シャルロット姫の食卓外交〜おかん姫と騎士息子の詰め所ごはん

ムギ・オブ・アレキサンドリア

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ミレンハン国のトド王妃と赤獅子シモンのダイエット大作戦!?〜美しい公爵令嬢と獣人騎士の身分差恋愛の行方

prologue 春の日の煮込みうどん

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 長い冬を終えて春うらら。

 オープンから一ヶ月目。
 旧乙女椿宮・食堂のランチタイムは賑やかだ。
 テイクアウト式のサンドウィッチやハンバーガーやパン類、数種類の定食やカレーライス、洋食の日替わりアラカルトが定番メニューだ。

「新メニューの煮込みうどんですわ」

「わ~美味しそう」

 ペレー国から安い小麦粉を入手する事ができたため、数日前から数量限定で煮込みうどんの提供も始めたが好評のようだ。
 食堂経営も軌道に乗り始め、新メニューを考案する時間の余裕もできてきた。

「思ったより、カレーライスが人気みたい」

「今は金曜日だけだけど、カレーの日増やしちゃう?」

「そうね。でもスパイスはちょっとお高めだから……」

 野菜の皮むきをしながらユハに相談してみた。

「シャルルさん、こんにちは」

 ユーシンは厨房の中をひょっこりと覗き、シャルロットを見つけると満面の笑みを浮かべた。
 シャルロットに向かって手を振っている。
 隣にはシャルロットの護衛騎士キャロルもいる。今日は二人とも非番のようで私服姿だ。
 それにしても二人が一緒にいるのは珍しかった。

「ユーシン、キャロルさん、こんにちは。どうしたの?」

「今 本殿からの帰りっす。腹減ったんでランチしにきました」

「あら、そう。メニューは決まったかしら?」

「うどんにしようかなぁ」

「わ、私もユーシンと同じので、お願いします」

「ふふ、わかったわ。試作のプリンがあるの。サービスするわね」

「プリンですか!ありがとうございます!姫様」

 一旦厨房へ戻り、料理をユーシンとキャロルに差し出した。
 二人はカウンター席に並んで座っていた。

「今日、俺たち親衛隊に立候補してきたんです」

「二人とも……親衛隊に入隊するの?親衛隊って陛下の後ろにいる人たちよね?王や王妃様を護衛する……」

「ええ、私達、将来姫様とグレース様を側でお守りする親衛隊になりたくて!。親衛隊って騎士の中でもトップクラスのエリートな役職なんですよ!本来なら王が指名するんです。まあ、立候補や推薦も受け付けてるようですが、今回は立候補が殺到しそうですね。姫様って人気がありますから」

「先手必勝っす!今さっきグレースに話してきたんだ。皇子なら幼少期に親衛隊が決まるんすけど、皇子は護衛をつけたがらない人だったから、でもこの前の事件のこともあるし親衛隊を考えるってさ」

 グレース皇子とはこの一カ月ほとんど会えていない。
 数日前にクライシア王がシャルロットの兄左王とコボルトを連れて旅行へ出掛けてしまった。国を開ける間、グレース皇子は王代理を務めており、クロウも補佐をしている。執務や勉強などで一日中忙しいようだ。
 シャルロットもシフト制ではあったが食堂の仕事があり、このところすれ違い生活が続いている。
 唯一、本殿へケータリングの食事を届ける際に数分会って話せるのが楽しみな時間だ。

「そうだ、北の領地に隠居中の赤獅子が遠征中の騎士団長の代打で来るらしいっす!」

「赤獅子?」

「前王の時代に活躍してた最恐の獣人騎士です!戦場でもいくつもの武勇伝を残してきた生きる伝説なんですよ!」

 キャロルの憧れの騎士らしい。

「引退した騎士さんなの?」

「怪我をしたのと目のご病気で…、ここ数年は国から与えられた領地の屋敷に籠っているそうです」

「お会いしてみたいわ」

 シャルロットはまだ見ぬ伝説の赤獅子の姿をふと想像していた。

 *
 ーー 一方、まだ寒さの残るクライシア大国とは打って変わり大陸の最南端にあるミレンハン国は、春と言うより初夏のような暖かな日が続いていた。
 そして赤珊瑚をモチーフにした美しい宮殿に男女の言い争う声が響く。

「良いではないか!宴の席に踊り子を呼ぶくらい普通じゃろ!」

「何よ!あの美人な踊り子にデレデレしてたじゃない!」

 王妃は夫である王の足を思い切り踏みつけた。
 王は怒髪天になり、王妃を指差し叫ぶ。

「たまにはよいではないか!お前みたいな醜い豚女を毎日見てるんだぞ!たまにはベッピンなお姉ちゃんに酒を注いでもらったってバチは当たらんだろう!」

「ぶ、豚!?」

 王妃はショックを受けた。
 かつては空色の長い髪、猫のようなアーモンドアイに小麦色の肌のモデル体型なスレンダー美女で、黒海の人魚姫とも呼ばれていた美しい姫であった。
 去年十数年間飼っていた愛猫オパールが亡くなりペットロスで塞ぎ込み、部屋に引きこもりがちになり食欲増大で暴飲暴食の日々が続き、結果ブクブクと太り始め気付けば肥満体型。

「落ち着いてください、二人とも……」

 二人の間に立つグリムの笑顔は引きつっていた。

「もう!グリムはどっちの味方なの!?あたしは太ってても充分美しいわよね!?」

「そうですとも!王妃様はとっても美しいです!」

「今のお前はマーメイドじゃなくてトドだ!ジュゴンだ!かつてお前を見初めて求婚していた男達が見たら詐欺だと訴えられるぞ!なあ!グリム」

「あなたって人は……!」

「わしだって、トドを嫁にした覚えはないぞ!」

「~~~!」

 夫婦喧嘩はコミュニケーションってくらい喧嘩が日常茶飯事の王と王妃だが、今日はいつも以上に一触即発だ。
 グリムもそれを肌で感じ、必死に二人をなだめようとしていた。

 だが、それも虚しくいつものように板挟みにされ、グリムのストレスはマックスだった。

「グリム!ゲーテは今クライシア大国よね!?」

「ええ、そうですが」

「あなたの顔なんか見たくないわ!あたし、ゲーテのところに行くわよ!」

「ふん!わしもお前の顔など見たくないわ!何処へでも行け!」

「ええ!?無茶ですよ!そんな急に……先方にも都合ってものが」

「そこをなんとかするのが宰相の仕事でしょう!王妃の命令が聞けないの!?」

 ゲーテ王子のワガママな性格は母親、頑固なところは父親に似たようだ。
 グリムは笑顔を崩す事なく心因性の目眩に耐えていた。

「まあ、でも……、どうせ近いうちに行かなきゃいけない用事もありましたし。いっか。王妃様も一緒なら都合がいいや」

 グリムは独り言を呟き、黒い笑みを浮かべていた。
 また何かを企んでいるようだ。
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