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生きたくないをもっと生きたいに変えてくれた人

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生きたくないをもっと生きたいに変えてくれた人

「結愛! 結愛!」お母さんが頭を押さえ苦しんでいる私に呼びかけた。気分が悪い。退院して三日。私は救急車で病院へ運ばれた。
「森結愛さん二十歳! 幼い頃から体が弱く、二日前にこの病院を退院したばかりだそうです! 酷い頭痛を訴え、吐き気・目眩がするそうです!」
「結愛! 結愛!」
「う……」
「結愛ちゃん!?」運ばれてきた私を見つけた私の主治医が驚いた。
「先生! 結愛が……結愛が……」お母さんは震えた。
「大丈夫です……結愛ちゃんは
必ず助かりますから……」主治医はお母さんを慰めた。
「お願いします……」
適切な処置を終えた私は病室へ移された。
「結愛……少しは落ち着いた?」
「お母さん……うん……」
「よかった……」お母さんは泣いている。
「あなた大学へ行く用意をしてる時、急に頭痛がするって言ってうずくまったの……あまりにも酷いから救急車を呼んで今此処にいるの……退院したばっかりだったから怖かった……」お母さんは説明してくれた。
「そっか……私また……」飯田総合病院へ搬送されたのこれで八回目だ……早朝に運ばれたこともあれば夜中に運ばれたこともあった。
「先生呼ぶわね……」
「うん……」お母さんは呼び出しボタンを押した。
(どうされましたか?)
「娘の症状が落ち着き目を覚ましました!」
(よかった! 飯田先生に伝えますね!)
「はい」
ガラガラガラ。病室のドアが開いた。
「結愛ちゃん!」飯田先生は安心した表情になった。
「うん……症状は落ち着いたみたいだな……」
「ごめんなさい……」私は先生に謝った。
「なんで君が謝るんだ?」
「だってこの前退院したばっかりなのに……それにこれで此処に運ばれてくるの八回目……」私は肩を落とした。
「君が謝ることじゃない……体が弱い結愛ちゃんはよく頑張ってる……何度運ばれても立ち上がって学生生活を送ってるじゃないか……今回はこれ関係で運ばれたんじゃないんだから……」先生は私を慰めてくれた。
「大学へ戻っても先生が私に気遣うからなんか息苦しいです……」
「そうか……」
「私が入学当初無理させないようにって言ったから……」お母さんは俯いた。
「お母さん……」
「結愛ちゃん、可哀そうだけど、頭痛や目眩・吐き気の原因を調べたい、だから入院して貰えるかな?」まただ……
「はい……」
「ごめんな……」
「飯田先生…私、最近朝・夜に激しい頭痛に襲われていて悩んでました……でもこうして気分が悪くなって我慢出来なくなって運ばれたのは初めてで……」私の体に何が起こっているのでしょうか?」不安だった。
「そうか……明日検査して原因を突き止めよう……」
「はい……」
「結愛……それいつから……?」お母さんも私を心配した。
「一カ月前ぐらいからかな、大学でも家でもね……だけどすぐ治ってたよ」
「全然気付かなかった……」
「辛かったろ……?」
「はい……でも疲れかなと思ってました」まさかこんなことになるとは……
「そうだよな……」
「おはよう」飯田先生が私の病室へ入ってきた。
「おはようございます……」私はあれからずっと今日の検査が怖くて昨日は眠れなかった。
「検査は今日の十三時から、今まで沢山の辛いことを乗り越えてきた結愛ちゃんなら大丈夫!」先生は私を元気付けてくれた。
「ありがとうございます……」
十三時。
「大丈夫よ……」お母さんは私の手を握って祈ってくれた。
「うん……」
「結愛ちゃん、検査の時間だよ、行こうか?」看護師さんが迎えにきてくれた。
「はい……」私は車椅子で検査室へ向かった。
「森結愛ちゃんです」看護師さんは飯田先生に伝えた。
「じゃあ検査を始めるよ」こうして私の検査が始まった。
「結愛……結愛……」その頃お母さんは病室で私を心配して待っていた。
「お疲れ様、結果は明日伝える、
不安だと思うけど待ってて」検査
が終わると、飯田先生はそう言っ
て車椅子を持ってきてくれた。
「分かりました……ありがとうございます……」
「あぁ」看護師さんが迎えにきてくれた。
「彼女を病室まで頼む」
「はい」そして私は病室へ戻った。
「お母さん」
「結愛!」私の姿を見たお母さんは病室の入り口まで走ってきた。
「泣きそうな顔してどうしたの?
結果が出るのは明日だよ」私はわざと明るく振舞った。
「結愛……」
「不安がってても何も変わらないじゃん」
「そうね……明日お父さんも来てくれるって……」私のお父さん。私のお父さんは有名な写真家で、 世界を飛び回る凄い人だった。滞在期間が長い時には毎日欠かさず手紙が届いて、そこには私・お母さんの心配・俺は元気だということが書かれていた。そしてその国の風景の写真が一枚入っていた。いつも現地で撮った写真を沢山見せてくれて、私のことを喜ばせてくれた。しかしそんな生活を私は壊してしまった。小学三年生の冬、私は急に心臓が苦しくなって倒れた。飯田総合病院へ救急搬送された私は、心臓疾患と診断された。しばらくは入院・もしかしたら皆と同じように学生生活を送るのは難しいかもしれないと飯田先生に言われた。その時私は全てを失ったと絶望した。でも全てを失ったのは私ではなくお父さんだった。娘が心臓疾患で体が弱いと知ったお父さんは、いつどんな時も駆け付けられるように写真家を辞め一般企業に就職した。私はお父さんの生きがいだった仕事を奪った。本当は悔しいはずなのに、お父さんはいつも笑顔で日々を過ごしている。申し訳ない気持ちで一杯だ。
「結愛?」お母さんに名前を呼ばれて私は我に返った。
「あっ、ごめんごめん……お父さん来てくれるんだね! 嬉しい!」私は笑顔で言った。
「結愛って真司そっくり……心の奥で思ってること隠してるつもりか知らないけど、バレバレなんだから……」
「えっ」
「真司は私と結婚する前から自分の意見を言わない人だった、何食べたい?って聞いたら凛の好きな物でいいよって答えるし、旅行何処がいいかな?って聞いたら凛の行きたい場所にすればいい・俺が案内してやるからって……いつもいつも自分の気持ちは後回し、本当は知ってるんだから、私が作るグラタンが好きなこと・フランスの街並みがお気に入りってこと、あなたが産まれてからだってそう……自分の気持ちを大切にして欲しいのに……結愛も我慢しすぎ……もっとわがままになりなさい……」
「私は……」
「今お父さんの過去思い出して、やっぱり悪いことした……って思ってたんでしょ?」!
「な、なんで……?」
「そりゃ分かるわよ、いつまで引きずってるの……」
「だって……」
「お父さんはあなたの為に写真家を辞めたこと悔やんでない……」
今の仕事に生きがいを感じてる、あなたより大切な物なんてないんだから……」お母さんは私の頭を撫でた。
「うん……」
「結愛……」
「お父さん……」次の日、お父さんがお見舞いに来てくれた。
「大丈夫なのか?」心配してくれている。
「うん」
「とりあえずは落ち着いてるわ……でも……」
「今日の検査結果だな…」
「えぇ……」
「なぁ結愛……俺のこといつまでそんな目で見るんだ?」お父さんは私に聞いた。
「そんな目?」
「この十一年間、私がお父さんの人生を壊した・私がお父さんの生きがいを奪った……っていう眼差しをお前は俺に向けてる、もういいじゃないか……俺はあの頃結愛が俺の撮った写真を見て笑ってくれるのが何より嬉しかった……俺の幸せは結愛・凛なんだ、お前が元気じゃなかったら俺は写真どころじゃない……写真より結愛が大切……だからどうか私のせいでって自分を責めるのはもう終わりにして、俺にあの写真を見ていた時のような笑顔を見せてくれ……」お父さんは泣いている。
「お父さん……」
「ほら……昨日私が言った通りでしょ?」お母さんは私に聞いた。
「本当だね……」
「お父さん……ごめんね……もう辞める……お父さんの夢を壊したのに、自分が夢を語る資格なんてないと思ってた……それに私皆と違うんだから我慢しないと!って……でもこれからは自分の気持ちに正直に生きる!だからお父さんも自分の意見を言っていいんだよ……」
「結愛……ありがとう……」
 私達は診察室へ検査結果を聞きにいった。
「飯田先生……」
「お父さんもお見舞いに来てくれて嬉しいな……」
「はい!」
そして。
「結愛ちゃんの検査結果ですが……」飯田先生は真剣な表情で私達を見つめた。
「結愛ちゃんの脳に腫瘍が見つかりました……彼女は脳腫瘍です……」先生は肩を落とした。
「え……」×3人 私達はしばらく何も言うことが出来なかった。
しばらくして。
「そ、それは治る病気ですよね……?」とお母さんが先生に震える声で聞いた。すると先生は
「進行の状況や腫瘍の種類、患者さんの状態によって異なります、結愛ちゃんの場合、腫瘍が悪性腫瘍ですので、完治するのは難しいでしょう、早期に発見出来ていたらよかったのですが、脳腫瘍は初期はほとんど症状がないので、腫瘍が大きくなってから、頭痛や吐き気などの症状が表れたのでしょう」悪性腫瘍……
「そんな……じゃあ結愛はこれからどうなってしまうんですか……?」お父さん・お母さんはその場に崩れ落ちた。
「ちょっと……」
「脳腫瘍について詳しくご説明します、先ほどもお伝えしたようにこの病気は初期の自覚症状がほとんどなく、腫瘍が大きくなって初めて異変に気付きます、今の時点で手術は不可能、恐らくこの先朝・夜に頭痛が続き、朝に嘔吐したり、視覚障害が起こったり、手が麻痺して平衡感覚障害が起こりバランス感覚を失って歩けなくなります、更には上手に話せなくなる場合もあります、けいれんが起き目眩がする、また治療によって髪の毛が抜けます」説明が終わった。
「………」×3人
「嫌だ……何も出来なくなっちゃうんですか……?」私の目から涙が零れた。
「結愛……」
「これからはご家族の助けが必要
不可欠になってくるだろう……この病気は進行が酷いと余命二カ月なんてこともあり得る……」
「辞めて!」私は耳を塞いだ。嘘だ。ただでさえ家族に迷惑をかけてしまっているのに、これから自分の力で何も出来なくなるなんてそんなの嘘に決まってる。皆と同じように学生生活を送ることは難しいと言われた私が一年で退院して、十一年間小・中・高・大と皆のお陰で学生生活を送ってこれた。今回だって大丈夫に決まってる。 
「結愛ちゃん」
「飯田先生! 私絶対治します! また大学に復帰してみせる! 私の人生は此処からがスタート! お父さんのことを受け入れれた今、このまま終わる訳にはいきません!」私はそう断言した。
「結愛ちゃん……」
「私は諦めない!」私は叫んだ。
「結愛の言う通りです! 私達も諦めません!」
「結愛は元気に何年も生き続けます!」お母さん・お父さんは泣きながら訴えた。
「皆さんの思いは充分伝わりました……頑張って病気と闘おう……結愛ちゃん……」
「はい!」
こうして脳腫瘍との闘いの日々が始まった。
 「先生……私まだ症状が軽い内にやりたいことしときたいです!高望みはしません、公園に行って想像したい……症状が悪化したら二度と行けなくなるか            もしれないから……それから帽子が欲しい……後お父さんが撮った世界各国の美しい風景の写真を見たい……」ある日私は飯田先生に言った。
「そうだよな……」
「これから起こることは信じたくないけど、後悔したくないので」
「そうか……」
「私友達はいないけど、大学でもっと文学の勉強したかったな……じゃあ公園行かずに大学行けって話ですよね……」私は俯いた。
「結愛ちゃん……」
「あっ、すいません……友達いないの慣れてるはずなのに……まぁ文学の勉強は入院中に小説読みます」自分の頬を触って泣いていることに気付いた。
「ううん……君がクラスの皆を突き放したこと知ってる……一人は寂しかったよな……」
「はい……だから私はいくら好きでも文学より青空の下で想像する方を選びます」
「そうか、まだ症状が軽い内に行きたい場所へ行くといい、三日間外出許可を出してあげるから楽しんでおいで」やったー!
「ありがとうございます!」
「でも無理はしないで、脳腫瘍以外にも君には心臓のことがあるから……」先生は私を心配した。
「はい」
「飯田先生、ありがとうございます」
次の日。
「気を付けて」
「はい! 行ってきます!」私は飯田先生に見送って貰い、三日間の娯楽の旅が幕を開けた。
「結愛大丈夫?」車の中でお母さんが私に聞いた。
「うん、大丈夫だよ」と私は答えた。無理してる訳ではない。本当に大丈夫だ。
「よかった!」
「よっしゃー! 結愛! この三日間思いっ切り楽しもうな!」
「うん!」
「明日はお母さんと帽子作りに行こうか? 家の近くに私の親友がしてる帽子屋さんがあるから、結愛の帽子オーダーメイドで作って貰おうよ! それから公園も!」とお母さんが言った。
「そうだね!」
次の日。朝から頭痛がした。大丈夫大丈夫!
「結愛、行こうか?」
「うん!」
こうして私達は車で帽子屋さんへ行った。
「いらっしゃいませ!」中にいた店員さんは美人なおばさんだった。
「サラ」
「あら! 凛じゃなぁ~い、おしゃれになりすぎて分からなかったぁ~」おばさんはカウンターから出てきた。陽気な人!
「私昔は地味だったもんね、そういうあなたは二十代の頃の美しさをキープしてて凄いわ!」
「ありがとう! 自分で地味だったって認めるんだ、周りの人が派手なんだよとか言ってた癖にぃ~」サラさんはお母さんを押した。
「えぇ、認めるわ」
「そっか、会うの何年ぶりかしら?」
「三十年ぶりぐらい?」
「え! あれからそんなに経つ!?」サラさんは目を見開いた。
「多分ね、大学卒業してお互い忙しくて、結婚や子育てとかで中々会う約束が出来なかった……それに結愛が倒れて心臓疾患って分かってからずっと結愛の為に尽くしてきたから……会いたかったけど我慢してた……サラが帽子屋さんを私の家の近くでしてるっていうのは知ってた、今日は結愛の帽子をオーダーメイドで作って貰いにきたの、あなたに会える機会が出来て嬉しいわ!」お母さん……本当はサラさんに会いたかったんだ……私がその機会を奪ってしまっていたんだね……私はお母さんの後ろから顔を出した。
「この子が結愛ちゃん? 可愛い子じゃなぁ~い」サラさんは私を見て驚いた。
「でしょ! この子これから病気と闘わないといけないの、治療で髪の毛が抜けちゃうから、可愛い帽子作ってあげようと思って」お母さんはサラさんに事情を説明した。
「そうなの……可哀そうに……」
「こんにちは……」私は小さい声で挨拶した。
「結愛? 元気ない? 緊張してる?」お母さんが私を心配した。
「ごめんねぇ~私子供の頃から人との距離が近くて皆に警戒されるタイプなのよぉ~」サラさんは笑った。
「い、いえ……」私は戸惑ってしまった。
「サラはね、フランス・日本のハーフなのよ、お母さんがフランス人でお父さんが日本人、サラはお母さんの血が濃いみたい、色白で背が高い、それに陽気」ハーフ!
「えー! そうなんだ!」
「あら、こんなに驚かれるとは思わなかったー」
「その内このノリにも慣れるわ」
「うん」
「よし! 結愛ちゃんに似合う帽子作ろう!」
「ありがとうございます!」
「何色が好き?」サラさんは私に聞いた。
「うーん、水色が好きです!」
「オッケー!」サラさんは気合いを入れた。
「サラ気合い入ってるわね!」
「結愛ちゃんは今から病気と闘わないといけないんでしょ? だから少しでも支えたいの、私は帽子しか作れないから……この帽子が結愛ちゃんが前を向ける希望になるように……」とサラさんは言った。
「サラ…ありがとう…」お母さんは涙ぐみながらサラさんにお礼を言った。
「ありがとうございます……」
私もお礼を言った。
「いえいえ……ねぇ結愛ちゃん、好きな物は何?」
「好きな物……」私は考えた。
「例えば音符とかトランペットとか、あらいやだ、これは私が好きな物だわ、あなたの好きな物を教えて」と考える私にサラさんは助言してくれた。
「音符にトランペット! 素敵ですね!」
「えぇ! 私昔から音楽が大好きなの! 中学・高校時代は吹奏楽部でトランペット吹いてたのよ!」とサラさんは教えてくれた。
「えー!」
「ごめんね……あなたの帽子を作らないといけないのに、私ったらこんな話をベラベラと……」
「いえ、凄いです!」
「ありがとう!」サラさんは嬉しそう。
「はい!」
「それで結愛ちゃんの好きな物は何?」そうだった。私好きな物聞かれてたんだ。
「本です、小説読むの好きだから」
「了解! 頑張って作るわ!」サラさんは気合いを入れた。
「宜しくお願いします!」
「えぇ!」
「そう言えば、サラが帽子屋さん始めたきっかけって何?」とお母さんがサラさんに聞いた。確かに!
「そうねー、私結婚してないじゃない? 私は音楽以外にも物作りに興味があって、小さい頃はよく物作りをしてた、小学生の時ファッションに目覚めて、一時期服を買いあさってた、ある日ファッション雑誌を見てこんな物が自分で作れたらなーと思った、それで私は吹部と両立させながら服や帽子の作り方を学んだの、今ではどんな物も短時間で作れるようになったわ、中でも一番こだわったのが帽子、その内人は様々な理由で帽子を被るんだと気付いた、おしゃれする為・日差しを避ける為・病気の為……そこで私は帽子をオーダーメイドでどんなデザインでも作れる帽子屋さんになろう!って決めたのよ!」とサラさんは答えてくれた。
「そうだったのね! どうして日本で?」
「この国のこと大好きだから、このお店の名前覚えてる?」サラさんは私達に聞いた。
「お店の名前……」
「(思いを形に)、お客さんが思い描く帽子をそのまま形にする、それがこのお店のコンセプトなの」そうなんだ!
「素敵ね……」お母さんは感動した。
「そうね……」
「サラは子供が欲しいと思わないの?」お母さんがサラさんに聞いた。するとサラさんは
「うーん、全く思わない訳じゃないの、もし息子や娘がいたら、一緒に音楽を楽しんだり、ファッションに目覚めてくれて一緒に帽子や趣味で作ってる服のデザインを考えたら楽しいだろうなとは思う、音楽でもファッションでもどっちの道へ進んでくれてもいい、勿論他のことでも応援する、ただ結婚や出産・子育てとなると、自分の好きなことを思い通りに出来なくなる、それが怖いの、今までこの仕事に全力で取り組んできた、それが出来なくなれば私はどうなってしまうんだろうって……」と答えた。
「なるほどね……難しいわね……」
「えぇ……」サラさんはふと時計を見た。
「うわっ! もう十二時! ごめんね!」サラさんは驚き、私達に謝った。
「いいえ、大丈夫よ、今日は公園に行くだけだから」
「公園?」サラさんは不思議がった。
「ベンチに座って想像するのが
好きなんです!」と私は説明した。
「まぁ! 凄い!」サラさんは感心してくれた。
「ありがとうございます!」
「ねぇサラ、帽子が出来上がるまでどれぐらいかかる?」
「一・二時間ってとこかしら」!
「そんなにすぐ!?」私達は驚いた。
「ハハッ、そうよ、今頭にデザイン浮かんでるから、後はそれを形にするだけ」凄い!
「さすがサラ!」
「じゃあ何処かでお昼食べて時間潰しとこうか? 結愛」
「うん!」
「了解!」
「この近くで何処かいいお店ないかしら?」お母さんは考えた。
「此処から徒歩三分ぐらいのところに洋食屋さんがあるわよ、そこ
凄く美味しい! 私と同い年の人が夫婦でやってるわ、娘のエレナちゃんも手伝ってるんだけど、彼女バレリーナを目指してて可愛いお嬢さんよ」と考えているお母さんにサラさんが提案してくれた。「へー! 洋食いいわね!」
「私も洋食食べたい!」
「行ってらっしゃい!」こうして私・お母さんは洋食屋さんへ行くことになった。
洋食屋さんへ到着。
「すいません」
「いらっしゃいませ!」ドアを開けると女性が迎えてくれた。店内は沢山のお客さんで賑わっていた。
「あのー、友達の紹介で来ました」
「それってもしかしてサラさんのことですか?」!なんで分かったの!?私が驚いていると
「母がよく話しているので、前に写真を見たことがあって、その面影がありました」と女性は説明した。
「エレナ! 話してないで案内しなさい!」厨房から女性の声が聞こえた。エレナ? じゃあこの人がバレリーナ目指してる娘さんだ!
「はーい!」
「お待たせしました、ご案内致します」
「ありがとうございます」
「こちらへどうぞ」私達はエレナさんに案内されて、一番奥の窓際の席までやってきた。
「ご注文がお決まりになりましたら、そちらのベルでお呼びになって下さい」
「はい」
「あの! サラさんから聞いたんですけど、バレーされているんですよね? バレリーナになるのが夢だとか」私はエレナさんに聞いてみた。するとエレナさんは
「はい! 土日だけこうやってお店を手伝って、平日は毎日練習に励んでいます! 一度大きく体調を崩しちゃったんですけど、それからは自分の体と相談してやっています!」と笑顔で答えた。
「そうなんですね! 頑張っって下さいね!」好きなことに打ち込めて羨ましいなー。
「無理しないように」
「はい!」
「エレナさん学校は?」お母さんはエレナさんに聞いた。
「学校……高校二年生の頃、バレーに夢中になりすぎて勉学が疎かになってしまい、父と大喧嘩をしました、元々賢くはなかったのですがあの時は酷くて……大喧嘩の末、父はそこまで本気なら、絶対に何があっても逃げ出さない・投げ出さないことを条件に高校を辞めてバレーに打ち込んでもいいぞと言ってくれました、私には才能がないので何年かかるか分からないけど、世界一のバレリーナになるんだって自分と約束して日々努力中です」とエレナさんは答えた。
「まぁ!」
「凄い!」すると
「エレナ! 八番テーブルオーダーお願い!」と言う声が聞こえた。
「はーい! すいません、行かないと」
「ごめんなさい、引き止めちゃったわね」
「いえ、大丈夫です」そう言って彼女は去っていった。
「好きな物頼んでね!」お母さんはメニューを見て悩んでいる私にそう言ってくれた。
「ありがとう!」
「うん!」
五分後。
「決まった!」
「私も!」私もお母さんも食べたい物が決定した。
「すいません」お母さんはエレナさんを呼んだ。
「はい! ただいま!」あれからお客さんが三組来た。
「お待たせしました!」
「大丈夫?」お母さんはエレナさんを心配した。
「はい!」
「よかった! 注文いいかしら?」
お母さんはエレナさんの答えを聞いて安心した。
「デミグラスオムライス一つ」
「はい」
「チーズインハンバーグ一つ」
「はい、こちらライスかパンが付いておりまして、どちらかお選び頂けます」
「んー、ライスで」
「かしこまりました」
「はい、ご注文を繰り返させて頂きます、デミグラスオムライスがお一つ・チーズインハンバーグのライス付きがお一つ、以上で宜しいでしょうか?」
「うん」
「少々お待ち下さいませ」
「ありがとう」
「デミグラスオムライス一・チーズインハンバーグのライス一です!」とエレナさんはお父さん・お母さんに伝えた。
「了解!」×2人
「楽しみね! デミグラスオムライスとチーズインハンバーグ!」
「うん!」
「サラが美味しいって言うんだから間違いないわ!」ワクワク!
その内。
「お待たせしました!」デミグラスオムライス・チーズインハンバーグが運ばれてきた。
「美味しそう~」
「召し上がれ!」あん!
「何これぇ~こんなデミグラスオムライス今まで食べたことない~ほっぺ落ちそう~」本当に美味しかった。お母さんも一口食べた。
「ん~美味しい~」
「ありがとうございます!」エレナさんは嬉しそう。
「ごちそうさまでした!」×2人
「ありがとうございました! またのご来店をお待ちしております!」
「あ~お腹一杯~」帰り道、私は空を見上げた。
「美味しかったわねぇ~」
「うん!」この時足に違和感を感じていた。
「あっ、もうとっくに帽子完成してるわね」
「長居しすぎた……」私は時計を見て驚いた。現在十五時。
「遅いわねー、まだかしら?」一方サラさんは私達の帰りを待っていた。
「早く見せたいのにぃ~」
  「ただいまー」お店へ到着。
「おかえり! 遅かったわねー」
「ごめんごめん、話し込んでて……」お母さんはサラさんに説明した。
「まぁいいわ」
「ありがとう」
そして。
「じゃーん! どう? 想像してた帽子と同じになったかしら?」サラさんは私達に完成した帽子を見せてくれた。
「わぁー! 可愛い!」その帽子は鮮やかな水色の生地でピンク色・黄色の本が刺繍されていた。
「気に入って貰えたみたいでよかった! ほら! 後ろ見て!」ん?帽子を後ろに向けると、そこにはYUIAと私の名前が入っていた。
「私の名前が刺繍されてる……嬉しい……ありがとうございます……」私は嬉しくて涙が溢れてきた。
「あらあら、泣くぐらい嬉しいのね」
「はい! だってこの帽子は世界に一つだけですから……」
「ありがとう」
「結愛、被ってみたら?」お母さんは私に言った。
「うん!」私は帽子を被った。
「どう?」
「結愛似合ってる! すっごく可愛いよ!」とお母さんは褒めてくれた。
「ありがとう!」嬉しい!
「可愛い帽子を作ってくれてありがとね、サラ」帰り際お母さんはサラさんにお礼を言った。
「ありがとうございました!」
「じゃあね、また来るわ」
「えぇ」こうして私・お母さんは(思いを形に)を後にした。
「さて! じゃあ公園行こうか?」
「うん!」足重い……ううん! 気のせい! 気のせいだ! 駐車場までは少し距離がある。頑張ろう!
駐車場へ到着。
「えーっと、いつもの公園でいいのよね?」
「そうだよ」しゅっぱーつ!
十五分後。
「着いたわ」
「やったー!」
「ベンチ空いてるかしら?」とお母さんは心配した。
「大丈夫だと思う! 結構数あるから!」心配するお母さんに私は言った。
「そうね!」
「ほら! 空いてた!」ベンチは四脚中二脚空いていた。
「よいしょ」私達はベンチに座った。
「大丈夫?」
「大丈夫!」今は大丈夫って言っておかないと!
「よかった! じゃあお母さん後ろに座っとくね」
「うん」こうして私の久しぶりの想像タイムが始まった。小川のせせらぎ・仲睦まじい老人夫婦・幸せそうなカップル・ふざけ合っている男子高校生・楽しそうに駆け周り、もう帰るよーと言われ嫌がりながらも母親の後に付いていく幼い姉妹・ベビーカーの中で泣く赤ちゃんを必死に泣きやまそうとするお母さん……この公園には様々な人がいる。皆それぞれの暮らしがある。羨ましいなー。私にもこんな明るい未来が待ってるのかな。目を閉じてみる。沢山の人の声が聞こえる。今日想像するのは、もし私に彼氏がいたら! 私は元気な高校一年生の女の子。ちょっと遡ったけど、高校生同士の恋愛が一番憧れるからこの設定!私には沢山の友達がいて親友と呼べる子もいる。秀才で運動神経抜群! あっ。別にそこまで完璧じゃなくてもいいか。そんな私には自慢の彼氏がいる。名前はそうだなー。薫! 彼とは同じクラスで席は隣同士。高校ではもの静かな彼だけど、実は凄くおしゃべりで面白い。いつも私を笑わせてくれる。心優しくて気遣い上手。デートの時は必ずと言っていいほど先に来て、どれだけ待とうと全然大丈夫!・俺もさっき着いたところ!なんてバレバレの嘘をついて笑ってくれる。私が悲しんでる時は一緒に悲しんでくれて、苦しんでる時は一緒に苦しんでくれて、辛い時はその辛さを分かろうとしてくれる。彼が私に注いでくれる愛情は本物なんだって伝わってくる。そんなある日。恋のライバルが現れる。この続きは次のお楽しみ! 想像の世界からかえってくると、足元に何か落ちてることに気付いた。ん? 拾ってみるとそれは黒色の時計だった。カッコいい時計……すると
「慶大、時計は?」
「えっ」
「いつも付けてる黒色の時計、付いてないぞ」
「嘘! 今日の朝付けていったのに……」
「何処かで落としたんじゃないのか?」
「マジかよ……あれはお前がくれた宝物だったのに……」
「そっか……すぐ見つかるといいな」
「あぁ……」と言う会話が聞こえてきた。もしかしてこの時計のことかな? うん! 絶対そうだ!
「あの!」私は大声を出して彼らを呼び止めた。
「なんですか?」三人は戻ってきてくれた。
「お探しになっている時計って、もしかしてこれですか?」私は時計を彼らに見せた。すると真ん中にいた男性が
「これ……これこれこれこれ!」と涙目になりながら時計に飛び付いた。
「どうぞ」
「わぁー……よかった……」男性は涙を拭って私から時計を受け取った。凄く嬉しそう。
「本当にこの時計が大切だったんですね」
「はい!」彼の目は輝いていた。
「慶大、お礼、ちゃんと彼女にお礼言え、お前の宝物見つけて拾ってくれたんだから」と隣の男性が言った。
「あっ、そうだな! 俺の宝物を拾って頂き本当にありがとうございました!」彼は頭を下げて私にお礼を言った。
「いいえ、失くし物が見つかってよかったです!」
「はい!」そして彼らはふざけ合いながら去っていった。羨ましいなー。
少しして。
「結愛、今の人イケメンだったわね!」とお母さんが私に話しかけてきた。
「うん! タイプだったかも!」
「あら! また会えたらいいわね! 結愛に恋人が出来るかもぉ~」お母さんは興奮した。
「気が早いよぉ~初対面でちょっと話しただけなんだよ、彼のこと何も知らない」
「そ、そうよね、ハハッ」お母さんは笑った。
「そうだよぉ~」そして私達は家へ帰った。まさか次あんな形で彼と再会することになるなんて思いもしなかった。
「ただいま!」
「おかえり!」家へ帰ると既にお父さんが帰ってきていた。
「うん!」
「いいじゃないか! その帽子!」お父さんは私が被っている帽子を見て歓声をあげた。
「これ? へへっ、可愛いでしょぉ~」私は帽子を取ってお父さんに見せた。
「可愛いよ!」とお父さんは褒めてくれた。
「ありがとう!」
「これからのこと考えると、治療で髪の毛が抜けるの可哀そうだから、可愛い帽子作りにいこうって、公園へ行く前に私の親友がやってる帽子屋さんに行ったのよ」お母さんはお父さんに説明した。
「そうか……」お父さんは悲しそう。そのすぐ後
「あんまり結愛の前で親友とか言うな」とお母さんに注意した。
「そ、そうね……寂しい思いしたわよね? ごめんなさい……」お母さんは私に謝った。
「全然! 気にしないで!」私は落ち込むお母さんに笑顔を見せた。
「ありがとう……」
あれ……次の日、朝起きると足全体の感覚がなかった。
「おはよう! 結愛!」私の部屋にお母さんが来た。
「お母さん…足全体の感覚がない…」私はお母さんに涙を浮かべながら言った。
「え……」
「どうしよう……」
「そんな……手伝ってあげるから、まずベッドから出よう」そう言ってお母さんはベッドまで来てくれた。
「せーの!」そして私の両足を下してくれた。
「ありがとう」
「立てる?」
「無理かも……」私は俯いた。
「そうよね……分かりきってること聞いたわ……ごめんなさい……」
「ううん……大丈夫だよ……」落ち込むお母さんを私は慰めた。
「どうしようかしら?」
「お父さん呼んでくるのがいいんじゃないかな?」
「あっ、そうね、ちょっと待ってて」そう言ってお母さんは私の部屋を出ていった。せっかく症状が悪化する前に色々したかったのに……こんなに早く足が言うこと聞かなくなるなんて……
コンコンコン。
「結愛」お父さんが入ってきた。
「足の感覚がないって本当か?」
「うん……」
「可哀そうに……」
「多分感覚喪失だと思う……運動制限とか歩行困難とかが先にくると思ったんだけど、いきなり感覚がなくなっちゃうとはね……」私は笑った。もはや笑うしかなかった。自由を奪われた私はこの先どうしたいいのだろうか?
「そうだな……」
「お父さん、私をリビングまで連れていって」私はお父さんに頼んだ。
「あぁ、じゃあお前を抱えるぞ、痛かったら言え」
「うん」お父さんは私を抱えてリビングまで連れていってくれた。
「ありがとう、大丈夫?」お父さん体痛めてないかな?
「おう、お前大きくなったなぁ~」お父さんは驚いていた。
「もう大学二年生だからね……」
「そっか」リビングに着いて座ってからも私は前を向くことが出来なかった。
「足を失った同然の私はこの先どうしたらいいの……?」
「結愛……」絶望する私の背中をお母さんがさすってくれた。するとお父さんが
「確かこの家の物置に車椅子あったよな?」と聞いた。
「あったわね、結愛が小さい頃使ってたやつ、普通の日常生活が送れるようになってからは使ってなかったものね」
「そうそう、病院にもあるけど、家にも一台あった方がいいだろうって買ったんだよな」
「えぇ」
「じゃあその車椅子を使って日常生活に慣れれば、自分で行動出来るかな?」
「勿論!」お父さんは笑顔で頷いた。
「よかった……」まだ希望はある。大丈夫! 少しだけ前を向けた。
「よし! 取ってくる!」
「宜しく!」
「取ってきたぞー」お父さんの声が聞こえた。
「ありがとう」
「わぁ~懐かしい~」私は車椅子を見てそう言った。
「そうね」
「お父さん、乗せて貰える?」
「おう! よいしょ!」そして私を車椅子に乗せてくれた。家族の助けが必要不可欠になると聞いて覚悟はしていたけど、いざとなると凄く申し訳ないなと感じてしまう。
「ごめんね……ありがとう……」お礼より先に謝罪の言葉が口から出た。
「なんで謝るんだよ……仕方ないだろ……」
「だって……」
「あの勇気は何処に消えた? あの真っすぐな瞳で絶対に諦めない!と言っていた情熱は!」そうだ! 足が動かなくなったからって何を弱気になってるんだ! まだ手も使える! まだ見える!まだ話せる! まだけいれんも起きてない! まだ目眩もしてない!負けるな! 私!
「ほんとだね!」
「それでこそ結愛だ!」
「うん!」
「ありがとう!」
「おう!」
「なぁ結愛、これ作ってみたんだが……」そう言ってお父さんは私に一冊のアルバムを差し出した。
「何?」私はアルバムを受け取った。
「世界各国の風景の写真を貼って、それぞれの場所の特徴や見どころをまとめてある、言ってたろ? 俺が撮った世界各国の美しい風景の写真を見たいって」
「えっ、作ってくれたんだ……ありがとう!」
「あぁ、どういたしまして!」アルバムを開いた。最初のページは
スウェーデンだった。綺麗……次はドイツ・オーストリア・フランスと続いていった。
「凄いよ! お父さん! これ大切にするね!」私は笑顔でお父さんに言った。
「喜んで貰えて嬉しいよ! こんなことしか出来なくてごめんな……」
「そんなことないよ、これで充分……」
しばらくアルバムを見ていた。すると。ズキッ。急に激しい頭痛が私を襲った。何これ……痛すぎるんだけど……あまりの痛さに私は頭を押さえてうずくまってしまった。
「結愛! 大丈夫か!?」お父さんは私を心配して寄り添ってくれた。
「結愛! どうしたの!?」それを聞き付けたお母さんも飛んできた。
「う……」私は痛すぎて答えることが出来ない。
「さっきまで目を輝かせてアルバム見ていたんだが、急に苦しみ出して……」お父さんが私の状況をお母さんに説明した。
「そうなのね……」もう限界かも……なんだか気が遠くなってきて私は意識を失った。
「結愛!!!」×2人 お父さん・お母さんが私に呼びかけたけど、私は目を覚まさなかった。
「……ん」病院へ運ばれ病室へ移されてしばらくした頃、私は意識を取り戻した。
「結愛!」
「結愛!」私が目を覚ますと、お母さん・お父さんは涙を浮かべて私に抱き付いた。
「私どうして……?」
「アルバムを見てる最中、酷い頭痛に襲われて痛さのあまり意識を失ったの……車で急いでこの病院まで来た、もう心配で心配で……」とお母さんは説明してくれた。
「そうだったんだ……」
「先生呼ぶな」お父さんは呼び出しボタンを押した。
(どうされましたか?)
「娘の意識が戻りました」
(よかった! 飯田先生に伝えますね!)
「はい」
しばらくして。ガラガラガラ。
飯田先生が病室へ入ってきた。
「結愛ちゃん」
「先生……」
「意識が戻って安心した……」
「すいません……」
「結愛ちゃん、可哀そうだけど、三日間の外出許可は今日までだ、もう無理しない方がいい……」涙が溢れてきた。
「結愛……」お母さんは私の背中をさすってくれた。
「私……脳腫瘍って診断されてから頭痛に襲われ吐き気がして、足が動かなくなって自由を奪われた……この三日間全力で楽しみたかったのに……」悔しい……苦しい……病気に支配されてる自分が情けない……
「そうだな……お母さんから聞いたよ……可哀そうに……思ってるより進行が早い……」
「怖いです……」
「そうだよな……」こうして私の三日間のはずだった娯楽の旅は今日をもって終了した。
次の日。
「結愛、これ読める元気があったら読んでね」お母さんが私のお気に入りの小説を持ってきてくれた。何回でも読める!と言っていた恋愛小説だ。
「お母さんありがとう!」
「どういたしまして!」すると突然目眩がした。
「目眩が……」
「大丈夫?」お母さんは私を心配してくれた。
「うん……」なんだか目の視界がぼやけている。
「視界がぼやけて見えるんだけど……」
「あら……」
しばらくして。ガラガラガラ。お父さんが病室へ入ってきた。
「結愛」
「お父さん」
「元気ないのか?」お父さんは私を心配してくれた。
「あったりなかったり」
「そうか……」
「私……」
ガラガラガラ。その時飯田先生が病室へ入ってきた。
「結愛ちゃん」
「飯田先生」
「調子はどう?」先生は私に優しく聞いてくれた。
「お母さんが私のお気に入りの小説を持ってきてくれてテンション上がってたんですけど、そのすぐ後目眩がして今は視界がぼやけて先生の顔が欠けて見えます、私の病状、確実に進行してますよね?」
「そうか……あぁ……」
「病気に負けたくない……でもやっぱり苦しい……私後どれぐらいですか?」気付けば先生に自分の余命を聞いていた。どんなに素晴らしい小説も私には一時的なものであって効果がなかった。現実が簡単に希望を飲み込んで、代わりに絶望を運んできた。
「結愛!」お母さんが私を注意した。
「余命はまだ分からない……でもそう長くはないだろう……」
「そうですか……私この先生きる意味あるんですかね……」どん底へと突き落されていく。
「結愛ちゃん……」
「結愛……」×2人 お母さん・お父さんも更に絶望した。
「皆さん、希望を捨てずに前を向きましょう」先生は私達を励ましてくれた。
「はい……」×3人
日に日に病状は深刻化していく。頭痛・感覚障害・視覚障害・嘔吐・倦怠感などの症状が急速に悪化した。更にはけいれんも起きてしまった。もう嫌だ……
そして。
「結愛ちゃんの余命は後二カ月です……」余命宣告された。
「そんな……」お母さんは泣き崩れ、お父さんは涙を浮かべて唇を噛んだ。でも私は
「ハハッ、よかったです、どうせ死ぬなら早い方がいい……早く楽になりたいから……」と生きることを諦め、絶望を通り越して笑顔でこんなことを言っていた。
「出来る限り手は尽くす……」
「飯田先生……私を治療したってもう治らない……」
「結愛ちゃん……」
「結愛……なんでそんなこと言うの……?」お母さんは涙ながらに聞いた。
「もういいの……疲れたの……私こんな体で生きたくない……」
「二カ月でも生きたいと願ってる人はこの世に沢山いる……お前は考え方を変えれば後二カ月も命があるんだ、残された時間、命を捨てたいなんて言わず、精一杯生きてはくれないか?」お父さんは一言一言私に伝わるように訴えた。伝わったお父さんの言葉は、この時の私には響かなかった。私はそっぽを向いた。
「結愛……」後にこの言葉が持つ本当の意味・家族に心配して貰えることがどれだけ幸運かを知ることになる。
「結愛ちゃんは」
ピピピピピピ。突然先生に電話がかかってきた。
「はい、飯田です」
『もうすぐ救急の患者さんが運ばれてきます!』
「分かった! すぐ行く!」
「すいません、もうすぐ救急の患者さんが運ばれてくるそうです、行かなくてはなりません」先生は申し訳なさそうに私達に言った。
「分かりました」
「広瀬慶大さん二一歳! 目眩・激しい頭痛を訴え、意識を失いました!」
「分かりました!」
「慶大! 慶大!」
「なぁ! 目覚ませよ!」
「君達は?」先生は男性二人に聞いた。
「俺達は慶大の友人です」
「こいつ大学帰りに頭痛がする……って道にうずくまって動けなくなっちゃったから……」と男性二人は答えた。
「そうですか……」
「どうか慶大を助けて下さい……」
「お願いします……」二人の友は泣きながら先生に縋った。
「はい!」慶大という男性は救急病棟へ運ばれた。
五分後。
「……ん」俺は意識を取り戻した。
「よかった……意識が戻って……」
「此処は何処ですか……?」すると
「此処は病院だ、私は飯田利久、君が運ばれてきた時に対応した医者だ」と先生は答えた。
「病院……俺どうして……」
「慶大君は大学帰りに目眩・激しい頭痛に襲われたそうだ、道にうずくまってしまって救急車で内へ運ばれてきた、友達二人が付き添ってくれていたよ」と飯田先生は答えてくれた。
「あっ、龍義と碧……また迷惑かけちゃった……」俺は俯いた。
「凄く心配してた……泣きながらどうか慶大を助けて下さい……って私に縋っていた……」
「二人に俺の意識が戻ったって伝えて頂けますか?」
「あぁ、後このことご家族にも伝えたいから、連絡先教えて貰えるかな?」家族……
「俺に家族なんていません」
「どういうことだ?」俺はそれ以上何も答えなかった。
「慶大君の意識が戻りました」飯田先生は龍義・碧に伝えてくれた。
「ほ、本当ですか……!?」
「うん」
「よかった……」×2人 龍義・碧は、今度は嬉し涙を流して喜んでくれた。
「慶大君に会うのは一般病棟に移ってからでいいかな? すぐ会えるから」
「はい」×2人
「今日から此処が君の病室だ」
俺は飯田先生に連れられて病室へとやってきた。
「今日から?」
「そう、目眩・頭痛・意識を失った原因を調べて、病名が付けば治療を始めなければならない」と先生は俺に説明した。クソッ。
「大丈夫、一緒に向き合っていこう」
「はい」
「結愛ちゃん、今日からこの病室に入院することになった広瀬慶大君だ、宜しくな」先生は俺の隣のベッドで窓の外を眺めていた女の子に声をかけた。ん? 彼女何処かで見た気する……もしかしてあの子……
「はい」彼女は俺の方を見て頷いた。
「彼は大学三年生、君の一歳上だ」
「宜しく」
「そうなんですね、宜しくお願いします」彼女は不愛想なのか元気がないだけなのか分からないけど、返事が素っ気なかった。
ガラガラガラ!
「慶大!」
「慶大!」その時凄い勢いで病室のドアが開いた。
「龍義・碧……」
「目眩は!? 頭痛は!?」龍義は前のめりになって俺に聞いた。
「ありがとう、今は落ち着いてる」
俺は龍義を慰めた。
「よかった……」龍義は安心した。
「お前の苦しみ方見て怖かった……このままお前が……このまま……このまま……」碧は我慢出来なくなって俺に抱き付いた。
「碧……ごめんな……」
「う……」俺は碧の背中をさすった。
「ちゃんと検査受けて直せよ」
「あぁ……」
「目眩や頭痛はいつから? 此処最近ではなさそうだが……」先生は俺に聞いた。
「うーん、三カ月前からです、毎日結構酷くて……」俺は正直に答えた。
「!」×3人 俺の答えを聞いて先生達は驚いた。
「そ、そんなに驚かないで下さいよ」
「そりゃ驚くよ……三カ月前って……」
「だってしょうがないじゃないですか、俺オーケストラ部の部長兼コンマスで皆を引っ張らないといけない、俺がいなかったら部は成り立ちません、それに勉強遅れるの嫌だし、それだったらどんなに辛くても我慢する方がいい、これは疲れのせいだ! いつかは治る!って信じてたんですけどね」と俺は説明した。
「慶大……なんで……なんで俺達に相談しなかった? 毎日毎日平気な顔して過ごしてたけど、本当は平気じゃなかったんだろ? 大丈夫じゃなかったんだろ?」龍義は震える声で俺に聞いた。
「相談したところでどうなる?」
「そりゃ色々手伝えたし、症状が悪化する前に病院にだって連れていってやった」
「もっと頼れ、慶大は一人で抱え込みすぎ、限界を感じた時は声上げていいんだぜ、迷惑なんて思うな、熱出した時ご飯作って、テスト勉強とヴァイオリン両立出来ずに倒れた時、お前を一週間看病したの誰だと思ってる? 俺達だ、お前から助けてって聞いたことがない」龍義・碧は俺を心配してくれた。でも俺はそんな彼らに酷いことを言ってしまったんだ。
「お前らに俺の何が分かる!? まずオケを甘く見すぎなんだよ!部長がいなかったらどうなるか・コンマスがいなかったらどうなるか全然分かってない! 勉強だってそうだ! 俺は一人暮らしだからって気遣って欲しくねぇーんだよ! 龍義・碧はいいよな、温かい家庭の中で育って、家族間で苦しく辛い思いしたことないんだろうな、でも俺は違う、羨ましいよ、家族に捨てられた怒り・寂しさは一生消えるものじゃないんだ!」俺は気付いたらそう言ってカーテンを閉め、布団を被り泣いていた。
「慶大……」×2人
「慶大君……彼に何があったんだ?」先生が龍義達に聞いた。
「彼は……」
「言うな」
「慶大、泣いてる?」碧の声が聞こえる。
「うるさい」
「こいつ色々あって親の愛知らないんです……」そんな彼らの話を聞いてる内に、広瀬さんは私と逆だということに気付き怒りが込み上げてきた。
「あの!」私はカーテンを開け叫んだ。
「何?」彼の目は腫れていた。
「あの! もっと友達に優しくしてあげて下さい! 皆さんは広瀬さんを大切に思ってるから、色々気にかけてくれているんです! 優しさですよ、今日会ったばかりで皆さんのことよく分からないですけど、きっとお互いがお互いを信頼して強い絆で結ばれているんだなと思いました、お願いします!」私は精一杯お願いした。
「は?」
「慶大!」
「君、この前公園で俺の宝物拾ってくれたよな?」広瀬さんは話を逸らした。
「えっ」公園? 宝物?
「黒色の時計、覚えてない?」黒色の時計……彼の顔をもう一度眺めてみる。ん?
「あぁー!!!」
「びっくりしたぁ~」
「思い出しました! あの時時計を失くして落ち込んでた人ですよね? その時計がたまたま私の足の下に落ちてて……」
「そうそう! その節はありがとな」こんな場所で再会するなんて偶然~
「いえいえ! 広瀬さんは私の初恋の相手だったんですよ」私は心に秘めていたことを打ち明けた。
「えっ」広瀬さんは固まってしまった。そりゃそうだ。
「す、すいません! いきなりこんなこと言われても困りますよね、忘れて下さい!」私はなかったことにしようとした。
「う、うん」彼は何処か寂しそうに見えた。
「それよりお願いしますね! 友達のこと」私はもう一押しした。すると
「君にとやかく言われる筋合いはない!」とさっきとは人が変わったように広瀬さんは怒鳴った。う……
「私、私実は友達が一人もいないんです、だから友達に囲まれてこんなに心配してくれてるのに、冷たい態度をとる広瀬さんに腹が立ちました、ご家族のことはお気の毒ですが、此処に友達がいることを当たり前だと思わないで下さい、特別なんですよ」と私は広瀬さんに必死で伝えた。
「そ、そうなんだ……確かにそう考えたら、俺は友達に恵まれてるかもしれないな……悪かった……気付かせてくれてありがとう……」広瀬さんは泣きながら私にお礼を言った。
「い、いえ」
「流儀・碧……ごめんな……俺自分のことしか考えてなかった……」広瀬さんは龍義さん・碧さんに謝った。
「大丈夫だ、俺達は何があってもお前のこと見捨てないから……」
「うんうん……」二人は広瀬さんの涙を拭って背中をさすった。
「ありがとう……」
次の日。左の感覚がなくなっていた。左手が動かなくなっていた。
嘘……これじゃ……
「おはよう、慶大君、今日は検査をしような」朝飯田先生が病室へ入ってきて俺に言った。
「おはようございます、はい」
「調子はどう?」
「左の感覚がありません……」先生の質問にそう答えると、先生は顔をしかめた。
「そうか……」 
隣のベッドの結愛は相変わらず元気がないように見える。
「あの」俺は彼女に声をかけてみた。
「はい」彼女は俺の方を向いてくれた。
「大丈夫?」
「えっ、あぁ……大丈夫です……」大丈夫ではなさそうな口ぶりだ。
「本当に?」
「はい……」絶対嘘!
「飯田先生、結愛大丈夫ですか?」
「うーん、彼女重い病気でね……もう手の施しようがなくて……余命宣告されてからずっとあんな調子なんだ……」と俺の質問に先生は答えてくれた。
「そうなんですね……余命宣告……」
「私後二カ月なんです、ハハッ」話の内容が聞こえていたのか、結愛は教えてくれた。
「二カ月……結愛…」意識していないのに、俺は彼女のことを自然に結愛と呼んでいた。もしかしたらこれが俺から結愛への告白だったのかもしれない。
「もう私に輝く未来は待ってない……」彼女は肩を落とした。瞳に光が宿っていない。
「可哀そうに……将来の夢とかもあっただろ?」
「文学を極めて小説家になりたかったです……昔から体弱かったから、人生を心の底から楽しめませんでした……」
「そっか……」この時何故か分からないけど、彼女には未来がないことを知ってたまらなく胸が締め付けられた。そして涙が溢れた。
「慶大君? どうした? 苦しいのか?」下を向いた俺を先生が心配してくれた。
「結愛……その夢叶えたかったよな……体が弱いことで君がどれだけ我慢し辛い思いをしてきたことか……きっと俺達には想像出来ないほどの苦しみを味わってきたんだろうな……」気付けば俺は彼女のベッドの側まで行き、腰かけて彼女を抱き締めて泣いていた。
「広瀬さん……どうして……?」だって……
「結愛のことが自分のことのように心配だから……君がこのまま絶望に飲み込まれていく姿を見たくない……」俺は更に力を入れて彼女を抱き締めた。
「広瀬さん……私……」結愛は震えながら俺を抱き締め返してくれた。
「大丈夫……俺が君を守るから……」突然胸を刺すような痛みが俺を襲った。
「うっ!」俺は胸を押さえた。
「広瀬さん!」
「慶大君!」結愛・先生は俺を心配してくれた。
「息苦しい……」
「慶大君、ベッド戻ろう……」
先生は俺をベッドへ寝かせてくれた。
「ハァハァハァ……」まだ大切なこと伝えてないのに……俺はどうなってしまうのだろう?
「息を深く吸ってゆっくり吐いてごらん」俺は先生の指示通り深呼吸した。
「ハァー」
「大丈夫?」
「はい……」俺は目を閉じた。俺人の心配してる場合か?
 「先生、広瀬さんは大丈夫なんですか? 彼最後私に何か伝えよ    うとしてましたよね?」私は彼が眠った後先生に聞いた。
「目眩や頭痛が三カ月、この胸痛・息切れ・意識障害、恐らく慶大君は人の心配をしてる状態ではない……今日の検査で彼を苦しめている原因が分かるだろう、そうだな」と先生は答えてくれた。
「そんな……じゃあなんで私を……?」
「よっぽど結愛ちゃんのことが心配だったんだろうな……まだ知り合って日も浅いのに、彼の方が歳上とは言え結愛って呼んでるし」
広瀬さん……
「私をそこまで……?」
「あぁ」
十三時。
「慶大君、検査の時間だよ、行こうか?」看護師さんが迎えにきてくれた。
「はい」いよいよ検査が始まる。この結果で全てが決まるんだ。
「歩いて行ける?」
「行けます」
「分かった」そして俺は検査室へ向かった。
「広瀬慶大君です」看護師さんは飯田先生に伝えた。
「じゃあ検査を始めるよ」こうして俺の検査は始まった。
「お疲れ様、検査結果は明日伝える、不安だと思うけど待ってて」検査が終わると、飯田先生はそう言った。
「はい、この結果で俺の人生が決まるんですね、ありがとうございました」
「あぁ」看護師さんが来た。
「何かあったら心配だから、一応付き添うわね、いい?」
「はい、大丈夫です」そして俺は結愛がいる病室へ戻った。
「結愛」俺は結愛に声をかけた。
「広瀬さん!」彼女は俺を見て飛んできた。
「大丈夫ですか?」結愛の瞳には光が宿っていた。安心したぜ。
「おう、結果待ちだ」
「そうなんですね」
「でも俺人の心配をする状態じゃないからさ……」
「えっ」結愛は不思議がった。
「ごめん……先生の話聞こえちゃった……」
「そうですか……」
「そいえばお前なんか元気になったな」
「はい、私のことであんなにも泣いて頂いて嬉しかったから……」結愛は笑顔を俺に向けた。可愛いぃ~
「そうか! それはよかった!」
「はい!」
 今日は検査結果が分かる日。診察室の前へ来た俺は深呼吸した。
「失礼します」
「慶大君、心の準備はいいかい?」飯田先生は俺に確認した。
「はい、教えて下さい」俺は先生を見つめた。
「慶大君、君は急性血管障害だ……」
「急性血管障害……」
「そう、しかも余命一カ月……」えっ。今なんて言った?
「…………」俺は何も言うことが出来なかった。
「可哀そうにな……」
 少しして先生は口を開いた。
「この病気は二一歳の人がかかるのは珍しい病気なんだ、ただし、先天性の病気を患っている人や、過去に動脈瘤・変形性血管障害になったことがある人は発症することがある、君はどれか当てはまるかい?」あっ。
「俺、中学二年生の時、部活の先輩に恨まれて階段から落とされたことがあります、その時凄い勢いで床に体打ち付けて頭打って、それが原因で動脈瘤になりました、その時既に家族からはいない者扱いされていたので迷惑そうでしたが、治療費を出してくれて手術をして無事に完治しました」お金の面では感謝してるけど、思い出したくもない。誰もお見舞いに来てくれなかったし。
「そうか……お気の毒に……じゃあ動脈瘤が原因だな」
「急性血管障害ってどんな病気なんですか?」
「脳の血管、つまり動脈の狭窄や閉塞が原因で、脳に必要な栄養や酸素を供給することが出来ず、脳組織が壊死に陥る病気だ……頭痛や目眩・意識障害・胸痛・息切れ・片麻痺・感覚障害などの症状が起きて死に至る……」
「…………」自分から聞いておいて、俺は何も答えることが出来なくなってしまった。
「慶大君……」
「俺……」
「なぁ慶大君、治療費は大丈夫なのか?」
「ありがとうございます、はい、大丈夫です」
「そうか」俺は中々前を向くことが出来ない。
「一カ月と言ってもまだ君は大丈夫だ!」先生は俺の肩を叩いた。
「はい……」
「本当にご家族には知らせなくていいのかい?」部屋を出る前に先生はもう一度俺に確認した。
「はい、もう何処にいるか分からないし、言ったところで心配して貰えないのは目に見えてるので」
「そう……」
「そんな目で見ないで下さいよ……」
「ごめん……一応治療はしような」
「はい」そして俺は病室へ戻った。
「結愛」
「広瀬さん!」部屋のドアを開けると、結愛が俺の名前を呼んだ。俺のベッドの隣には、龍義・碧がいた。
「お前ら……」
「検査結果は?」碧が俺に聞いた。
落ち着け。大丈夫。俺は笑った。
「慶大?」
「出たよ、急性血管障害だって、俺の命、後一カ月……」笑顔を作っていたつもりだったけど、涙が溢れてきて止まらなくなってしまった。
「け、慶大……お前……」
「なんで……?」二人は泣いてくれた。
「俺バカだよ……龍義や碧にもっと頼っとけばよかった……」
俺は俯いた。すると。フワッ。龍義・碧が俺を包み込んだ。彼らは何も言わず、ただ優しく抱き締めてくれた。
「う……」押さえていた感情が溢れ出した。俺は……俺は……
「広瀬さん、今心の中で思ってること、全部吐き出しちゃって下さい」結愛……結愛も泣いてくれている。
「俺……死にたくない……もっとお前らと一緒にいたい……笑い合ったりふざけあったりしたい……将来海外で活躍したかった……・死にたくない……!」
俺は心の中で思っていたことを全て吐き出した。
「慶大……」×2人
「一カ月なんて考えられない……」最後にしたいことも……」
「広瀬さん……」あっ。結愛の夢を一つ叶えてあげることが出来る!
「結愛」俺は涙を拭って結愛の名前を呼んだ。
「はい……」結愛は目に涙を沢山溜めている。
「俺結愛が好き! 俺に一目惚れしてくれてありがとな……もしよかったら、一カ月だけの恋人になってくれないか?」俺は結愛に告白した。
「えっ」彼女は固まってしまった。
「分かってる……君を置いて逝かなきゃならないと知りながら告白をする俺はどうかしてる……でも気付いてしまった……君の魅力に……俺を必要としてくれるならその気持ちに答えたい……自分勝手で人の気持ちを考えない俺を許して……」
「慶大……ありがとう……嬉しい……一カ月だけじゃない……二カ月先もずっと慶大は私の彼氏だよ……自分勝手じゃない……慶大は私を救ってくれたヒーローだよ!あの公園で会った日からずっと私が憧れる存在だった……私悲しみなんかに負けない!」結愛は俺を真っすぐ見つめて告白の返事をくれた。
「結愛……ありがとう……」
この日、私は過去にお父さんが言っていた言葉が持つ本当の意味を知った。目の前に一カ月後に命を落としてしまう人がいる。その人は、大人で友人がいて夢を持っている人だ。全てを失い、夢を叶えられない彼はどれほど苦しいだろう? 辛いだろう? 私と代わってあげたい。早く死にたい・楽になりたいと言った自分が許せない。こんなにも死にたくないと泣いている人がいる。私が彼にしてあげれる責めてものこと。それは彼の側にいることだ。最後まで。
「おはよう、結愛」
「おはよう」次の日の朝、お母さん・お父さんがお見舞いに来てくれた。
「おはよう!」私は元気よく挨拶した。
「あら! 結愛じゃないみたい!あんなに落ち込んでたのに」
「何かあったのか?」お父さん・お母さんは驚いている。
「うん! 隣にいる慶大のお陰かな! 二カ月の命を精一杯生きようって思わせてくれたから!」私は笑顔でそう言った。
「慶大って? カーテンが閉められてるけど、丸で彼氏みたいな呼び方ね」お母さんは混乱した。あっ……私何も考えずに家族と話してた……
「俺に気遣わなくていい」私の心の中を察したように、カーテンの向こうからそんな声が聞こえた。
「大学三年生の男の子だよ、彼余命一カ月なんだって……それで今は私の彼氏だよ」と私は説明した。
「そうなの……だから慶大君のお陰なのね、それでカーテンが」お母さんはカーテンを切なそうに眺めた。
「うん、でもカーテンが閉められてるのはそれが理由じゃない……」
「なんだ?」お父さんが私に聞いた。話してもいいのかな?
シャー。カーテンが開いた。
「すいません、俺家族がいないので、結愛が家族と話してるのを見て寂しさを感じて思わずカーテンを閉めてしまいました、どうぞお気になさらないで下さい」慶大の目は腫れていた。泣いていたのだろう。本当はいないんじゃない、捨てられたということを私は知っている。
「そう……」
「慶大、思い出すの辛いかもしれないけど、過去に何があったか話してくれない?」思い切って聞いてみた。
「えっ」
「知りたいの」
「分かった」そして彼は話し始めた。
「俺は幼い頃から頭がよかった、賢すぎてなんでも一人で出来た、両親はいつしか俺に目を向けなくなった、完全に無視されるようになったのは小学三年生の時、なんでも出来ることに嫌気がさした、小学四年生の夏に俺を家に残して両親は旅行へ出かけた、旅行から帰ってくることはなかった、両親は旅行と嘘をつき家から出ていったと後で警察から聞いた、俺は捨てられた・最初からいらない子供だったんだと思った、だから俺は両親を憎んでる、友達がいなかったら此処まで生きてこれなかった」
「…………」慶大の話を聞いた私達は何も言えなかった。
「でも幸せだった……施設の子供達に勉強を教えたり、学校で友達とはしゃいだり……」彼は遠くを見つめた。
「慶大……話してくれてありがとう……」
「うん……だから結愛は家族を大切にしろよ……家族に心配して貰えるのは当たり前じゃないから」そうか。私は幸せなんだ。こんなにも心配してくれる家族がいる。
「うん……」私は慶大に出会って生きるということの考え方が変わった。
 それから私達はお互いのことを知る為に沢山話した。今出来ることを精一杯やって楽しんだ。大好きな彼が私の隣で笑ってる。それだけでいい。私達は生きる意味を見つけ、懸命に生きた。
 一カ月後。慶大は意識障害を繰り返すようになった。
「慶大君! しっかりしろ! 慶大君!」
「慶大……戻ってきて……」私は泣きながらお願いした。いつかこうなると分かっていた。でも……
「慶大……」×2人 龍義さん・碧さんも泣いている。
 「……ん」慶大は目を覚ました!
しかし数時間後。
「結愛……君に出会えて幸せだった……龍義・碧……今までありがとう……」意識がもうろうとする中で慶大はそう告げた。
「慶大! 慶大!」
「逝かないでくれ……」龍義さん・碧さんは慶大の手を握って訴えた。私は何も言えない。
「結愛……」!
「慶大……私と出会ってくれてありがとう……」彼は優しく微笑むとゆっくり目を閉じた。
「慶大!!!」×3人 慶大が死んだ。でも私は進む! 慶大。私が見つけたものはね。強さだよ。タイムリミットまで私は強く生きる!


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