シャルロット姫の食卓外交〜おかん姫と騎士息子の詰め所ごはん

ムギ・オブ・アレキサンドリア

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ワガママ王子様の更生プログラム〜ミレンハン国の俺様王子、騎士団で職業体験する

女神の祝福とラズベリーリーフティー

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「今日はやけにご機嫌ですね、シャルロット様」

 るんるんと鼻歌を歌いながら出来上がったばかりのライ麦サンドと今朝作ったお菓子ブールドネージュをピクニックバスケットに詰めるシャルロットにリディは言った。

 シャルロットは朝からずっとそわそわ落ち着かない様子で、夕刻近くになると城の調理場へ赴きいそいそと料理を始めていたのだ。

「ユーシンがお月見に誘ってくれたの、満月ではありませんが…一緒にお散歩でもしましょうって」

「ユーシンさんが?」

 リディは怪訝そうな顔で首をかしげる。

 外聞的にはシャルロットとユーシンの関係はグレース皇子の婚約者と第二騎士団の騎士。
 不思議に思うのも仕方のない事だった。

「ええ、クロウも一緒よ。三人で行ってくるわね」

 “前世”でも息子がまだ小学生だった頃 十五夜には毎年家族でお月見に行ってたわね。

 シャルロットは懐かしむように目を細め笑っていた。

 *

 ーー夕まぐれ。
 ユーシンの赤毛の馬に乗せられて、シャルロットはチワワ姿のクロウと共に、白い月見草がたくさん咲いている野原にやってきた。
 南の空には上弦の月が浮かんでいる。
 野原の上に白い麻の布を広げると、3人はそこに腰を落とした。

 先ほどからシャルロットはキョロキョロと辺りを見渡していた。
 淡いピンクやグリーンやブルーのカラフルな光を放つピンポン玉くらいの大きな蛍が無数に宙を漂っている。
 不思議で美しい景色だ。

「この辺りに棲んでる精霊だよ、この国では“ドラジェの精霊”って呼ばれてるんだ」

 ユーシンが教えてくれた。

「へぇ~」

「昔、父さんが教えてくれたんだよね」

「小ちゃいグレースとユーシンを連れてよくここに来たよね」

「勝手に護衛もつけず皇子を勝手に連れ出すもんだから、父さんってば第一騎士団のメリー団長に叱られていたっけ」

「相変わらずマイペースなのね」

 2人のほんわかとしたエピソードを聞いてシャルロットは笑った。
 クロウは嬉しそうに尻尾を振りながらシャルロットとユーシンの周りを駆け回っていた。

「ねえシャルロット、なんかいい匂いするよ。お腹すいた」

 ピクニックバスケットにクロウは鼻を押し当てた。

「そうだったわ、夕食はせっかくだからここで月でも見ながらいただきましょう。月見団子は作れなかったから白くて丸いブールドネージュを作ってみたの。お城の侍女さんから作り方を教えてもらったのよ」

 ブールドネージュを一つつまんでクロウの口に運んだ。

「美味しい!」

「サンドイッチもうまいよ、母さん」

 まるで昔に戻ったよう。
 もう戻れないと思っていたのに……。
 また死に別れた夫と息子と出逢えるなんて二度とない奇跡だわ。2人と死に別れるまで幸せな時間が無条件で当たり前に続いていくものだと信じて疑わなかった。

(でも違うのよね、ささやかな幸せな時間も有限なのよね。)

 グレース皇子、クロウ、ユーシン、それから騎士団の皆さん、リディ、…大切な人たちとの平穏で温かい時間を1分1秒ごと大切に享受しよう。

 小さな決意と共にシャルロットの目頭が少し熱くなっていた。

 少し滲んだ涙を指で拭うと、ポッポッとシャルロットの周りにドラジェの精霊が集まってきた。

『この子がクロウとグレース坊やの奥さま~~?』

 女性の優艶な声が耳元で聞こえて、びっくりして声に振り返るとそこには煌びやかで露出の多いセクシーな衣装を身に着けた艶っぽい美女たちだった。

「えっ!?」

『まあ、だいじょうぶ?』

 シャルロットは驚いてよろめく、後ろにはもう1人のグラマー美女が控えていて背後からシャルロットを支えてくれた。
 気が付けば辺り一面が女神のような神秘的な美しさを持つ美女だらけで、ここはまるで銀座の高級クラブのようだ。
 ユーシンも隣でワタワタ驚いている。

「貴女たちは一体……?」

「“ドラジェの精霊”の真の姿だよ。“繁栄”を司る精霊たちなんだ」

 クロウは淡々と説明した。

『うふふ、クロウがコボルトに犬にされたって噂は本当だったのね』

『可愛いわ~~』

『最近あんまり来てくれないけれど、どうしたの?』

 精霊たちはチワワに群がり、ツンツンと突いたり顎を優しく撫でる。
   犬の性か、気持ちよさそうにデレデレとした情けない顔になるクロウ。
 
   呆然としながら、それを凝視してるシャルロットとユーシンに、クロウはハッと我に返って纏わりつく精霊の腕から脱して頭を思い切りブンブン振った。

「ちっ、ちがうんだ!シャルロット!コボルトの付き合いでここに通って宴会をしてただけでっ……決してやましいことはなんにもないんだよ!」

 さながらキャバクラ通いが妻にバレた時の旦那のような情けない言い訳をする。
 ユーシンが隣で苦笑している。

 クロウが言うには幻狼は精霊の一種であり、ドラジェの精霊と分類的には仲間だそうだ。
 同業者同士が集まって時折接待や宴会を催すとのこと。

「へぇ~」

 シャルロットがジトッとした目でクロウを見つめる。
 クロウは耳を垂らして潤んだ上目遣いで異議を申し立ててくる。

「ふふ、わかってるわよ。あの、精霊さんもお菓子はいかが?」

『んまぁ!いいの!?いいの!?私たち甘いものには目がないのよぅ』

『おいし~~』

 シャルロットは精霊たちにブールドネージュを振る舞う。

『奥さま。よかったら、お茶くらい出しますわ』

 精霊が指を宙にくるりと回すと、きらめく無数の粒と共にティーポットとティーカップが出現した。

「あっお気遣いなく…」

『ラズベリーリーフティーですわ』

「まあ、ありがとう」

 精霊は慣れた手つきでハーブティーを淹れてくれた。

「あっさりしてて飲みやすいです」

 ユーシンは一気に飲み干して笑った。

「懐かしいわ、ユーシンがお腹の中に居た頃お父さんがよく淹れてくれたお茶よ」

「父さんが?」

『“安産のお茶”ですって、私達にもクロウが教えてくれたのよ』

 シャルロットも一口ハーブティーを口に含み、にっこりと笑顔になった。
 その様子を見ていた精霊の1人が微笑んでシャルロットの肩に手を添えた。

『お菓子のお礼に、奥さまへ私達から祝福を授けましょう』

「……え?」

 精霊はシャルロットの左頬に優しく口付けた。

「ええ!?」

 シャルロットは顔を耳まで真っ赤にして目を見開いた。
 精霊はいたずらっぽく笑う。

 精霊の唇が触れた頰がジンジンと熱い。

「母さん、ほっぺが……」

 シャルロットの頰には拳ほどの大きさの薄紅色の不思議な模様が浮かんでいた。
 クロウが口をあんぐりと開けてシャルロットを見てる。
 その模様の意味がクロウにはわかるようだ。

『また、遊びに来てちょうだい』

 精霊たちはカラフルな光となって空へ向かって飛んで消えていった。

 *

「なっ、なんと……!?」

 城へ戻ったシャルロットを見るなりグレース皇子やたまたま居合わせた大臣や官僚たちが
 声を上げて驚いた。

「シャルロット姫、その頰はどうしたんだ?」

「え?ええと、ドラジェの精霊に、キスをされて……」

「ドラジェの精霊!?」

 グレース皇子は普段のポーカーフェイスを崩し、非常に驚いた様子だった。
 シャルロットには意味がわからなかった。
 グレース皇子の背後では大臣や官僚たちが何やら喜んでいる。

「グレース様?」

「ドラジェの精霊に祝福された乙女はねえ、幻狼や精霊の子を受胎できるんだよ。その頬っぺの模様はその証だね」

 クロウがシャルロットの足元で説明し、嬉しそうに尻尾を振っていた。

 グレース皇子の専属執事や侍女たちは涙ぐんでいるし、宰相は花瓶を抱えて愉快に踊ってる。城中がお祭り騒ぎだ。

 (懐妊ってわけじゃないのに気が早いこと…)

 シャルロットは苦笑した。

「え?それってすごいことなの…かしら?」

 魔物や精霊など縁遠い国で育ったシャルロットにはあまりピンとこなかった。

「この国どころか大陸全体では王族よりも精霊の地位が絶対的に上なんだよ。それが我が王家から輩出されるのだから、そりゃあ国としては喜ばしいことだろう」

 グレース皇子は言った。

 “魂を共有することで魔人の生命エネルギーは吸収効率の良い幻狼の糧となり、幻狼の持つ膨大な魔力は魔人にとっては有益な魔力の源となる”
 だから魔人と幻狼は契約をするのだが、

「魔人で王家の俺と幻狼クロウの血を引く子だ、未知数の可能性を秘めているな」

「ん、んん?」

「サラブレッドな赤ちゃんが産まれるってことだよ!」

 クロウが嬉しそうにシャルロットの足元を踊るように駆け回る。

 婚約式もまだなのに、急に“赤ちゃん”の話なんて…!
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