シャルロット姫の食卓外交〜おかん姫と騎士息子の詰め所ごはん

ムギ・オブ・アレキサンドリア

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獣人の国・オーギュスト国からの使節団〜ニャンコ王配殿下の焼きたて手作りパン

グレース皇子と異国のテキーラサンライズ

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「メリー、アダム、オーギュスト国で買い物をしたいのだが護衛を頼めないか?左王様も同行する」

 朝一番に第一騎士団の詰め所にやってきたグレース皇子。
 普段は護衛が付くのを嫌がるグレース皇子の珍しい頼みに、メリー団長やアダムは二つ返事で頷いた。

「俺と左王様個人のプライベートな買い物だ。オーギュスト国では俺がクライシア大国のものであることは伏せたい。二人とも騎士服ではなく私服で護衛してくれないだろうか?」

「ええ、わかりました。皇子」

「お忍びのお出掛けですね!」

 二人は心なしかワクワクしていた。

  *

 馬車に乗り、グレース皇子一行は国境を超えた。

 メリー団長は貴族の令嬢らしい紫色の綺麗目のワンピースに大きなつばの白い帽子をかぶり、アダムは品のあるキャラメル色の高級そうなスーツを着て髪をオールバックに固めて後ろで一つにまとめている。
 二人とももともと育ちの良い貴族の子息子女らしく品の良さや優雅さが板についている。

 ーーどこからどう見ても貴族の一行にしか見えないだろう。

「もう直ぐ到着だぞ!」

 御者席から野太い男の声がする。
 馬車を走らせているのは第二騎士団の団長コハンだ。

 長期休暇中だったがオーギュスト国へ行くと話したら自ら同行を希望したのだ。
 オーギュスト国はコハン団長の故郷。里帰りついでに案内すると意気込んでいた。

 オーギュスト国へは馬車で片道数日はかかる国だ。
 クライシア大国から南の方にある国で、国民の大半が獣人という国。
 首都に入るとあちらこちらで様々な動物や獣の耳や尻尾が生えた人間を目にした、人間と同じ数いて、普通に言葉を喋り生活を営んでいる。
 獣人の子供や未成年者は完全体の人間の姿になるのが下手らしい、獣化する方が体力もいらず楽らしく大人でも獣姿になる人もいるそうだ。
 獣人にとっては獣姿=スッピンに家着のような感覚らしい、女性で獣姿で街を歩く人はあまりいないようだ。

 田舎だがそこそこ栄えてて、平和で豊かな暮らしをしている下町のような雰囲気の中心街。

 ところどころで白い竜の絵を目にする。
 街のど真ん中には白い竜の形をした像まである。その像の前で国民がこぞってお祈りをしている。信仰対象のようだ。

「コハン、あの白い竜はなんなんだ?」

「琥珀様だ。クライシア大国にとっての幻狼みたいな存在だな」

「そうか」

 幻狼は国のシンボルではあるが、あそこまで敬われてはいない。
 クロウの気安さやフレンドリーな雰囲気のせいかもしれないが、城下町では国民もクロウを呼び捨てにし、タメ口で気さくに話しかけたり食べ物を分けてあげる。

「私も昔来たことがある。琥珀様とやらにも会ったことがあるぞ。猫の女王と一緒だった」

 左王がポツリと呟いた。

「猫の女王?」

「うちの国の女王だよ。猫の獣人なんだ。白い竜の番だった。五年前に病気で亡くなったけれど」

 昔この国は荒地で作物も育たず人々は飢えに苦しみ、雨も殆ど降らない万年水不足な貧しい国だった。
 そこへ放浪していた白い竜がこの国に流れ着き王妃様を見初めて番になり、この地に居着いた。
 白い竜の加護で気候も安定して作物も良く育つようになったとコハンは語る。

「そういえば、貴方ってこの国の辺境伯の息子だったわね」

 メリー団長は思い出した。

「おうよ!今夜はみんな俺の実家に泊めてやるぜ!」

「犬臭そうな家ね」

「ああ!?じゃ、おめーは野営でもしてろ」

「レディーを野宿させる気!?騎士の風上にも置けないわね!」

 また団長二人のいがみ合いが始まる。
 いつもの風景にアダムは苦笑した。

 *

 それからグレース皇子一行は首都のとある菓子屋に入った。

 店内にはこの国の貴族らしい若い婦人達がテラス席で菓子を食べて茶を飲んでいた。
 氷の魔法がかかった冷蔵機能付きのショーケースには様々な種類のチョコレートが並んでいる。
 愛想の良い女店主が店の奥から出てきて優しい口調で声を掛けてきた。

「ようこそおいでくださいました」

「ああ、このちょこれーととやらをいくつか土産にもらいたいのだが」

 グレース皇子の目当てはチョコレートだ。
 この世界ではこの国でしか買うことができない貴重な食品。
 以前からシャルロットが欲しがっていたのだ。

 従者を使いに出せばいいだけなのだが、やはり自分の手でどうしても手に入れたかった。

「アダム、メリー、シャルロット姫はどれを好むだろうか?」

 チョコレートなど口にしたことはない上にシャルロットの好みを把握しておらず、悩んだ末に騎士の二人に尋ねる。
 二人は微笑ましそうに眉間にシワを蓄えてチョコレートを睨む皇子を見ていた。

「うちの姉たちはこのガナッシュやオランジェットが美味しいと絶賛しておりましたよ」

 アダムがアドバイスする。

「皇子、女の子は味だけじゃなくて見た目も重視するものよ。この星の形をしたシェルチョコレートなんてどうでしょう?中にイチゴやラズベリーのジャムが入ってるんですって」

 メリー団長がアドバイスする。

「違いがわからん」

 グレース皇子にはどれも同じに見える。
 頭を悩ませるが、とりあえず二人がアドバイスしてくれたチョコレートを購入することにした。

「店主、料理用のチョコレートも売ってもらえないだろうか?」

 シャルロットがお菓子作りに使いたがっていたことも思い出し、店主に言った。

「ええ、お待ちください」

 しばらくして店の奥からチョコレートの塊とパウダー状のものを持ってきた店主。
 本来は城の使用人や料理人などが買いにつけにくる業務用のものらしい。個人で購入する彼らを見て店主は少し驚いていた。
 値段は張ったが、シャルロットには宝石やドレスよりもこのようなプレゼントの方が喜ぶだろう。これはクロウのアドバイスだったが。

 *

 夜も更けて、今夜の宿泊先であるコハン団長の実家の屋敷にやってきた一行。
 先に来ていたコハン団長と左王が既に晩酌を始めていた。
 部屋にはコハン団長の兄や弟たちが勢揃いしている。
 皆百八十超えの長身でマッチョ体型、スポーティーな角刈り、日に焼けた肌と白い歯を見せて豪快に笑ってる。
 コハン団長にそっくりだ。
 グレース皇子を見るなりみんな興奮して大型犬に変化して尻尾をわさわさ振りながら皇子に足元を駆け回った。

「お前がクライシア大国の皇子か!強いんだってなあ!」

「勝負してくれ!」

「俺も」

 大きな犬の集団に襲われるグレース皇子。
 だが、狼のクロウを長年飼ってるだけあって大型犬の扱いも手馴れたものだ。

 オーギュスト国はチョコレートと共に酒が特産品らしい。
 オーギュスト国でよく目にする竜舌蘭という植物を使った酒・テキーラ、甘蔗で作ったラム酒。
 コハン団長と左王は度数が高い酒を平然と追い水も無しにショットグラスで水のように飲んでいる。

 それからお酒に飲み慣れないグレース皇子にためにコハン団長はオレンジとザクロの果汁を混ぜてテキーラサンライズを作ってあげた。
 ふとグレース皇子は彼らと同席して酒を飲んでいる男に気付いた。

 コハン団長の弟たちとは毛色が違う人物で青白い肌、グリーンの瞳。青みがかったグレーの髪をツーブロックにしている若い男だ。
 細身の身体に、どこか神経質で不機嫌そうな顔をして、シックなデザインの黒いスーツを着ている。

「皇子、紹介します。オーギュスト国のアルハンゲル王配だ」

 コハンが彼の肩を叩く。
 彼は不機嫌そうにそれを払い除けた。

 オーギュスト国の死んだ女王の入り婿だとコハンは続けて説明した。
 女王は数年前に亡くなっており、王位を引き継ぐ予定の女王の弟はまだ十二歳。
 現在は彼が幼い王弟殿下に代わり国を治めているらしい。

「そんでな!今ちょうど話してたんだが、アルハンゲル王配と王弟殿下がクライシア大国に遊びに行きたいそうなんだが、いいか~~?」

 コハンは陽気に言った。
 その頭をメリーはしかめっ面で叩く。

「だからその態度はなんなのよ!皇子に対して無礼って言ってるでしょ!」

「痛ぇ~~」

 また他愛ない喧嘩が始まる。

「遊びに行くわけじゃありません。まだ国から一度も出たことがない王弟殿下の初めての表敬訪問先に貴国を選びたいんです。以前から貴国とは貿易面で交流がありましたし、コハンも居るから安心だ」

 アルハンゲル王配は口を開いた。

「はいはい!王配殿下!俺たちが護衛としてお伴しますぜ!」

 アルハンゲル王配の周りに大型犬が集まる。
 コハン団長の弟たちはオーギュスト国の親衛隊に所属してるらしい。
 王配は無表情でワンコの頭をもふもふと撫でた。

「ええ、歓迎しますよ」

 グレース皇子は笑って応えた。

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