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火の精霊ウェスタと素敵な社員食堂〜封印を解かれた幻狼グレイとシャルロットの暗殺計画?
火の精霊とポッフェルチェ
しおりを挟むクライシア大国の城の一角には約百年前に建てられたという『乙女椿宮』という小さな屋敷があった。
建設当時は身分の高い捕虜や罪人を拘束するために留置所として機能していた小さな宮殿で、詰め所や住み込みの侍女や使用人たちが暮らす宿舎からさほど遠くない場所にあり、昔クライシア大国との戦争で負けて捕虜となった亡国のお姫様を長く幽閉していたらしい。
今は使われておらず、誰も近寄らない開かずの間となっている。
「え?お姫様の幽霊?」
詰め所の食堂で騎士達とブランチを食べていたシャルロットは首を傾げた。
今日は騎士のリッキー達が食事当番の日。メニューは鯉とジャガイモのフライとクリームチーズとコールスローをサンドしたパンというクライシア大国の庶民が一般的に食べている郷土料理だ。
食事の席でユーシンやリッキーやアヴェ達が夢中で話し込んでいたのは『乙女椿宮のお姫様の幽霊』の話だった。
「マジだよ?見回りをしていた第一騎士団の奴ら何人か目撃してるんだぜ!屋敷の窓に髪の長い女の人の影があるのを!」
興奮気味にリッキーは話す。
ユーシンは紅茶を飲みながら苦笑している。
「幽霊なんかいないっすよ。ずっと使われてなかったけど、王妃様がご健在の頃はあの屋敷は王妃様が私室として使ってたんすよ?俺も小さい頃に何度か中に入ったけど幽霊なんて……」
「まあ、グレース様のお母様のお部屋?」
「そうっす。とても綺麗で愉快な人でしたよ」
お城に肖像画が飾られてあるのを見たことがある。
髪の色はグレース皇子と同じライトベージュで尻まである長いソバージュヘア、小柄で華奢で幼く見える大きな瞳にぷっくりとした桜色の唇、真っ白な総レースのドレスを着ていてフランス人形のような雰囲気のある女性だった。
「情けないですわ、騎士なのにお化けが怖いなんて」
シャルロットは言った。
乙女椿宮……。
先日の茶会で、ユハが城の中に社員食堂を作るにあたり、そこをリフォームして使用すればいいのではないか?と提案した。
本格的な厨房も完備、中は十分な広さがあるようだ。
グレース皇子に是非を聞いたらしばらく考え込んだ後「良いとは思うが…」と歯切れの悪い事を言い、難しい顔をしていた。
その後は沈黙ではぐらかされたので気になって、今騎士団の皆んなに話を聞いていたのだ。
グレース様のお母様の思い出が詰まったお屋敷だから難色を示したのかしら?
シャルロットは考えた。
「なるほど~~?あそこ事故物件かぁ!」
ハミングを口ずさんでいるような声が突然背後から聞こえて、突然隣に座ってるユーシン共々背後からギュッと包むように抱き着かれた。
ギョッとして背後を振り返ると、そこにはユハがいた。
「ユハ!?」
ユハはさも当たり前のようにシャルロットの隣の席に座り、皿の上の揚げたジャガイモを摘んだ。
「俺っちもおっさんにお願いしてたんだよね~良いとは言われたけど推奨はしないって言われちった」
「おっさん?」
「グレースの父ちゃん」
天下の国王陛下をおっさん呼ばわりか…!一同は顔を青くした。
「お姫ちゃん、俺っちと一緒に下見に行かない?今夜にでも!地縛霊がいるならお化けに直談判だ!」
肩に手をポンっと置かれて振り返ると目の前にはユハの笑顔があった。
アグレッシブな性格で天然でスキンシップが過剰だしパーソナルスペースの狭い人らしい、シャルロットや男相手でもそれは変わらない。
「俺も行くっす、乙女椿宮には詳しいし」
ユーシンは笑った。
ユハは嬉しそうにユーシンとハイタッチした。
「私も良いけれど……」
ちらりと斜め向かいに座る護衛騎士キャロルに目線をやると、キャロルは顔を真っ青にしていた。
誘拐事件以降護衛が厳しくなり、城内でも騎士による護衛が二十四時間つくようになった。
「キャロルは幽霊とか苦手だもんねえ!小ちゃい頃は夜道歩いてて野ネズミが横切るだけで大号泣だったし」
アヴィが笑ってる。
キャロルとアヴィは異母兄弟らしい。
「うるせえ!余計な事を話すな!」
「そうだったの?じゃあ今夜の護衛は要らないわ。クロウも連れて行くし、ユーシンも一緒ですから」
「ひっ姫様!?お心遣いありがとうございますっ、私は平気ですから!ご一緒します!仕事ですからっ」
「無理はしないで?顔が真っ青よ?」
「あははっ、ウサギちゃん可愛い~」
「ユハ、お前は黙ってろ!」
*
「『乙女椿宮』!?」
畑仕事を終えて王有林から帰ってきたクロウが乙女椿宮という名前を聞くなり目を見開いて驚愕していた。
だらだらと冷や汗をかいている。
「行かないほうがいいよ~」
「どうして?やっぱり幽霊がいるの?」
「幽霊よりも厄介なのがいるの。昔その厄介なのを怒らせちゃったんだ。特に私やグレースやレイメイは近寄ることもできない。だから、危ないから騎士や使用人達にも近付くなって言ってあるの」
「王様でも入れないの?」
「う~~ん、でも、他国から来たシャルロットなら大丈夫かなあ?」
クロウが話してくれた。
乙女椿宮に棲み着いているのは幽霊ではなく火の精霊だと。
気性の激しい性格の精霊で、近寄るだけで攻撃してくるそうだ。
「どんな精霊さんなの?」
「ウェスタっていう女の精霊だよ」
「ウェスタさん……甘いものはお好きかしら?会いに行くなら手ぶらでは失礼よね」
「え!?シャルロット、行くの?」
「火の精霊、火の神様はオリヴィア小国じゃ台所のありがたい神様よ?尚更ご挨拶しなくては」
クロウは少し悩んだ後、決心したように顔を上げた。
「じゃあ、私も行くよ!」
*
陽がすっかり沈んだ頃。
シャルロットは手作りの菓子が入ったカゴを手に乙女椿宮までやって来た。
レンガ造りの一軒家といったところか、年季は入っているが幽霊屋敷や廃墟のような不気味さは感じない。
「全然変わってないな~」
ユーシンが懐かしむように辺りを見渡す。
足元でクロウがビクビク怯えている。その後ろでは護衛のキャロルも顔を青ざめていた。
「たのもう~~!」
怖いもの知らずなユハはドンドンと屋敷のドアを叩いた。
返答はない。
「あの、夜分遅くに申し訳ございません!オリヴィア小国から来たシャルロットと申します!この度はグレース皇子との婚約が内定いたしました!本日はそのご挨拶を……っ」
シャルロットは大きな声で叫ぶと扉に向かって一礼した。
ギィ…
重い扉がひとりでに開いた。
キャロルはヒィッと小さく悲鳴をあげた。
シャルロットは躊躇わずドアノブに手を伸ばした。
「お邪魔します。ほら、貴方達もいらっしゃい」
屋敷の中に入ると明るく小綺麗に整えられた室内に真っ赤な髪と目をしたツリ目の美女が仁王立ちしていた。
真っ黒でボディコンシャスなドレスを着ている。
クロウは彼女を見るなり恐怖してシャルロットの背に隠れた。
だが、彼女はこちらの様子を無言のまま伺っているものの、攻撃して来そうな感じはなかった。
「えっと、はじめまして!ウェスタさん」
再度ぺこりと頭を下げる。
「かっ」
ウェスタは声を漏らした。
シャルロットが顔を上げるとウェスタは頬を真っ赤にして満面の笑みでシャルロットを思い切りハグをした。
「シャルロットちゃんっていうの?キャァ~可愛い~~!」
「えっ!?」
手をぎゅっと握られ、うっとりと見つめられてシャルロットは戸惑った。
かと思えば呆然としてる男性陣をギロッと睨み、舌打ちした。
女の子好きの精霊らしい。
「あんたらに用は無いわ!何しに来たの?」
「えっと……ウェスタさんに折り入ってお願いがありまして。これは差し入れです。つまらないものですが……」
シャルロットはカゴをウェスタに渡した。
「なになに?可愛いシャルロットちゃんのお願いならなんでも聞いてあげるわよ!……ん?これ…パンケーキ?」
男性陣に対しては声を凄めて険しい顔をするが、シャルロットにはデレデレとした顔をして猫なで声だ。
「ポッフェルチェっていうオリヴィア小国のお菓子です」
そば粉入りのふわふわとしたプチパンケーキに溶かしたバターを塗って粉砂糖をかけて食べる。
小さい頃から右王がシャルロットによく作ってくれていたお菓子だった。
「素敵だわ!私パンケーキが好きなのっ!」
また力強くハグをされた。
ハートが乱舞する。
「ウェスタさん!俺っち達社員食堂を作るんだけど、この屋敷を使いたいんだ!オッケーすか?」
「はぁ?そんなの許可するわけないじゃ無い。バカなの?」
「ウェスタさん、あの、やっぱりダメですか?ここの厨房はとても立派だと聞いたんです。私お料理が趣味で、こんな素晴らしいお屋敷でお料理を作れたらいいなぁって思ってるの」
シャルロットがじっとウェスタを見つめると、ウェスタはまた鼻の下を伸ばして笑顔になった。
「シャルロットちゃんのお願いなら仕方ないわね~~」
デレデレの表情で即答だった。
「食堂でもちろんシャルロットちゃんも働くのよね?そうしたらシャルロットちゃんと会えるのよね?」
「ええ、そうなりますわね。ウェスタさんと毎日お会いできるなんて楽しみですわ」
シャルロットは笑って紙を差し出した。
「ウェスタさん、それでは誓約書にサインお願いしてもよろしいかしら?」
「ウフフ いいわよ~書いちゃう書いちゃう~」
ウェスタはさらさらと迷わず署名をし、血判を押した。
「ありがとうございます!」
背後でユハが拍手している。
「さすがお姫ちゃん!悪徳押し売り業者のような華麗な手捌き!お見事」
「それって褒め言葉なの?」
呆れ顔でユハを見る。
予想してたよりもあっさりと食堂の場所が確保できた。
「……ウェスタ」
耳を垂らしながらおずおずとウェスタの前に出てきたクロウ。
ウェスタは睨み返すとそっ方を向いた。
「そう、あの子ももう結婚するような歳なのね」
月日が流れるのはなんと早いことか、ウェスタは思った。
人間の十年なんて、精霊にとっては刹那に等しい。
でもそんな刹那がウェスタには永遠にも感じていたのだ。
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