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*シャルロット姫と食卓外交
第二騎士団 コハン団長
しおりを挟む「ぜぇ~~っっっったい、いやだ~~~~!」
グレース皇子の部屋から男の叫び声が轟く。
グレース皇子は構うことなく椅子に座り優雅に紅茶を飲みながら本を読んでいた。
皇子の寝室の天蓋ベッドの中で漆黒の狼がゴロゴロ転がり唸っていた。
「お前が嫌でも、お父様が決めたことだから俺は逆らえない」
「それでも私は認めない!」
「俺だって結婚なんて不本意だし興味がない、だが今回の婚約が駄目でもまたすぐに別の人と婚約させられるだろう。もう面倒なんだよ」
「そんな、他人事みたいに~!」
「遅かれ早かれ世継ぎだのなんだので結婚しなくてはいけないんだ。諦めろ」
目の前で駄々をこねているのはグレース皇子の幻狼クロウ。
幻狼とは精霊の一種で、オオカミのような見た目をしている。
仮の姿で人間の姿へも変化できるし、強い魔法も使えるレアな精霊。
クライシア大国の皇太子は遥か昔から代々幻狼と契約を交わす慣習がある。
それはグレース皇子も例外ではなかった。
幻狼と契約して魂を共有することで、魔人の生命エネルギーは吸収効率の良い幻狼の糧となり、幻狼の持つ膨大な魔力は魔人にとっては有益な魔力の源となる。
持ちつ持たれつの対等な関係である。
ただ、デメリットも存在する。
契約を結んだ魔人と幻狼は感覚を共有するのだ。
もちろん相性もあるし、価値観、記憶などは共有されず人格も自我も個々あるので、阿吽の呼吸で気が合えば最高の相棒になれるのだがーーそうでなければ衝突も起こりうる。
特に契約者の配偶者決めではそれが顕著に出る。
契約者と婚姻を結ぶものは、同時にパートナーである幻狼とも契りを交わすことが決まっている。
それなのに、元婚約者リリースと幻狼のクロウはとにかく折り合いが悪かった。
クロウも初対面から当たりが強かったし、気の強いリリースも黙っていなかった。
顔を合わせるたびに大喧嘩をしていた二人、さながら姑と嫁の諍いのようだとグレース皇子はただ傍観していたのだがーー。
「うう~、里緒……私の奥さんは里緒だけだもん…」
オオカミは拗ねたようにふて寝しながら涙と鼻水を流しながら、グズグズと泣いていた。
幻狼クロウは一途に前世の妻だけをひたすら思い続け、愛していた。
恋などしたことがないグレース皇子も、クロウの感覚に引っ張られて漠然と誰かが恋しい気分に陥る。
「明日は婚約者と顔合わせだ、お父様はお前も参加しろと言っているが?」
「誰が行くものか!こんな城出てってやる!お前とは絶交だ!勝手に結婚でもなんでもしろ!」
「あっそう、好きにすれば」
「私は本気だ。本気だぞ。私がいなければ魔力が半減するんだぞ、いいのか?」
「元より俺は魔法になんて頼らない、そんなものがなくても俺は強いからな」
「脳筋バカ皇子」
クロウはふさふさの尻尾でグレース皇子を叩いた。
グレース皇子は負けじと尻尾を両手でギュッと締め付け引っ張った。ヒギャッっとクロウは悲鳴をあげた。
そしてギッと黄金の瞳を潤ませて皇子を睨むと、バルコニーから飛び出して行った。
グレース皇子はやれやれとため息をついて椅子についた。
*
ーー騎士団の詰め所は今日も賑やかだ。
「お~い!皆んな~~!団長が帰ってきたぞ~~~!!」
騎士の一人が嬉々として叫ぶ。
その掛け声と共に食堂や寮から次々と騎士たちがハイテンションに飛び跳ねたり、小走りして詰め所に駆けつけた。
「おかえりなさい!コハン団長!!」
挙りて笑顔で一礼をする。
騎士たちの前にはきっちりと固められたオールバックに二メートル近い高身長の筋骨隆々な大男が仁王立ちしていた。
右腕には大きな成熟瘢痕、太く凛々しい眉毛は逆八の字で眉間には深いシワが寄っている。
鷹のような鋭い目は、視線だけでも人を殺せそうだ。
「長く留守にして悪かったな、変わりないか?」
「バルキリー夫人の気まぐれな家出に団長を同伴させるなんて!夫人の護衛なんて近衛騎士である第一騎士団の仕事なのに……、いっつも面倒な仕事はうちに回すんだから……」
普段は温厚なユーシンが珍しく怒っていた。続いて周りの騎士たちも怒りを露わにする。
コハン団長は苦笑しつつもげっそりとした表情を浮かべている。
バルキリー夫人は王の公妾である。
グレース皇子の母である王妃は十年前に亡くなっている。
バルキリー夫人は王の愛人ではあるが、王妃面で威張っていると侍女や城の者からは煙たがれ、更に王を誑かしているともっぱら評判も悪い。
それが数ヶ月前に王と口論になったようだ、城を突然飛び出し遠い領地に篭ってしまった。
王令によりコハン団長は護衛のために彼女と共に遠い領地へ赴くことになった。
「最近は近隣国からの表敬訪問もあったし、グレース皇子の婚約につきオリヴィア小国から賓客も来てるだろ。そんで第一騎士団は手がいっぱいなんだとよ」
第一騎士団と第二騎士団は犬猿の仲だった。
第一騎士団は主に城の警備や王族の警護を担当している。
主に魔法を扱う優秀な魔人や頭脳明晰な人間が所属しており、貴族の子息が中心。シンプルに言えばインテリ系が多い。
第二騎士団に所属しているのは体力や力に秀でた獣人か同等の腕を持つ人間が中心で、根からの体育会系。
戦争があれば兵士と共に戦場に出たり、平常時では森や街に出没した魔物の討伐をしたり、城または城下の自警の役割が大きい。
能力さえあれば平民でも騎士に叙任される。
「とりあえず……おかえりなさい団長。今夜はみんなで団長のお疲れ様会しましょう!」
アヴィは酒瓶を両手に抱えて楽しそうにはしゃぐ。
コハン団長もふうっと一つため息をつくとアヴィに渡されたワイングラスを片手に大きく掲げ、乾杯の音頭をとった。
「よっしゃ!飲むぞ~!」
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