シャルロット姫の食卓外交〜おかん姫と騎士息子の詰め所ごはん

ムギ・オブ・アレキサンドリア

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獣人の国・オーギュスト国からの使節団〜ニャンコ王配殿下の焼きたて手作りパン

アルハンゲル王配のブリオッシュ

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 ーー早朝の皇子の部屋。

 グレース皇子と朝餉を共にしていたのだが、シャルロットはさっきからずっとボーッとしており、朝食のブリオッシュを延々と手で千切り続けていた。
 様子がおかしいことに気付き、膝の上に座ってるチワワのクロウにハムを食べさせながら、グレース皇子が心配そうに彼女を見つめる。

「姫、どうした?元気が無いな?」

「グレース様……、なんでもありませんわ」


『姫、俺の子を産め』


 昨日のオーギュスト国のアルハンゲル王配の言葉をまた思い出す。

(グレース様に相談すべき?)

 そもそもあれは本気なのだろうか?女性を前にしたらとりあえず口説かないと失礼って考えの人?もしくは冗談とか?チャラかったり、冗談を言うような人には見えなかったのだが……。
 でも、普通お邪魔してる国の皇子の婚約者にあんなふざけた事言わないわよね?
 これが前世の世界ならセクハラで訴えられるわ!
 大体『姫、俺の子を産め』って何?
 仮にナンパ目的だったとしても、その辺の動物の方がまともな求愛行動するわ。

 シャルロットは胸の内で悶々としていた。
 深く考えるのも馬鹿馬鹿しくなってため息をついた後パンを口に入れた。

 *
  
   城の厨房の入り口に騎士や侍女が集まって騒いでいた。
 たまたま通りかかったシャルロットは気になって、騎士や侍女の間を縫うように押し入って厨房の中を覗いた。


「あっ、あああっ、アルハンゲル様~、困ります~」


 厨房内には顔を真っ青にしてオロオロしている料理人たち。
   侍女やオーギュスト国のワンコ騎士たち、遠巻きに口笛吹きながら高みの見物をしているエプロン姿でタレ目の謎の青年。

 皆の視線の先には調理台の前に訝しげな顔をして立つアルハンゲル王配の姿があった。
 大きなボウルの中に入った生地を捏ねている。

「どうしましたの?」

 状況がわからず、顔見知りだった第一騎士団のイルカルを厨房内で見かけたので聞いてみた。

「あ!姫様……。その、自分、アルハンゲル殿下の護衛を担当してるんですけど。どうも、今朝の朝食のパンが気に入らなかったようで……自分も侍女たちも止めたんですけど、厨房に怒鳴り込んじゃって、そしてパンを作り始めたんです!」

 真っ青な顔をしている。

「ええ!?」

 シャルロットがこの城に来た頃よりは今は大分パンの味もレパートリーも向上しているものの、やっぱりまだまだイマイチだった。

 確かに今朝食べたパンもパサパサして硬かったかも。
 流石にパン作りは経験が浅いシャルロット、不満に思いながらも改善出来ずもどかしい毎日だった。

 アルハンゲル王配はしかめっ面だが手際よくプロ並みの手慣れた手付きでパンを作ってる。

 小一時間経って、ようやくパンが完成した。
 香ばしい匂いが調理場中を漂う。

 まだ熱い鉄板の上には綺麗な焦げ目の丸いパンが均等に並んでいる。

「殿下、これは……?」

 シャルロットが尋ねると、アルハンゲル王配は言った。

「ブリオッシュだ」

 今朝のパンと同じブリオッシュ?見た目からもう違う。
 城のパン職人が作ったブリオッシュは焦げ目もイマイチ付いてなくてひとまわりは小さく重かった。
 アルハンゲル王配の作ったブリオッシュはビジュアル的にも満点、ふっくら焼きあがっており、触らずともふわふわしてるのがよくわかる。

「姫、そこの騎士も料理人も、このパンを味見してみてください」

 アルハンゲル王配から焼き立てのブリオッシュを手渡されたシャルロット。

「はいはい、俺も食べたぁ~い」

 シャルロットの隣にはタレ目にコーラルオレンジ色の髪をした青年が笑顔で手を上げて声をあげてる。
 同じくアルハンゲル王配は彼にもパンを渡した。
 みんなでパンを試食する。

「わ、しっとりしてる!」

 今朝のブリオッシュとは全然違う。
 硬くてパサパサしていて紅茶がないと飲み込めなかった今朝のパン、今口にしたブリオッシュは軽やかな口当たりですんなりと喉を通る。

「この城のブリオッシュはパンに全卵を使っていました。卵の白身は熱を加えると固まるし、パンの生地をアルカリ性にするんです。そうなると、口の中に入れても唾液が出ずに飲み込みが悪くなります。
 後は、低温のオーブンで長時間焼いているのと、こんな冬場に室温で調理しているので発酵が全然足りません。
 ブリオッシュのようなバターや卵を多用したパンを作るならば温度管理を徹底するのは基本です」

 厳しい意見を城の料理人に斬りつけるように投げた。
 料理人は目を点にしていたが、ふむふむと頷きながら聞いている。

「私のブリオッシュは全卵ではなく卵の黄身と卵白分の水を使用しました」

「まあ、卵黄だけで作るの?」

 シャルロットは思わず質問していた。

「私の国では赤ワインを澄んだ色にするために卵白をいっぱい使うのよ。いつも大量に卵黄が余っちゃって困ってたところなの、これからはブリオッシュに使えそうだわ!主食にもなるし、お菓子よりは消費できそうだわ!」

 シャルロットは楽しそうに笑った。
 アルハンゲル王配が何も言わずにこちらを凝視していることに気付いてシャルロットはハッとして咳払いした。
 料理の事になると我を忘れてしまう。

「でも、本当にこのブリオッシュ美味しいですわ!」
 前世で食べたことのあるブリオッシュ以上だ。

「たまげた☆本当にすごいや。料理人にブリオッシュを教えたのは俺なんだけど、レシピ通りに作ってもなかなかうまくいかなかったんだよね」

「貴方は……?」

 城の料理人とは顔見知りだが、彼は見たことがなかった。
 派手で気品ある風貌をしている。
 エプロンをしているが、着ているシャツやスラックスやイヤリングは高級品だろう。

「はじめまして、お姫ちゃん。アルハンゲル殿下。ユハ・レイターです」

「レイターってレイター公爵の……?」

 グレース皇子の叔父にあたるレイター公爵とは何度か会ったことがある。

「そそ。レイター公爵はうちの父ちゃん。勘当されたけど。今は第一騎士団の食堂でバイトしてんの!」

 明るい人だな……、シャルロットの第一印象だった。

「お姫ちゃんは第二騎士団でご飯作ってるんでしょ?キャロルとアダムから聞いてるよ!ずっと会いたかったんだ~」

 強引に握手されブンブンと手を繋いだまま腕を振った。
 アルハンゲル王配はじっとシャルロットとユハを見ている。

「……あの、アルハンゲル殿下」

「アルでいいですよ」

 昨日の事があるから気まずかった。
 でも目の前のアルハンゲル王配は素知らぬ顔で、雰囲気も違う。

「あ、アルはパン作りがお上手なのですね!ご趣味なんですか?」

「………」

 沈黙された。
 訊いちゃマズイ話題か。

「あんな粗末な食事には耐えられなかっただけだ、この城の王族はいつもあんな食事をしているのか」

「……あはは」

 シャルロットも否定できない。

「ん~ま~うちの国の王族や貴族は基本肉しか食べないしシンプルイズベストって国民性だからね」

 そこで料理人の一人が声をあげた。

「最近、騎士団の食堂の料理が一新してとても美味しくなったと聞きました。シャルロット様とユハ様のご活躍だと騎士から聞きましたよ!是非、私どもに料理を教えていただけませんか?」

 その声に次いで侍女たちが口を開いた。

「騎士団ばっかり毎日王族の食事よりも美味しいものを食べてずるいわ!」

「全くそうよね」

 王族の食事でアレなのだから、使用人の料理はもっと粗雑だろう。
 彼らの言葉を聞いたユハは口に手を当てて考え出した。
 そして閃いたようだ。

「そうだ!城に“カンティーヌ”を作ろう!

 ユハは笑ってハッキリとした口調で言った。

「か、かん……?」

「“社員食堂”のこと!」

「まあ!」

「騎士でも兵士でも侍女でも誰でも利用できる一つの料理屋を作ろう!」

「それは名案ですわね!騎士の皆さんもお仕事に専念できるわ、栄養管理もできますし」

「料理人の見習いがカンティーヌで働いたら修行にもなるし一石二鳥!よっしゃ!」

 ユハの言葉に侍女たちが嬉しそうな声を上げる。

「それから城の料理人たちはお勉強会だね、ねえ、アルハンゲル殿下は俺たちにパンの作り方を教えてくれない?」

「…………滞在してる間ならいいでしょう」

「決まり~☆男に二言はないからね!」

 ふとアルハンゲル王配と目が合ったシャルロットは顔を青くした。
 教わりたい!でも、あまり顔を合わせたくない!の二律背反。


「がんばろうね!お姫ちゃん!THEお料理革命~」

 ユハはシャルロットの肩に腕を乗せ、拳を天高く掲げた。
 パチパチパチパチと調理場に居合わせた侍女や騎士や料理人たちが拍手する。

 これから一体どうなるんだろう??
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