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番外編・スピンオフ集
(番外編)番いの儀
しおりを挟む城の応接間で白竜の琥珀はクロウとコボルトと共にお茶を飲んでいた。
聖獣同士和気藹々としている。
「え!?まだ“番の儀”をしてないのかい?」
琥珀は驚いていた。
クロウはソファーの上で俯いてる。
「だってずっとチワワの姿だし…」
「でも、“ドラジェの精に祝福されし乙女”なんだろう?他の聖獣や国に狙われたらどうするんだ?」
“ドラジェの精に祝福されし乙女”は聖獣の子を産めるが、“番の儀”をしたただ1人の番の聖獣との子供しか産めない。
“番の儀”はマーキングとしての効果もある。
不埒な心で寄ってくる聖獣を寄せ付けなくなる、婚約以上に固い契約だ、離縁など簡単にはできない。
また、本来ならば人間に幻狼の姿は見えないが、契約後は見えるようになる。
でも契約したら最後、死ぬまで番だ。
これはシャルロットにも前に説明した。
クロウはもちろん今すぐにでも番の儀をしたかった、でもその儀式の方法を知り二の足を踏んでいる。
「だ、だって……シャルロットの首を噛むんだよ!!絶対痛いじゃん!シャルロットに怪我させたくないよ」
クロウはグスンと泣いて叫んだ。
聖獣の間では番の儀、人間でいう結婚の儀式としてメスの首を噛む。
甘噛みなんて優しいものじゃない、牙を立てて流血するくらいに噛む。
聖獣の唾液には鎮痛効果がある、そこまで痛みはないそうだが……。
「そんなこと言って、他の聖獣に横取りされたらどうするんだい?」
番の儀は生涯で一度限り有効。
一生身体に刻み込まれるのだ。
目の前の琥珀もオーギュスト国の女王と、コボルトはバルキリー夫人と番の儀をした。
「うう」
コボルトは落ち込むチワワに向かって手をかざした。
魔法がチワワを取り囲み、そして弾けた。
クロウは幻狼の姿に戻っていた。
「えっ?」
「思い立ったが吉日だ、やって来い」
「えええっ!?」
「行け」
コボルトに尻を叩かれて幻狼クロウはギャンっと鳴いた。
そして応接間を出てトボトボと歩き出した。
シャルロット……
ああ、これはマリッジブルーってやつかな?
死に別れた妻と今世で再会できたものの、思い出すシャルロットの顔は怒ってるものばかり
前世でも基本的に怒ってばかり、いや、怒らせてるのは私が原因だったが……
グレースにはあんまり怒んないのに…いや、グレースはあんまりシャルロットを怒らせるようなことしないけどっ
シャルロットは私のこと、好きなのかなぁ
前世も私ばかりが好き好き言ってたけれど…
番の儀するの嫌だって言われたらどうしよう?……珍しくアンニュイな気分になる。
当てもなくお城の中をぐるぐると歩き回っていると、回廊でシャルロットとばったり出くわした。
人間のシャルロットには狼姿のクロウは見えない。
シャルロットの隣にはアルハンゲル王配が立っていた。
アルハンゲル王配からパン作りを教わってるって言ってたなあ…
なんてボーっと二人を見ていると、アルハンゲル王配がシャルロットの頰に手を伸ばし、親指を当てて着いていた小麦粉の粉を拭って、シャルロットを見て愛おしそうな顔で笑った。
シャルロットはビックリした顔をしたのちにはにかんだ。
ムカムカムカッ……急激に怒りが湧いた。
クロウは狼姿から人の姿に戻ると二人の前に飛び出し、シャルロットの腕を強く掴んで二人を引き離す。
「クロウ!?」
シャルロットは驚いている。
「来て」
「えっ……?」
語気を強めて言う。
怒りで強張った顔をしてシャルロットの顔を見た。
シャルロットは黙ってクロウの後に続いた。
着いたのはグレース皇子の部屋だ。
中にいたグレース皇子も驚いている。
クロウはしかめっ面からいつものふにゃあっとした顔に戻ると叫んだ。
「番の儀をします!」
クロウの宣言に目を点にするシャルロットとグレース皇子。
「クロウ?番の儀って……この前言ってたやつ?」
「結婚式を挙げた後でもいいのではないか?今からやるのか……?」
クロウは上目遣いで二人を見た。
「だめ……?」
シャルロットとグレース皇子は顔を見合わせた。
シャルロットにはそもそも番の儀がどういうものなのかイメージできていない。
「番の儀をすれば狼の姿のクロウが見えるのよね?見てみたいわ」
無邪気にシャルロットがはしゃいだ。
「くっ首を噛んじゃうんだよ?痛いよ?」
「…でも、それが儀式なのでしょう?」
「あのね!シャルロットがこの先 私を嫌いになったって、途中でやめたとかできないんだよ?」
「良いわよ?」
シャルロットは即答した。
「何を言ってるの?前世で何年付き合ってきたと思ってるのよ?あなたの悪いところなんか百個あるわ、でも好きなところはそれよりもっとあるわよ。今更嫌いなところが一つ増えたって大嫌いにならないわ」
シャルロットはクロウの頰にに手を添えて笑った。
クロウは目を潤ませた。
「俺もそうだな、手の掛かる犬だが憎めないんだよな」
クロウは嬉しそうにグレース皇子に抱きついた。
「シャルロットもグレースも二人とも大好き」
無邪気な笑顔。
静かなグレース皇子の部屋のソファーに座ったクロウの膝の上にシャルロットは向かい合う型で座った。
ソファーの片側に座るグレース皇子がシャルロットの冷たい手のひらをギュッと握る。
首を覆っていた襟元を大きく広げると白いうなじが見えた。
クロウはうなじにキスをすると、「いい?」と言いながらシャルロットの顔を見た。
シャルロットはビクビクしている。
クロウが口を大きく開けると鋭い犬歯がキラリと光る。
一気に噛み付く方が痛みは少ないだろうと考えて思い切り歯を柔肌に立てた。
「痛っ…………!」
シャルロットの身体はビクッと震える。
鋭い犬歯がシャルロットのうなじに食い込む。
すると白く目映い光を放った。
ズキズキする首、シャルロットの胸にポカポカとしたものが流れ込んでくる感覚がした。
牙を離すと噛まれた箇所から血が流れる。
クロウの唇にはシャルロットの血がついている。
「シャルロット姫、大丈夫か?」
グレース皇子が優しく声を掛けた。
「ええ」
クロウは感極まって狼の姿になるとシャルロットを床に押し倒した。
突然狼に覆い被さられたシャルロットは目を見張る。
「く、クロウなの?あなた……」
狼は尻尾をブンブン振っている。
「こら、退け、バカ犬。重たいだろう」
グレース皇子は狼のお尻を叩いた。
ともかく番の儀は終わったようだ。ズキズキと痛む首元を押さえながら、シャルロットは笑った。
するとポフンッと弾けて、狼はチワワの姿へと戻った。
「あああっ」
チワワは口をあんぐりと開けた。
シャルロットはチワワを胸に抱き、頭を撫でた。
「よろしくね、クロウ」
優しい口調で言われて、クロウは大きな目をウルウルさせた。
今世でもずっと一緒に居られるのだ。
シャルロットは迷わず番の儀を受け入れてくれた。
クロウは嬉しかったのだ。
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