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第一章
第29話/ふたりの家路
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2023年6月2日(金) 20:00 唯宅→美月宅
「祐樹には悪いけど、いきなり男連れて帰ったら、ね」
外はすっかり夜だった。
夜道には帰路を急ぐ人やランニングをする人たちの足音が響く。
空に浮かぶ満月にほど近い月が、街灯の明かりとともに辺りを照らしている。
「私も美月ちゃんのおうち、久しぶりすぎて緊張するよ……」
「そお? もう自分の家に帰る感覚じゃないの?」
優しく微笑みかける笑顔は、唯には空に浮かぶ月よりも明るく感じられた。
唯は確かに緊張している。
ひとつには恋人と並んで歩くということは、彼女にとって初めての体験だからだ。
昨日も今日も、黒葛とは幾度となく情事に耽ることはあっても、それは都度申し合わせての逢瀬だった。
それにもうひとつ。
今は晴れて恋人となった美月と一緒に、“帰宅”している。
なぜなら今自分のいくらかは美月でもあるからだ。
「自分の家……そう、なのかな。変な感じだね、なんか」
何年ぶりかになる桜永家だ。
おじさん、おばさんは自分のことを覚えているものなのだろうか。
美月の弟たちもすっかり変わっているのだろう。緊張しないわけがない。
しかし一方で、足が向かう先に安らげる場所があると身体が理解しているのだろうか。
好きな人と肩を並べ歩いているという状況を差し引いても、どこか足取りが軽くもある。
「……ね、唯」
「ん?」
美月が珍しく言葉を溜める。
さっきまで満月のようだった顔は影で暗くなっているが、今の唯の特別な視力では表情が分かってしまう。美月は恥ずかしそうに唇を震わせて──
「手、……つないでいい?」
適度にウォームアップをしてた唯の心臓の鼓動が、アクセル全開の急加速をする。
一瞬だけ、吐き気を催した。
喜びのメーターが一瞬にて臨界点を超えるとき、人は心臓を吐き出しそうになるのだ。
唯は、自分から恋人の手をとることで返事とした。
大きな手だ。
磁器のような肌理で包まれた手の甲には力強さが感じられる一方、手のひら側の肉は柔らかく、どこまでも優しく唯の手を埋めていく。
さっきまで互いの指を絡め合い、何度も感触を確かめ合ったはずなのに新鮮な感触だ。
美月も右手に繋がれた小さな手をつぶさに観察するように、重ねた手を少しずらしてみたり、何とはなしに指を動かしてみたりする。
しばらくの間、沈黙がふたりの間を流れる。
遠くでバイクの排気音が聞こえた。
「私、手汗すごいよね……ごめん」
沈黙を破ったのは美月だった。
「ううん、代謝がいいんだよ美月ちゃんは。私はねぇ……なんか子どものお守りしてる気持ちにならない?」
自嘲的に笑う唯の手が、ぎゅっと強めに握られる。
「もー! お守りで、こんな手汗かかないから! ……私もドキドキしてるんだって」
手のひらが熱を帯びている。美月が、ではなく。きっとどっちも。じんわりとした汗は唯側からも滲んでいるはずだ。
二人の汗が互いの熱を伝え合っても、二つの手のひらの温度が均等になって熱を感じなくなるということはなかった。さらに新しい熱が、手の中から、体内から押し上げてくる。
「なんか……懐かしいね。子どもの頃はよく手を繋いでたけど」
「美月ちゃんに引っ張られてばっかりだったけどね」
そうだっけ、と笑う美月。
でも確かに、思い返そうとするとそんな場面ばかりが思い浮かぶ。
運動会で転んで泣いてしまった唯をゴールまで引っ張ったときのこと。
虫取りするからと無理やり家から引っ張り出したときのこと。
お手製の秘密基地に連れて行ったときのこと……。
今は恋人として、隣同士で並んで手を繋いでいるというのが、感慨深くもあり不思議だ。
しかしそれより何よりも、単純にとても嬉しい。
頬が緩んだところで美月は恋人からの呼びかけを聞いた。
「ん? どしたの?」
「美月ちゃんが車道側で、いいの?」
歩行者右側通行の道路を歩く二人は、車道側から美月、唯の並びとなっていた。
美月は特に何かを意識したわけではない。
これまでもいつも二人が並んで歩く際は大体がこの形になっていた。
「あ、なんかいつものクセでつい……。なんで?」
「ほら、よくデートでさ、彼氏が車道側とかっていうじゃない?」
初耳だった。
何? そんなルールあるの?
「知らない知らない! そうなの? てか唯よく知ってんね~」
「まぁ……本で読んだ、だけなんだけど。そういうのを自然にできる男の人がなんか、かっこいいみたいな描写とかたまにあって」
そう言われてみると、確かに進んで車道側を歩いていたような気がしなくもない、と思う。
万が一仮に自転車なり自動車なりが突っ込んできそうになっても、自惚れではなく事実として唯よりは助かる可能性は高いだろう。
本能的なものだと思うが、そういう理由だったのだろうか?
でもこういうので恋愛ポイントが加点されるの? なにそれめんど。
「知らなかったけど……なんか大変だね、恋愛って」
美月がため息とともに肩を落としたことが腕を伝って唯にも分かった。
「私はねー、すごく嬉しかったんだよ。かっこいいなって」
すぐに美月の肩が引き上がったのを感じて唯はそっと吹き出した。
「そ、そう? ならいいけど! じゃ私車道で!」
照れ隠しに股を広げ気味に歩いてみる。
「……さっきさ、ね、ほら、エッチしてたときにね」
唯が恥ずかしそうにポツポツと言葉を紡ぐ。
「美月ちゃん、ゆ、『唯の女になる』って言ってくれたじゃない」
手のひらの隙間から熱い蒸気が吹き出した。もちろん美月側から発生したものだ。
「あっ! あれは、ね! ほら! なんかその、うん、そうだけど……!」
思い出して激しく狼狽する美月。
あの空間、あの状況で人間として正気を保てる人は果たしているだろうか。
それでも意志を持ち、自ら言葉を発する精神力を持ち続けた美月は自分を誇っていい。
美月の様子に、少し意地悪な顔を浮かべる唯。
「じゃ、美月ちゃんが彼女で、私が彼氏ってこと?」
その問いに、スッと美月の頭が冷静になる。
これは──命題……!
数学的思考モードに切り替わった瞬間だった。
私は女である。唯は女である。社会通念上は。
そしてその二人は恋人関係にある。恋人関係が定義するところでは女は──
「ねぇねぇ、なんか難しいこと考えてない?」
思いがけず美月の変なスイッチに触れてしまったことに気付いた唯は、悪い笑みを苦笑に変える。
「私って美月ちゃんから見て彼氏って感じ?」
唯の姿を改めて見てみる。
ぽてぽて歩く、おめめの優しい幼馴染。
かわいい。好き。大好き。なにこの尊い生き物。
「彼氏……って、いたことないからピンとこないなぁ……。唯は彼氏がいい?」
「私はね……、うん、彼氏とか彼女とかっていうよりも“恋人”が一番しっくりくるかな」
恋人。
改めて言葉にすると胸が優しく、満たされる気持ちになる。
唯、美月ともにそれぞれ同じ思いを感じていた。
「そうだね。恋人、だね。唯は私の恋人」
「美月ちゃんは私の恋人」
足を止め、互いを見つめ合う。
電柱の影で光が届かないが、二人には互いの表情がはっきりとよく見えていた。
繋いでいた手のひらを鏡合わせのように合わせ、互いの指を一本一本絡めていく。
美月の肩に掛けていた通学バッグが地面に落ちる。
唯の腰に美月のもう片方の手が回り、小さな身体を抱き寄せた。
一連の動作の間、二人は瞬きをすることなく、互いの潤んだ瞳を見つめ続けた。
夜空を仰ぎ、踵を少し持ち上げた唯は、愛しい人の唇を待つ。
美月の腕は唯の腰から背中、肩を撫で伝い、そのまま手のひらで側頭部を優しく包む。
顎を引いた美月は、ゆっくりと顔を下ろしながら唇を重ねた。
ふに、という感触を感じ、一度顔を離す。
美月は、恋人の蕩けた顔に微笑み、後頭部に回した手を引き寄せながら再びキスをする。
唯の頭は、脳は後ろと前両方からの抱擁で幸福感に包まれる。
唯も空いた腕を美月の背中に回しつつ、踵をより持ち上げることで恋人を一層求める。
押し合うほどに熱を帯び、蕩けた唇はますます柔らかく、どちらからともなく差し出したお互いの舌の先端同士が触れ合ったところで美月が唇を離した。
舌と舌を結んだ粘糸が切れ、唯が物欲しそうにそれを舐め取る。
「……これ以上やったら……ね、もっとしたくなっちゃうから」
美月が顔を上気させながら苦笑いを浮かべた。
「うん……」
唯は美月から身体を離すと、お腹と胸に夜風の涼しさを感じた。
密着した箇所に汗が滲んでいる。
「背……低すぎるよね、私……」
地面につけた踵を上げ下げしながらポツリとアスファルトの闇に言葉を落とす。
「12センチ、なんだって」
「12センチ?」
「えと……キ……キス、するのにいい身長差……」
恋愛にまつわるあれこれをよく知っているものだと美月は感心する。
唯は意外にミーハーというか、“型”のようなものを気にするタイプなのかもしれない。
「今は……27センチ差か」
目測した唯の身長と、自分の身長を比較する。
頭一個分と、少し。
美月は一年で15センチメートル伸びたことがある。
自分はともかく、唯には伸び代しかないのだから。
「すぐ追いつくよ。ううん。追いつかなくても、私が合わせるから大丈夫」
唯の頭を撫でる。唯は幸せそうに目を閉じ、そのグルーミングに甘んじる。
簡単に撫でてもらえる位置に頭があるのだろう。
だけど、もう少し違う景色も見てみたい、と唯は思う。
ヒールなんて柄じゃないけど、ちょっとは美月ちゃんに近づいたりするのかな。
「もう家、近いから寄り道せず帰っちゃおうね」
カバンを拾い、再び唯の手を取る美月。
「うん……!」
「また、あとで……」
美月が言葉を詰まらせるが、何を言わんとするかが分かっている唯が言葉を引き取る。
「うん、いっぱいしようね」
「祐樹には悪いけど、いきなり男連れて帰ったら、ね」
外はすっかり夜だった。
夜道には帰路を急ぐ人やランニングをする人たちの足音が響く。
空に浮かぶ満月にほど近い月が、街灯の明かりとともに辺りを照らしている。
「私も美月ちゃんのおうち、久しぶりすぎて緊張するよ……」
「そお? もう自分の家に帰る感覚じゃないの?」
優しく微笑みかける笑顔は、唯には空に浮かぶ月よりも明るく感じられた。
唯は確かに緊張している。
ひとつには恋人と並んで歩くということは、彼女にとって初めての体験だからだ。
昨日も今日も、黒葛とは幾度となく情事に耽ることはあっても、それは都度申し合わせての逢瀬だった。
それにもうひとつ。
今は晴れて恋人となった美月と一緒に、“帰宅”している。
なぜなら今自分のいくらかは美月でもあるからだ。
「自分の家……そう、なのかな。変な感じだね、なんか」
何年ぶりかになる桜永家だ。
おじさん、おばさんは自分のことを覚えているものなのだろうか。
美月の弟たちもすっかり変わっているのだろう。緊張しないわけがない。
しかし一方で、足が向かう先に安らげる場所があると身体が理解しているのだろうか。
好きな人と肩を並べ歩いているという状況を差し引いても、どこか足取りが軽くもある。
「……ね、唯」
「ん?」
美月が珍しく言葉を溜める。
さっきまで満月のようだった顔は影で暗くなっているが、今の唯の特別な視力では表情が分かってしまう。美月は恥ずかしそうに唇を震わせて──
「手、……つないでいい?」
適度にウォームアップをしてた唯の心臓の鼓動が、アクセル全開の急加速をする。
一瞬だけ、吐き気を催した。
喜びのメーターが一瞬にて臨界点を超えるとき、人は心臓を吐き出しそうになるのだ。
唯は、自分から恋人の手をとることで返事とした。
大きな手だ。
磁器のような肌理で包まれた手の甲には力強さが感じられる一方、手のひら側の肉は柔らかく、どこまでも優しく唯の手を埋めていく。
さっきまで互いの指を絡め合い、何度も感触を確かめ合ったはずなのに新鮮な感触だ。
美月も右手に繋がれた小さな手をつぶさに観察するように、重ねた手を少しずらしてみたり、何とはなしに指を動かしてみたりする。
しばらくの間、沈黙がふたりの間を流れる。
遠くでバイクの排気音が聞こえた。
「私、手汗すごいよね……ごめん」
沈黙を破ったのは美月だった。
「ううん、代謝がいいんだよ美月ちゃんは。私はねぇ……なんか子どものお守りしてる気持ちにならない?」
自嘲的に笑う唯の手が、ぎゅっと強めに握られる。
「もー! お守りで、こんな手汗かかないから! ……私もドキドキしてるんだって」
手のひらが熱を帯びている。美月が、ではなく。きっとどっちも。じんわりとした汗は唯側からも滲んでいるはずだ。
二人の汗が互いの熱を伝え合っても、二つの手のひらの温度が均等になって熱を感じなくなるということはなかった。さらに新しい熱が、手の中から、体内から押し上げてくる。
「なんか……懐かしいね。子どもの頃はよく手を繋いでたけど」
「美月ちゃんに引っ張られてばっかりだったけどね」
そうだっけ、と笑う美月。
でも確かに、思い返そうとするとそんな場面ばかりが思い浮かぶ。
運動会で転んで泣いてしまった唯をゴールまで引っ張ったときのこと。
虫取りするからと無理やり家から引っ張り出したときのこと。
お手製の秘密基地に連れて行ったときのこと……。
今は恋人として、隣同士で並んで手を繋いでいるというのが、感慨深くもあり不思議だ。
しかしそれより何よりも、単純にとても嬉しい。
頬が緩んだところで美月は恋人からの呼びかけを聞いた。
「ん? どしたの?」
「美月ちゃんが車道側で、いいの?」
歩行者右側通行の道路を歩く二人は、車道側から美月、唯の並びとなっていた。
美月は特に何かを意識したわけではない。
これまでもいつも二人が並んで歩く際は大体がこの形になっていた。
「あ、なんかいつものクセでつい……。なんで?」
「ほら、よくデートでさ、彼氏が車道側とかっていうじゃない?」
初耳だった。
何? そんなルールあるの?
「知らない知らない! そうなの? てか唯よく知ってんね~」
「まぁ……本で読んだ、だけなんだけど。そういうのを自然にできる男の人がなんか、かっこいいみたいな描写とかたまにあって」
そう言われてみると、確かに進んで車道側を歩いていたような気がしなくもない、と思う。
万が一仮に自転車なり自動車なりが突っ込んできそうになっても、自惚れではなく事実として唯よりは助かる可能性は高いだろう。
本能的なものだと思うが、そういう理由だったのだろうか?
でもこういうので恋愛ポイントが加点されるの? なにそれめんど。
「知らなかったけど……なんか大変だね、恋愛って」
美月がため息とともに肩を落としたことが腕を伝って唯にも分かった。
「私はねー、すごく嬉しかったんだよ。かっこいいなって」
すぐに美月の肩が引き上がったのを感じて唯はそっと吹き出した。
「そ、そう? ならいいけど! じゃ私車道で!」
照れ隠しに股を広げ気味に歩いてみる。
「……さっきさ、ね、ほら、エッチしてたときにね」
唯が恥ずかしそうにポツポツと言葉を紡ぐ。
「美月ちゃん、ゆ、『唯の女になる』って言ってくれたじゃない」
手のひらの隙間から熱い蒸気が吹き出した。もちろん美月側から発生したものだ。
「あっ! あれは、ね! ほら! なんかその、うん、そうだけど……!」
思い出して激しく狼狽する美月。
あの空間、あの状況で人間として正気を保てる人は果たしているだろうか。
それでも意志を持ち、自ら言葉を発する精神力を持ち続けた美月は自分を誇っていい。
美月の様子に、少し意地悪な顔を浮かべる唯。
「じゃ、美月ちゃんが彼女で、私が彼氏ってこと?」
その問いに、スッと美月の頭が冷静になる。
これは──命題……!
数学的思考モードに切り替わった瞬間だった。
私は女である。唯は女である。社会通念上は。
そしてその二人は恋人関係にある。恋人関係が定義するところでは女は──
「ねぇねぇ、なんか難しいこと考えてない?」
思いがけず美月の変なスイッチに触れてしまったことに気付いた唯は、悪い笑みを苦笑に変える。
「私って美月ちゃんから見て彼氏って感じ?」
唯の姿を改めて見てみる。
ぽてぽて歩く、おめめの優しい幼馴染。
かわいい。好き。大好き。なにこの尊い生き物。
「彼氏……って、いたことないからピンとこないなぁ……。唯は彼氏がいい?」
「私はね……、うん、彼氏とか彼女とかっていうよりも“恋人”が一番しっくりくるかな」
恋人。
改めて言葉にすると胸が優しく、満たされる気持ちになる。
唯、美月ともにそれぞれ同じ思いを感じていた。
「そうだね。恋人、だね。唯は私の恋人」
「美月ちゃんは私の恋人」
足を止め、互いを見つめ合う。
電柱の影で光が届かないが、二人には互いの表情がはっきりとよく見えていた。
繋いでいた手のひらを鏡合わせのように合わせ、互いの指を一本一本絡めていく。
美月の肩に掛けていた通学バッグが地面に落ちる。
唯の腰に美月のもう片方の手が回り、小さな身体を抱き寄せた。
一連の動作の間、二人は瞬きをすることなく、互いの潤んだ瞳を見つめ続けた。
夜空を仰ぎ、踵を少し持ち上げた唯は、愛しい人の唇を待つ。
美月の腕は唯の腰から背中、肩を撫で伝い、そのまま手のひらで側頭部を優しく包む。
顎を引いた美月は、ゆっくりと顔を下ろしながら唇を重ねた。
ふに、という感触を感じ、一度顔を離す。
美月は、恋人の蕩けた顔に微笑み、後頭部に回した手を引き寄せながら再びキスをする。
唯の頭は、脳は後ろと前両方からの抱擁で幸福感に包まれる。
唯も空いた腕を美月の背中に回しつつ、踵をより持ち上げることで恋人を一層求める。
押し合うほどに熱を帯び、蕩けた唇はますます柔らかく、どちらからともなく差し出したお互いの舌の先端同士が触れ合ったところで美月が唇を離した。
舌と舌を結んだ粘糸が切れ、唯が物欲しそうにそれを舐め取る。
「……これ以上やったら……ね、もっとしたくなっちゃうから」
美月が顔を上気させながら苦笑いを浮かべた。
「うん……」
唯は美月から身体を離すと、お腹と胸に夜風の涼しさを感じた。
密着した箇所に汗が滲んでいる。
「背……低すぎるよね、私……」
地面につけた踵を上げ下げしながらポツリとアスファルトの闇に言葉を落とす。
「12センチ、なんだって」
「12センチ?」
「えと……キ……キス、するのにいい身長差……」
恋愛にまつわるあれこれをよく知っているものだと美月は感心する。
唯は意外にミーハーというか、“型”のようなものを気にするタイプなのかもしれない。
「今は……27センチ差か」
目測した唯の身長と、自分の身長を比較する。
頭一個分と、少し。
美月は一年で15センチメートル伸びたことがある。
自分はともかく、唯には伸び代しかないのだから。
「すぐ追いつくよ。ううん。追いつかなくても、私が合わせるから大丈夫」
唯の頭を撫でる。唯は幸せそうに目を閉じ、そのグルーミングに甘んじる。
簡単に撫でてもらえる位置に頭があるのだろう。
だけど、もう少し違う景色も見てみたい、と唯は思う。
ヒールなんて柄じゃないけど、ちょっとは美月ちゃんに近づいたりするのかな。
「もう家、近いから寄り道せず帰っちゃおうね」
カバンを拾い、再び唯の手を取る美月。
「うん……!」
「また、あとで……」
美月が言葉を詰まらせるが、何を言わんとするかが分かっている唯が言葉を引き取る。
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