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シャルロットと双子の王様〜結婚は認めない?シャルロットの兄とグレース皇子の決闘
スパークリングワインと無謀な挑戦状
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あれから、クライシア王が待っている銀の間に通された双子の兄とシャルロット。
そして、後から遅れてやって来たのはグレース皇子。
「お招きいただきありがとうございます」
さっきまで激しく憤慨していた右王が落ち着いた様子で畏まって礼をする。
クライシア王も1人掛けのソファーから立ち上がり礼をした。
そして和やかに笑った。
「シャリー大公、シーズ大公、頭を上げたまえ。これから親戚になるのだから堅苦しい挨拶など要らぬ」
シャルロットも久しぶりに対面するクライシア王は今日はいつもより比較的ラフな装いをしている。
いつもの厳格そうな雰囲気のある無骨な態度はなく、いつもよりにこやかで紳士的で穏やかな感じだ。
隣には人の姿をした幻狼のコボルトがいて、一緒に遅めのブランチを食べていた。
羽化日は安息日である、王の仕事もオフの日だそうだ。
「あの……お兄様がた、どうして急に?」
「来週には婚約式があるだろう。少し予定を早めて来たまでだ。お父様は昨夜腰を痛めて動けないんだ、来週の式に間に合うように来るそうだよ」
左王が淡々と説明した。
右王は借りて来た猫のように大人しいが、先程から斜め向かい、シャルロットの隣に座ってるグレース皇子をずっと睨んでいる。
「こら、シャリー……」
顔と声を凄めて双子の兄を窘める左王。
「えっと……、こちら我が国の自慢のスパークリングワインです。どうぞお納めください」
右王はいつもの愛嬌ある笑顔に戻って、酒瓶をテーブルの上に置いた。
オリヴィア小国特産の黒ぶどうを使った絶品のワインだ。
オリヴィア小国は土地や気候的にワイン造りに向いた国ではなく、気温の問題でワインが樽内ですぐに痛んで泡ができてしまい不味くなってしまう。
そこで、 英知の姫と噂のあったシャルロットに醸造家が相談しに来たのが始まりだった。
もちろんシャルロットでもワインや酒など作った経験はなかった。
けれど、その時に思い出したのだ。
前世の父がワイン愛飲家で、幼いシャルロットによくワインに関するウンチクを得意げに語っていたことを。
ーー通常通りに作ったワインに、砂糖や酵母を加えて瓶内で二次発酵させるのだ。
そうすることで瓶内で炭酸ガスが自然発生し、スパークリングワインが完成する。
前世の世界のシャンパンを参考にしてみたのだが、製品化したスパークリングワインは他国の貴族の間でも人気が高い。
シャルロットが考案したワインなので、この世界では“シャルル”と名付けられており人気の高いワインだ。
「ほう」
「クライシア王はお酒が好きだと伺ったので」
両家の顔合わせは恙無く終わりそうだ。
シャルロットはホッと胸を撫で下ろした。
「……ところでクライシア王、グレース皇子、うちのシャルロットは何かご迷惑をお掛けしていませんでしょうか?」
左王が考え込んでいるような沈黙の後ついに話を切り出した。
「貴国から打診がありーー我が父が決めた婚姻ですが、我々兄としては田舎育ちで昔からお転婆な至らぬ妹ですので、矢張りこの大国の王妃になるにはいささか不適任ではありませんか?」
「つまり、何が言いたいのだ?」
クライシア王は低い声で返した。
部屋中に緊張感が走る。
「今一度この婚約を見直していただけないでしょうか?いただいた多額の結納金については全額耳揃えてお返しいたしますし、貴国が欲しがっていた我が国の領土の一部を受け渡しても構いません」
「シャリーお兄様、突然何をおっしゃるの!?そんな勝手なこと」
シャルロットは驚いた。
「我が国は……妹を他国に売るほど落ちぶれておりませんし、貴国がうちの妹を迎い入れて得るメリットもさほど感じませんが」
今となっては“ドラジェの精霊の祝福を受けた乙女”だからシャルロットが必要なのだろうが、そもそも小さな田舎の公国の姫をなんのつもりで皇子の婚約者に指名したのか?確かに疑問である。
領土拡大のためって理由は聞いていたが、そんなまどろっこしい真似しなくてもクライシア大国が本気を出せばオリヴィア小国なんて簡単に侵略可能だろう。
攻め入って来たという話も伝え聞いただけで、クライシア大国の軍なり騎士なりが攻めて来たのを見たことがない。
現王である兄たちさえ知らないところで父がクライシア王と勝手に同盟を結んでいたのだ。
「私どもはオリヴィア小国とは友好関係で居たいのだが」
「ええ、私達も気持ちは同じです。シャルロットが婚約するにしても反故になるとしても貴国に損は与えません。ただ一つ!シャルロットの婚約を賭けて、グレース皇子に勝負を挑ませてください!私が勝ったら婚約は破棄!負けたらこの結婚を心から受け入れましょう、以後文句も言いません。これでどうでしょうか?」
突拍子のない話だ。
部屋の中にいた誰もが唖然とした顔をする中、クライシア王はすました顔で笑った。
「それは面白い。グレース、いいか?」
「はい」
グレース皇子はすぐに了承した。
「それで、何で勝負をするのだ?」
「剣で勝負いたしましょう」
右王は即答した。
「では、グレースの対戦相手にはそなたを指名しよう。シャリー大公。自分で言い出しことだ。受けて立つだろう?」
クライシア王は右王を指差した。
シャルロットは額に冷や汗を滲ませていた。
グレース皇子は魔人の中でもトップクラスの魔力の持ち主、剣の腕も大国随一、
一方で右王は極度の運動音痴、剣の才能はカケラほどもない。多分子供相手にも負ける。
左王は対極的に文武両道、近隣国に敵なしと噂されるほどの剣聖。十歳の時に村を襲った山賊の集団を剣一本握ってたった一人で撃退したという伝説も持ってる。
クライシア王もそれを知ってて、敢えて安全牌の右王を指名したのだろう。
「………おっ、おお俺……わっ私ですか!?」
(お兄様ってば激しく動揺してるわ)
テンパってる兄の右手首に黒い光の輪が突然現れる。
クライシア王が魔法をかけたようだ。
「双子とは厄介なものよ。双子同士で入れ替わったりせぬように目印をつけておいたぞ。ズルはしないようにーーあと、きちんと誓約書も書いてもらおうか」
さすがクライシア王、抜かりない。
ギクッと右王は身体を震わせる。
八方塞がりだ。
右王は青い顔で誓約書に自分の名前を記入していた。
*
「ごめんなさい、グレース様。うちの兄が余計なことを…陛下にも大変無礼な態度を…」
銀の間を出るなり、シャルロットはハァっと大きなため息をついた。
グレース皇子は涼しい顔をしていた。
「気にするはことない。父上も心なしか楽しそうだったぞ」
「うちの兄に限って百パーセントあり得ないんですけど、もしーーグレース様が負けたらどうするおつもりなんですか?私、婚約破棄は望んでおりません」
「大丈夫だ、“もしも”なんてない、俺が勝てばいいだけの話だ」
(グレース様も楽しそうなんですけど!?)
シャルロットは苦笑した。
勝負は目に見えてるから不安なんてないけれど。
勝負は三日後の晩餐会の余興で行うそうだ。
きっと貴族たちもみんな揃ってるであろう。
オリヴィア小国の恥さらしにならなきゃいいが……、そっちの不安の方が今のシャルロットには大きかった。
*
ーー翌日、いつものようにお仕着せを着て詰め所へ向かっている途中でバルキリー夫人と出会った。
「おはようございます、シャルロットさん。貴女の御令兄がいらっしゃってるようね。お茶会にお誘いしたいのだけどーー貴女もいかが?」
「バルキリーさん!おはようございます。クロウもお早う。ごめんなさい、私はこれから騎士団へ行くの」
バルキリー夫人の足元にはチワワのクロウの姿があった。
シャルロットを見て尻尾を振ってる。
「そう、残念だわ。またお誘いしますわね」
「えっと、一番目の兄は朝から会議で二番目の兄は迎賓の間で読書をしております。二番目の兄を是非お誘いください」
「そういたします。ところでお兄様はコーヒーはお好きかしら?新しい豆が手に入ったのよ」
「ええ、飲んだことはないでしょうが、二番目の兄なら毎朝健康増進のために苦い玉露茶や青汁を飲んでるから……大丈夫だと思いますわ。きっと気に入ります!」
(バルキリー夫人のとても濃くて苦いブラックコーヒー、子供舌のシャリーお兄様には絶対飲めないわね)
*
ーーバルキリー夫人がよく貴族の令嬢や賓客を招いてサロンや茶会を開いている薔薇の間。
オリヴィア小国の左王でありシャルロットの左王シーズも早速薔薇の間に招かれた。
「左王様ですわね、お待ちしておりました」
「お初にお目にかかります」
「お会いしたかったのよ、さあ、お座りになって。コボルト、コーヒーを淹れてくださる?」
バルキリー夫人の横に座っていた幻狼コボルトは静かに笑みながら、慣れた手つきでコーヒーを淹れる。
隣の一人掛けのソファーの上にはチワワがちょこんと座ってた。
「わぁ、シャルロットのお兄さん!そっくりだなぁ」
チワワのクロウはテンション高く尻尾を振ってソファーの上を飛び跳ねた。
「……!?」
突然喋り出したチワワに左王は目を見開いて絶句した。
「クライシア大国の幻狼ってご存知かしら」
「ええ、存在だけは……噂で聞いて知っております。昔 通っていたアカデミーの地理や歴史の教本にも書いてありましたし」
「こちらのコボルトと、貴方の目の前にいる犬が幻狼よ」
「!?」
また絶句した。
チワワは大きな目をウルウルさせてプルプル震えている。
「ーーとは言っても仮の姿よ」
「はは、ですよね」
コーヒーカップを目の前に差し出された。
「やけに黒いお茶ですね」
「お茶じゃないわ、コーヒーよ」
左王は恐る恐るカップを手に取り、思い切ってぐびっと一口飲んだ。
すると眉間いっぱいにシワを寄せて目を細め、顔を青くしドッと冷や汗をかいた。
「に、苦いっ!?」
「慣れるとこの苦味が良いのよ。クリーミングパウダーやお砂糖もございますわよ」
左王は苦笑いしながら、コーヒーに大量の角砂糖とクリーミングパウダーを投入した。
やっと飲める苦さになって安堵した様子だった。
「貴方の妹さんが、コーヒーが苦手な方でも美味しく飲めるようにって色々とアイディアをくれたのよ。お砂糖や牛乳を入れたり、あいすくりーむという甘くて冷たい菓子にかけたり。おかげさまで貴族の間でもコーヒーファンが増えたわ」
「へえ……昔から料理が好きな子でしたから」
「オリヴィア小国のカヌレというお菓子もシャルロットさんが作り始めたそうね」
「ええ、5歳の時に。うちでは大昔からワインを作る時に卵白をたくさん使うんです。卵黄は今までは捨てていたんですけど、シャルロットが突然勿体無いと言い出してお菓子に転用し始めたんです」
「さすが英知の姫ですわ」
自慢げに妹を語る左王シーズ。
その話を楽しそうにバルキリー夫人は聞いていた。
「うちの亡くなった王妃も甘いものに目が無くてね、オリヴィア小国のお菓子のファンでしたのよ」
「しばしば幻狼である私を顎で使って買いに行かせたぞ、あのワガママ女は」
コボルトが言う。
「よく喧嘩してたわね、文句を言いながらも王妃のために買いに行ってあげていたじゃないの」
「はは、気に入ってもらえていたようで、光栄です」
「オリヴィア小国の元国王とは……、シャルロットさんのお菓子が縁で交流が始まったのよ。王妃の葬儀にもわざわざ遠くからお越しいただいて」
「え?それは初耳でした」
「王妃が亡くなられてから、必然的に交流も最小限に途絶えていましたからね」
亡くなった王妃を偲んでバルキリー夫人はコーヒーを口に含みながら優しく笑った。
窓の外で北風が冷たく息吹き枯れた木の葉を静かに揺らしていた。
*
シャルロットが元気に騎士団の厨房に入ると、そこにはユーシンとリッキーとゲーテ王子がいた。
「おはようございます!」
「あら、今日の食事担当は貴方達?」
ゲーテ王子が悪戦苦闘しながらキャベツを千切りしていた。
その隣でリッキーは楽しそうに歌いながらトンカツを揚げている。
「俺は非番、リッキーとゲーテ王子が当番っす。今日はトンカツだよ。養豚場を荒らしてた魔物を討伐したらお礼に豚一頭貰ったんだ」
ユーシンは言った。
「おい、女、お前も手伝え!」
ゲーテ王子はイライラした様子だった。
「はいはい」
シャルロットはキャベツの千切りを手伝うことにした。
そして、後から遅れてやって来たのはグレース皇子。
「お招きいただきありがとうございます」
さっきまで激しく憤慨していた右王が落ち着いた様子で畏まって礼をする。
クライシア王も1人掛けのソファーから立ち上がり礼をした。
そして和やかに笑った。
「シャリー大公、シーズ大公、頭を上げたまえ。これから親戚になるのだから堅苦しい挨拶など要らぬ」
シャルロットも久しぶりに対面するクライシア王は今日はいつもより比較的ラフな装いをしている。
いつもの厳格そうな雰囲気のある無骨な態度はなく、いつもよりにこやかで紳士的で穏やかな感じだ。
隣には人の姿をした幻狼のコボルトがいて、一緒に遅めのブランチを食べていた。
羽化日は安息日である、王の仕事もオフの日だそうだ。
「あの……お兄様がた、どうして急に?」
「来週には婚約式があるだろう。少し予定を早めて来たまでだ。お父様は昨夜腰を痛めて動けないんだ、来週の式に間に合うように来るそうだよ」
左王が淡々と説明した。
右王は借りて来た猫のように大人しいが、先程から斜め向かい、シャルロットの隣に座ってるグレース皇子をずっと睨んでいる。
「こら、シャリー……」
顔と声を凄めて双子の兄を窘める左王。
「えっと……、こちら我が国の自慢のスパークリングワインです。どうぞお納めください」
右王はいつもの愛嬌ある笑顔に戻って、酒瓶をテーブルの上に置いた。
オリヴィア小国特産の黒ぶどうを使った絶品のワインだ。
オリヴィア小国は土地や気候的にワイン造りに向いた国ではなく、気温の問題でワインが樽内ですぐに痛んで泡ができてしまい不味くなってしまう。
そこで、 英知の姫と噂のあったシャルロットに醸造家が相談しに来たのが始まりだった。
もちろんシャルロットでもワインや酒など作った経験はなかった。
けれど、その時に思い出したのだ。
前世の父がワイン愛飲家で、幼いシャルロットによくワインに関するウンチクを得意げに語っていたことを。
ーー通常通りに作ったワインに、砂糖や酵母を加えて瓶内で二次発酵させるのだ。
そうすることで瓶内で炭酸ガスが自然発生し、スパークリングワインが完成する。
前世の世界のシャンパンを参考にしてみたのだが、製品化したスパークリングワインは他国の貴族の間でも人気が高い。
シャルロットが考案したワインなので、この世界では“シャルル”と名付けられており人気の高いワインだ。
「ほう」
「クライシア王はお酒が好きだと伺ったので」
両家の顔合わせは恙無く終わりそうだ。
シャルロットはホッと胸を撫で下ろした。
「……ところでクライシア王、グレース皇子、うちのシャルロットは何かご迷惑をお掛けしていませんでしょうか?」
左王が考え込んでいるような沈黙の後ついに話を切り出した。
「貴国から打診がありーー我が父が決めた婚姻ですが、我々兄としては田舎育ちで昔からお転婆な至らぬ妹ですので、矢張りこの大国の王妃になるにはいささか不適任ではありませんか?」
「つまり、何が言いたいのだ?」
クライシア王は低い声で返した。
部屋中に緊張感が走る。
「今一度この婚約を見直していただけないでしょうか?いただいた多額の結納金については全額耳揃えてお返しいたしますし、貴国が欲しがっていた我が国の領土の一部を受け渡しても構いません」
「シャリーお兄様、突然何をおっしゃるの!?そんな勝手なこと」
シャルロットは驚いた。
「我が国は……妹を他国に売るほど落ちぶれておりませんし、貴国がうちの妹を迎い入れて得るメリットもさほど感じませんが」
今となっては“ドラジェの精霊の祝福を受けた乙女”だからシャルロットが必要なのだろうが、そもそも小さな田舎の公国の姫をなんのつもりで皇子の婚約者に指名したのか?確かに疑問である。
領土拡大のためって理由は聞いていたが、そんなまどろっこしい真似しなくてもクライシア大国が本気を出せばオリヴィア小国なんて簡単に侵略可能だろう。
攻め入って来たという話も伝え聞いただけで、クライシア大国の軍なり騎士なりが攻めて来たのを見たことがない。
現王である兄たちさえ知らないところで父がクライシア王と勝手に同盟を結んでいたのだ。
「私どもはオリヴィア小国とは友好関係で居たいのだが」
「ええ、私達も気持ちは同じです。シャルロットが婚約するにしても反故になるとしても貴国に損は与えません。ただ一つ!シャルロットの婚約を賭けて、グレース皇子に勝負を挑ませてください!私が勝ったら婚約は破棄!負けたらこの結婚を心から受け入れましょう、以後文句も言いません。これでどうでしょうか?」
突拍子のない話だ。
部屋の中にいた誰もが唖然とした顔をする中、クライシア王はすました顔で笑った。
「それは面白い。グレース、いいか?」
「はい」
グレース皇子はすぐに了承した。
「それで、何で勝負をするのだ?」
「剣で勝負いたしましょう」
右王は即答した。
「では、グレースの対戦相手にはそなたを指名しよう。シャリー大公。自分で言い出しことだ。受けて立つだろう?」
クライシア王は右王を指差した。
シャルロットは額に冷や汗を滲ませていた。
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一方で右王は極度の運動音痴、剣の才能はカケラほどもない。多分子供相手にも負ける。
左王は対極的に文武両道、近隣国に敵なしと噂されるほどの剣聖。十歳の時に村を襲った山賊の集団を剣一本握ってたった一人で撃退したという伝説も持ってる。
クライシア王もそれを知ってて、敢えて安全牌の右王を指名したのだろう。
「………おっ、おお俺……わっ私ですか!?」
(お兄様ってば激しく動揺してるわ)
テンパってる兄の右手首に黒い光の輪が突然現れる。
クライシア王が魔法をかけたようだ。
「双子とは厄介なものよ。双子同士で入れ替わったりせぬように目印をつけておいたぞ。ズルはしないようにーーあと、きちんと誓約書も書いてもらおうか」
さすがクライシア王、抜かりない。
ギクッと右王は身体を震わせる。
八方塞がりだ。
右王は青い顔で誓約書に自分の名前を記入していた。
*
「ごめんなさい、グレース様。うちの兄が余計なことを…陛下にも大変無礼な態度を…」
銀の間を出るなり、シャルロットはハァっと大きなため息をついた。
グレース皇子は涼しい顔をしていた。
「気にするはことない。父上も心なしか楽しそうだったぞ」
「うちの兄に限って百パーセントあり得ないんですけど、もしーーグレース様が負けたらどうするおつもりなんですか?私、婚約破棄は望んでおりません」
「大丈夫だ、“もしも”なんてない、俺が勝てばいいだけの話だ」
(グレース様も楽しそうなんですけど!?)
シャルロットは苦笑した。
勝負は目に見えてるから不安なんてないけれど。
勝負は三日後の晩餐会の余興で行うそうだ。
きっと貴族たちもみんな揃ってるであろう。
オリヴィア小国の恥さらしにならなきゃいいが……、そっちの不安の方が今のシャルロットには大きかった。
*
ーー翌日、いつものようにお仕着せを着て詰め所へ向かっている途中でバルキリー夫人と出会った。
「おはようございます、シャルロットさん。貴女の御令兄がいらっしゃってるようね。お茶会にお誘いしたいのだけどーー貴女もいかが?」
「バルキリーさん!おはようございます。クロウもお早う。ごめんなさい、私はこれから騎士団へ行くの」
バルキリー夫人の足元にはチワワのクロウの姿があった。
シャルロットを見て尻尾を振ってる。
「そう、残念だわ。またお誘いしますわね」
「えっと、一番目の兄は朝から会議で二番目の兄は迎賓の間で読書をしております。二番目の兄を是非お誘いください」
「そういたします。ところでお兄様はコーヒーはお好きかしら?新しい豆が手に入ったのよ」
「ええ、飲んだことはないでしょうが、二番目の兄なら毎朝健康増進のために苦い玉露茶や青汁を飲んでるから……大丈夫だと思いますわ。きっと気に入ります!」
(バルキリー夫人のとても濃くて苦いブラックコーヒー、子供舌のシャリーお兄様には絶対飲めないわね)
*
ーーバルキリー夫人がよく貴族の令嬢や賓客を招いてサロンや茶会を開いている薔薇の間。
オリヴィア小国の左王でありシャルロットの左王シーズも早速薔薇の間に招かれた。
「左王様ですわね、お待ちしておりました」
「お初にお目にかかります」
「お会いしたかったのよ、さあ、お座りになって。コボルト、コーヒーを淹れてくださる?」
バルキリー夫人の横に座っていた幻狼コボルトは静かに笑みながら、慣れた手つきでコーヒーを淹れる。
隣の一人掛けのソファーの上にはチワワがちょこんと座ってた。
「わぁ、シャルロットのお兄さん!そっくりだなぁ」
チワワのクロウはテンション高く尻尾を振ってソファーの上を飛び跳ねた。
「……!?」
突然喋り出したチワワに左王は目を見開いて絶句した。
「クライシア大国の幻狼ってご存知かしら」
「ええ、存在だけは……噂で聞いて知っております。昔 通っていたアカデミーの地理や歴史の教本にも書いてありましたし」
「こちらのコボルトと、貴方の目の前にいる犬が幻狼よ」
「!?」
また絶句した。
チワワは大きな目をウルウルさせてプルプル震えている。
「ーーとは言っても仮の姿よ」
「はは、ですよね」
コーヒーカップを目の前に差し出された。
「やけに黒いお茶ですね」
「お茶じゃないわ、コーヒーよ」
左王は恐る恐るカップを手に取り、思い切ってぐびっと一口飲んだ。
すると眉間いっぱいにシワを寄せて目を細め、顔を青くしドッと冷や汗をかいた。
「に、苦いっ!?」
「慣れるとこの苦味が良いのよ。クリーミングパウダーやお砂糖もございますわよ」
左王は苦笑いしながら、コーヒーに大量の角砂糖とクリーミングパウダーを投入した。
やっと飲める苦さになって安堵した様子だった。
「貴方の妹さんが、コーヒーが苦手な方でも美味しく飲めるようにって色々とアイディアをくれたのよ。お砂糖や牛乳を入れたり、あいすくりーむという甘くて冷たい菓子にかけたり。おかげさまで貴族の間でもコーヒーファンが増えたわ」
「へえ……昔から料理が好きな子でしたから」
「オリヴィア小国のカヌレというお菓子もシャルロットさんが作り始めたそうね」
「ええ、5歳の時に。うちでは大昔からワインを作る時に卵白をたくさん使うんです。卵黄は今までは捨てていたんですけど、シャルロットが突然勿体無いと言い出してお菓子に転用し始めたんです」
「さすが英知の姫ですわ」
自慢げに妹を語る左王シーズ。
その話を楽しそうにバルキリー夫人は聞いていた。
「うちの亡くなった王妃も甘いものに目が無くてね、オリヴィア小国のお菓子のファンでしたのよ」
「しばしば幻狼である私を顎で使って買いに行かせたぞ、あのワガママ女は」
コボルトが言う。
「よく喧嘩してたわね、文句を言いながらも王妃のために買いに行ってあげていたじゃないの」
「はは、気に入ってもらえていたようで、光栄です」
「オリヴィア小国の元国王とは……、シャルロットさんのお菓子が縁で交流が始まったのよ。王妃の葬儀にもわざわざ遠くからお越しいただいて」
「え?それは初耳でした」
「王妃が亡くなられてから、必然的に交流も最小限に途絶えていましたからね」
亡くなった王妃を偲んでバルキリー夫人はコーヒーを口に含みながら優しく笑った。
窓の外で北風が冷たく息吹き枯れた木の葉を静かに揺らしていた。
*
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「あら、今日の食事担当は貴方達?」
ゲーテ王子が悪戦苦闘しながらキャベツを千切りしていた。
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「俺は非番、リッキーとゲーテ王子が当番っす。今日はトンカツだよ。養豚場を荒らしてた魔物を討伐したらお礼に豚一頭貰ったんだ」
ユーシンは言った。
「おい、女、お前も手伝え!」
ゲーテ王子はイライラした様子だった。
「はいはい」
シャルロットはキャベツの千切りを手伝うことにした。
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