伸ばした。
 杞憂は虚しく香ばしい生地と濃厚なソースの味が口の中に広がり、ほっぺたが落ちそうになった。

「何これ!うまっ!」

「これがあのタコとやらか?」

「意外にもワインにもエールにも合うなぁ」

 赤獅子も食すのを躊躇っていたが、皆が食べて美味い美味いと絶賛するので一口食べた。
 そして目を見張った。

「うまい!」

 小皿に取り分けられたたこ焼きをガツガツとたこ焼きを食べ尽くす。
 最近では食事も面倒だと思うことも多くなり食欲も減退していたのだが、こんなにがっついた食事というのは久しぶりであった。

「まだまだ焼いてますからね!」

 ユーシンは楽しそうにたこ焼きを次々に製造していた。
 この日、飲み会は深夜まで続いた。
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