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第一章
第32話/変身黒葛
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2023年6月2日(金) 21:30 唯自宅
唯の自宅に戻った二人は玄関を開け、その場で硬直し、絶句した。
「やっぱ……変かな……」
短くなった髪の毛を摘みねじる黒葛は玄関入り口を一瞥し、そしてすぐにまた目を伏せた。
「……これ、戻せるかな」
髪の毛の一部が泥化しかかるのを見て、唯と美月がほとんど同時に声を上げる。
「「いやすごくいいよ!」」
大好きな二人の声のステレオに一瞬のうちに黒葛の首から上が赤くなった。
「言ったら、切ってあげたのに……」
美月は肩をすくめながらも、嬉しそうに微笑む。
唯も、表情が見えて前よりずっといいよ、と続けた。
黒葛は二人を待つ間、セルフで散髪をしていたのだった。
ろくに手入れもせず伸ばしっぱなしだった髪の毛は特に先端が痛み、クセのない髪質ゆえか余計にそれが目立って見えていた。
極めつけは前髪だった。
伸び切った挙句簾のように顔面を覆う様は、もはや井戸から這い出る妖怪の類を連想させた。
それが校則的にも模範とされるレベルのショートカットへ変貌し、前髪は眉毛にかかるかどうかという程度の長さになっている。
ところどころで切り残しやアンバランスな箇所もあるが、全体的としては丁寧な盆栽だった。
そのあまりの変貌ぶりは、唯と美月という黒葛に対して特別な認識ができる二人でなければ、ただの空き巣として通報されていたかもしれないほどだっただろう。
「唯ちゃん、洗面所借りちゃってごめん……髪がなかなか散らばっちゃって」
「ううん、いいよいいよ。てか……」
唯は黒葛を見上げてあることに気がついた。
「祐樹くん、背、伸びた?」
「私も思った! それ!」
すかさず美月も続いた。
「美月ちゃんと同じくらいじゃない?」
キョロキョロと二人の頭頂部を見比べてみる唯。
美月はどうも所在なさげな黒葛にぐいと寄りかかり、頭を突き出した。
「祐樹、身長いくつ? 私174だけど」
たっか──という声が舌の上にまで来たところで口を閉じた唯だったが、「t」の音くらいは出たような気がする。
高いと思ってたけどそんなに?
しかし、先ほど夜道で身長差が27センチメートルと言っていたので、確かにこれが答え合わせだった。
「春に測ったときは、確か171」
「うそでしょ!?」
唯が今度こそちゃんと発声し切った。
「160ちょい……くらいだと思ってた」
美月の言葉に唯もうんうんと激しく頷く。
確かに174センチメートルの美月より若干低いくらいで、ほとんど変わりがないように見える。
「姿勢、かな、多分。うん、ね、祐樹さ、猫背だったでしょ?」
「え、うん。あれ?」
黒葛は自分の背中に手を回し、上下にさすってみて驚いた。
背骨が、治ってる。反り腰も、ストレートネックも。
「これは……美月ちゃんの影響じゃない?」
「私!? いや、でも──」
美月は腰と背中に手を当ててみるが、自分の姿勢に変化はないようだった。
混ざり合ったとはいえ、足して2で割るとかそういうことではないのかもしれない。
遺伝の顕性とか潜性とか、そういうアレだろうか?
「昨日の時点で……前よりも、多分ましになってたのかも、今覚えば」
口に手を当てた黒葛は、自分から見える世界の高さの変化に思いを馳せる。
「じゃ、私たちの……?」
唯もやや腰痛気味だった腰を叩く。今は人外化した影響ですっかり治っているが心なしか姿勢が良くなっている気がした。
つまり、美月ほどは姿勢が良くはないが常識的な範囲にある唯と、骨格標本にされるレベルの美月を吸収した結果、姨捨の老婆もびっくりな二重にてゐたる弩級の猫背が治ってしまったということになる。
しかし、ならば唯は釈然としない。
「私も背、伸びてもいいのになぁ~」
踵を目いっぱい上げてみるが、まるで二人には届かない。
「祐樹は特別なのかもね~、ほら私たちはドロドロになれないじゃん」
ピコピコ背伸びをする頭を美月が撫でてあげていると、突然唯が大あくびを上げた。
「唯、眠いの?」
「う~ん、なんか数日いろいろあったからかな……もうけっこう限界かも……」
あくびをスイッチに、急に電池が切れかかったおもちゃのように呂律と動作が緩慢になる唯。
「唯ちゃん、大丈夫なの?」
黒葛はここ数日、永久機関を搭載しているかのごとく絶倫であり続けた唯を見ているので不安になるが、しかしそれゆえ当然と言えば当然なのかもしれなかった。
「ちょっと先に休むからお風呂適当に使ったりしててね……あと、美月ちゃんもちゃんと祐樹くんとたのしんで」
あくびを交えながら、2階へとのそのそと上がっていく唯。
家主不在のリビングに黒葛と美月が取り残された。
顔を見合わせた二人は目をぱちぱちとさせ、そして美月がふっと破顔する。
「とりあえず、髪整えよっか」
唯の自宅に戻った二人は玄関を開け、その場で硬直し、絶句した。
「やっぱ……変かな……」
短くなった髪の毛を摘みねじる黒葛は玄関入り口を一瞥し、そしてすぐにまた目を伏せた。
「……これ、戻せるかな」
髪の毛の一部が泥化しかかるのを見て、唯と美月がほとんど同時に声を上げる。
「「いやすごくいいよ!」」
大好きな二人の声のステレオに一瞬のうちに黒葛の首から上が赤くなった。
「言ったら、切ってあげたのに……」
美月は肩をすくめながらも、嬉しそうに微笑む。
唯も、表情が見えて前よりずっといいよ、と続けた。
黒葛は二人を待つ間、セルフで散髪をしていたのだった。
ろくに手入れもせず伸ばしっぱなしだった髪の毛は特に先端が痛み、クセのない髪質ゆえか余計にそれが目立って見えていた。
極めつけは前髪だった。
伸び切った挙句簾のように顔面を覆う様は、もはや井戸から這い出る妖怪の類を連想させた。
それが校則的にも模範とされるレベルのショートカットへ変貌し、前髪は眉毛にかかるかどうかという程度の長さになっている。
ところどころで切り残しやアンバランスな箇所もあるが、全体的としては丁寧な盆栽だった。
そのあまりの変貌ぶりは、唯と美月という黒葛に対して特別な認識ができる二人でなければ、ただの空き巣として通報されていたかもしれないほどだっただろう。
「唯ちゃん、洗面所借りちゃってごめん……髪がなかなか散らばっちゃって」
「ううん、いいよいいよ。てか……」
唯は黒葛を見上げてあることに気がついた。
「祐樹くん、背、伸びた?」
「私も思った! それ!」
すかさず美月も続いた。
「美月ちゃんと同じくらいじゃない?」
キョロキョロと二人の頭頂部を見比べてみる唯。
美月はどうも所在なさげな黒葛にぐいと寄りかかり、頭を突き出した。
「祐樹、身長いくつ? 私174だけど」
たっか──という声が舌の上にまで来たところで口を閉じた唯だったが、「t」の音くらいは出たような気がする。
高いと思ってたけどそんなに?
しかし、先ほど夜道で身長差が27センチメートルと言っていたので、確かにこれが答え合わせだった。
「春に測ったときは、確か171」
「うそでしょ!?」
唯が今度こそちゃんと発声し切った。
「160ちょい……くらいだと思ってた」
美月の言葉に唯もうんうんと激しく頷く。
確かに174センチメートルの美月より若干低いくらいで、ほとんど変わりがないように見える。
「姿勢、かな、多分。うん、ね、祐樹さ、猫背だったでしょ?」
「え、うん。あれ?」
黒葛は自分の背中に手を回し、上下にさすってみて驚いた。
背骨が、治ってる。反り腰も、ストレートネックも。
「これは……美月ちゃんの影響じゃない?」
「私!? いや、でも──」
美月は腰と背中に手を当ててみるが、自分の姿勢に変化はないようだった。
混ざり合ったとはいえ、足して2で割るとかそういうことではないのかもしれない。
遺伝の顕性とか潜性とか、そういうアレだろうか?
「昨日の時点で……前よりも、多分ましになってたのかも、今覚えば」
口に手を当てた黒葛は、自分から見える世界の高さの変化に思いを馳せる。
「じゃ、私たちの……?」
唯もやや腰痛気味だった腰を叩く。今は人外化した影響ですっかり治っているが心なしか姿勢が良くなっている気がした。
つまり、美月ほどは姿勢が良くはないが常識的な範囲にある唯と、骨格標本にされるレベルの美月を吸収した結果、姨捨の老婆もびっくりな二重にてゐたる弩級の猫背が治ってしまったということになる。
しかし、ならば唯は釈然としない。
「私も背、伸びてもいいのになぁ~」
踵を目いっぱい上げてみるが、まるで二人には届かない。
「祐樹は特別なのかもね~、ほら私たちはドロドロになれないじゃん」
ピコピコ背伸びをする頭を美月が撫でてあげていると、突然唯が大あくびを上げた。
「唯、眠いの?」
「う~ん、なんか数日いろいろあったからかな……もうけっこう限界かも……」
あくびをスイッチに、急に電池が切れかかったおもちゃのように呂律と動作が緩慢になる唯。
「唯ちゃん、大丈夫なの?」
黒葛はここ数日、永久機関を搭載しているかのごとく絶倫であり続けた唯を見ているので不安になるが、しかしそれゆえ当然と言えば当然なのかもしれなかった。
「ちょっと先に休むからお風呂適当に使ったりしててね……あと、美月ちゃんもちゃんと祐樹くんとたのしんで」
あくびを交えながら、2階へとのそのそと上がっていく唯。
家主不在のリビングに黒葛と美月が取り残された。
顔を見合わせた二人は目をぱちぱちとさせ、そして美月がふっと破顔する。
「とりあえず、髪整えよっか」
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