シャルロット姫の食卓外交〜おかん姫と騎士息子の詰め所ごはん

ムギ・オブ・アレキサンドリア

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獣人の国・オーギュスト国からの使節団〜ニャンコ王配殿下の焼きたて手作りパン

白竜と灰色猫の和睦のチョコレート羊羹

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「わあ~お姫ちゃん、それって羊羹?」

 城の厨房でお菓子を作っているとユハが元気に登場した。

「こんにちは、ユハ。ええ、グリムさんから天草をいただいたので作ってみました」

 ミレンハン国で天草という海藻が採れると昔読んだ本で知っていたので、以前グリムにお願いして取り寄せてもらったのだ。
 その天草で寒天を作り、更にグレース皇子からもらったオーギュスト国のチョコレートと、クライシア大国でたくさん手に入るお砂糖、オリヴィア小国特産の小豆で作られたこし餡を合わせて『チョコレート羊羹』を作ってみた。

「うんっ、甘~、そしてまいう~」

 一口試食したユハは笑顔で言った。

 シャルロットが笑っていると、突然ユハは真面目な顔をしてシャルロットの目を見つめてきた。
   そして細い肩を抱き寄せーーその耳に自らの口を寄せてボソッとハスキーな声で囁いた。

「お姫ちゃんって、もしかして転生者?」

「えっ?」

 びっくりして振り返るとユハはふふっと笑っていた。

「俺もだよ」

 シャルロット自身も、クロウもユーシンも転生者だ。ほかにも同じような転生者がいてもおかしくないわけだが。

「ふふ。俺ってなんでこうして前世の記憶を持ちながら転生してきたんだろうって……ずっと思ってたけど、これも何かの縁だよね?ていうかデステニー的な?」

ユハはニッコリ笑う。

「俺っち、死ぬ間際に『このまま死んでたまるか!』強く願ったんだ。どうしても叶えたい願いがあったから」

「願いって?」

「俺っち前世は料理人だったんだ。天才イケメンシェフだのフレンチの王子様だの呼ばれてテレビにも出たことあるんだぜ!料理の腕を磨いて、いつか自分の店を持つのが夢だったんだ」

「まあ、素敵じゃない」

「夢半ばで死んじゃったけどね」

 ユハは茶化すように笑ったが、その顔はどこか悲しげだった。

「お姫ちゃんにも願いがあったんじゃないの?」

「私の、願い?」

 ユハに言われて考えてみるが、私には死の直前の記憶があまり残っていなかった。

 おぼろげに覚えているのが夏真っただ中の汗ばむ陽気の中、半袖の白シャツが眩しい若い男性と楽しく談笑しながら肩を並べて横断歩道を歩いていたところに信号無視で突っ込んでトラックに轢かれたのだ。
 ブツリと途絶えた意識、即死だったと思う。

 最後の最後に考えていたことって、

「お弁当作らなきゃ?」

「お弁当?」

「あ、そうだわ。夏休みに息子の部活動の県大会が控えていて、お弁当は何を作っていこうか?って話していたの。仕事でなかなか応援に行けなかったから、その日は有休を取って。それで雅くんとお話を、甘くない卵焼きをつくるってーーんん?」

 ああ、やっぱり記憶は断片的にしか思い出せない。死ぬ間際の記憶は欠片のようにわずかに残っているだけだ。
 息子の試合は結局観に行けなかったわ。

「ほんとね、こうやって転生してきたのも意味があるのかもしれないわね」


「おやぁ、それはなんだい?」

 突如、真っ白な髪の男が背後に立ちシャルロットは声を上げて驚いた。
 物珍し気にシャルロットの作ったチョコレート羊羹を見ている。

「あっあなた、白竜のーー」

「やあ、そなたがクロウの番の姫か」

 神秘的なアルビノの美青年だ。
 西洋的な顔立ちに似合わず着ているのは、上下グレーのスウェット?シャルロットは目を点にした。

「はじめまして、シャルロットですわ。琥珀様」

「琥珀と呼んでおくれ、シャルロット殿」

「俺っちはユハっす」

「ユハか、元気がいいな」

 クロウから先日愚痴をたくさん聞かされていたのだが、思ってたより気さくな方だった。

「琥珀さん、よかったらチョコレート羊羹食べませんか?」

「ほー、これはチョコレートなのか?」

「チョコレートに小豆をペーストしたあんをまぜて固めたものですわ」

「餡子か?和菓子とかいうケーキなんだろう?以前コボルトが異世界から土産に持ってきた饅頭はうまかったぞ」

「んじゃ、俺っちはコーヒーを淹れるわ」

 そうして応接間へ移動してお茶会が始まった。

「…」

 廊下でたまたま会ったアルハンゲル王配も同席してくれた。

 鼻歌をルルル~と唄いながらコーヒーを淹れているユハの横で、シャルロットは羊羹を切り分けていた。
 その間、アルハンゲル王配と琥珀は沈黙したまま見つめ合っていた。

 アルハンゲル王配はシャルロットの顔を見た。
 さっきまで硬かった表情が和らぐ、そして口を開いた。

「琥珀、申し訳ないーーいや、ごめん」

 意外な言葉に、琥珀は目を見張った。

「なんのことだい?」

「琥珀がフリーシアを心から愛していたことも失って悲しんでいたこともわかってた。それなのに配慮に欠けるようなことを言って、琥珀を傷つけてしまった」

「謝るな。言わせたのはどうせバカな臣下であろう。お前は昔からあいつらの言いなり人形だったからな」

 琥珀はコーヒーを口にした。

「それでも言うべきではなかった」

「もういい」

 羊羹を口に運ぶ琥珀。

「オーギュスト国に戻ってやらないこともないぞ」

「え?」

 口をポカンと開けて顔を上げたアルハンゲル王配を琥珀は指さした。

「お前が王配の座を降りるなら国に戻ってやる、お前はクビだ。そしてヴェルを新王にする、私がヴェルをサポートしてやる。使えない臣下らも全員仲良くクビだ。顔も見たくない」

「琥珀…」

 琥珀が手のひらに白い光の玉を宿し、それをドッジボールのように思い切りアルハンゲル王配にぶつける。
 ぼふんっと音を立ててアルハンゲル王配はグレーの綺麗な毛並みをしたロシアンブルーの成猫の姿に変化した。

 突然不本意に猫と化したアルハンゲル王配はソファーの上でうろたえる。

「琥珀!?」

「ただ、無職で放り出して野垂れ死にされてはヴェルが悲しむでな。シャルロット殿、こいつをこの城で雇ってやれぬか?パン作りしか能の無い猫男だが」

 すかさずユハが手を挙げる。

「んじゃ、俺っちの食堂で雇っちゃう!いや~どうやって引き抜こうか考えてたからちょうどええわ」

「ええ?」

 シャルロットの方が驚いている。

「お姫ちゃんも従業員としてカウントしてるからヨロ」

「ええ?私も?」

 また猫の姿のアルハンゲル王配と目が合った。
 アルハンゲル王配はフッと笑う。

「…お前もいるなら、俺は構わないぞ」

 猫のアルハンゲル王配はシャルロットの足元にすり寄った。

「え?どうして?」

(顔見知りがいる職場なら働きやすいってこと?)

「でも、あと数人くらい従業員を集めたいなぁ」

「ユハ、勝手に話を進めないでちょうだい!せめてグレース様にお許しをもらわないと」

 駆け足でいろいろ決まってしまって、シャルロットの心と頭はついていかなかった。

*

 その夜、騎士団の詰め所ではヴェルを取り囲み送別会が開かれた。

 ユーシンが作った体がポカポカ温まるみぞれ鍋だ。
 家出をしていたらしい白竜の琥珀を連れて、ヴェル一行は大雪になる前に帰国するそうだ。

「やだやだやだっ、ゲーテも一緒に帰ろうよ」

 ゲーテ王子の膝の上で駄々をこねる子猫姿のヴェルを呆れ顔でゲーテ王子は見ていた。

「さっさと帰れ」

「にゃあ~」

 琥珀は奥の席で上機嫌そうにホットワインをがぶ飲みしていた。
 クロウは呆れ顔でそれを見ている。

「でも、琥珀らしくないや。聖竜は私たち幻狼と違って人間とは関わらない生き物なのに」

 その聖竜がオーギュスト国の新王と主従の契約を交わした。

「フリーシアの願いだからな」

 大切で大好きなヴェルやアルハンゲルや国を守ってほしい、幸せになってほしい。
 死ぬ間際、やせ細った手で琥珀の真っ白な手を握り、消えそうなか細い声で祈るように言った。

「私の何千年続く命のうちのたかが百年なんて気まぐれの範疇だろ。フリーシアが生まれ変わってまた巡り合えるまでのただの暇つぶしだ」

 死んだ人間は二度と生き返ることはできないが、必ず近しい人のもとで新しい命として生まれ変わって必ずまた巡り合えるそうだ。
 例えば愛し合った恋人、例えば強く憎んだ相手でも、強い執着や感情を持っているとより強く引き合うのだと。

「きっと会えるよ。私も里緒にまた会えたもの!」

 クロウが言うと、琥珀は柔らかく笑った。
 窓の外で降り続いていた冷たい雪がいつの間にかやんでいた。
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