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火の精霊ウェスタと素敵な社員食堂〜封印を解かれた幻狼グレイとシャルロットの暗殺計画?
野菜泥棒たちのサンデーロースト
しおりを挟む王有林の菜園に漆黒の毛並みをした狼クロウと騎士団長のコハンが立っていた。
その口はあんぐりと大きく開いている。
「ああああああっ」
土の中に埋めていた大根や白菜は無事だが、畑の芽キャベツや芋、人参、ケールにカブ、春に収穫するのを楽しみにしていたアスパラガスやキャベツなどの野菜が無残に刈られている。畑の周りに張られていた害獣や魔物除けの簡易結界は破壊されていた。
「シャルロットのために育てたアスパラが~」
「派手にやられたなぁ~、こりゃ害獣じゃなくて人の仕業だろ。ほら、見てみろ、無効化の魔法入りの手投げ弾だ。これで結界を壊したんだろ」
コハンは転がっていた手投げ弾を手にした。
「泥棒~!」
クロウは激怒し叫んだ。
そして据わった目をしてコハンに駆け寄り、クンクンと鼻を押し当て手投げ弾の匂いを嗅いだ。
「ふふふふっ、探し出して懲らしめてやる!」
不気味な笑みを浮かべる。
*
「お前ら!見ろ!立派なキャベツにアスパラだぞ!今夜はご馳走だ!」
城下町の市場の片隅にある一軒の小さな小屋の中には人間の男たちが集まっていた。
皆やつれた顔をしてボサボサ髪で無精髭を生やしている。
「すごいな、冬なのにそんなに野菜が流通してるのか?」
クライシア大国では寒さが厳しく冬は作物が育たない。
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わらわらと青年たちが集まってきた。
歳は二十歳前後だろう若い彼らの大半が貴族ではなく中産階級の金持ちの家の息子や一般庶民の苦学生たちで、皆獣人でも魔人でもない生粋の人間だ。
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最近の主食はもっぱら小麦粉を卵と牛乳で溶いた生地をオーブンでシュークリームのようにふっくら焼いた庶民たちの節約レシピ・ヨークシャープディング。
ダビーという食用できる魔物のお肉をローストし、一口大にカットして茹でた芋や芽キャベツなどの野菜、ヨークシャープディングを付け合わせて、肉汁に安いワインや小麦粉を加えて煮詰めたグレイビーソースをかける。
庶民たちの週末の定番メニュー、サンデーローストだ。
「ああ、うまい、このジャンクな味のソースがまたいい」
「こんなにちゃんとした飯、いつぶりだ!?」
青年たちは久しぶりの栄養満点な昼食に舌鼓を打った。
暖炉の前のテーブルに座り団欒しながら遅めのランチを食べていると、突然何かが小屋の入り口の木の扉に激しく音を立てて突っ込み、室内に扉が吹っ飛んできた。
破壊された入り口には漆黒の髪に黄金の瞳をした見知らぬ美男子が立っていた。険しい目で睨んでいる。
こんなに寒いのに白いシャツ一枚に黒いスラックスと薄着に革靴。
その後ろには苦笑いする騎士の姿があった。
「お前たちか!私の野菜を盗んだのは!」
「げっ!」
黄金の瞳の美男子の目が赤く光ると、まるで地震でも起きたかのように部屋中の家具が揺れ、屋根や柱や床がギシギシと鳴った。
このままでは欠陥だらけのボロい小屋は倒壊してしまう。
「わああああっ!ごめんなさい!申し訳ありませんっ!」
「お願いしますっ!どうか勘弁してくださいっ!研究中の大事な書類がっ……資材がっ……!」
「完成間近の機械がっ……!」
青年達は顔を真っ青にして半泣きしながら、すぐ様 怖い顔の美男子の前に平伏した。
美男子の目がやがて本来の黄金色に変わり、揺れがおさまった。
「君たちはなんなの?なんで私の野菜を盗んだの?」
「実はかくかくしかじかで……」
青年達から事情を聞いたクロウと名乗る美男子は何故か号泣した。
そして青年らのリーダー格であるソルの手を握り、ブンブンと振った。
「大変だね~!気持ち分かるよぉ~!私も前世は君たちのような苦学生だったのだ!応援するよ~!」
「でも、盗みはよくねえな!あそこは王有林だ。王家所有の土地だ。無断で侵入しただけで罰せられるぞ。おら、ソルと言ったか?城まで同行願えるか?」
騎士団長コハンの言葉に青年らは再び顔面蒼白した。
*
「良かったね~!無罪放免だっ」
「ほんとっ申し訳ございません!クロウ様が庇ってくれたおかげです!なんとお礼を申し上げれば良いか……」
城へ連行されたソルだが、クロウが必死に弁護したお陰で大した罰は受けなかった。
後日ソルの実家へ示談金が請求される程度で、前科も付かず、すぐに釈放された。
「そうだなあ、申し訳ない気持ちがあるなら身体で償ってくれる?」
「えっ!」
妖艶な美男子に意味深にボディータッチとウインクされ、思わず顔を紅潮させてしまったソル。
ナニをされるのか?ドキマギしていたのだが、連れていかれたのは城内にある別棟の屋敷だった。
乙女椿宮という場所らしい。
「あら?クロウ?いらっしゃい、お客様?」
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「え?」
クロウは20代後半くらいの容姿をしているが、目の前の少女はソルの成人前の妹と変わらない。
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「なんだ?その芋くさい男は」
中には更に真っ赤な髪をした何故か舌打ちをしている怖そうな雰囲気の美女と、亜麻色のボブヘアの猫目の美少女がいた。
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「あのね~、このキッチンに君のお家にあった家電が欲しいの!」
「カデン?」
「調理道具だよ!君たちの家の台所にあったフードプロセッサーみたいなやつとか冷蔵庫的なやつもあったじゃない?材料はこちらでなんでも揃えるから、作れないかなぁ?」
「うちの台所にあった機械ですか?電気工学を研究してるうちのマルメの発明品ですよ。いくつか試作品があるから、持ってきましょうか?」
改装中の広い厨房を二人で一周しながら、話し込んだ。
「あと、そんなに食べるものに困るくらい貧乏なら、その発明品を売ってお金にしたらいいじゃない。特許も取ってさ」
「しかし……魔人たちの魔法や魔道具に比べればチープなガラクタだと我々の発明や研究は無駄だって馬鹿にされてますから……」
ソルは寂しそうな顔をした。
クロウは彼の肩をポンっと叩いて笑う。
「この世界の八割の人間は魔法なんて使えないでしょ、魔人が作って売ってる魔道具も高価だし、魔力もない並みの人間には扱いが難しいし事故になりやすい。でも君たちの発明品は魔力は必要ないし改良次第ではみんなが使ってくれるような素晴らしいものになるよ!」
「そっ、そうかな」
魔人からは散々馬鹿にされ虐げられていた。
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「あのね、私の奥さんが今度食堂開くの。だから私も何か力になりたくてさ~、私が魔法で魔道具を作っても良いんだけど……、私の奥さんも人間だから魔道具よりは君の作った発明品の方が使いやすいかなって思ってさ!」
「まっ任せてください!使ってくれる人がいるなら我々もやる気が出ます!」
「あ!それじゃ、君たちに私が資金を援助してあげる。これでギブアンドテイクでしょ?あと、うちの王様は商魂たくましい金の亡者な人だから君たちの味方になってくれるよ~!」
前世は植物学者だったクロウはソル達にシンパシーを感じていた。
大学で講師もしていたから彼らのような熱意のある学生を見ると放って置けない。
何かに没頭する楽しさも、研究を成し遂げた達成感も喜びも、周囲からの心無い言葉やプレッシャーも、決して楽しいことばかりではない下積みも、よく知ってる。
これがクライシア大国の発展に繋がるなら安い投資だと考えた。
「何から何までありがとうございます……」
ソルは号泣した。
「うん、いいの、だからもう畑は荒らさないでね!」
彼らは種だ。
今までは環境が悪かったんだろう。
だから心ばかりの水を撒いて肥料をあげてみたいと思った。
どんな花、はたまた樹に成長するんだろう?
クロウの胸は弾んでいた。
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