彼福私鬼 〜あちらが福ならこちらは鬼で〜

日内凛

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第一章

第39話/眩しい世界

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  2023年6月3日(土) 10:00 唯宅からの帰り道



「めっちゃまぶしい」
外に出た黒葛は手のひらでひさしを作る。右手を額に、左手を目の下に、つまり両手で。
天から降り注ぐ日光はもちろん、地面からの照り返しも容赦なく目に突き刺さってくるからだ。
「そのうち慣れるよ。……ねぇ、大丈夫?」
さすがに単なるポーズかと思う美月だったが、そのまま歩き出した不審人物が心配になる。
「世界がこんなに眩しいなんて知らなかった」
字面だけ見れば非常にポジティブなセリフだが、長く伸ばしていた髪を切った今、痛々しいほどの日光が忌々しくて仕方がない。

また、黒葛が目を隠すようにすることにはもう一つ別の意味があった。
学校からある程度離れているとはいえ、休日に桜永美月という人とふたりきりで歩いていることが知られたら一大事である。
クラスのみんなには知られないように、隠密的に。僕は今、魔法少女である。
パパラッチを警戒する自意識過剰な自称魔法少女の一方、帰路を案内する美月の足取りは堂々としたものだった。黒葛は真横にならない程度にやや美月の斜め後ろで従者のように付き従う。
そう、美月につきまとう魔法少女兼小間使い。これでいこう。

「こっからだとバスがよさそう。祐樹んちって駅の向こうでしょ?」
「あ、うん。大きい川の向こうだから」
先日の黒葛の家を巻き込んだ地震があった場所。宝月の東の外れの方だ。もっとも黒葛は今歩いているこの場所と自宅とが相対的にどのような位置関係にあるのかを把握できないでいた。
先日アタマがオカシイことになっていたとき、下校する唯をつけ回してこの辺りまで来たはずだが、薄暗い夕暮れ時と太陽の高い今の時間とではあたりの雰囲気も異なる。
加えて黒葛は筋金入りの方向オンチだった。デパートや商業施設の中に入ったが最後、そのフロアから脱出できなくなるほどである。それも同化によって多少マシになっていると思われるが、そもそも土地鑑がないのでしょうがない。

少し光に慣れてきた黒葛はひさしを片手バージョンに切り替え、半歩分ほど前を歩く美月へ声をかける。
「美月さん、昨日言ってた……ひっかかることってさ、何なの?」
昨晩寝る前に美月が言いかけていたことだった。これから寝ようというときに不穏なことを言うものだから、無理な寝相も相まってどうも夢見が悪かったような気がしなくもない。
「ああ、あれね。うーん」
美月は少し頭の後ろを掻き、チラと横目を黒葛へ流す。
「祐樹から見て、昨日の唯ってどんな印象だった?」
「どんなって……」
「ああ、私と同化する前と後とで、唯の印象違ったりした?」
やっぱりそれか、と思う黒葛。そしてそれは美月が本当にひっかかっていることの前段の話題に違いないとも思う。
「……僕も変だとは思ってた。というか、唯ちゃんと同化する前の僕の感じと少し似ていた」

暴走する唯に翻意を促そうと、彼女の意識の深いところで対峙したとき。
唯は美月を手にいれるという目的にためには手段を選ばず、そして明らかに視野狭窄にあった。いみじくも自分の介入が唯にとっての意識の葛藤として働いたといえるが、甲斐なく唯により眠らされた。
眠らされた? 何だそれ。どんな特技だよ。

「家を空けるのに、おうちの人に催眠術みたいなことまでして……いや、私も唯のこと全然知らないと思ってるけど、さすがに、ね」
夢の国パークへ、というのがいかにも象徴的だ。自分が体を溶かすという妙な特技を知らず知らず発揮できるようになったように、唯もまた妙なことができるようになったのかもしれない。しかし先ほどの話し合いの中で本人からそれにまつわる申告はなかったし、だからといって何か隠すような態度もなかった。フェロモン的なるものの応用なのだろうが、人の行動にそこまで干渉できるものだろうか? おそらく、唯としては無自覚なのかもしれない。

「……今の唯ちゃんが、違う唯ちゃんだって、美月さんには見えるの?」
「や、昨日は変だったけど、私とその……同化したあとは、私の知ってる唯って感じ。でもどっちもやっぱり唯なんだろうなー」
あのとき唯と対峙した黒葛には分かる。暴走をしていたが、あれは紛れもない唯自身だったのだろう。でなければ、黒葛自身が自分を疑わなければいけなくなる。何しろ三人の中で一番変化をしているのはほかならぬ自分だからだ。
それでも自分が自分であるというこの意識はずっと連続してあり続けている。と思っている。思っているだけだが、ほかに証明のしようがない。自分を自分たらしめているものは、一体なんなんだろう。なにを根拠に?

「私は……私だよね」
俯いた美月は自分の影に話しかけるようだった。
「祐樹は……分かんないよね、私が変わったか、とか」
「うん、分からない……。けど、美月さんは美月さんのままだってことは、何となく感じるから、大丈夫だと、思う」
ひどい“証明”だった。
その頼りない黒葛の言葉に、美月は小さく吹き出す。
「何それ。『私のゴーストが囁く』みたいに言うじゃん」
「美月さんに変なこと覚えさせてしまったね……」
いかにも自分から輸入したであろうその言い回しに黒葛は眉間をしかめつつ苦笑する。
「いや、ありがとう。祐樹がそう言うなら信じるよ。恋人だからね」
黒葛は、ボン!と顔に血圧が上がったのが分かった。
この人の“攻撃”は瞬発力がとても高い。早く慣れないと血管にダメージが入って老後は動脈硬化まっしぐらだが、本当に慣れるのだろうか。
老後。ふと黒葛は想像の及ばない、想像したことさえないその未知の世界を意識する。

——僕は、自分たちは果たして歳をとるのだろうか? いや、老後以前に様々な人生のイベントがあるはずだ。そう、例えば——

ふと美月の横顔を見たとき、美月のすらりとした腕が前方へと伸びた。
「このまま南に行ったら大きい通りに出て、そこにバス停があるから駅のほうに行けるよ」
黒葛はそこで初めて指を差す方向が南であるということを知る。
「ありがとう。……まだ全然この町のこと、分かってなくて……」
地図アプリをスマホごと回転させて首を傾げる黒葛を見て美月は正面を向いたまま呟く。
「……明日さ、予定ある?」
「あるように見えてたら嬉しい」
コミュニケーション能力が向上したことでちょっと気の利いた答え方をしたつもりだったが、我ながらかなりうざったるい言い回しだと思った。 
「なかなか言うじゃん。連れて行きたいとこがあるんだけど、いい?」
「え……う、うん、ぜひ」
願ってもないことだった。今日は早くも解散してしまうことになったが、明日も続けて大好きな人に会えるなんて。
「またこっちの方に来てもらうことになるけど……また連絡するよ。唯にも予定聞いとくね」
飛び上がりそうだった。なんと二人ともに会えるなんて。
「あ、ありがとう。どこ行くの?」
「それは来てからのおたのしみ」
プイ、と顔を背ける美月。
一体どこへ連れて行かれるというのだろう。
黒葛は周囲をキョロキョロと見渡すがおよそエンタメ施設はおろかコンビニも見当たらない住宅街だ。いや、閑静な住宅街の中に実はひっそりと“オトナの城”があったりして。
海綿体が血液を所望する気配を察して黒葛は意識を青い空の彼方へと飛ばした。
ああ、空が青いって、空に太陽があるって素晴らしい。

「んじゃ、この辺でいい? 私唯手伝わないとだし」
「うん、ありがとう。このまままっすぐだね」
美月は足を止め、黒葛へ向き直った。
篤く、潤みのある瞳が黒葛の目を見据え、しかしその視線はすぐに黒葛から外れて地面を泳ぐ。
「……もしよ、なんか思いつめたら、すぐ連絡してよ。……もう祐樹ひとりじゃないから、祐樹ひとりの体じゃないんだからね」
そう言って軽く握ったこぶしを掲げ、それを見た黒葛はグータッチで応答した。
破顔し、いつもの笑顔を浮かべた美月はじゃね、と身を翻す。
少し遅れてその背中を黒葛の声が追いかける。
「美月さんも、なんかおかしい感じがしたら、僕でも、唯ちゃんでも……!」
聞こえたか聞こえてないのか、笑顔を残したまま手を振りあっという間に走り去って行ってしまった。
一人になった黒葛はついクセでポケットのスマホを触ろうとして肝心なことに気付く。
「僕、美月さんの連絡先知らない……」

まぁ、唯ちゃんに聞けばいいか。
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