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火の精霊ウェスタと素敵な社員食堂〜封印を解かれた幻狼グレイとシャルロットの暗殺計画?
prologue 遠い日の歌
しおりを挟む『恋愛小説に書いてあった通りだわ!恋はするものじゃなくて、いつのまにか落ちるものなのねっ……!』
我が国がクライシア大国との戦で負けた二年後のことだ。
“私”は大親友だった亡国のお姫様カメリアと共にクライシア城に送られた。
「恋なんて正気なの?カメリア!しかもよりによってクライシア大国の皇子に……」
ライトベージュの軽やかなソバージュヘア。
ピンク色に染めた唇に頬、大きな瞳に白い肌、小鳥のさえずりのように美しい声。
ペンより重いものは持ったことがないだろう細く綺麗な指。
カメリアはとても美しい十五歳の姫だった。
クライシア大国の隣にあった小さな国だったが、此度の戦争で領地を全て奪われた上、王家は没落ーーとは言っても早々に降参し同盟を結んだことにより命拾いした。
先日 城内で行われた舞踏会でカメリアはクライシア大国の皇子に一目惚れをしたらしい。
よりによって自分の国を奪った憎むべき相手の息子に……。
「お聞きしたところ婚約していらっしゃる方もいないそうなのよ!チャンスだわ」
小さい頃から足が悪くてお城に引きこもりがちな世間知らずの箱入り姫。
趣味は恋愛小説を読むこと、お菓子を食べること、歌を唄うこと、お裁縫や編み物。
同年代の男性など会ったことも見たこともなかっただろう、そういえば最近読んでいた恋愛小説が美しい皇子とのラブロマンスばかりだった。
恋愛小説を取り寄せていたのは私だったが中身を検閲すべきだった。
数日後。
クライシア城の一角にある小さな屋敷を充てがわれ、そこで暮らすこととなったが、またカメリアは騒ぎ出した。
「レイメイ様にお会いしたいの!」
大好きなオヤツそっちのけで駄々をこねるカメリア。
「だって…一緒にお茶会しましょうってお手紙を渡したのよ?全然来てくださらないんですもの!こちらからお伺いするしかないわっ!」
目をウルウルさせてカメリアは私の腕にしがみついた。
ワガママで子供っぽい性格もご愛嬌になるほど、どんな男もすぐに悩殺できそうな絶世の美少女だ。
近隣国の王子から今まで幾度となく婚約の申し出もあった、だがカメリアは政略結婚はしたくなかった。恋愛小説にようなラブロマンに憧れていたのだ。
兵器級の美姫が分かりやすくアプローチをしてもクライシア大国の皇子は落ちなかった。
カメリアは幾度となく皇子に手紙を認めるが、いつも使いの者 伝手に素っ気ない返事を寄越すばかり。
「脈が無いのよ、諦めなさい」
「本人に直接お会いして嫌いって言われるまで諦めないわ!いいえ、嫌いって言われても、好きって言わせて見せるわ!」
カメリアは燃えていた。
そんなある日、いつものように皇子の使いの男が屋敷を訪れた。
近日行われるダンスパーティーのエスコートをして欲しいと皇子に送った手紙に対しての返信が届いた。
今回もまた一言だけの拒絶メッセージ。
カメリアはカチンと来て、使いの男のシャツの襟を掴んで引っ張った。
「お願いよ!皇子に会わせなさい!」
「断る!お前ごとき女が会えるお方ではないぞ!立場をわきまえろ!」
使いの男は顔を歪めてハッキリと申した。
「何よ!ケチね!」
「なんだと!?」
一触即発の空気。
私は二人の間に立ってなんとか宥めた。
「あら?コボルト、どうしましたの?喧嘩ですか?」
屋敷の門の前に胸元のフリルが華やかな白いブラウスにパンツスタイル、ひっつめ髪をした綺麗な女性がいた。
その女性に声を掛けられ、目の前の皇子の使いの男はギクリと身体を震わせた。
「ば、バルキリー」
「貴方、あんなにしつこくわたくしのことを愛してるだの好きだの仰っておきながら、他の女性の元へ通っていらっしゃったの?」
強気な笑みを見せるその女性は、ギロリと使いの男を凝視している。
「違うんだ!バルキリー!」
慌てる使いの男。
すると屋敷の影から突然大きな黒い狼が飛び出してきた。
「そうだよ!コボルトは浮気なんかしてないよ!このお姫様からレイメイの貞操を守るために……」
「クロウも一緒だったの?あら、これはレイメイがお熱をあげていたカメリア姫ではありませんか?噂通りとてもお可愛らしいお姫様ですこと。レイメイが書いたラブレターにお返事をなかなか寄越さないとレイメイが嘆いておられましたよ?」
ふふんと女は笑った。
どうやらカメリアが書いた手紙は皇子のもとへは届いていなかったようだ。
皇子からの返信もこの男による偽造だろう。
「わっ我はただ…バルキリー、そなたに我が半身であるレイメイの嫁になってもらいたく……」
「お断りしたはずよ?そのような卑怯な手を使う殿方、嫌悪どころか…軽蔑します」
「……あなたのせいだったのね」
ボソリとカメリアの声が漏れる。
使いの男が冷や汗を垂らしながら背後のカメリアを見ると、カメリアは恐ろしい顔で男を睨んでいた。
カメリアは大きな瞳いっぱいに涙を溜めて、唇を一文字にし、眉間にいっぱいシワを寄せながら使いの男を見ていた。
使いの男はオロオロと慌てた。
「酷いですっ!せっかくがんばってお手紙を書いたのに~うわぁん」
わんわんとカメリアは子供のように泣きじゃくってしまい、使いの男はパニックになった。
「サイテー……」
追い討ちをかけるように高飛車そうな遠くの女が嘲笑した。
使いの男の顔はより一層青くなる。
「わっわかった!皇子に会わせよう!だから泣き止め」
「ぐすん」
「ぱっパンケーキを焼いてやる!だから泣き止め!女は糖分が好きな生き物であろう!」
「ぱんけえき?ケーキ!」
わんわん泣いて怒っていたのにスイーツに目がないカメリアはすっかり泣き止んで笑顔になった。
それから幻狼コボルトはカメリアのために調理場に立ち、せっせとパンケーキを作り始めた。
そしてカメリアとバルキリーという女にそれぞれ異なったトッピングのパンケーキを差し出した。
カメリアにはふわふわのチーズ入りパンケーキ、上にはバター、メープルシロップ、生クリームに季節のフルーツやナッツが乗ってる。
バルキリーには野菜やチーズの入ったキッシュ風の甘くない塩味のパンケーキ。
「わぁ~、可愛い!美味しそうね!」
「ええ、美味しいわ」
喜ぶ女二人を見てコボルトは安堵した。
「なるほど…、皇子様と幻狼は二人で一つ、一心同体だから、愛する相手は一人ってこと?わからん」
カメリアは目を点にして首を傾げた。
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*
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悪魔と呼ばれみんなから忌み嫌われる私に無邪気に笑いかけ、一緒にいてくれた唯一の存在。
私は今日もまたこの屋敷の中で独りぼっち。
窓から眺めていた月が美しくて、ポロポロと小粒の涙が頬を伝っていた。
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