彼福私鬼 〜あちらが福ならこちらは鬼で〜

日内凛

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第一章

第25話/唯と美月:3

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  2023年6月2日(金) 19:00 唯の部屋
  ※性描写注意



荒々しく猛った唯の肉の棒はすっかりと意気消沈し、もはや大きめのクリトリスという程にまで萎んでしまっている。

これが俗に言う“賢者タイム”というものなのだろうか。

その言葉自体、黒葛と交わる以前から知っていたものの、あらゆる意味で自分には縁のない現象だと思っていた。
男性がオーガズムに達したあと、急激に興奮が冷め煩悩が晴れる現象、らしい。
悟りを開いたかのように思考が冷静になり、また欲に溺れた自己を嫌悪してしまうことからその名が付いたという。
唯も美月を想いながら自慰行為に耽った後、罪悪感と惨めな気持ちで自己嫌悪に陥ることはあったが、今ほどの気持ちの落差を味わったことはなかった。

突然の美月の豹変に面食らったからだろうか?
その美月は唯の胸に倒れ込んで気を失い、今はベッドの上で長い身体を横たえている。唯の耳にまで届いた激しい拍動も落ち着き、呼吸も表情も至って穏やかだ。
時折、瞼の下の眼球がコロコロと動いているのは何か夢でも見ているのだろうか。

美月が気を失いどれくらい経っただろう。5分か15分か。
このまま目を覚まさないということはないだろうか。


唯はひとり、部屋に取り残されていた。
先ほども同じ状況にはなった。
美月に感覚を狂わせる飲料を差し出し、加減を見誤って気絶させてしまったそのとき、自分は何をしただろうか。
気を失った美月をベッドに運んだ後、体内に潜ませていた黒葛を呼び出して美月が目覚めるまでの間、情事に耽っていた。

どうか、していた。

それ以前に、それに至るまで自分は一体何をした?
そして今、一体何をしているんだろう?

唯は指先で美月の肌を撫でると、自分の指が皮膚の上を滑る水になったかのような錯覚を覚えた。
今月の水泳予選会のために仕上げているだろう、この肉体。
髪の毛から爪の先に至るまで、誰よりも速く泳ぐことを目的に研ぎ澄まされている。日々入念に手入れをする肌にも、この豊かな髪の長さにも、速さに繋がるちゃんとした理由がある。
目を覚ましたとて、どうだというのだろう。
美月は、美月の身体はもう──


唯の脳裏に美月の姿がいくつも浮かぶ。

幼稚園の運動場でみんなに囲まれながら真っ赤な顔で縄跳びをする美月。
夏祭りでふたりして迷子になった際、手を引き屋台を連れ回す浴衣姿の美月。
転んで怪我をした自分に痛みがひくようおまじないをしてくれる美月。
自宅の玄関で炭酸を飲んで倒れて気絶した美月。
ペンを回しながら算数を教えてくれる美月。
古文の宿題を見せてほしいと涙顔で懇願する美月。
受験に失敗して自分と同じ高校に通うことになったことを報告する美月。
遠くの席でクラスメイトたちと談笑する美月の横顔。
全校集会で表彰される美月の後ろ姿。
自分をかわいいと言ってくれた、夕日を背負った美月の笑顔。


過ぎ去りし過去が二度と戻ることがないように、美月の身体は、人間に戻ることは決してない。
美月の胸に顔を伏せた唯は、込み上げる感情を決壊させ、それは止めどない涙と激しい嗚咽として6畳の部屋を震わせた。

美月という人間はもういない。
自分が、人間じゃないものに変えてしまったから。
自分のせいで。自分の身勝手ゆえに。


咽び鳴く唯の頭に手が添えられ、それは栗毛を滑り、撫でた。
そして、唯は愛しい人の声を聞く。

「すぐ……泣くよね……唯は。昔っから……」

顔を上げた唯が見たのは、その声の主の優しい笑みだった。
「み、美月ちゃん……?」
「おはよ、唯」
ほとんど錯乱状態だった美月が、何事もなかったかのように穏やかな表情を浮かべている。
動揺しているのはむしろ唯の方だった。

先ほどの狂乱は、何か拒絶反応であって、眠っている間に元の──人間の身体に戻っているなんてこと、ないだろうか。
いっそ、ねじ曲げ植えつけた、自分への思いも──

「大丈夫。美月だよ」
何度慰められたか分からない、暖かく優しい声。
だが、唯の知っているその声の調子にはなかった、ある感情が乗っている。

「唯のことが大好きな、唯の……恋人の」
熱のこもった声を吐き出す口元はにわかに潤い、ぷっくりと血色よく膨らむ。
次いで、美月の全身の皮膚が細かく振動をする。

その細胞の組成が、まるでコンピュータのデフラグをするように瞬時に組み変わり、肌の解像度が大幅に上がる。
唯が息を呑んで見つける間に、頭頂部から毛先にかけて髪が波打ち広がる。
長い髪はその毛束を短冊状に細かく整えつつ、全体としては流れる水を思わせる自然な曲線を描いた。
それまでも美月の髪の色は水浴びをしたカラスの羽のように艶やかな締まりある黒色だったが、今はそれと同時に光の具合によっては透き通るほどの青色を帯びて見えた。

総じて、この世のものとは思えない美しさだった。
模倣したくて自らの身体に施した行為が児戯にも思えるほどの、正真正銘の美。
目を奪われ言葉を失う唯は、しかしその人間離れした美を前にして再び罪悪感を覚え始める。

「美月ちゃん……私……あの」
唯は、変えてしまったのだ。
致命的に。不可逆的に。
唯の知る誰よりも人間という存在の素晴らしさを体現していた美月を、人ではない何かへ。
「わたし……ごっ……ごめ」
唯の上唇が指の先で蓋をされる。
そのまま唯の頭部は美月の両腕で抱擁された。
「大丈夫、唯。大丈夫」
硬くなった唯の姿勢を解きほぐしながら、自分の横に寝かせる。
「変え……ちゃった。み、美月ちゃんを、私」
両手で顔を覆う唯は申し訳なさに加え、目の前の厳かな美を正視することができないでいた。

その額に、柔らかく、湿っぽい何かが触れる。
小さく弾ける、リップノイズ。
「私ね……唯のこと好きになって、唯と同じになって……幸せだよ。ありがとう、唯」
唯には心からそう思っているまことの言葉だと感じた。
そうでも思わなければ、唯の心が苛まれ、簡単に潰されてしまいそうだった。
自らの罪の意識を少しでも軽くするためのバイアスなのだろう。
唯がそれを自覚した上で、甘んじて認められるほどに心のよすがが必要だったのだ。

目を腫らした唯を残し、身体を起こす美月。
長い髪の毛先が唯の顔を撫で、爽やかでありがながらも官能的な匂いをその鼻先に残した。

「生まれ変わった私を見て」
髪を両肩に払い、誇示するように胸を張ってその優美な肌を露わにする。
「唯の……モノになった……私を……」
たわわな両胸を自ら揉みしだき、誘うように舌舐めずりをする。
紅潮し膨れた頬が涙袋を押し上げ、美月の強い意志の象徴である黒い瞳を放蕩の色に染めている。
一柱の女神の妖艶で淫靡な仕草に、唯の萎んだペニスがみるみる怒張を取り戻した。

「あっ」
唯自身が勃起に気が付くよりも速く、美月の指がペニスの鎌首を掴み、しとどに涎を垂らす自らの陰部にあてがう。
「しよ……?」
唯の答えを待つまでもなく、美月はそれをずるりと体内に呑み込んだ。

腰が抜けそうになるほどの快楽の中で唯が見たのは、自分を見下ろす優しい微笑みだった。
「ああ……美月ちゃんだ美月ちゃん」
うずくまって泣いている時、転んだ時、じっと座って本を読んでいる時──
顔を上げれば大好きなヒーローがいた。
背の高い姉のような、憧れの幼馴染と交わす視線の角度。
その角度はそのままに、優しい微笑みはそのままに、今そのヒーローは淫らで蕩けた視線を向けてくる。

蕩けているのは、視線だけではなかった。
「美月ちゃんの中、きもちいいぃ……」
膣壁の襞が蠢き、美月の中に突き立つ唯を愛撫する。
唯の形を覚え、魔性の性器へと覚醒した美月の膣。
「唯のもきもちいいよ……ほら」
「はあっ」
蠢く膣壁が精液の残りと、とめどなく滲み出るカウパー液を搾取する。
「はぁ……おいしいぃぃ唯……好きぃ……」
唯も美月も腰を動かしていないにもかかわらず、密着した接合部からはぐちゃぐちゃと粘ついた水音が聞こえている。

蕩けた唯の表情を見た美月が口角をふい、と上げる。
「唯をいっぱいもらったけど……まだ……もらってないものがあるでしょ?」
“それ”は今なお、唯の中にあった。
唯の中で眠り続ける、黒い液体。
「唯の好きな人……私も欲しいよ……」
唯は美月の悩ましげな視線の先にある己の下腹部を撫でる。
「うん……ここにいるの……祐樹くん……でも……」
やや気を取り直した唯は、しかし逡巡していた。
黒葛は、すでに“弾”として込めてしまっている。次に射精をしたときにその“弾”は放たれてしまう。しかし。

「大丈夫だよ唯。全部ちょうだい? 唯の全部……欲しいよ」
「美月ちゃ……あっ」
返事を待たず唯に跨ったまま美月の腰が動き始める。妖しく、淫らに。
「ちょうだい? 黒葛くんちょうだい?」
円を描くように腰を動かし、唯のペニスを立体的に刺激する。
元々の強靭な足腰は唯との交わりを経てすでに人間のものではなくなっており、鍛え上げられた体幹も、今や搾精のためにのみ使われる。
「そんなに……したっらっ……」
射精を促すことに特化した運動に仰向けのままの唯は翻弄されるしかない。
「待って美月ちゃん待って……」
「やだ」
淫らで、美しい笑みだった。
「私は唯だから……唯の好きも……思いも後悔も……全部食べてあげる」
唯の心の内は、全て見透かされていた。
「出して」
女神が舞い、長い髪が、大きな胸が唯の天上で踊る。
「出して出して」
さらに速度が上がり、膣道を収縮させペニスの根本から先端に向かって絞り上げるような動きが加わる。
誰に教わったでもない、いつの間にか身体が知っていた方法。
これが人外の身体ゆえに可能である動作であることは美月自身にも知るところではなかった。
新たに誕生した淫魔の搾精の前になす術もなく、唯の劣情は限界まで昇りつめようとする。

「出して。黒葛くんを……私に産んで」
雌と雄、両方の本能に訴えかける囁きに唯はたまらずペニスを膨らませる。
「でるっ……でちゃうっ」
「あ……おっき……っ」
ぐん、とひとまわり大きくなった肉棒が膣をこれまでになく圧迫し、美月の声が漏れる。
苦痛の色はなく、鼻がかった嬌声だった。

人間だったときとは比べ物にならない快楽が美月の身体を突き抜ける。その身体は段違いの快感を受け止め、享受できるだけの器になっている。
身を強張らせて吐精せんとする唯に美月の全身が覆い被さり、唯の身体を足で腕で固定する。対する唯も腕を美月の背に回して力の限り引き寄せ、また足を美月の腰に回し挟み、しっかりと固定した。
唯も美月も申し合わせたように全身の汗腺から粘液状の汗を分泌し、肉と肉の隙間を埋めていく。最後に口と口を塞ぎ合い、二人の形は一本の管になった瞬間、唯から美月へ精液に交じり黒い液体が放たれた。
ともに絶頂の興奮に包まれながら、互いの身体を拘束し合い、吐精と吸精という相反する行為が重なりひとつの現象になった。
かつてない量の放出は、しかし膣奥を打つことはなかった。
なぜなら、その蓋は開かれていたからだ。黒い液体はかつて子宮だった臓器に流れ込み、そして美月の胎内は余すことなくそれを受け入れた。

その激流の中に美月は唯とは違う、愛しい存在を感じた。
そしてその存在を、愛しいと思うようになってしまっている。
身体の中に受け入れて分かった。
唯が言った、彼を『好きになる』というレベルではなかった。唯に対してと同様、自分自身から分かち難い存在として愛してしまっている。
「美月ちゃん……」
「ちゃんとぜんぶ出せた?」
少し重そうに頷く唯。
美月が腹部に手を当てると、脳裏に穏やかに明滅する、青い炎のイメージが浮かんだ。
それは今まで知覚したことのない、自分の身体とはまるで質の異なる異物だった。

「寝てる……ふふ……かわいいね。唯の恋人……」
その異物が揺られ眠る場所は、様変わりしつつも哺乳類が生命を育むための部屋だった。
転写された唯の黒葛への愛情に加え、その場所で蠢く生命に対して本能的に抱いてしまうこの慈しみというものは、すなわち母性なのだろうか?
しかし腹をさすれど待てどもそれは活動をする気配はなく、美月は困ったように笑うしかない。

「私には、溶けてくれないのかな?」
「眠ってるから、多分。……起こせそう?」
目を閉じて腹部に意識を集中させてみる。
「……うん、黒葛くんの寝てるところに行けばいいのかな」
「さすがは美月ちゃん……なんだね」
「何か、分かるね色々。今までよりもっとカラダのこと、分かる」
黒葛の存在が正しく知覚できたのも、逆説的に美月が自身の身体について以前よりも把握できていたからになる。
自分の身体の中で思い通りにならないもの。およそ“所有”できないもの。
これが黒葛に違いなかった。

「あの……、美月ちゃん……その……祐樹くん、起こしたら、お話してきて」
唯には黒葛とろくに問答せず、その言い分を聞かなかった後悔があった。
それに、実際には杞憂ではあるが、美月と黒葛が果たして険悪なままでいやしないかという不安もあった。

「大丈夫。私も黒葛くんとちゃんと話したいから……唯は安心して待ってて」
「ふあっ……」
根本から絞り上げるようにしてペニスを引き抜かれ、刺激に唯は声を漏らした。
液状化した黒葛を差し引いても多量の精を放ったが、美月の貪欲な膣からはその一滴もこぼれ落ちることはなかった。

「じゃ行ってくるね、私の唯」
どこか曇りのある唯の不安を払おうと軽くキスをし、その頭に手を添えたまま美月は目を閉じた。
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