シャルロット姫の食卓外交〜おかん姫と騎士息子の詰め所ごはん

ムギ・オブ・アレキサンドリア

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火の精霊ウェスタと素敵な社員食堂〜封印を解かれた幻狼グレイとシャルロットの暗殺計画?

温かな仲間たちと雪見鍋

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 シャルロットの私室。

「シャルルさん、見て見て熟睡中のカエル~!」

 リッキーが無邪気に丸々と太った冬眠中のカエルをシャルロットに差し出した。
 寝間着姿のシャルロットはベッドの上で苦笑する。

 ベッドを取り囲む第二騎士団の騎士達はそれぞれ手土産を持ってお見舞いに来てくれた。
 あれから三日間意識が戻らず、高熱で寝込んでいたシャルロットだったが、昨夜ようやく目を覚まし熱も下がってすっかり元気だ。

「まあ、可愛い。けれど眠ってるわ。ちゃんと土の中に返してあげてね」

「もう大丈夫っすか?シャルルさん、昔からいつも無茶するから……」

 ユーシンもお見舞いに来てくれた。
 心配そうな顔をしているユーシンの頭をシャルロットは撫でた。

「もう平気よ、騎士団のみんなには心配かけて申し訳ないわ」

「気にしないで!俺らシャルルさんのこと大好きだから心配して当然だよ!むしろどんどん心配かけて、頼ってよ」

 アヴィの優しい言葉に騎士達は同意するように頷いた。
 みんな、倒れたシャルロットを酷く心配していたようだ。

 ベッドの上や脇の小さなテーブルの上には騎士達が手土産に持ってきたお菓子や花、暇つぶし用にと小説、フルーツ、ぬいぐるみがたくさん乗っている。
 鍛錬や仕事はちゃんとやってるようだが、朝から引っ切り無しにやってくる。

 ゲーテ王子なんて早朝から鍛錬サボって駆けつけ四時間居座ってコハン団長に回収されて詰め所へ戻って行った。
 朝からシャルロットの護衛を担当していたキャロルは一人忙しそうだ。

「さあ、帰った、帰った、面会は終わりだ」

 シャルロットとお喋りしたくてずっと居座ろうとする第二騎士団の騎士達を荒っぽく追い出す。

「食堂のオープン前なのに…こんなに寝込んじゃったわ」

「長引かないように今は絶対安静ですよ?姫様、私がしっかり見張ってますからね」

「わかったわ」

 夕方過ぎ、シャルロットの私室を訪ねて来たのはリリースとアランとユハとアルハンゲル達だ。

「ごきげんよう、シャルロットさん、どうぞお納めください」

 にこやかに笑って、アランは正方形の大きな箱をシャルロットに手渡した。
 シャルロットは首を傾げながら箱の蓋を開けると衣服が入っていた。

「アランさん?これは?」

「貴女がいつもダサい侍女服なんか着てるから、仕立て屋に頼んで早急に作らせたのよ。食堂の制服にいいんじゃないかしら?リリースの分もあるわよ」

 さすが貴族界のファッションリーダーだ。
 丈夫な生地で動きやすそうな膝丈でハイウエストなキュロットスカート、フリルを多用した甘めなデザインの前掛けエプロンには金色のささやかなリーフ柄の刺繍、パフスリーブのブラウス、黒色のタイ。
 メイド服とウエイトレス服を合わせたような可愛らしいコスチュームだ。
 シャルロットがベビーブルー、リリースは色違いのパステルオレンジ色らしい。

 シャルロットは早速試着して見せた。

「まあ、素敵ね。服が軽くて動きやすいわ。それにとても可愛い」

「ちょっとここにいらっしゃい。裾を合わせますわ」

 アランは裁縫道具片手にシャルロットの前で膝を折った。
 最終的な仕上げをしている。

「とても似合ってます、姫様。……でも、す、スカートが短過ぎませんか?」

 キャロルが頬を染め固まってる。
 膝が見えるか隠れるかくらいの丈で前世の記憶があるシャルロットからすれば普通の丈だった。
 この世界では女性はあまり脚を出さないので短く思えるのだろう。

「まあ、最近の令嬢は活発な女性が多いの。従来のロングスカートでは動きにくいのよ。乗馬が趣味の令嬢に頼まれて作ってたスカートなの、動きやすいでしょう?今後は婦人用のスラックスも充実させるつもりよ」

 アランは衣服作りが趣味のようだ。
 コーディネートだけにとどまらず、自らデザインしたり型を作ったり針仕事もするようだ。

「嬉しいわ、本当にありがとうございます」

 前世で、大学時代にデパートの地下に制服がとても可愛いお菓子屋さんがあって、そこでアルバイトするのが憧れだっけ……、自宅や学校からも遠いから無理だったけれど……。シャルロットは思い出していた。

「お姫ちゃん、可愛い。俺っち、メイド服萌えだけどウエイトレスもなかなかそそるね。猫耳と尻尾もあればもっといいなあ☆」

「は?キッモ」

 おどけたユハを横目で蔑視するように睨むリリース。

「馬子にも衣装だな」

 アルハンゲルはシャルロットをジッと見つめ、無表情で淡々と感想を述べた。
 シャルロットの笑顔は引きつった。

「はいはい、衣装が可愛いんですよ」

「あ、そうだ、お姫ちゃんのために夕食を作って来たんだよ。リディちゃん、持ってきてくれる?」

 ユハは扉の前で控えていた侍女のリディに指示を出す。
 リディが運んできたのは小さな鍋だった。

「じゃーん、大根とキノコと豚肉たっぷりの雪見鍋。温まるよ☆」

 よく煮込まれたキノコや豚肉、根菜の上にすりおろした大根がいっぱいかかったみぞれ鍋だ。
 コンソメ風味で洋風な味わい。

「うん、美味しいわ。ホッとする味」

 三日間昏睡状態で食べていなかったし、胃をびっくりさせないために今朝や昼も乳粥のみでお腹ペコペコだった。
 シンプルであっさりとしたスープに舌の上でホロっと溶ける煮立った根菜、空腹にも優しい味だ。
 アルハンゲルが作った、蒸しパンのようにふわふわの白パンにゲーテ王子からもらった蜂蜜をかけて食べた。
 スープと合わせても美味しくて、重くなくて喉通りも良い。

「お鍋にパンっていうのも良いわね」

「いっぱい食べて、早く元気になりなさいよね」

 リリースが明るく笑う。
 みんなの優しさに心まで温かくなる。


「…あの、アイリーンはどうなったの?」

 気になっていたことをユハに聞いてみた。
 ユハは真面目な顔をして、それから優しい口調で返答した。

「……一命は取り留めた、けど傷が思ったよりも深くて一生消えないだろうって宮廷医が言ってたよ。黒幕の貴族とヘンリー子爵も取り押さえられて今は地下牢だ。ヘンリー親子はおそらく身分剥奪されて平民落ちだろうね」

 まだ婚約に段階だが、王室の人間を手に掛けようとしたことは本来極刑も免れないほどの重罪だ。
 身分剥奪・王都追放だけで済んだのは、シャルロットが彼女を体を張ってまで生かそうとした事を考慮してのことだった。

「お姫ちゃんは大丈夫なの?幻狼と契約したんだろう?」

「この通り元気ですわ」

「その幻狼って今どこにいるの?」

 リリースが口を開いて間もなくシャルロットの寝室にクロウの泣き叫ぶ声が飛び込んできた。

「うわあああん!シャルロット~~」

 見覚えのある黒チワワがベッドの上のシャルロット目掛けて飛んできた。
 その後を短い脚をヒョコヒョコ動かして銀色のふわふわなタンポポの綿毛のような毛並みをした可愛らしいポメラニアンが入室した。

「クロウ?……と、もしかして……グレイ?」

 皆が二匹の可愛い小型犬に注目する。
 以前コボルトが言っていた、ラブリーな小型犬の姿にされるのが幻狼にとっての屈辱的な刑らしい。
 二匹の後から人の姿をしたコボルトがやって来た。

「グレイにはアイリーンと共謀しシャルロットを誘拐した罰を、クロウは国のお金を勝手に平民の青年たちに横流した罰を与えた、その惨めな姿で反省するのだな」

 平民の青年団とはあの研究者の青年たちだ。
 クロウは王やグレースに無断で大金を彼らに寄付していた。
 どうやら事件の黒幕の貴族や議会の貴族たちはその大金をシャルロットが私的に利用したのだと早合点したようだ。

「クロウ、そんな事をしてたの?」

「大学を作りたかったの」

「大学って、学校を?」

「騎士の見習いが通う学校とか魔族が魔法を勉強するアカデミーはあるけど、人間の学校は小さい子供が通って読み書きや計算を勉強するような学校くらいしかないの。農業や科学や工学を研究する学校も必要でしょ?」

 クロウは熱弁した。

「でも、国のお金を勝手に使ったらマズイわ」

「えへへ、コボルトとレイメイにも怒られちゃったけど大学作るのは許可もらったよ!しかも、なんとね、王立のアカデミーだよ!」

 クロウは尻尾を振りながらドヤ顔で語った。
 クライシア大国にとっては歴史的な案件だ。

 色々な事が目まぐるしく変わっていく。

 *

「俺はこれからはしっかりと、国を引っ張っていくような存在になれるように日々精進してまいります」

 銀の間にて、王と対面していたグレース皇子はキリッと顔を引き締めて大きな声で宣言した。
 王の背後には親衛隊、隣にはバルキリー夫人や左王が座って一緒に紅茶を飲んでいた。
 グレース皇子と共に騎士団のコハン団長やメリー団長、イルカルも王より呼び出されていた。

「そうか、ようやくドラ息子だったお前も王位継承者としての自覚を持てるようになったか。これも全てはシャルロット姫の影響か」

「ふふ、立派になったわね」

 バルキリー夫人は扇で口元を隠しながら優雅に笑っている。

「昨日今日の決心で王が務まるほど世の中は甘くないぞ。そうだな、研修でも受けてみるか?」

 王は笑った。
 グレース皇子は首を傾げる。

「私はこれから長期休暇を取るぞ、コボルトと左王を連れて遠方へ旅に出ようと思う。コハン、メリー、それからイルカル、お前らも私に同伴しろ。私が国を開けている間、グレース、お前が王代理だ。全ての権限をお前に預けよう」

「…………え?へ、陛下……?そんな急に……」

「心配いらない、バルキリーがお前をサポートするだろう。これでも昔は貴族院の赤薔薇と呼ばれていた優秀な女官僚だ。バルキリーにしごいてもらえ」

「うふふ、よろしくね、グレース皇子」

「そんな……」

「オリヴィア小国から書簡が届いた。今回の事件で先方が大変立腹しておる。頼りない皇子では大事な娘を預けられないと……、良い機会ではないか、立派に王代理を務めて義理の両親たちを納得させろ。結婚式も、延期だ--」

「なっ……」

「やれ。これは王令だ。逆らうことは許さん」

 グレース皇子の脳裏にシャルロットの顔が浮かぶ。
 自然と答えは出ていた。

「やります、王代理。お任せください、陛下」

 グレース皇子は王の前で膝を降り、頭を下げた。
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