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ヤンデレ伯爵様VSドSアウトロー牧師!?

第5話

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 大きな木の下にあるベンチに座り、クリオスが奢ってくれた屋台のホットコーヒーを飲んだ。
 二匹の犬達は広場で追いかけっこをしている。

 庶民的な味の少し薄めのコーヒー、この辺りは大きなアカデミーもあり学生が多く、行商人や馬車が色んなところから集まる場所だから、そういった人達向けに手頃な値段で販売してるんだろう。
 でも、これが結構美味しい。
 クリオスが一緒に買ってくれたドーナツも素朴で甘めだけれど結構美味しい。

「コーヒーの中に一回ドーナツをくぐらせてから食べるんだよ、余分な砂糖がとれて良い感じの甘さになる」

 クリオスが庶民流の食べ方を伝授してくれた。
 私はそれに倣って食べていた。

「うわ~美味しい~」

 さっきまで泣いていたのに、今度は満面の笑みで頰を膨らませながらドーナツをがっついててクリオスも苦笑してる。

 コーヒーとドーナツを一緒に食べると、カフェインと糖分がうまい具合に作用して頭が良く働くって前世で聞いたことがある。本当に頭がなんだか冴えてくるような気がした。

「……」

 それにしてもクリオスの視線が痛い。

「私の顔に何かついてます?」

「いえ、失礼。噂で聞いてた感じとなんとなく違ってて驚きました」

 クローディアは生粋の悪女で、有る事無い事 悪い噂しかないもんなぁ。
 一応 一般常識と普通の倫理観のある私が転生してから素行も良くなり、可愛い娘に取り憑いてた悪魔が追い払われた~!なんて両親は大袈裟に泣いて喜んでいたわ。
 あの両親の娘の猫可愛がりの溺愛っぷりこそ、ワガママお嬢様が生まれた原因ではないかな……。

「…………」

 今度は私からクリオスを凝視した。

ーー弟の狙いは…僕の恋人や配偶者を寝取ることだろう。僕に嫌がらせをすることが彼の生き甲斐みたいだからな。

 伯爵様の言葉を思い出した。

(私は絶対に殺される運命を回避したい……)

 原作ラノベの中でクローディアがどんな経緯で、何時、何処で、どのように殺されてしまうのか、全く描かれていないから何が原因になるのかわからないから、すごく不安だ。
 出来るだけ不安要素は排除したい。

「ごめんなさい!クリオスさん」

「なぜ謝るんですか?義姉さん」

 でも、なんて言ったらいいんだろう。
 ドーナツとコーヒーで頭が冴えても、単純な脳の作りの私には上手い言葉が思いつかない。

 私も前世では人並みに恋愛されて、元カレに浮気された経験もある。
 その悲しさや怒りや悔しさ惨めさはよく知ってる。その浮気相手が肉親てどれほどショックなことだろうか?
 片方の意見だけを聞くのは愚行だ、でも私は伯爵様の妻だからーーさっきつい頭に血がのぼって喧嘩しちゃったけれど、夫である伯爵様を信じたい。


「貴方に会うことをオスワルド様がよく思わないの。残念だけれど、今後はこうして会うのは避けたいわ」

 もういいや、ハッキリ言っちゃえ!

「え……?」

 クリオスは黙った。
 さっきまで浮かべていた天使のような笑顔が失せる。

 気を悪くしちゃったかな?ヒヤヒヤしたけど、気まずさを感じつつ私も押し黙る。


「兄から……私について何か聞いた?」

「え?まあ、いろいろ……」

 性格的に嘘や隠し事は苦手なので、もう観念した。

「オスワルド様が言った事は全て事実なの?」

「……、だったら君はどう思うの?」

「すごく馬鹿だなって思うわ。あと、かっこ悪いわ。オスワルド様が嫌いだからって、嫌がらせのつもりで恋人を奪っちゃうなんて!ーー私はその手には乗らないわよ。私はオスワルド様を愛してるから、貴方を好きになるなんて絶対ない」

「………」

 私の口は止まらない。
 チラッと俯いたクリオスの顔を伺うと、彼は凍てついたように無表情になっていた。

 思わずゾクっとした。

 怒らせてしまった?


「……絶対?……馬鹿はどっちだ」

 彼の整った唇から漏れる低くて重たい声。

「…………!」

 突然、隣に座っていたクリオスが私に覆い被さり、私の口を大きな手のひらで塞いだ。
 片方の手で、両手首を痛いくらいに押さえつけられ……緊迫した空気が流れる。

「~~!」

 鼻や口を塞がれて息が出来ない。
 苦しくて必死にバタバタともがいた。こんな人気の多い場所で堂々と襲い掛かってくるなんて想定もしてなかった。周りに人もいるが、カップルの戯れだと思われているのか助けも来ない。

(助けて……オスワルド様!)

 心の中で叫んでも虚しいだけだ。ーーやがて私は気を失った。

*

 身体が痛い。

 目が覚めてまず手足や胴体が締まるような苦しさと痛みを感じた。
 目の前には真っ白なシーツと窓の磨りガラスから漏れる月の光。

 ここはどこだろう?

 だんだん頭も覚醒してきて、身体が動かないことに気付いて自分の身体に視線をやると……

「縄?」

 下着姿に剥かれて、両腕を後ろに回され胴体ごと縄で拘束されていた。
 脚は自由だったが、腕が使えず自力で起き上がることも難しい。

 見知らぬ部屋を見渡した。

 大きなベッド、清潔感のあるシーツ、木のミニテーブルの上には縄やムチ、全年齢版の小説内ではとても記述できないようなエゲツない道具の数々が置かれてあった。

 これから私は拷問でもされるんだろうか……。
 私は顔を真っ青にした。

(そういえばこの世界ってTL小説の世界だったわね……ヒロインのお約束ってやつね)

 から笑いするが、一気にここが私の現実世界であることも悟ってしまい悪寒が走る。
 私は自由の利く頭をブンブン振って心を落ち着かせた。

(私、ヒロインじゃないし!……そんなアブノーマルな趣味もないわ!っていうかこんなのTLじゃないわ、大人のお楽しみビデオじゃない!嫌だ~!)

 一人テンパっていると、わずかに開いていた扉からゴールデンレトリバーがひょっこり顔を出した。

「バイオレット!あなた、無事だったのね?ねえ、お願い!私を助けて!」

 犬ってとても賢い動物で、飼い主を窮地から救うエピソードを前世のテレビ番組で観たことある。
 藁にもすがる思いでバイオレットに叫んだ。

 バイオレットは尻尾を振ってて、何故かご機嫌な様子。

「ワゥ~」

 バイオレットが鳴いた。
 犬の言葉は分からないが、「グッドラック☆」って言ってるような顔をしてる。
 私の被害妄想だろうか?

 バイオレットはバタバタと部屋を出て行った。

「待って!行かないでっ!メーデー!助けてよ!いやああ!」

 私は泣きじゃくる。
 拘束されながらーー必死で縄を振り解こうと動いたが、縄はピクリともしない。

 バイオレットとは入れ違いで今度は牧師の格好をしたクリオスが現れた。
 月光に照らされながら、美しくも冷たい笑顔で私を見下ろしている。

「ヒィッ……」

「そんなに怯えないで、義姉さん」

「来ないで!変態!」

 これから解体される運命が待っている子鹿のように私はガクブルと震えた。
 クリオスはニヤニヤと笑いながらベッドに座ると、私の露わになった素脚をさらっと撫でた。
 それだけで鳥肌が立つ……。

 冷たい手に冷たい表情ーー。

「思ってたより気が強いな、兄の嫁は」

「こんなことしても無駄よ!私はあなたなんか愛さない!」

「ハハ、人の心って脆いもんだよ。心を手に入れたければ、身体を支配すればいい。あっという間にお前は俺のモノになる」

 迫ってきたクリオスの顔を私は睨んだ。
 自由の利く脚を大きく振って、彼の腹に思い切りキックした。

「あんたの思い通りにさせないわよ、私が愛してるのはオスワルド様だけよ。無駄なことはやめて!これは立派な犯罪よ!ただの暴行だわ!」

 頰に手を添われ、唇にクリオスの親指が突っ込まれた。

「じゃじゃ馬だな……思っていたより調教甲斐がありそうだ」

「ぐっ……」

 私はクリオスの親指を思い切り噛んだ。
 クリオスの手が顔から離れて、彼の顔が苦痛に歪む。

「お前のような女ほど、すぐに快楽に堕ちて好いた男を裏切るのだ。……愛だの、恋だの、所詮その程度のものだ。本能を前には抗えまい。女とは実に浅ましい動物だ」

「……あんた……!そうやってオスワルド様の大事な人を奪ってきたの!?最低だわ!」

 私は軽蔑の眼差しを彼に向け叫ぶ。

「うるさい!」

 私の太ももにムチが打たれた。

「キャ……!痛いじゃない!何するのよ!馬鹿!」

「ふふ」


 やっぱりこんなの痛いし、苦しいし、ムカつくだけ。
 こんなので私の心は支配できない。

 今も思い浮かぶのは伯爵様の顔だけだもの。

(さっきまで喧嘩して顔も見たくないって思ってたけど……でも、帰りたいーー伯爵邸へ、彼の元へ)

「こんなことして……絶対に許さない!」

 絶体絶命でも何がなんでも、この状況を打破して彼の元へ帰ろう。

 一度そう心に決めると、気持ちが強く持てた。

 いつも不安そうな伯爵様に、絶対にブレない愛があるんだって……私が証明してあげたい。
 私は強気な笑顔でクリオスを見上げた。

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