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火の精霊ウェスタと素敵な社員食堂〜封印を解かれた幻狼グレイとシャルロットの暗殺計画?
作戦
しおりを挟む城の長い回廊をグレース皇子は一人で歩き、途方に暮れていた。
件のシャルロットの告発書の内容について話し合うために先刻まで貴族や官僚を集めて会議を行っていたのだが、彼らはグレース皇子の言い分を聞き入れることもなく、グレース皇子は会議室に中で四面楚歌だった。
『皇子はシャルロット姫に対し欲目があるから』
『私情や目先の感情だけで動かないでいただきたい』
小さい頃からグレース皇子に対して好々爺で可愛がってくれていた宰相でさえ、グレース皇子の訴えを一蹴した。
自分が望んでもいない王位継承者であることに反抗心があって今まで必要最低限の皇太子としての業務しか全うしてこなかったツケが回ってきたのか?
もっと国王である父の側について筆頭貴族や官僚たちの間に人脈や信頼を築くべきだったか?
父が言っていた、剣が強いだけでは守りたいものは守れないという言葉を思い出していた。
「ごきげんよう、グレース様」
向こうから顔見知りのアラン令嬢が嬉しそう笑顔を見せながら、取り巻きの令嬢や侍女を引き連れてやって来た。
今日もバルキリー夫人のサロンに参加してたのだろう。
グレース皇子は顔を上げた。
「ああ…」
「こうしてお会いできたなんて光栄です」
「今日も本当に素敵ですわ」
目の前の令嬢たちはグレース皇子を取り囲みはしゃいでいた。
圧に押されてグレース皇子は後退りした。
「……ああ」
グレース皇子は女性に対して昔から苦手意識があった。
いつものように素っ気ない態度を取ってしまう。
それでも彼女らは構わずグレース皇子を囲みはしゃいでいた。
「聞きましたわよ、シャルロット姫様の噂。大丈夫なんですの?」
取り巻きの令嬢の一人が声を出す。
グレース皇子はハッとした顔をして彼女を見た。
セミロングの巻き髪にブルーの大きなリボンを付けた細身で華奢な少女だ。
先刻の会議にも参加していた一代貴族ヘンリー子爵の娘アイリーンだ。
「やっぱりシャルロット姫よりアラン様の方が断然グレース様の結婚相手には相応しいと思うのですけど」
「なんだと?」
グレース皇子は苛立ち、彼女を睨んだ。
「やめなさい、アイリーン」
アラン令嬢はグレース皇子に食い入るアイリーン令嬢を止めた。
「失礼いたしました、グレース様。それでは、ご機嫌麗しゅう」
アラン令嬢はお淑やかに一礼すると退散した。
グレース皇子は沈黙したまま彼女らの背中を見つめていた。
「グレース」
彼女たちと入れ替わりでグレース皇子の前に左王と護衛騎士イルカルが現れた。
グレース皇子は振り返る。
「お義兄様…」
「どうした?浮かない顔して」
兄のように慕っている左王を前にすると張っていた気も途端に緩む。
「いえ…、自分の不甲斐なさに嫌気がさして。剣術などの目に見える強さにばかりこだわって、皇子としては、将来父上の跡を継いで王座につく身としては何とも非力だなと自己嫌悪していたんです。この調子で、シャルロット姫を向かい入れて彼女を守れるのか……。父上も、お義兄様も立派に王をやれているのに、自分は……」
グレース皇子は不安げな顔をして顔を反らした。
「クライシア王も私もお前も別個の人間だ、私やクライシア王のやり方を模倣したり比べる必要などない。それに、私も完璧な王ではない。私に足らぬ部分は兄の右王が補ってオリヴィア小国は成り立っている」
慧眼を持ち冷静沈着で合理主義で左王だが、昔から口下手で、集団の中で他人に合わせたりコミュニケーションを取ることは苦手としており協調性には欠けていた。
右王は感情が豊かで向こう見ずでおっちょこちょいでドジだが、社交的で人当たりも良くお人好しで面倒見が良いので国内外の貴族や民からも慕われカリスマ性を持っている。
「お前には幻狼や、ミレンハン国の王子や騎士団もいるだろう。それに私もお前の味方だ。自分が非力だと自覚しているならば、素直に仲間を頼れ。人海戦術も立派な戦略だ」
力強い言葉に安堵の息が漏れた。
「お義兄様……」
「グレース!俺っちもついてるよ~!」
「わっ…」
いつからそこに居たのか、突然 従兄弟のユハに背後を奇襲されグレース皇子は驚愕した。
「ユハ……?」
ユハの手には分厚い帳面が握られてある。
「『ユハ様の閻魔帳』の出番だよ!いつか役に立つと思って貴族たちや使用人たちの強請りネタのデータベース……ううん、スキャンダルや悪事をユハ調べでしたためていたの」
心強い味方だが、同時に敵に回したくない相手だとグレース皇子は思った。
「実はね、食堂で使う食材の供給元に仕入れをドタキャンされてピンチなのよねー。あまりに不自然だから調べてみたら、やっぱり封建派の貴族の息がかかっていたよ。まあ、ただの威嚇とか嫌がらせだろうけどね」
「そいつらがシャルロットを狙っているのか?」
左王は怒りを抑え冷静を装うような低い声を発した。
「封建派の代表貴族である宰相や俺っちの実家の公爵家側に動きがないから、どうだろうねえ? こんな幼稚な真似をすれば陛下が黙ってないだろう?リスクが大きすぎる。保身的なおっさんたちがするかね?俺っちは個人の私怨かなって考えてるんだけど」
「姫様への恨み?とても恨まれるような方だとは思いませんけど」
イルカルは首を傾げた。
「ん~、とりあえず誰が味方か敵か把握したいよね?敵、或いは協力者はお姫ちゃんが寝泊まりしてる居城内にも潜んでいるようだし、何かあっては困るから早急にね?」
「……潜んでいるなら、叩き出せば良い」
グレース皇子は呟いた。
「強気だね~グレース」
*
食堂オープンまで一週間を切ったのに、障害だらけだ。
今朝も乙女椿宮の外壁を泥で汚され、春に向けて種を蒔いていた花壇が無残に荒らされていた。
外注していた食材の手配も供給元から突然拒否されて難しくなり、今から前途多難だ。
「クロウの畑の野菜と…、ビオラ様の実家の領地、確か小規模だけど農作物を栽培してるって言ってたわ。少しでも分けてもらえないかしら……」
侍女のリディを退室させた後、寝室にベッドに転がり考え込んでいた。
明らかに何者かが妨害しているようだ。
シャルロットが産まれ育ったオリヴィア小国は王室と民の距離も近い穏やかで平和な国であったが、クライシア大国のような国にもなると一筋縄ではいかないのだろう。
自分は、そのような国のゆくゆくは王妃となるのだ。
「誰の仕業かわからないけど、あんな嫌がらせに屈しないわ」
眉尻をキリッと上げて天井を見上げていると、私室の扉がノックされた。
「ああ、愛しいシャルロット、開けておくれ」
ユハの声だ。
「……!」
まるで演劇のひと幕のような、不自然な口調と声の張り上げ方だ。
侍女のリディも帰してしまったし、シャルロット自身が対応するしかなかった。
慌てて扉を開けると、突然ユハの腕が腰に回ってきて抱き寄せられ髪を撫でられた。
シャルロットは顔を青くして愕然と間近に迫るユハの顔を見ていた。
フリーズしてる間に、頰にキスをされた。
「会いたかったよ、僕の可愛い仔猫ちゃん」
「ユハ?何なの?この茶番……」
ユハの人差し指がシャルロットの唇を閉ざす。
そして微笑みながらウインクされた。
カタッ
遠くから小さな物音がした。
その先に目線をやると黒い人影が物陰からこちらを見ているようだった。
シャルロットと目があった人影は逃げるように退散した。
ユハはすかさずその人影に手のひらを向け魔法を放つ。
誰もいなくなった廊下に突然グレース皇子が現れた。
転移の魔法だろう。
「くっつき過ぎだろう」
グレース皇子はユハの腕を引っ張りシャルロットから剥がす。
「あははは、役得☆役得☆」
「グレース様?」
「ああ、確保できたか、今向かう」
グレース皇子は独り言のように何かと会話していた。
「クロウが密偵を取り押さえたらしい」
幻狼と契約する王族は遠く離れていてもテレパシーで会話ができるようだ。
「あの、もう、何が何だか……」
シャルロットに着ていた自身の外套を羽織らせ、グレース皇子は彼女の手を引いて廊下を進む。
その後をユハも続いた。
居城を出てすぐのレンガの道に、暗くて顔は見えないが侍女服を着た女が腰を抜かして座り込んでいた。
その周りを第二騎士団のユーシンやコハン団長たちが取り囲む。
侍女服姿の女の真ん前に牙を剥いた狼姿のクロウが威嚇するように唸っていた。
侍女服姿の捕らえられた女はガクガクと全身を震わせ意味不明な言葉を早口で呟いている。
「……あ、貴女、侍女長さん?」
「しゃ、シャルロット姫様!?」
この城へ来た時に挨拶はしたし、何度か顔を合わせた事があった。
リディやサルサ、お城に仕える侍女たちをまとめている中年の侍女。
「な、な……っ」
酷く顔が真っ青だ。
「だから、今からそんなに慌ててどこに行くのかって聞いてるんですけど…」
第二騎士団の騎士リッキーは冷たい目をしながら穏やかな口調で彼女に問う。
「あなたたちに関係ないでしょう!?第二騎士団が揃って……どうして!?」
第二騎士団は主に城外の魔物の討伐や国境での防衛、城下町の治安維持を業務とする。
その騎士団が揃って自分を取り囲む意味がわからないのだろう。
「俺たちのシャルルさんの根も葉もない噂を流してるのはアンタだな?」
コハン団長が大きな声を張って問う。
「違っ……」
「で、これから公爵家の息子とシャルルさんが密会してたーって誰に報告しに行くつもりだったんだ?」
「もしかして乙女椿宮を泥まみれにしたのも侍女長さん?」
「何が目的だ?」
厳しい詰問に、侍女長は圧される。
「くっ……」
「誰から雇われた?それともお前個人の意志か?」
詰問されるが侍女長は唇をギュッと噛み、口を割らない。
それどころか恐ろしい目でシャルロットを睨んでいた。
「私、個人の……意志です……!」
低い声で侍女長は答えた。
それをユハは煽るように笑い一蹴する。
「斜陽貴族出身の貴女が商会に圧力掛けられるわけないでしょう?どこの貴族に雇われた?ああ、貴女、確かアラン令嬢の屋敷で彼女の乳母をしてた経歴がありますよね?アラン令嬢とも懇意にしているようですし……もしかして」
ペラペラと捲し立てるように喋るユハの言葉を遮るように、侍女長は泣きながら叫んだ。
「アラン様はこの件に全く関係ないですわ!」
「じゃあ、黒幕は誰かな?」
「……だから、私の…私個人の……!」
「誰だと聞いている」
グレース皇子が怒鳴りながら睨むと、侍女長は観念したように震える声で吐露した。
「……ヘンリー子爵でございます」
彼女の発した声の後、静まり返ったレンガの道に冷たい風が吹き渡った。
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