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ヤンデレ伯爵様VSドSアウトロー牧師!?
第1話
しおりを挟むオスワルド様ーー伯爵様と結婚して1年と数ヶ月が経った。
私 クローディアは相変わらず元気に、伯爵邸で暮らしている。
「おいで!バイオレット!」
昼下がり、伯爵邸の広い中庭。
大きなツバの麦わら帽子に真っ白なワンピースを着てしゃがみこんだ私に向かって、大きなクリーム色の毛並みをしたゴールデンレトリバーがテニスボールを咥えて尻尾を振りながら走ってきた。
私の誕生日に伯爵様がプレゼントしてくれた犬の女の子で、ちょうど庭にスミレが咲いていた時期だったからバイオレットと名付けた。
犬好きの私と伯爵様の執事のクリスはすっかり彼女の虜だ。
「クローディアさん、今夜 オスワルド様がお帰りになるそうですよ」
執事のクリスが中庭までやって来て教えてくれた。
伯爵様は半月前から領地を離れて首都へ行っていた。
首都にある宮殿で年に一度開かれている貴族たちの集会に参加していたのだ。大規模なパーティーも開かれると噂で聞いたのだが、他の貴族たちは皆配偶者や家族を連れて参加するのに、私はこうしてお留守番。
伯爵様のことだから、てっきり連れてってくれるものだと思ってた。ーーけど、ニコニコと有無を言わせないあの笑顔の圧を掛けながら「ディアは良い子だからお家でお留守番していてね」と……。
ディアとは伯爵様が私を呼ぶ時の愛称だ。
「私、そんなに伯爵様の妻として頼りないのかな……」
「宮殿へ同伴できなかったことまだ気にしてるんですか?」
クリスは困ったように笑ってる。
「気にしないでください、クローディアさん。多分アレです。ほら、うちの国の王様って惚れっぽい女好きで有名じゃないですか。クローディアさんに一目惚れして強引に側室に~ってこともあるかもしれないですし、旦那様はそれを危惧したのでは?」
「王様が私を?それはさすがに考え過ぎよ」
結婚してわかったこと、伯爵様は困っちゃうくらいに嫉妬深い。多分 性別が男ならチンパンジーにも嫉妬するだろう。たまに怖い顔をする。
私は、というかクローディアという人物は伯爵様が心配するほどモテやしない。悪評高いし、ステレオタイプの嫌われ者な悪役令嬢。確かに容姿こそ西洋のお人形さんのように綺麗だと思うが、それよりも性格が最悪だ。地元の男達は小さい頃から奴隷のように扱われており、横暴な女王クローディアの顔を見るだけで逃げ出すもの。
私がいるこの世界は『孤独な暗黒伯爵と闇に堕ちたガーベラ』というタイトルのティーンエイジャーの女の子たちに人気だったライトノベル恋愛小説の中。
もともと私は山川 有加という名前で、日本という国で中小企業の平凡なOLをやっていた。
事故死したのち、その恋愛小説の中のモブキャラ・クローディアに転生してしまった。
伯爵様はライトノベルのヒーローでヤンデレ属性のイケメン。
私クローディアは原作の中では彼の前妻で、彼に殺された哀れな妻役。
私はチラッとクリスの横顔を見つめる。
派手な金髪、見た目は美しい少年に見えるが一応成人済み、伯爵様とは長い付き合い。
(ラノベの中は全編ヒロインの主観だったから、クローディアに関する情報が少ないのよね。原作内では会うこともないから仕方ないんだけど……、あ、それに原作ではクリスというキャラクターも居なかったわ。変ね、こんなにキャラが立ってて超イケメンなのに)
それに伯爵様もーー。
飄々としていて何を考えているのかわからないし私に対する執着はかなり強いが、常識的だし理性的だ(原作ラノベ比)ーー。
(ラノベの中の伯爵様とはだいぶ雰囲気が違うかも)
ぼんやりしていると、突然バイオレットがくるっと私に背を向けて全力疾走した。
「あっ、バイオレット!」
中庭の向こう…従業員用の小さな出入り口の門が開いたままだった。
バイオレットはそこから屋敷の外へと逃げ出してしまった。
「待って!バイオレット!」
私は慌ててバイオレットを追った。
「あ、クローディアさん!」
クリスは叫ぶ。
私は振り返り叫んだ。
「すぐに戻るわ!」
そう言い残して私も屋敷の外へと飛び出した。
*
この林も全部伯爵家所有の土地だろう。
「バイオレット?」
林の中をだいぶ進んだ辺りでバイオレットの姿を見失ってしまった。
バイオレットの名前を何度も叫びながら10数分歩き続ける。
木漏れ日の中を恐る恐る進むとーー湖の側にひっそりとログハウスが建っていた。
「わぁ…離れの家まであったのね」
道が複雑だし熊や猪が出て危険だから林には入ってはいけないと伯爵様に言われていたので、林中に入るのは今回が初めてだった。
林の中には整備された小道が有り、管理も行き届いている。
道に迷うこともなさそうだ。
ワンワン!と犬の鳴き声がログハウスの中から聞こえた。
「バイオレット?」
ログハウスの木の扉が開いて、そこからバイオレットが私めがけて駆け寄った。
私はバイオレットを抱き締めた。
「よかった~迷子になっちゃったのかと思ったじゃない!外にでちゃダメでしょ」
「その犬はーー君の犬なの?」
ログハウスから男が出て来た。
面長の顔に銀髪のロングヘアの美しい青年は極めてラフなシャツにズボン姿で私の前に立った。
よく見ると、バイオレットの左前脚に包帯が巻かれてある。
「この怪我…」
「そこの穴に落ちて怪我してたんだ。今手当てしていたんだよ」
「あ、ありがとうございます!この子は私の犬なの、庭から逃げ出しちゃって追いかけていたんだけどーーえっと、あなたはそのログハウスに住んでる方?」
「ああ、このログハウスは私の別荘だよ。この林で狩猟をするのが私の趣味でね。休みの日はもっぱらここで過ごしているんだ」
笑顔が眩しい、物腰も柔らかくて品がある感じーー。
良い人そうだ。
「ここって、伯爵家の敷地……」
「ああ、私はオスワルド伯爵の弟のクリオスだ、普段は街の教会で牧師をやってるよ。お嬢さんは?」
伯爵様の……弟?
言われてみればどことなく面影が似ている。
結婚式は私の家族と伯爵様のごく少数の友人のみが参列した小さなものだった。
そういえば兄弟は健在だが式には出席してくれなかった。
そもそも伯爵様が招待すらしていないようで、後日祝いの品が屋敷に届けられたくらい。
「私はオスワルド伯爵様の妻クローディアです。はじめまして」
とりあえず挨拶をした。
なんだかクリオスさんは急に真顔で黙り込んでジッと私を見つめてくる。視線が痛い。
本当に美青年。
森の精霊、大天使、美しい男神の彫刻ーーそんな言葉がよく似合う、清らかな空気を纏ってる神秘的な麗しさ。
「ああ……、兄さんの奥様か。挨拶に顔も出さず、ごめんね。私は兄さんから嫌われているから」
「えっと……兄弟仲が悪いの?」
クローディアはワガママで性格は悪かったが、実兄とはそこまで仲は悪くなかった。
「……兄は伯爵家の息子、私は妾の子だった。腹違いの兄弟なんだよ」
「へえ…」
「今日、私とこうして会った事は兄さんには内緒にしてもらえないか?きっと気分を悪くさせてしまう」
「は、はい」
伯爵様の兄弟ーー。
それどころか、伯爵様ってあまり過去のお話をしてくれない。
話したくない雰囲気だったから突っ込まなかったけれど、なんだか寂しい気分になる。
「クローディア義姉さん」
「!」
ぬっーーと、目の前に整ったクリオスの顔が間近に迫って来た。
目と鼻の先で見るイケメンの顔は破壊力抜群だった。
「何?」
「日曜の昼間なら大体この家に居るから、よかったらいつでも遊びにおいで。もちろん兄さんには内緒で……ね?せっかくこうして出逢えたのは神様の導きだとは思わない?……兄さんの奥さんがこんなに綺麗でステキな女性だとは思わなかったよ。義姉さんともっと話をしてみたいな」
真っ直ぐに私の目を見つめ、甘ったるい声で囁かれ、不用意に近付かれーー自意識過剰かもしれないが、まるで私をさりげなく口説き落としに掛かっているような雰囲気に戸惑い、私は思わず後退り苦笑する。
そしてすぐに頭を深く下げた。
「すみません!それはできかねます!」
少し距離を置いて彼の目を見つめハッキリと断った。
「妻の私がーー貴方と内緒で会うなんて、オスワルド様が嫌な思いをするかもしれないじゃない?」
兄弟仲も悪いようだし、ただでさえ嫉妬深いのだから。
「せっかくお誘いいただいたのに申し訳ございません」
当たり前のことを言ったまでなのに、クリオスは酷く驚いたような顔をしていた。
私が誘いを断るとは思ってもなかったような顔。
何かまずい事でも言ったのかな?漠然と不安になる。
「ーー来週」
「はい?」
「街の教会でバザーをやるんだ、それに参加するくらいなら大丈夫かな?少しくらい、今日のように他愛のない会話をする程度なら問題ないでしょう?ーー兄の話もいろいろと聞いてみたいし……」
クリオスは儚げで寂しげな表情を浮かべる。
そんな顔を見るとこれ以上は拒絶できない。
「えっと……予定が空いていたら、お伺いするわね」
一応 伯爵様の許可を貰っておこう。
「ふふ、待ってるよ」
優しく微笑まれる。
「それでは、ありがとうございます。もう帰るわね」
私は彼に背を向けて、来た方向に向かって歩き出した。
私の後をバイオレットが追ってくる。
こんなに話しやすくてめちゃくちゃ良い人そうなのに、どうして伯爵様は彼を嫌っているんだろう。
クリオスさんなりに兄である伯爵様に歩み寄ろうとしているんだろうか?
疑問に思いながら屋敷へ続く小道を進んだーー。
☆
ーー長い銀髪が夜風に揺れる。若い牧師の男は月光を背に怪しく笑う。
彼の靴を、下着姿に乱れ髪で拘束された赤毛の女が荒い息を漏らしながら顔を紅潮させーー恍惚としながら男の鞭を乞う。
「クリオス様ぁ……ハァ…ハァ…もっと…罪深い私めに罰を……!」
「私に指図するな!雌豚が!」
どんなオンナも同じだ。
神の前で永遠の愛を誓いながら、他の男に誘惑されれば容易く移り気。
「ハハ」
くだらなすぎて笑みが漏れる。
永遠の愛?ーー馬鹿馬鹿しい……!
そんな幻想などぶち壊してやるーー。
昼間 会った女……、アレがオスワルドの妻か。
調教のし甲斐もない単純そうな女だったな。
「しかし…」
私の誘いを即答で断る女は初めてだった。
どんなに内気そうで貞淑な人妻も表面では困ったように渋りながら、期待のこもったメス丸出しの卑しい目で私を見てくるのに……。
「ふふふ」
実父の愛人だった私の母親を、軽蔑の目で見て『売女』などと罵っていたあの潔癖な兄がーー。
「もし、自分の愛しい妻が、他の男に、それも憎らしいこの私にうつつを抜かしたとしたら……?」
同じように『売女』と罵るのか?
「ふふ」
また笑みが溢れる。
「楽しみだなーーー」
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