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第一章
第22話/唯と美月:1
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2023年6月2日(金) 19:00 唯の部屋
※軽度性描写注意
深い海の底から急浮上する唯の意識が向かう先は、遠く頭上で揺らめく明るい太陽だった。
舞い踊る泡をはるか後方に置き去りにし、水面を突き破る。
開けた視界の一面が光り輝き、目を細めた。
白い世界に徐々にぼうと形が浮かび、そしてそれは愛しい人の顔の輪郭となった。
意識を失う──海の底へ落ちる直前と同じ、目を閉じたまま口付けを待つ美月の顔。
その様子から、先ほどの黒葛との問答の時間は現実の世界ではただの刹那でしかないようだった。
安堵した唯は再び目を閉じ、唇を重ねる。
唯の接触に美月はすぐに舌を突き出し応えた。
二種の甘い唾液を交換し合いながら舌で撹拌し、ひとつの蜜にする。
それをすすり合い堪能し、離れたふたつの唇に銀の糸の橋が架かる。その橋を巻き取ったのは美月の舌だった。
美月はその舌をすぐに口内には戻さずにだらしなく垂らして見せるが、それは美月なりの意思の表明だった。
唯を味わい、そして非常に美味だったと。だがまだ満足できていないと。さらにはこの唯の涙を拭った舌でもって、淫らに、また慈しみをもって尽くそうというものだった。
言葉ではないそれを汲み取った唯は淫蕩に微笑み、そしてぬらと光る唇を舐めてさらに艶を加えることで返答を示した。
唯は目を閉じ、己が身体へと意識を向ける。
自分の中でひとつの異物が──黒葛が眠りについているのを認識する。その黒葛を下腹部に移動させた唯は、臍の辺りを円を描くよう優しくさする。
──祐樹くん、大丈夫だから。安心して今はおやすみ。あとで、ちゃんと美月ちゃんに送ってあげるから。
美月は唯の顔に釘付けになりながら、口内に残った蜜の賞味に余念がない。その様子に唯の唇が妖しく歪む。
──そしたら、私と同じになった美月ちゃんが祐樹くんのこと……食べてくれるよ……。
唯が上体を起こすと、美月も半ば引っ張られるように頭をもたげた。
両者の間の視線は物理的な紐で結ばれているかのように思われた。
「ふふっ、待って」
ベッドの上で座り直した唯はリボンタイを外し、ブラウスのボタンもひとつずつ外していく。
白いブラウスが剥けると、クスミのない血色よい肌が現れた。
起伏に乏しい胸はグレー地のソフトブラに包まれている。
カップ部分には小さな黒リボンの刺繍が一箇所ポイントで入っているが、いかにも幼さを思わせるあしらいだ。しかし。
「唯……きれい……。かわいい」
美月には自分よりもひとまわりも小さな身体がいじらしく、愛しく思えてならない。
その反応に照れながらも、唯は腰を上げスカートのファスナーを下ろす。
パサリと音を立ててスカートが落ち、白色のショーツが露わになった。
「色、ちぐはぐでしょ」
苦く笑う唯の身体の前で腕が所在なさげに動いている。
「ね、美月ちゃんも……」
「うん……」
唯が促すよりも早く美月もブラウスのボタンに手をかけていた。唯だけに肌を晒させている状況に居た堪れなさを感じたのだった。
手早く、慣れた手付きでボタンを外していく様は、ボタンというよりもまるで一筋のファスナーを下ろしていくかのような流れる動作だった。
ともすれば唯のどこか不器用な脱ぎ方のほうが色っぽかったかもしれないが、美月がボタンを全て外すとブラウスの下に秘められていた色気が隆起する。
ピンクベージュのフルカップブラに包まれた、双丘。
胸筋を基礎としたそれを支えるのは肩から上腕にかけてのしなやかな筋肉。そして、下から持ち上げる腹筋とその一帯は引き締まり、腰のくびれを形成している。
美月の肉体には機能に立脚した文脈があり、相互に依存、連携し合うパーツのそれぞれには必然性があった。ゆえにそれはただ、美しい。
「……はぁ……美月ちゃんすごい……きれいだよ……」
唯は胸の前で手を組み合わせ、ため息混じりに見惚れるしかなかった。
それは人間が愛と美の女神ヴィーナスを見てしまった際にするであろう、模範的な反応だった。
こんなに真近で美月の肌を見たのは、いつぶりだろうか。
「……なんか、照れる」
美月もこれほど近くで素肌をまじまじと見られる経験はなかった。
部活の練習で着用するのは取り回しのいいミディアムカットの水着だが、試合ではハーフカットのスパッツタイプを着用することもあって衆目の視線もそこまで気にならない。しかし今は好意を持ったもの同士で肌を見せ合っている状況なのだ。
美月はスカートをおもむろに下ろし、ピンクベージュのブラの色とは異なる水色のショーツを晒した。
その性格上、きちんと上下を揃えていると思っていた唯には意外だった。
胸の発育に下着のサイクルが追いつかないことが第一だが、別の理由として美月の場合、一日の中でスポーツブラやナイトブラと様々に着け替えているので、あまり拘らなくなっているというものがある。
「私も、試合のときくらいしか揃えないし……」
決まり悪そうに照れる美月に唯が飛び付く。
「わっ」
勢いのまま後ろに倒れてしまうかと思った美月は、唯の体重のあまりの軽さに驚いた。
背が高く筋肉質な美月と、小柄な唯とでは体重に大きな差がある。
唯を受けた瞬間、ふんわりとしたボブヘアーの中から温かな香りがふわっと弾み、二人の頭部付近で華やいだ。
「唯すごいいいにおいする」
美月はすっきりと通った鼻筋を唯の髪に埋め、香りのもとを掘る。
そのあまりに自然な仕草に、美月の鼻筋は唯の髪をかき分けるためのものであるようにさえ思えた。
美月が吸引するのは、花のようであり香木のようであり、また劣情を催すケモノの匂い……。
シャンプーなどではない。唯が美月専用に調合し、分泌した魔性の香水。
しかしそれはすでに美月を惑わし堕落させるものではなく、美月と唯をより高い恍惚の次元へと誘うための媒質、つまり魂のローションとなっていた。
「美月ちゃんお肌すべすべ……」
「唯の方が……すごいよ。なにこれ……」
唯の肌に指を滑らせた美月が感嘆の声を上げる。
微細なベビーパウダーでもまぶされているかのような質感に、美月は己の指から指紋が消失してしまった気にさえなる。
「ふふ、これもね、祐樹くんが私を変えてくれたから……」
美月の手に小さな手が重ねられ、それは美月の手の甲から腕、そして肩へと這い、そして顎へ添えられる。
「美月ちゃんは……私が変えてあげる」
顎を少し持ち上げられた美月の視線が唯の目の中に吸い込まれる。
「私の美月ちゃんになって」
甘い言葉が、虚になった美月の心の中に忍び込んでいく。
それはぽっかりと空いた空間の中で幾重にも反響した挙句、その身体へと吸い込まれていった。
「……されちゃうの、私……唯のものに……」
鸚鵡返しではなく、自分なりに噛み砕いた上で言葉を消化していく美月。
すると、ますます唯の甘い言葉が美月自身のものへと同化していく。
「私も、美月ちゃんのものになるんだよ。ううん……美月ちゃんを私にするの。私も美月ちゃんになるの」
「わたしが……ゆいに……なる……」
その言葉を声にして確かめる。
やっぱり、そうだ。“ひとつになる”ってこういうことなんだ。
唯が私に、私が唯に。
大好きな唯が言っているから、間違いない。だって、私の大好きな唯だから。
平時の美月の理性的で論理的な思考は崩壊し、ひどく雑なトートロジーに迷い込む。
「私とひとつになって?」
最後の選択の機会だった。
しかしもうすでに退路はない。とうの昔に詰んでいるのだ。
美月にできるのは、向こう岸から差し伸べられている唯の手を取ることだけだった。
「……なりたい。唯といっしょ……。唯になりたいよ……」
これまで暮らしていた世界の岸を蹴り、川の中へと足を踏み入れた美月を、唯は一層笑みを深めて歓迎する。
「私にまかせて……」
膝立ちのまま、抱き合う二人。
より密着をしようと唯の太腿が美月の股の間を割って入ろうとする。
「あっ」
ビクと反射的に美月の腰が引かれた。
抱擁を解くと、狼狽し頬を真っ赤に染める美月の顔があった。
「ゆ、唯……どうしよ……」
唯の大腿部の肌の上にじっとりと、湯気が立たんばかりの湿り気ができていた。
構わず美月の股部へ唯が手を伸ばすと、「やっ」と、肉感豊かな足が閉じられる。
「大丈夫だよ……、ほら、私も」
唯は美月の手をとり、自らのショーツのクロッチ部分にあてがう。
指の腹にぐっしょりとした湿り気──というよりも液体そのものが付着した。
「私に見せて。美月ちゃんの……エッチなところ」
唯の言葉に逆らえなくなっている美月は顔を伏せ、震える手で濡れそぼったショーツを下ろした。
ショーツは、クロッチ付近とそのほかの場所とで色が違っていた。
本来の生地は薄い水色をしているのだが、濡れた箇所は水色が濃くなっている。
「ああぁ……恥ずかしい……」
美月は右手を唯と繋ぎ合わせながら、もう片方の手で真っ赤になった顔を覆い隠す。
唯は露わになった美月の陰部を見て目を丸くした。
美月は、無毛だったのだ。
「すっ……部活が、あるからぁ……」
唯の言葉が継がれず居た堪れなくなった美月は身をよじらせて弁明をする。
弁明せずとも、一見してその理由が分からないものはいないだろう。
剃毛された恥丘の美しいアールが、両サイドのVラインとともに股間部へ流れるように収束していく造形は、まさにイルカの尾の付け根だった。
美月本人としては水着から毛がはみ出ることを嫌ってということなのだろうが、その実それは体表を伝う水を無駄なく流しながら推進力に変えるための形だった。
「すごい、きれい……」
と言うしかなかった。
唯ですら、その美しさを表現するに値する言葉がすぐには出せなかった。
皮膚の肌理の細かさも相まって、目の前の美の女神は本当は大理石の彫像なのではと錯覚をしてしまう。
見惚れる唯の鼻へ、芳醇さをまとった潮の香りがふわと届く。凛と筋肉が張った恥丘の下部は爛れ、乱れていた。
秘所へ伸ばされる唯の手を制しようとした美月だったが逆に手を取られ、重ねられた唯の手に操られるまま、二人の指で陰裂からしたたる湧き水を掬い取ってしまう。
唯はぬらと光るふたり分の指先を舐め、味わった。
その淫らな、しかし実に美味しそうに舐めとる仕草に当てられた美月も、唯が舐めたあとの指を舌先でつついてみる。
少し、しょっぱい味がした。
「なんでこうなるか、分かる?」
美月は無言で頷く。
いくら美月にでも、自分の陰部に性的な興奮による湿り気を感じたことはある。
洋画のセクシャルなシーン、小説に出てくる濡れ場。
しかし、ここまで──プールから上がったあとの水着のごとくしとどに下着を濡らしたことなどはなかった。
これは唯がもたらす人外の興奮ゆえであって、通常の人間の生理的なレベルからは大きく逸脱しているものだが美月にはそれを知るよしもない。
「美月ちゃん……かわいいよ」
俯き、斜め下に視線を泳がせる赤面顔の美月の一方、唯自身も止めどなく湧き上がる情動を努めて抑えつけてはいるものの、顔に差す赤みは隠しようがない。
しかしこの場のインセンティブを握っているという点においては、いつも赤面しがちな唯を美月がなだめるという普段の構図とは逆のものとなっている。
「美月ちゃんのきれいな顔、もっと見せて」
やはりその声に逆らうことができない美月は戸惑いながらも真っ赤に燃える顔を唯の正面に据えた。
「ほんと……きれい……」
唯が見るそれはどんな夕焼け空よりも美しく絢爛だった。
美月のこの顔を知っているのは、自分だけだ。自分だけに見せてくれる、蕩けた顔。
「唯も、こんなにかわいいの、どうして……?」
「かわいい?」
唯は少し嬉しそうに首を傾げた。
美月は美月で、分からなかった。
ずっと“かわいい”と思っていた幼馴染のかわいらしさが、今は欲情を駆り立てるものになっている。
守りたいかわいさから、奪いたいかわいさへ。
そのかわいさを、自分のものにしたい。
「かわいくて……きれい。すごい……ドキドキする」
二人の唇がまた、重なった。
飽きることはなかった。
初心な二人はキスをすればするほどに慣れていく。キスという行為そのものにも、相手にも。
こう舐めたら、こう返してくる。ここに誘われる。ここが気持ちいいのだろうか。ほら、やっぱり。自分はここが気持ちいいから、こうして欲しい。やっぱり。ありがとう。
ルールも何もない。何をしたっていい。ただひたすら自分と相手の快楽を貪り高め合うだけ。
息継ぎをしようと口を離した唯が問う。
「キス、好き?」
「キス好き」
何てことのない回文に回文で返し二人は笑い合った。
しかしこの旧知の仲ゆえの、仕様もないやりとりこそが美月の緊張を解いていくようだった。
美月はかつてない充足感に包まれている。
表彰台に登ったときでもない。テストで満点を取ったときでもない。ただ大切な人の存在を隣に感じることで、自分に欠けている何かが補完されていく感覚。
「これが……溶けるっていうこと……?」
満たされつつも、どうしてか切ない。美月は心が潤うほどに同時に渇きを覚え始めていた。
「そうだけど……まだ、そうじゃないの」
唯は美月の肩に両手を乗せ、腕を伸ばした分だけ後ろへ下がった。
「見てて……」
唯はいよいよショーツを脱ぎ、ベッドの脇に置く。濡れそぼった生地からシーツにシミがうつるのではないかと思われた。
露わになった秘部から、むせかえるほどの性臭が立ち昇っては美月の視界を、思考を曇らせる。
美月は全てをかなぐり捨てて、そこにむしゃぶりつきたい欲求に駆られた。
どんな熟れた果実よりも芳醇で甘い美酒がこんこんと湧き出る泉。その清水の割れ目の上には、若芽の苔──うすらとした毛が生えていた。当然だが、美月の知らないところで唯にも性徴は訪れていたのだった。
唯は大胆にも股を広げ、さらに指で陰裂を開帳して見せる。
充血しぬらぬらと光る陰部。その上部から突き出ている小さな蕾を指差した。
「ここ……なんていうか分かる?」
止めどなく淫臭を発する陰部を凝視したままの美月は首を横に振る。
蕾どころか、その一帯まとめて何か一つの海の生き物のようだった。
「ふふ……これねぇ、“クリトリス”っていうんだよ。オンナの……すごくエッチなところ」
美月にもよく見えるよう、必要以上にヒダを広げて見せる。
ふしだらな性教育だった。
美月に対して性を教授できる立場であることに唯は喜びを感じるが、それは決して優越感によるものではなかった。
すぐに、美月も自分と同じになるのだから。
「ここを擦るとね……すごいエッチな気持ちになるの……」
包皮を脱ぎ捨てて小指の先ほどまでに膨らんだそれを指の腹で刺激していく。
「いつも美月ちゃんのこと……考えながらね、触ってたんだよ」
唯の呼吸が次第に荒くなりますます熱が入っていく愛撫に見惚れながらも美月はたじろぎを隠せない。
目の前で繰り広げられている未知の行為の行く末がまるで想像つかないのだ。
今、唯はどうなっているんだろう。唯はどうなるのだろう。
「唯……なんか……」
美月の心配をよそに、ひとり高みへと昇りつめていく唯。
「んっ来る……っ」
唯の身体が痙攣するとともに性臭が爆ぜ、続いて指の間から巨大な肉塊が飛び出す。
反射的に瞼を閉じた美月が恐る恐る目を開けると、赤黒い蛇が自分の顔に向けて鎌首をもたげていた。
「んふふふ……これ……すごいでしょ……?」
唯の吊り上がった口角から熱く荒い息が漏れている。
辺りを包む性臭に意識を犯されながらも、美月は目を疑った。
「そ、それ……お……男の人の……?」
ついさっき自分が気絶している間に交わっていた、唯と黒葛を繋いでいた、肉の棒。
そのとき、“それ”は黒葛の股間から唆り立ち、それを唯の股間が受け入れていた。
女も、それ、なるの? いや、そんなわけ……ない。
目を白黒させ狼狽する美月に、唯はうっとりと優しい笑みを投げかける。
「そうだよ……男の人の。これが、祐樹くんにもらったチカラ……それと」
両腕で自らの身体を抱きしめた唯が、鼻にかかった小さな喘ぎとともに細かく震える。
そして、最後にひときわ大きく身体を震わせたあと腕を解き、伏していた顔を美月に向ける。
「今の私のほんとの姿……」
美月はその声が耳に入らないほどに唯の姿に見入っていた。
艶が一層増した髪の毛は、揺れるごとにウィンドチャイムのさざめきが聴こえてきそうだ。
瞼、頬には充血に加えてほのかな色味が差しており、その色味はよく見ると時折わずかに色域の遷移が見られる。チョウやタマムシの羽に見られる構造色だった。
それがタコやカメレオンの皮膚のように、リアルタイムで目まぐるしく変化をしている。
唇も同様だった。オレンジ系のリップから赤系、ピンク系、紫系と色相環を伝って徐々に変化をしている。
そして、何よりも驚いたのは。
「む、胸……」
唯の、控えめだった胸が大きく膨らんでいた。
美月ほどではないにせよ、しっかりとしたカップのある膨らみになっている。
体型とのアンバランスさや、どこか不自然な造形もあるが、逆にそれが爛れた魅力を醸し出しているようにも思えた。
「美月ちゃんみたいに……なりたくて……胸をね、大きくしたの……でも、やっぱり本物は全然違うね」
唯は少し残念そうにしながら肥大化した乳房を持ち上げて見せる。
美月はもう男根のことなど気にしてなかった。
クルクルと色と調子を変えるメイクアップした唯の顔を、取り憑かれたように凝視してしまう。
その美月の様子を、唯もまた観察する。
「そっか……美月ちゃんは、こういうのが一番好きなんだね。意外かも」
唯は、深い紅色のルージュと、それに似た色味のアイシャドウで固定した。
元々の豊かなまつ毛をさらに補強するアイラインに自然に馴染む階調に整えられ、唯の垂れ目がちな慈眼は放蕩で艶然とした笑みを湛えている。
「わ……分かるの?」
「うん。この色味のときが美月ちゃんのエッチな匂いが一番強かったから」
美月は赤面しつつも、確かに普段の唯のイメージからかけ離れたオトナの装いという倒錯に、背徳的な興奮を覚えたのだった。
先ほどよりもいきり立っている男根に添えられた唯の指先にも艶やかな赤色のネイルカラーが施されていた。
丸い爪の形に不釣り合いだが、それゆえにいじらしく可愛らしい。
「これを使ってね、私を──溶かした私の一部をね、美月ちゃんの中に入れていくの。そしたら美月ちゃんと私が混ざっていくんだよ」
赤黒い怒張の上を、白い指がまるで楽器を奏でるかのように伝う。
そのどちらもが同じ人物から発生している器官とはとても思えない強烈なコントラストだった。
「よく……分かんないけど……」
いつもの美月だったら、唯の言う意味不明な原理など、到底納得ができるものではなかったはずだ。
しかし、今はもうそんな些細なことなどはどうでもよかった。
大好きな唯と繋がり、溶け合えるなら、それでいい。
「私がちゃんと溶けたら、最後に祐樹くんをあげる」
「……それはやだ。唯だけがいい」
美月は目を逸らしてそればかりはと明確な拒絶を示す。
せっかくこの可愛く愛しい人と結ばれそうなときに、間男の話などごめん被りたかった。
「ふふ……大丈夫だよ。私が溶けたら……美月ちゃんも祐樹くんのこと……すごく欲しくなるから」
すっかり認知を歪められた美月には、唯が大丈夫だと言うことなら、何でも大丈夫に思えてくる。
「だって、美月ちゃんは私のこと好きでしょ……?」
「うん、すき……唯がすき……」
黒葛の話題で少し形象を取り戻した美月の心が、再びどろどろに溶解していく。
「じゃあ、私の大好きな人も好きにならなきゃ」
美月は唯が好きである。それが真ならば、唯の好きなものも好きだろうか?
「唯のすきな人は、私もすき……」
命題の真偽すら、まともに判断できなくなっている美月。しかし。
「唯のすきなものは、ぜんぶすき。私は……ゆいになるから……」
美月=唯とすることで、全てに筋が通った。
今の美月にとってはそれが極めて明晰な論理的帰結だった。
「うん、ありがとう美月ちゃん……」
呪いの言葉が含意するものを、より強めた上で内面化していく美月を愛おしく思う。
言葉足らずになりがちな唯にいつも助け舟を出す美月。
その優しさが今は却って自らを呪い堕としていくのだった。
美月の肩を抱擁する唯の髪が細波を思わせる音を立てる。
それとともに美月の鼻に届いたのは爽やかな海風ではなく、人を、美月を狂わせる甘い香りだった。
「私が溶けたら……私のこと……もっと好きになっちゃうよ」
耳元で悪魔が囁く。
もっと? これ以上……好きになっていいの? 好きになれるの? なりたい。
唯になって、唯を好きになって、私、どうなっちゃんだろう……。
全身に鳥肌を立てつつ、未知なる世界への期待に美月の口角が自然と持ち上がる。
唯には美月の心理状態が、その表情を見ずとも匂いに音に肌の色に全て手に取るように分かる。
「壊れないでね。美月ちゃん」
※軽度性描写注意
深い海の底から急浮上する唯の意識が向かう先は、遠く頭上で揺らめく明るい太陽だった。
舞い踊る泡をはるか後方に置き去りにし、水面を突き破る。
開けた視界の一面が光り輝き、目を細めた。
白い世界に徐々にぼうと形が浮かび、そしてそれは愛しい人の顔の輪郭となった。
意識を失う──海の底へ落ちる直前と同じ、目を閉じたまま口付けを待つ美月の顔。
その様子から、先ほどの黒葛との問答の時間は現実の世界ではただの刹那でしかないようだった。
安堵した唯は再び目を閉じ、唇を重ねる。
唯の接触に美月はすぐに舌を突き出し応えた。
二種の甘い唾液を交換し合いながら舌で撹拌し、ひとつの蜜にする。
それをすすり合い堪能し、離れたふたつの唇に銀の糸の橋が架かる。その橋を巻き取ったのは美月の舌だった。
美月はその舌をすぐに口内には戻さずにだらしなく垂らして見せるが、それは美月なりの意思の表明だった。
唯を味わい、そして非常に美味だったと。だがまだ満足できていないと。さらにはこの唯の涙を拭った舌でもって、淫らに、また慈しみをもって尽くそうというものだった。
言葉ではないそれを汲み取った唯は淫蕩に微笑み、そしてぬらと光る唇を舐めてさらに艶を加えることで返答を示した。
唯は目を閉じ、己が身体へと意識を向ける。
自分の中でひとつの異物が──黒葛が眠りについているのを認識する。その黒葛を下腹部に移動させた唯は、臍の辺りを円を描くよう優しくさする。
──祐樹くん、大丈夫だから。安心して今はおやすみ。あとで、ちゃんと美月ちゃんに送ってあげるから。
美月は唯の顔に釘付けになりながら、口内に残った蜜の賞味に余念がない。その様子に唯の唇が妖しく歪む。
──そしたら、私と同じになった美月ちゃんが祐樹くんのこと……食べてくれるよ……。
唯が上体を起こすと、美月も半ば引っ張られるように頭をもたげた。
両者の間の視線は物理的な紐で結ばれているかのように思われた。
「ふふっ、待って」
ベッドの上で座り直した唯はリボンタイを外し、ブラウスのボタンもひとつずつ外していく。
白いブラウスが剥けると、クスミのない血色よい肌が現れた。
起伏に乏しい胸はグレー地のソフトブラに包まれている。
カップ部分には小さな黒リボンの刺繍が一箇所ポイントで入っているが、いかにも幼さを思わせるあしらいだ。しかし。
「唯……きれい……。かわいい」
美月には自分よりもひとまわりも小さな身体がいじらしく、愛しく思えてならない。
その反応に照れながらも、唯は腰を上げスカートのファスナーを下ろす。
パサリと音を立ててスカートが落ち、白色のショーツが露わになった。
「色、ちぐはぐでしょ」
苦く笑う唯の身体の前で腕が所在なさげに動いている。
「ね、美月ちゃんも……」
「うん……」
唯が促すよりも早く美月もブラウスのボタンに手をかけていた。唯だけに肌を晒させている状況に居た堪れなさを感じたのだった。
手早く、慣れた手付きでボタンを外していく様は、ボタンというよりもまるで一筋のファスナーを下ろしていくかのような流れる動作だった。
ともすれば唯のどこか不器用な脱ぎ方のほうが色っぽかったかもしれないが、美月がボタンを全て外すとブラウスの下に秘められていた色気が隆起する。
ピンクベージュのフルカップブラに包まれた、双丘。
胸筋を基礎としたそれを支えるのは肩から上腕にかけてのしなやかな筋肉。そして、下から持ち上げる腹筋とその一帯は引き締まり、腰のくびれを形成している。
美月の肉体には機能に立脚した文脈があり、相互に依存、連携し合うパーツのそれぞれには必然性があった。ゆえにそれはただ、美しい。
「……はぁ……美月ちゃんすごい……きれいだよ……」
唯は胸の前で手を組み合わせ、ため息混じりに見惚れるしかなかった。
それは人間が愛と美の女神ヴィーナスを見てしまった際にするであろう、模範的な反応だった。
こんなに真近で美月の肌を見たのは、いつぶりだろうか。
「……なんか、照れる」
美月もこれほど近くで素肌をまじまじと見られる経験はなかった。
部活の練習で着用するのは取り回しのいいミディアムカットの水着だが、試合ではハーフカットのスパッツタイプを着用することもあって衆目の視線もそこまで気にならない。しかし今は好意を持ったもの同士で肌を見せ合っている状況なのだ。
美月はスカートをおもむろに下ろし、ピンクベージュのブラの色とは異なる水色のショーツを晒した。
その性格上、きちんと上下を揃えていると思っていた唯には意外だった。
胸の発育に下着のサイクルが追いつかないことが第一だが、別の理由として美月の場合、一日の中でスポーツブラやナイトブラと様々に着け替えているので、あまり拘らなくなっているというものがある。
「私も、試合のときくらいしか揃えないし……」
決まり悪そうに照れる美月に唯が飛び付く。
「わっ」
勢いのまま後ろに倒れてしまうかと思った美月は、唯の体重のあまりの軽さに驚いた。
背が高く筋肉質な美月と、小柄な唯とでは体重に大きな差がある。
唯を受けた瞬間、ふんわりとしたボブヘアーの中から温かな香りがふわっと弾み、二人の頭部付近で華やいだ。
「唯すごいいいにおいする」
美月はすっきりと通った鼻筋を唯の髪に埋め、香りのもとを掘る。
そのあまりに自然な仕草に、美月の鼻筋は唯の髪をかき分けるためのものであるようにさえ思えた。
美月が吸引するのは、花のようであり香木のようであり、また劣情を催すケモノの匂い……。
シャンプーなどではない。唯が美月専用に調合し、分泌した魔性の香水。
しかしそれはすでに美月を惑わし堕落させるものではなく、美月と唯をより高い恍惚の次元へと誘うための媒質、つまり魂のローションとなっていた。
「美月ちゃんお肌すべすべ……」
「唯の方が……すごいよ。なにこれ……」
唯の肌に指を滑らせた美月が感嘆の声を上げる。
微細なベビーパウダーでもまぶされているかのような質感に、美月は己の指から指紋が消失してしまった気にさえなる。
「ふふ、これもね、祐樹くんが私を変えてくれたから……」
美月の手に小さな手が重ねられ、それは美月の手の甲から腕、そして肩へと這い、そして顎へ添えられる。
「美月ちゃんは……私が変えてあげる」
顎を少し持ち上げられた美月の視線が唯の目の中に吸い込まれる。
「私の美月ちゃんになって」
甘い言葉が、虚になった美月の心の中に忍び込んでいく。
それはぽっかりと空いた空間の中で幾重にも反響した挙句、その身体へと吸い込まれていった。
「……されちゃうの、私……唯のものに……」
鸚鵡返しではなく、自分なりに噛み砕いた上で言葉を消化していく美月。
すると、ますます唯の甘い言葉が美月自身のものへと同化していく。
「私も、美月ちゃんのものになるんだよ。ううん……美月ちゃんを私にするの。私も美月ちゃんになるの」
「わたしが……ゆいに……なる……」
その言葉を声にして確かめる。
やっぱり、そうだ。“ひとつになる”ってこういうことなんだ。
唯が私に、私が唯に。
大好きな唯が言っているから、間違いない。だって、私の大好きな唯だから。
平時の美月の理性的で論理的な思考は崩壊し、ひどく雑なトートロジーに迷い込む。
「私とひとつになって?」
最後の選択の機会だった。
しかしもうすでに退路はない。とうの昔に詰んでいるのだ。
美月にできるのは、向こう岸から差し伸べられている唯の手を取ることだけだった。
「……なりたい。唯といっしょ……。唯になりたいよ……」
これまで暮らしていた世界の岸を蹴り、川の中へと足を踏み入れた美月を、唯は一層笑みを深めて歓迎する。
「私にまかせて……」
膝立ちのまま、抱き合う二人。
より密着をしようと唯の太腿が美月の股の間を割って入ろうとする。
「あっ」
ビクと反射的に美月の腰が引かれた。
抱擁を解くと、狼狽し頬を真っ赤に染める美月の顔があった。
「ゆ、唯……どうしよ……」
唯の大腿部の肌の上にじっとりと、湯気が立たんばかりの湿り気ができていた。
構わず美月の股部へ唯が手を伸ばすと、「やっ」と、肉感豊かな足が閉じられる。
「大丈夫だよ……、ほら、私も」
唯は美月の手をとり、自らのショーツのクロッチ部分にあてがう。
指の腹にぐっしょりとした湿り気──というよりも液体そのものが付着した。
「私に見せて。美月ちゃんの……エッチなところ」
唯の言葉に逆らえなくなっている美月は顔を伏せ、震える手で濡れそぼったショーツを下ろした。
ショーツは、クロッチ付近とそのほかの場所とで色が違っていた。
本来の生地は薄い水色をしているのだが、濡れた箇所は水色が濃くなっている。
「ああぁ……恥ずかしい……」
美月は右手を唯と繋ぎ合わせながら、もう片方の手で真っ赤になった顔を覆い隠す。
唯は露わになった美月の陰部を見て目を丸くした。
美月は、無毛だったのだ。
「すっ……部活が、あるからぁ……」
唯の言葉が継がれず居た堪れなくなった美月は身をよじらせて弁明をする。
弁明せずとも、一見してその理由が分からないものはいないだろう。
剃毛された恥丘の美しいアールが、両サイドのVラインとともに股間部へ流れるように収束していく造形は、まさにイルカの尾の付け根だった。
美月本人としては水着から毛がはみ出ることを嫌ってということなのだろうが、その実それは体表を伝う水を無駄なく流しながら推進力に変えるための形だった。
「すごい、きれい……」
と言うしかなかった。
唯ですら、その美しさを表現するに値する言葉がすぐには出せなかった。
皮膚の肌理の細かさも相まって、目の前の美の女神は本当は大理石の彫像なのではと錯覚をしてしまう。
見惚れる唯の鼻へ、芳醇さをまとった潮の香りがふわと届く。凛と筋肉が張った恥丘の下部は爛れ、乱れていた。
秘所へ伸ばされる唯の手を制しようとした美月だったが逆に手を取られ、重ねられた唯の手に操られるまま、二人の指で陰裂からしたたる湧き水を掬い取ってしまう。
唯はぬらと光るふたり分の指先を舐め、味わった。
その淫らな、しかし実に美味しそうに舐めとる仕草に当てられた美月も、唯が舐めたあとの指を舌先でつついてみる。
少し、しょっぱい味がした。
「なんでこうなるか、分かる?」
美月は無言で頷く。
いくら美月にでも、自分の陰部に性的な興奮による湿り気を感じたことはある。
洋画のセクシャルなシーン、小説に出てくる濡れ場。
しかし、ここまで──プールから上がったあとの水着のごとくしとどに下着を濡らしたことなどはなかった。
これは唯がもたらす人外の興奮ゆえであって、通常の人間の生理的なレベルからは大きく逸脱しているものだが美月にはそれを知るよしもない。
「美月ちゃん……かわいいよ」
俯き、斜め下に視線を泳がせる赤面顔の美月の一方、唯自身も止めどなく湧き上がる情動を努めて抑えつけてはいるものの、顔に差す赤みは隠しようがない。
しかしこの場のインセンティブを握っているという点においては、いつも赤面しがちな唯を美月がなだめるという普段の構図とは逆のものとなっている。
「美月ちゃんのきれいな顔、もっと見せて」
やはりその声に逆らうことができない美月は戸惑いながらも真っ赤に燃える顔を唯の正面に据えた。
「ほんと……きれい……」
唯が見るそれはどんな夕焼け空よりも美しく絢爛だった。
美月のこの顔を知っているのは、自分だけだ。自分だけに見せてくれる、蕩けた顔。
「唯も、こんなにかわいいの、どうして……?」
「かわいい?」
唯は少し嬉しそうに首を傾げた。
美月は美月で、分からなかった。
ずっと“かわいい”と思っていた幼馴染のかわいらしさが、今は欲情を駆り立てるものになっている。
守りたいかわいさから、奪いたいかわいさへ。
そのかわいさを、自分のものにしたい。
「かわいくて……きれい。すごい……ドキドキする」
二人の唇がまた、重なった。
飽きることはなかった。
初心な二人はキスをすればするほどに慣れていく。キスという行為そのものにも、相手にも。
こう舐めたら、こう返してくる。ここに誘われる。ここが気持ちいいのだろうか。ほら、やっぱり。自分はここが気持ちいいから、こうして欲しい。やっぱり。ありがとう。
ルールも何もない。何をしたっていい。ただひたすら自分と相手の快楽を貪り高め合うだけ。
息継ぎをしようと口を離した唯が問う。
「キス、好き?」
「キス好き」
何てことのない回文に回文で返し二人は笑い合った。
しかしこの旧知の仲ゆえの、仕様もないやりとりこそが美月の緊張を解いていくようだった。
美月はかつてない充足感に包まれている。
表彰台に登ったときでもない。テストで満点を取ったときでもない。ただ大切な人の存在を隣に感じることで、自分に欠けている何かが補完されていく感覚。
「これが……溶けるっていうこと……?」
満たされつつも、どうしてか切ない。美月は心が潤うほどに同時に渇きを覚え始めていた。
「そうだけど……まだ、そうじゃないの」
唯は美月の肩に両手を乗せ、腕を伸ばした分だけ後ろへ下がった。
「見てて……」
唯はいよいよショーツを脱ぎ、ベッドの脇に置く。濡れそぼった生地からシーツにシミがうつるのではないかと思われた。
露わになった秘部から、むせかえるほどの性臭が立ち昇っては美月の視界を、思考を曇らせる。
美月は全てをかなぐり捨てて、そこにむしゃぶりつきたい欲求に駆られた。
どんな熟れた果実よりも芳醇で甘い美酒がこんこんと湧き出る泉。その清水の割れ目の上には、若芽の苔──うすらとした毛が生えていた。当然だが、美月の知らないところで唯にも性徴は訪れていたのだった。
唯は大胆にも股を広げ、さらに指で陰裂を開帳して見せる。
充血しぬらぬらと光る陰部。その上部から突き出ている小さな蕾を指差した。
「ここ……なんていうか分かる?」
止めどなく淫臭を発する陰部を凝視したままの美月は首を横に振る。
蕾どころか、その一帯まとめて何か一つの海の生き物のようだった。
「ふふ……これねぇ、“クリトリス”っていうんだよ。オンナの……すごくエッチなところ」
美月にもよく見えるよう、必要以上にヒダを広げて見せる。
ふしだらな性教育だった。
美月に対して性を教授できる立場であることに唯は喜びを感じるが、それは決して優越感によるものではなかった。
すぐに、美月も自分と同じになるのだから。
「ここを擦るとね……すごいエッチな気持ちになるの……」
包皮を脱ぎ捨てて小指の先ほどまでに膨らんだそれを指の腹で刺激していく。
「いつも美月ちゃんのこと……考えながらね、触ってたんだよ」
唯の呼吸が次第に荒くなりますます熱が入っていく愛撫に見惚れながらも美月はたじろぎを隠せない。
目の前で繰り広げられている未知の行為の行く末がまるで想像つかないのだ。
今、唯はどうなっているんだろう。唯はどうなるのだろう。
「唯……なんか……」
美月の心配をよそに、ひとり高みへと昇りつめていく唯。
「んっ来る……っ」
唯の身体が痙攣するとともに性臭が爆ぜ、続いて指の間から巨大な肉塊が飛び出す。
反射的に瞼を閉じた美月が恐る恐る目を開けると、赤黒い蛇が自分の顔に向けて鎌首をもたげていた。
「んふふふ……これ……すごいでしょ……?」
唯の吊り上がった口角から熱く荒い息が漏れている。
辺りを包む性臭に意識を犯されながらも、美月は目を疑った。
「そ、それ……お……男の人の……?」
ついさっき自分が気絶している間に交わっていた、唯と黒葛を繋いでいた、肉の棒。
そのとき、“それ”は黒葛の股間から唆り立ち、それを唯の股間が受け入れていた。
女も、それ、なるの? いや、そんなわけ……ない。
目を白黒させ狼狽する美月に、唯はうっとりと優しい笑みを投げかける。
「そうだよ……男の人の。これが、祐樹くんにもらったチカラ……それと」
両腕で自らの身体を抱きしめた唯が、鼻にかかった小さな喘ぎとともに細かく震える。
そして、最後にひときわ大きく身体を震わせたあと腕を解き、伏していた顔を美月に向ける。
「今の私のほんとの姿……」
美月はその声が耳に入らないほどに唯の姿に見入っていた。
艶が一層増した髪の毛は、揺れるごとにウィンドチャイムのさざめきが聴こえてきそうだ。
瞼、頬には充血に加えてほのかな色味が差しており、その色味はよく見ると時折わずかに色域の遷移が見られる。チョウやタマムシの羽に見られる構造色だった。
それがタコやカメレオンの皮膚のように、リアルタイムで目まぐるしく変化をしている。
唇も同様だった。オレンジ系のリップから赤系、ピンク系、紫系と色相環を伝って徐々に変化をしている。
そして、何よりも驚いたのは。
「む、胸……」
唯の、控えめだった胸が大きく膨らんでいた。
美月ほどではないにせよ、しっかりとしたカップのある膨らみになっている。
体型とのアンバランスさや、どこか不自然な造形もあるが、逆にそれが爛れた魅力を醸し出しているようにも思えた。
「美月ちゃんみたいに……なりたくて……胸をね、大きくしたの……でも、やっぱり本物は全然違うね」
唯は少し残念そうにしながら肥大化した乳房を持ち上げて見せる。
美月はもう男根のことなど気にしてなかった。
クルクルと色と調子を変えるメイクアップした唯の顔を、取り憑かれたように凝視してしまう。
その美月の様子を、唯もまた観察する。
「そっか……美月ちゃんは、こういうのが一番好きなんだね。意外かも」
唯は、深い紅色のルージュと、それに似た色味のアイシャドウで固定した。
元々の豊かなまつ毛をさらに補強するアイラインに自然に馴染む階調に整えられ、唯の垂れ目がちな慈眼は放蕩で艶然とした笑みを湛えている。
「わ……分かるの?」
「うん。この色味のときが美月ちゃんのエッチな匂いが一番強かったから」
美月は赤面しつつも、確かに普段の唯のイメージからかけ離れたオトナの装いという倒錯に、背徳的な興奮を覚えたのだった。
先ほどよりもいきり立っている男根に添えられた唯の指先にも艶やかな赤色のネイルカラーが施されていた。
丸い爪の形に不釣り合いだが、それゆえにいじらしく可愛らしい。
「これを使ってね、私を──溶かした私の一部をね、美月ちゃんの中に入れていくの。そしたら美月ちゃんと私が混ざっていくんだよ」
赤黒い怒張の上を、白い指がまるで楽器を奏でるかのように伝う。
そのどちらもが同じ人物から発生している器官とはとても思えない強烈なコントラストだった。
「よく……分かんないけど……」
いつもの美月だったら、唯の言う意味不明な原理など、到底納得ができるものではなかったはずだ。
しかし、今はもうそんな些細なことなどはどうでもよかった。
大好きな唯と繋がり、溶け合えるなら、それでいい。
「私がちゃんと溶けたら、最後に祐樹くんをあげる」
「……それはやだ。唯だけがいい」
美月は目を逸らしてそればかりはと明確な拒絶を示す。
せっかくこの可愛く愛しい人と結ばれそうなときに、間男の話などごめん被りたかった。
「ふふ……大丈夫だよ。私が溶けたら……美月ちゃんも祐樹くんのこと……すごく欲しくなるから」
すっかり認知を歪められた美月には、唯が大丈夫だと言うことなら、何でも大丈夫に思えてくる。
「だって、美月ちゃんは私のこと好きでしょ……?」
「うん、すき……唯がすき……」
黒葛の話題で少し形象を取り戻した美月の心が、再びどろどろに溶解していく。
「じゃあ、私の大好きな人も好きにならなきゃ」
美月は唯が好きである。それが真ならば、唯の好きなものも好きだろうか?
「唯のすきな人は、私もすき……」
命題の真偽すら、まともに判断できなくなっている美月。しかし。
「唯のすきなものは、ぜんぶすき。私は……ゆいになるから……」
美月=唯とすることで、全てに筋が通った。
今の美月にとってはそれが極めて明晰な論理的帰結だった。
「うん、ありがとう美月ちゃん……」
呪いの言葉が含意するものを、より強めた上で内面化していく美月を愛おしく思う。
言葉足らずになりがちな唯にいつも助け舟を出す美月。
その優しさが今は却って自らを呪い堕としていくのだった。
美月の肩を抱擁する唯の髪が細波を思わせる音を立てる。
それとともに美月の鼻に届いたのは爽やかな海風ではなく、人を、美月を狂わせる甘い香りだった。
「私が溶けたら……私のこと……もっと好きになっちゃうよ」
耳元で悪魔が囁く。
もっと? これ以上……好きになっていいの? 好きになれるの? なりたい。
唯になって、唯を好きになって、私、どうなっちゃんだろう……。
全身に鳥肌を立てつつ、未知なる世界への期待に美月の口角が自然と持ち上がる。
唯には美月の心理状態が、その表情を見ずとも匂いに音に肌の色に全て手に取るように分かる。
「壊れないでね。美月ちゃん」
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