シャルロット姫の食卓外交〜おかん姫と騎士息子の詰め所ごはん

ムギ・オブ・アレキサンドリア

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火の精霊ウェスタと素敵な社員食堂〜封印を解かれた幻狼グレイとシャルロットの暗殺計画?

ゲーテ王子の蜂蜜

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「すまない、シャルルと二人にさせてくれ」

「はぁ……」

 夜の静かな居城のシャルロットの部屋の扉がノックされた、ゲーテ王子は扉を開けて対応した侍女のリディにそうお願いした。

 ゲーテ王子は小さな壺を持っていた。
 その壺を見て侍女のサルサは目を見張り、何故かはしゃぎだした。
 サルサは最近勤め始めたばかりの新人侍女である。異国の貴族の末娘らしい少女で、明るくてややお転婆でドジな娘である。
 彼女の教育係をリディが担当していた。

 リディはちらりと部屋の奥にいたシャルロットに目配せし、サルサを連れて速やかに部屋を出て行った。

「ほらよ、お前が欲しがっていた“例のアレ”だ」

「ああ、届いたんですね!蜂蜜!」

「グレースにも侍女たちにも言うなよ?」

 ゲーテ王子はシャルロットの口を手のひらで塞いで黙らせた。

 例のアレとは、ミレンハン国産の“蜂蜜”だ。他国でも知る人ぞ知る高級食材で、ミレンハン国の宮殿内には大昔から養蜂場があるらしい。

   それを聞いたシャルロットはどうしても蜂蜜が欲しくて前々からゲーテ王子に頼んでいたのだ。

「あっ、そっか、ミレンハン国では蜂蜜は女子供は食べちゃだめでしたっけ……」

 ミレンハン国の決まりでは蜂蜜は男性のみが食せる特別な食品。

 どうやら蜂蜜には弱性の毒があると信じられており、身体の弱い女子供が口にすることはタブー。

 蜂蜜の毒と言うのはボツリヌス菌のことだろうか?一歳未満の赤ちゃんには食べさせてはいけないという前世では常識であったがーー細菌に対して耐性のある大人であれば性別問わず食べられるはずだ。

 クライシア大国では蜂蜜仕様のケーキも存在するし、サロンで貴族の婦人が紅茶に外国産の蜂蜜を入れていたところを見たことがある。

「うちの国では王族の男はみんなそれぞれ巣箱を持ってるぜ?自分で食べるか決められた人しか食べられない代物だからな。そいつは俺の巣箱で採れた蜂蜜だ。貴重な蜂蜜だから味わって食えよ。俺様の蜂蜜を今まで食べたのは俺とグリムとお前だけだ」

「え、そんな大事なもの…私がもらっても良いのかしら」

「と、友達だろ?」

 ゲーテ王子は照れながら断言した。
 ゲーテ王子は高飛車でワガママな性格なので同年代の友達があまりいないってグリムから聞いていた。

「友達、ふふっ、そうね。ありがとう、いただくわ」

「俺からもらったこと、誰にも言うなよ?」

「女の人が食べちゃダメなの?」

「そう言うわけではない。言っただろ?うちの国では自分の蜂蜜を女性に贈るのは、求愛行為だ」

「へっ!?」

「だから誰にも言うなよ?誤解されるだろ。送ってもらう時も大変だったんだからな、グリムには冷やかされるし」

「大丈夫ですわよ。この国ではそんなルールもないし、意味なんて知るはずないわ」

「それで、その、蜂蜜は疲れを取る効果があると、俺のお父様が言っていた。それで、その……騎士団の食事に使えないか?」

「えっ?」

 シャルロットが眼を見張ると、ゲーテ王子はギロリとシャルロットを睨み返す。

「なんだよ?文句あるか?」

 年始にグリムが来た際に一緒に帰国するはずだったのだが、ゲーテ王子自らの希望でこの国に留まることになった。
 騎士の仕事も真面目にこなし第二騎士団の仲間ともすっかり仲良くなっているようだし、たまにお城で王子業務をする際も貴族や他国の王族との外交も責任を持ってしっかりやれている。
 この城へ来た当初はワガママ放題で誰にでも横柄で高飛車な態度だったゲーテ王子が……。
 シャルロットは感慨深い気持ちを感じた。

「いえ、分かりましたわ。じゃあ、レモンの蜂蜜漬けでも作りましょうか?」

 *


「ゲーテ王子とシャルロット様って秘密の関係なのでしょうか!?」

 廊下で、サルサは一人頬を染めて興奮して舞い上がっていた。
 それを冷めた目でリディは見ていた。

「なわけないでしょう~あなたはラブロマンス小説の読み過ぎよ」

「私もゲーテ王子と同じミレンハン国出身だから分かるんです。王子が持っていた王家の紋章入りの漆器の壺、ロイヤルハニーです。あれは愛する女性に贈る特別な蜂蜜です!でも、それって、禁断の恋、グレース皇子との三角関係ですよね!?」

 夢見がちな侍女サルサは身悶えた。

 やれやれとリディが失笑していると、目の前からアラン令嬢と侍女長ステラが現れた。
 侍女長ステラは四十代だがスラリと背が高くて品があり若々しい女性だ。侍女たちにとっては鬼のように厳しい上司だが、自分にも他人にも厳しく優秀な侍女で王家からの信頼も厚い。

「あなた、侍女としての自覚はおありなの!?仕えている王族や貴族や来賓客のプライベートなことをこんな廊下で大声で話すなど言語道断!どんな些細なことでも守秘義務は守りなさい!発言には慎みなさい!」

 アラン令嬢はサルサの前までズカズカと歩いて近寄ると、怒鳴りつけた。

「も、申し訳ございません!アラン様」

「以後、気をつけなさい」

 アラン令嬢は去った。
 その後を侍女長ステラは追う。

 *

 王が普段過ごしている銀の間。

 王座が軋む。
『告発書』と文頭に大きく書かれた書類を手にクライシア王は眉を潜めていた。

「これは?」

 鋭い眼で目の前で頭を下げている男女を見た。
 男はヘラヘラと笑いながら大きな声で言った。

「ですから、シャルロット姫が我が国の金を着服し散財しているという報告書です!陛下」

「それだけではございません!アズ事務官がシャルロット姫に大量の宝飾品を贈っている記録もございます!こちらも私どもで調査したところ、巨額の架空経費計上が見つかり……。アズ事務官が横領したとしか思えません」

「先日アルハンゲル公に調査してもらったが、そのような報告はもらっていない」

「アルハンゲル公もシャルロット姫と仲睦まじいではありませんか。それに公爵家のユハもそばに侍らせている。ユハがいるなら経費不正も難しい話ではない。彼らをシャルロット姫が懐柔しているのですよ」

「………」

 王は無言で書類を見つめた。

「グレース皇子もシャルロット姫にドレスや宝飾品を贈っている」

「私の息子がどうした?」

 鋭い目で睨まれて一瞬男は怯んだ。

「……お、皇子は大変生真面目で初心な方でいらっしゃいますから……、シャルロット姫に誑かされているとしか思えません」

「誑かす?」

 また王に睨まれて男は顔を青くした。

「昨夜もミレンハン国のゲーテ王子と深夜姫の私室で密会をしていたと……、目撃した者がおります。その際に、ミレンハン国の王家伝統の蜂蜜を姫に贈られたそうです!それはミレンハン国では寵妃に贈る特別な蜂蜜で」

「……つまり何を言いたいのだ?申してみよ」

「とんだ金食い虫の強欲でふしだらな悪姫です!皇子の婚約者にはふさわしくない!このままでは昔の二の舞です」

「…………」

 大きな窓の向こうには、どんよりと重たく濁った空が広がっていた。
 重要な話を終えた男女の訪問者が立ち去った銀の間で、天井裏に潜んでいたオレンジ色の光の玉がスッと音も無く消えた。
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