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火の精霊ウェスタと素敵な社員食堂〜封印を解かれた幻狼グレイとシャルロットの暗殺計画?
グレースと左王と山パスタ
しおりを挟む剣を振るうグレース皇子を見つめていた左王はため息をついた。
「お義兄様?」
左王との勝負に負けて以来、グレース皇子は飽きることなく毎朝のように剣の稽古を見てもらっていた。
左王の渋い表情を横目に見て、グレース皇子は剣を下ろし振り返る。
「筋は悪くないが綺麗過ぎる、型にハマりすぎていると言うか……真面目過ぎるのがお前の良いところでもあり欠点だろうな。実践が足りていない」
「やはりお義兄様は世界中を旅して剣の腕を上げたんですか?」
「まあ、そうだな。私は王よりも冒険者に成りたかったのだ」
「俺もです。皇子なんかより騎士になりたかった」
「お互い簡単に投げ出せるような立場では無いから苦労するな。しかし、剣の腕を上げて損はないだろう。……まあ、お前を国外に連れ出すわけにも行かないから近場で、ああ、この国の国境沿いにある荒城の地下に中レベルの魔物が頻出するのだ。あのダンジョンへ一緒に討伐しに行かないか?運が良ければ上級の魔物とも対峙できるぞ」
山奥の結界外にある荒城には普段は誰も近寄らない。
大地から強力な魔力が溢れている影響か、ダンジョンは光に集う夜光虫のようにレベルは問わず魔物が集まるデッドラインで、国内外からやって来た冒険者などが時々訪れる。
ダンジョン内外でも魔物を討伐するとレベルに応じた報酬が手に入る、冒険者たちはその報酬で生計を立てているらしい。
運が良ければ城内の財宝も手に入れることができる。
「なあ、イルカル、ダンジョンへ行ってもいいか?」
「へぇ!?」
左王の護衛を担当している第一騎士団のイルカルに急に話が振られた。
唐突な話にイルカルは目を点にして段々と顔色を青くする。
「大丈夫だ、父上は基本的に放任主義だから何も言わんぞ」
「いっいけません!お二人共、陛下が良いと仰っても、まずうちの団長が許可を出すわけないでしょう!危険ですって!」
イルカルはブンブンと頭を横に振った。
「タンザナイトの勇者が同伴だぞ?後、クロウも連れて行くから問題ないだろ」
「あのダンジョンなら十回ほど行ったことがある。近所のようなもんだ」
2人に押されてイルカルは何も言えなかった。
「もう知りません!私が怒られたらお二人が助けてくださいよ!?」
イルカルは叫んだ。
*
クロウは鼻歌を歌いながら乾麺の束を真っ二つに折って弁当箱の中に入れた。
それから、その容器の中に水を注ぐ。
その様子をシャルロットが不思議そうな目で見ていた。
「クロウ?何してるの?」
「グレースとシーズと山にお散歩に行くの!山で食べようと思ってさ」
「お水で戻すの?」
「うん、茹で時間が半分以下になるし茹で汁も残らないし、美味しくなるんだよ!」
「そんな調理方法があるのね」
クロウは調理する手を止めて、くるっとシャルロットに振り向き脈絡もなく軽くキスをした。
そしてぎゅっとハグをする。
「クロウってば……」
チワワ姿から元の姿に戻ったクロウはスキンシップが過剰になった気がする。
いや、元からスキンシップ過剰な人だったが、チワワの姿だから気に留めていなかっただけか。
「行ってきますのキスでしょ?」
抱きしめられて後頭部を優しく撫でられた。
「クロウ、行くぞ」
グレース皇子がクロウを迎えにきたようだ。いつの間にか扉の前にグレース皇子が立っていた。
クロウは「はぁい!」と明るく返事をして犬のようにはしゃぎながら荷物を抱えて部屋から出て行った。
「姫、行ってくる」
グレース皇子は微笑みながらシャルロットの右手を優しく取り、手の甲にキスをした。
そしてはにかんだ。
「はい、行ってらっしゃい、グレース様」
*
数百年前まで使われていた旧クライシア城。
すっかり寂れて一部が崩壊し、どこか薄気味悪い雰囲気の廃墟だ。
左王に先導されて城の中に入るとダンジョンを目指した。狼の姿と化したクロウはグレース皇子の隣で尻尾を振って楽しそうにはしゃいでいた。
第一騎士団の騎士イルカルは殿に控えて周りを警戒していた。
「すごぉーい、お化け屋敷みたい!」
ちらほら魔物の姿が見えるが、皆クロウの姿を見るなり怯えたように物陰に隠れたり姿を隠す。
クロウのような聖獣にとっては周辺に姿を見せている魔物たちは三下だ。
足を進める度にダンジョンへ続く廊下の床が軋む。
地下へ続く扉を開けるなり目の前を大きな馬の首が雄叫びを上げながら横切った。
「早速、魔物か」
グレース皇子が迷わず剣を一振りすると切っ先が魔物を真っ二つに裂いた。
青い返り血が勢いよく壁に打ち付けられた。
一息ついて周囲を観察すると驚くほどに魔物の巣窟だ。
さっきまでの三下奴とは比にならない中レベル以上の魔物がうじゃうじゃと湧いている。
魔物達はグレース皇子一行に気付くなり一斉に襲いかかってきた。
「ぎゃあああ」
イルカルは顔を青くし悲鳴を上げながらも剣を振るった。
魔物の集団に狼狽しながらも第一騎士団に所属しているだけあり剣の腕も確かだ。
その隣で左王とグレース皇子も応戦する。
クロウは面白そうに尻尾をブンブン振りながらそれを傍で見物していた。
「くっ」
正面の大きな魔物に気を取られていると、横から襲いかかってきた魔物の鋭い爪がグレース皇子の腕を掠った。
グレース皇子はその魔物を足蹴にし、剣で額をひと突きする。
安堵する暇もなく次から次へと魔物は飛び掛ってくる。
普段なら魔物の気配は簡単に察知できるが、ダンジョン内では猛烈なパワーの魔力が溢れて気が散ってしまう。
それに見たこともないような魔物の群れだ。
しかも外で見る魔物とはレベルも桁違い。
左王はそれを涼しい顔で簡単になぎ倒している。動きに無駄もなく、まるで戯れのように軽やかに。
魔人でもない人間の男が高位の魔物を簡単に倒していく姿にイルカルも目を見張っていた。
「グレース!後ろ!」
「はいっ」
グレース皇子は眉尻を切り上げてターンし、背後に迫っていた魔物を斬りつけた。
やがて静まり返ったダンジョン内に息の上がったグレース皇子とイルカルは脱力するように壁に背中を預けへたり込んだ。
クロウはグレース皇子に駆け寄り、腕の切り傷をペロペロと舌で舐めた。
クロウがグレース皇子の傷を舐めると流血は止まり、傷跡も綺麗に魔法で消えていく。
「ありがとう、クロウ」
グレース皇子に頭を撫でられ嬉しそうにクロウは尻尾を振った。
「すごいです!左王様!噂には聞いてましたがっ、マジでお強いんですね!」
イルカルは目をキラキラと輝かせ左王にがっついた。
「本当に、流石です、お義兄様」
グレース皇子も目を輝かせていた。
「お前達も剣の才能は持ってるし体力も身体能力も並以上、基礎もしっかりしているんだ。後は応用力を身につけてイレギュラーに対応できるようになればもっと強くなる。ここの魔物達のように、敵が真っ向から向かってくるような礼儀正しい奴だとは限らない。時には多勢に無勢だってあるのだ。あらゆる状況を想定しろ」
「はい!」
グレース皇子とイルカルは元気に返事をした。
「ねえねえ!いっぱい動いてお腹空いたでしょ?ご飯にしようよ!」
クロウはくるくると三人の周りを駆け回った。
一行はダンジョンを出ると荒城の城壁の外に火を焚いて休憩することにした。
火の中に焚き火缶ーーコッヘルを置いて、人の姿に戻ったクロウは歌を唄いながらコッヘルの中に水に漬けて置いたパスタを2分ほど加熱し、ラクレットチーズとパンチェッタを投入した。
そして仕上げにブラックペッパーを加える。
「じゃーん、カルボナーラ!」
「おお!」
イルカルは拍手した。
「山で食べるご飯はおいしいねえ」
ご機嫌なクロウはグレース皇子の隣でパスタをもぐもぐ食べていた。
「春になったら今度はシャルロット姫も連れてこよう」
「うん!ヤマザクラの下でお花見しよう!」
二人は顔を見合わせて笑い合った。
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