シャルロット姫の食卓外交〜おかん姫と騎士息子の詰め所ごはん

ムギ・オブ・アレキサンドリア

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シャルロットと双子の王様〜結婚は認めない?シャルロットの兄とグレース皇子の決闘

暁降ちのクロワッサン・オ・ブール

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 居城のすぐ隣にある迎賓館の真っ暗な寝室。
 双子の王はそこに宿泊していた。

 夜明け前、双子の片割れは目を覚ましてむくりとベッドから起き上がった。
 自分の分身のように瓜二つの顔をした兄弟が隣のベッドでイビキをかいてすごい寝相でぐっすり眠っている。

 銀糸の刺繍が全体に施された厚手のサーコートに青みを帯びたグレーのマントを羽織り寝室を出た。

「あ!どこに行かれるのですか?……えっと」

 すぐに屋敷の巡回警備をしていたクライシア大国の第一騎士団の騎士イルカルに見つかってしまう。
 騎士イルカルは寝室から出て来たオリヴィア小国の王を見て戸惑っている様子だった。

「(えっと、……髪が長い方だから)……右王様?」


 同じ人間のコピーのように顔も声も背や体型もとてもよく似た一卵性の双子の王は、妹であるシャルロットでさえ見分けることは難しい。
 とは言え、性格は陽気でヘタレな兄の右王・冷静沈着で寡黙な弟の左王。
 メガネにお下げ髪で締まりのない顔の右王に、ウルフカットに眉間に常に皺を寄せてる左王。
 そこは対照的なので、どうにか区別できる。

 “右王”は肯定も否定もせずにフッと静かに笑った。

「少し身体を動かしたいのだが、城の外周を少し走って来てもいいだろうか?」

 ニッコリと笑顔で言った。

「ええ、分かりました。それでは護衛をお付けいたします。おい、アダム」

 騎士イルカルは一緒に城を巡回していた騎士仲間のアダムを呼び出した。

「右王様、お早いお目覚めで」

「ランニングの警護頼んでもいいか?見回りは俺が行ってくる」

「ええ」

 二人は並んで城の外周を適度なペースで走っていた。

「ほう、君がシャルロットの護衛をしている騎士か」

「姫様にはいつもよくしてもらっております」

「はは、そうか」

 右王は和やかに笑う。

「グレース皇子と決闘だそうですね。姫様との婚約をそこまでして破棄させたいのですか?」

「はは…、シャルロットからも苦情はもらったよ。別に何がなんでも破棄したいわけじゃないよ。それに私の国にとってもシャルロットは必要な存在なんだよ。シャルロットをぞんざいに扱うような国に容易く渡したくない。いい加減な奴には大事な妹を渡したくないだけだ」

 真っすぐを見据え言った。

「……“あれ”はただ感情的に動いているだけだが、私も一部同意だ。だからこんな馬鹿みたいな話に乗ったのだ」

「あれ?……」

「独り言だ」

 *

「ヤッホー、アダムじゃん!おっはよん」

 外周を何周かした後、城の敷地内に戻ったところで絶讃家出中の公爵子息で、現在は第一騎士団の食堂で住み込みのアルバイトをしているユハに遭遇した。
 パンの香ばしい匂いが漏れている大きな紙袋を腕に抱える。
 朝食の仕込みだろうか。

「彼は?」

「うちの騎士団専属の料理人です」

「ユハでーす!お早うございます、左王様」

「ユハ、この方は右王様だぞ」

「あ、そう?それじゃ右王様も今日の朝ごはん食べに来ます?今日のメニューはポタージュパルマンティエっていうじゃがいものスープとお城で焼いてもらったクロワッサンと杏のコンフィチュール(砂糖煮)です!後、バルキリー夫人からもらったコーヒーです」

 パン作りは専門外のユハだが、最近はお城つきのパン職人にパン作りを指導していた。

「いいのか?」

「もちろんよ」

 王を前にしても気安い態度のユハにアダムは冷や冷やしていた。
 だが、右王は気に留めることなく気さくな態度で彼に接している。

「くろわさん?とは……月の形をしたパンがあると以前シャルロットから聞いたことがあるぞ。食べてみたい」

「ええっ!?」

 アダムは驚く。

「私はパンが大好物なんだ」


 *

 騎士団の朝食の時間にはまだ早い。
 静かな食堂にはアダム、出勤して来たばかりのキャロル、団長メリー、エプロン姿のユハの姿があった。

 白いキッチンクロスが敷かれた長テーブルに向かって姿勢正しく座る右王。
 その向かいには王の要望により朝食を共にすることになった団長メリーとアダムとキャロル。
 そしてテキパキと料理を運んでくるユハ。

「月の形ではないが?」

 皿の上に乗ってるクロワッサンを指差して王は首を傾げた。

「“クロワッサン・オ・ブール”っていう、ひし形のクロワッサンです。バターで作ったクロワッサンがひし形、植物性油脂を使って作ったクロワッサンが三日月型になるんです」

「そうなのか」

「この前私も初めていただいたが、美味しかったですよ」

 メリーは笑った。
 ユハはニコニコ楽しそうに続いてコーヒーを出した。

「黒いお茶だな」

「コーヒーです。カフェ・アロンジェです。バルキリー夫人のコーヒは気付薬のように濃くて苦いですから、薄めたほうが飲みやすいんですよ」

 右王はコーヒーカップに唇を添えてコーヒーを飲んだ。

「苦いですか?砂糖やミルクを入れましょうか?」

「いや、大丈夫だ。コーヒーって美味しいんだな。もう少し濃くてもいいかもしれない」

「薄めずエスプレッソで飲んでみますか?」

 ユハの言葉に以前飲んだコーヒーの苦さを思い出し、キャロルは顔を真っ青にした。
 何も知らない右王は頷く。

 ユハは小型のカップに濃い色のエスプレッソコーヒーを淹れ直し右王に差し出した。
 右王は臆することなくグビッと飲み干した。

「美味しい」

 バルキリー夫人に次いで物好きがここにも居た!とキャロルは心の中で叫んでいた。

「スープもクロワッサンもこのジャムも、どれもとても美味だ」

「でしょでしょ~俺が作ったんだもーん」

 ユハは自慢げだ。

「はは、調子いいな」

 メリー団長が苦笑した。
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