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火の精霊ウェスタと素敵な社員食堂〜封印を解かれた幻狼グレイとシャルロットの暗殺計画?

それぞれの朝とタルトタタン

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 バタバタバタバタ
 慌ただしく廊下を猛スピードで走る青年の姿があった。
 彼は曲がり角で片眼鏡で細身の初老の執事長とぶつかって怒鳴られる。

「クロウか!?廊下を走るんじゃない!」

「わっ、ごっめーん」

 上機嫌に笑ってクロウはグレース皇子の部屋を目指して一直線に走った。
 そしてバターンっと勢いよく扉を開けてさらに奥の寝室へと進み、天蓋ベッドの中で横向きに眠っているグレース皇子めがけて思いきりダイヴした。

「なっ」

「お早う~!グレース!」

 クロウはグレース皇子に覆い被さりニコニコ笑っていた。
 グレース皇子は寝起きのせいかやたらと不機嫌そうにクロウを睨んだ。
 クロウは狼の姿に変化し、尻尾をブンブン振りながらグレース皇子に頬ずりをした。
 以前は毎朝このように大きな狼の姿のクロウの下敷きになり目覚めていたものだ。
 起こしに来るにしてももっとマシな起こし方はないものか?グレースは黙ったままキレていた。

「クロウ?元の姿に戻してもらったのか?」

「そうだよ!やっとポイントが溜まったんだ!」

「そうか。退け、重いぞ」

 グレースは荒っぽく狼を振りほどいた。
 ギャンっと鳴きながら狼はベッドの下に落ちた。
 クロウは再度人間の姿に戻り、立ち上がった。

「昨夜はシャルロット姫と乙女椿宮へ行ったんだろう?大丈夫だったか?」

「うん、ウェスタがあの屋敷、使って良いよーて!シャルロットのことすごく気に入ってたよ~」

「そっか、良かった」

 グレース皇子は笑った。

「ウェスタはもう怒ってないと思うよ?グレースも遊びに行ったら?」

「いや、俺は…ウェスタの大事な母様(ひと)を奪ったから…会う資格なんてない」

 グレースの表情が翳る。
 クロウはグレースの隣に座り軽くハグをすると優しく頭を撫でた。

「ちがうよ。カメリアが死んだのはグレースのせいじゃないよ。レイメイもウェスタもちゃんと分かってるよ。カメリアもグレースのせいじゃないって思ってるよ」

「クロウ……」

「だからそんな顔しないで。私とグレースは魂が繋がってるんだよ?グレースが悲しいと、私も悲しい」

 優しく笑いかけられた。

「すまない…」

 グレースは小さく笑った。

『子を庇うのは母親として当然です!!本能です!貴方が死んでしまった方が死ぬより100倍苦しくて痛い事なんです』

 以前シャルロットも言ってくれた。
 その言葉にどれほど助けられたか…。

 *

 カンカンカン

 朝一で護衛のアダムをお供に乙女椿宮を訪れたシャルロット。金槌で釘を打ち付ける音が頭上から聞こえたので仰いで見ると、そこには口に釘を加えて金槌を振る左王とユーシンの姿があった。

「ユーシン?お兄様!?」

 思わず叫んでしまう。
 左王が口を開く間もなく火の精霊ウェスタが屋敷から飛び出して来た。
 そして思い切りシャルロットに抱き着いた。

「いらっしゃああい!シャルロットちゃん!」

「おはようございます。ウェスタさん」

 すたっと軽やかに左王が屋根から降りて来た。
 そしてシャルロットの前に立つ。

「お兄様は何をしてるの?」

「氷(すが)漏れしていたから直していたんだ」

 一国の王様が補修工事か…、シャルロットは苦笑した。
 昔から日曜大工もこなし、畑仕事も出来て機織りも出来る万能で器用な兄だった。

「お姫ちゃん、オッハー」

 屋敷の中からユハが出て来た。

「おはようございます、ユハ」

「見て見て、綺麗になったでしょ~」

「まあ」

 物で溢れかえっていた屋敷の中がすっきりとしていてピカピカに掃除されてある。
 それに壊れていた床も綺麗に直って、長テーブルやたくさんの椅子がいくつか搬入されてあった。

「昨日の晩、使用人たちに掃除をお願いしたんだ。後は城で使われていないテーブルと椅子をもらったの。床はシーズが直してくれたよ」

「すごいですわ、一晩でここまで…」

「見て、この椅子ずっと壊れていたんだけどね、シャルロットちゃんのお兄様が直してくれたのよ」

 ウェスタは上機嫌そうにロッキングチェアを指差した。

「素敵な椅子ね」

「カメリアが使っていた椅子なの」

「カメリア?」

「グレース皇子の母親よ」

 ウェスタは俯向くとすぐに顔を上げ、シャルロットをロッキングチェアに座らせた。

「さあさ、お茶にしましょう!ユハがお菓子を作って持って来たの、タルトタタンっていうりんごのケーキよ」

「え!?でも、私もなにかお手伝いしないと……」

 男性陣は各々の持ち場でせっせと作業をしていた。
 ウェスタは楽しそうにティーセットをテーブルの上に並べた。

「いいのよ、男どもにやらせときなさい」

「気にしないで、お姫ちゃんはそこで見てて」
 ユハが向こうで笑ってる。

「いただきます」

 困ったように笑いながら、シャルロットはケーキを一口 口に入れた。
 砂糖漬けのりんごの甘酸っぱさが口の中に広がって思わず笑みがこぼれる。

「美味しいわ、りんごの甘酸っぱいのとカラメルのほろ苦さがいいバランスだわ」

 素朴な見た目なのに上品な味がする。

「ウェスタさんの紅茶もケーキの美味しさを引き立たせていてとても美味しいですわ」

「そうでしょう~」

 シャルロットが笑うと、ウェスタも満足そうに笑った。

「シャルロットちゃんは私を怖がらないわね、男どもはともかく、メイドや貴族に令嬢なんて私を見ただけで顔を真っ青にして逃げていくわよ」

「え?どうして?」

「私は火の精霊なの、災厄をもたらす精霊なんて言われて大昔から悪魔なんて呼ばれて人間には怖がられ嫌われていたわよ」

「う~ん、確かに火事とか火傷は恐ろしいけれど…。火が無ければ美味しいご飯が作れませんわ。それに寒くても暖が取れませんし。夜も真っ暗だし…。悪魔なんてとんでもない、私たちの生活に恵みを与えてくださる神様ですわ」

 ウェスタはシャルロットの言葉に感動して泣き出した。
 シャルロットは驚く。
 火の精霊は感情的だとクロウに聞いていたが、本当に感情的だ。

「そんなこと言ってくれるの、カメリアと貴女くらいよ!」

「ウェスタさん、なっ泣かないで」

「うう、私はただ人間とお友達になりたかったの!だから精霊界の掟を破ってまで人間の世界に降りたのに…、ここでは悪魔って迫害されるし、精霊界では人間に火を譲渡したって罪人扱いで永久追放よ!?世の中は理不尽だわ!」

「た、大変だったのね……」

 表情がコロコロ変わって愉快な人だ。
 確かに何の情報もなしに火の精霊って聞いたら人は恐れるかもしれない。特に非力な人間なら過剰に恐るだろう。でも目の前の実際の彼女はとても悪魔には見えない。
 感情も豊かで、淹れてくれる紅茶はとても美味しくて、笑顔が素敵で、明るくて気さくなお姉さんだ。

 幽霊を人が恐れるのも、得体が知れないからだ。
 人間とは知らないものや理解できないものを恐れて排斥しようとする生き物だ。

 この国に古くから居着いている幻狼も一匹で一国を簡単に滅亡させられるくらい強大な魔力を持っているそうだが、恐れる国民は1人もいない。
 城下町に出ても小さい子供さえ怖がらず、幻狼のクロウに笑顔で気さくに声をかけてくる。

 幻狼は人間が大好きで、とても理性的で義理堅い、仲間意識も強くて温厚な聖獣、そして意外とヘタレなところもある。
 みんなそれを知っているから恐れないのだ。

「よかったら、ウェスタさんも食堂で一緒に働きませんか?」

「え?私が?」

「ウェスタさんは優しくて素敵な人だもの!みんなもウェスタさんを知れば、友達になりたいって思うわ!」

「シャルロットちゃん……」

 ウェスタの涙が止まった。

「ありがとう。うん、考えてみるわ」

「さぁ、ウェスタさんもケーキを食べましょう」

 シャルロットに促されてタルトタタンを口にしたウェスタは微笑んだ。

「美味しいわ」
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