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第一章
プロローグ:2
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ある自治体職員の私的な日記より
2023年5月3日(水)
先週──4月28日金曜日深夜、24時前に発生した地震(と現時点では発表されている)の被害は、観測された揺れの大きさに比べて極めて限定的な範囲にとどまっている。
震源はS県Y市東部──宝月町周辺とされているが、これまで同市内には大きな地震の原因となりうる断層は見つかっていない。
また震央から地面を伝い周囲へ拡散するエネルギーが極端に弱かった点も、通常の地震とは異なる。
報道でも発表されている震度マップでは、震度6強を示した赤色の点が震央にひとつあるだけという、奇妙な図となっていた。
この国に住む人間であれば、地震学者でなくても直感的にこれは地震による揺れではない、と分かるだろう。
それでも現状、原因は不明ながら揺れがあった事実と、その揺れに由来する被害が発生しているからであって、便宜上地震と呼んでいるにすぎない。
気象庁は地震計の分析をもとに、空中で起きた何らかの爆発による衝撃が原因であるという推測をしているものの、想定される規模の爆発に見合う熱の痕跡は見つかっていない。
その時間、一帯は快晴の夜空だった。
火球も観測されておらず、隕石の線も除外された。
周囲は閑静な住宅街で、爆発の原因となるような工場も存在しない。
新型の音響兵器による攻撃とすると、被害範囲が限定的である点は極めて兵器然としているものの、やはりその時間には飛翔体はおろか飛行機さえも飛んでおらず、地勢的にも政情的にも考えづらいなどとにかく判断材料が不足している。
分かっているのは、揺れがあった時間の前後、震央上空に赤色の光が見られたということ、またその周囲にて雷が発生していたということ。
前者については一部報道やSNS上ではいわゆる地震雲とされているが、気象現象としての雲とは明確に性質が異なるものと思われる。
繰り返しになるが、その日の夜は雲ひとつない快晴だった。
文字通りの青天の霹靂はあらゆる分野の識者を困惑させている。
他方、この原因不明の災害は海を超えて世界中の物理・天文学者から注目されるものとなっているという。
日頃、天文スケールのスペクタクルを観測しようと宇宙の深淵へ耳を澄ませている世界各地の主要観測施設が、日本時間の23:57にごくごく微小な重力波を検出していたのだ。
モニターの正弦波を日がな凝視しているものでもなければノイズとして切り捨ててしまうであろうその波形は、しかし専門職員にとっては奇異に映るものだったらしい。
各地のデータを元に算出された重力波の震源地は宇宙の彼方ではなく、この地球上の、日本のS県Y市東部。
つまり地震のあった宝月町であるということが分かった。
とはいえ、これら重力波云々に関してはテレビニュースとしてのバリューはなく、市民の話題に上ることもないかと思われる。
何より、被害の様相が極めて特異なものであったため、夜空の不可思議な光学現象とあわせてそればかりが面白おかしく報道されているのが現状である。
すでに述べた通り、被害の範囲は極めて限定的だった。
Y市内東部に位置する宝月町の極々一部──直径にしておよそ300メートルの範囲に収まる。
直径といったのは、本当に被害範囲が上空から見てきれいな真円状となっているからだ。
震度6強と思われる強い揺れに見舞われたのがそのエリアで、その周囲は空気の振動程度で実質的に被害は発生していない。
衝撃音に驚き転倒した人が1名いたものの、その程度で済んでいる。
一方でその内側、円形のエリアでは目立った家屋の倒壊こそなかったものの、屋根の瓦が剥がれ落ちたり、ブロック塀が崩れる、電柱が倒れるといった被害が一円で見られた。
家屋内は外観の見た目以上に掻き乱され、家具や家電が室内を飛び跳ねまわり、散乱した家財、書籍類などが床を覆ってしまっている。
さらにその上をコーティングするように割れたガラスの破片がまぶされ、足の踏み場がない。
地震のあった翌朝、あらゆる家がそのような状態で見つかった。
深夜とはいえ、家の中がグチャグチャになった場合、多少なりとも──少なくとも寝床の安全と、翌日すぐに初動ができる程度には最低限の片付けをしたりはしないだろうか?
ただし、それは家の中に片付けをすることができる人間がいた場合の話である。
地震発生後、同じ町内にありながら揺れを感じなかった災害対策職員が、不審に思いつつ現場に駆けつけた後、一同狐につままれたように、その後の対応に左顧右眄することとなった。
揺れがあった直径約300メートルの範囲内からは、地震の痕跡のみを残して住民だけが忽然と姿を消していたのである。
2023年5月3日(水)
先週──4月28日金曜日深夜、24時前に発生した地震(と現時点では発表されている)の被害は、観測された揺れの大きさに比べて極めて限定的な範囲にとどまっている。
震源はS県Y市東部──宝月町周辺とされているが、これまで同市内には大きな地震の原因となりうる断層は見つかっていない。
また震央から地面を伝い周囲へ拡散するエネルギーが極端に弱かった点も、通常の地震とは異なる。
報道でも発表されている震度マップでは、震度6強を示した赤色の点が震央にひとつあるだけという、奇妙な図となっていた。
この国に住む人間であれば、地震学者でなくても直感的にこれは地震による揺れではない、と分かるだろう。
それでも現状、原因は不明ながら揺れがあった事実と、その揺れに由来する被害が発生しているからであって、便宜上地震と呼んでいるにすぎない。
気象庁は地震計の分析をもとに、空中で起きた何らかの爆発による衝撃が原因であるという推測をしているものの、想定される規模の爆発に見合う熱の痕跡は見つかっていない。
その時間、一帯は快晴の夜空だった。
火球も観測されておらず、隕石の線も除外された。
周囲は閑静な住宅街で、爆発の原因となるような工場も存在しない。
新型の音響兵器による攻撃とすると、被害範囲が限定的である点は極めて兵器然としているものの、やはりその時間には飛翔体はおろか飛行機さえも飛んでおらず、地勢的にも政情的にも考えづらいなどとにかく判断材料が不足している。
分かっているのは、揺れがあった時間の前後、震央上空に赤色の光が見られたということ、またその周囲にて雷が発生していたということ。
前者については一部報道やSNS上ではいわゆる地震雲とされているが、気象現象としての雲とは明確に性質が異なるものと思われる。
繰り返しになるが、その日の夜は雲ひとつない快晴だった。
文字通りの青天の霹靂はあらゆる分野の識者を困惑させている。
他方、この原因不明の災害は海を超えて世界中の物理・天文学者から注目されるものとなっているという。
日頃、天文スケールのスペクタクルを観測しようと宇宙の深淵へ耳を澄ませている世界各地の主要観測施設が、日本時間の23:57にごくごく微小な重力波を検出していたのだ。
モニターの正弦波を日がな凝視しているものでもなければノイズとして切り捨ててしまうであろうその波形は、しかし専門職員にとっては奇異に映るものだったらしい。
各地のデータを元に算出された重力波の震源地は宇宙の彼方ではなく、この地球上の、日本のS県Y市東部。
つまり地震のあった宝月町であるということが分かった。
とはいえ、これら重力波云々に関してはテレビニュースとしてのバリューはなく、市民の話題に上ることもないかと思われる。
何より、被害の様相が極めて特異なものであったため、夜空の不可思議な光学現象とあわせてそればかりが面白おかしく報道されているのが現状である。
すでに述べた通り、被害の範囲は極めて限定的だった。
Y市内東部に位置する宝月町の極々一部──直径にしておよそ300メートルの範囲に収まる。
直径といったのは、本当に被害範囲が上空から見てきれいな真円状となっているからだ。
震度6強と思われる強い揺れに見舞われたのがそのエリアで、その周囲は空気の振動程度で実質的に被害は発生していない。
衝撃音に驚き転倒した人が1名いたものの、その程度で済んでいる。
一方でその内側、円形のエリアでは目立った家屋の倒壊こそなかったものの、屋根の瓦が剥がれ落ちたり、ブロック塀が崩れる、電柱が倒れるといった被害が一円で見られた。
家屋内は外観の見た目以上に掻き乱され、家具や家電が室内を飛び跳ねまわり、散乱した家財、書籍類などが床を覆ってしまっている。
さらにその上をコーティングするように割れたガラスの破片がまぶされ、足の踏み場がない。
地震のあった翌朝、あらゆる家がそのような状態で見つかった。
深夜とはいえ、家の中がグチャグチャになった場合、多少なりとも──少なくとも寝床の安全と、翌日すぐに初動ができる程度には最低限の片付けをしたりはしないだろうか?
ただし、それは家の中に片付けをすることができる人間がいた場合の話である。
地震発生後、同じ町内にありながら揺れを感じなかった災害対策職員が、不審に思いつつ現場に駆けつけた後、一同狐につままれたように、その後の対応に左顧右眄することとなった。
揺れがあった直径約300メートルの範囲内からは、地震の痕跡のみを残して住民だけが忽然と姿を消していたのである。
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