100日後に〇〇する〇〇

Zazilia

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3 出張

12日目 お出かけ

7時23分


 窓の外が、雨に濡れた。
 大粒の雨と強い風が、窓を叩く。
 さっきまで、晴れ渡った星空が広がっていたのに。
 シェルナーさんは、コーヒーのカップを置いた。「世の中には、色々な対立がある」シェルナーさんは言った。「民主主義と社会主義。宗教。人種。民族。女と男。若者と老人。理性と本能。善と悪。魔法族と人間」
 ぼくの頭には、キノコとタケノコが浮かんだ。
「私に言わせれば、そのようにして立場や選択肢を二極化すること自体が対立の原因になっているとしか思えないんだが、つまり、今回私がここに来たのは、それが理由だ」シェルナーさんは言った。「私は、常に、変化をもたらそうとする者たちの味方だ。現在の社会は未だ未熟だと考えているからね。ただ、間違った方法で変化をもたらそうとする者たちの存在は、看過されてはいけないとも思っている」
 シェルナーさんは、ぼくのために丁寧に前置きをしているのだ、と気がついた。
 そして、ハリエットさんは、それに付き合ってくれている。
「ハリエットはすでにそれが誰だか知っているから、伏せることにするけれど、とある連中が、西洋の象徴の1つであるこの街を沈めようとしている。それを止めて欲しい」シェルナーさんは、手書きの資料をハリエットさんに手渡した。「主要都市や有名な観光地は常に組織犯罪の危険にさらされている。私達の仕事の1つは、それを未然に察知して止めることだ。可能な限り迅速に、可能な限り平和な方法でね」
 ハリエットさんは、メモに視線を落としていた。「これだけで良いのかい?」
 シェルナーさんは頷いた。「きみ一人でも余裕だろう。そこにあのアナとソラも加われば、3時間もあればこなせるだろう。アナはどこだ?」
「イタリア男を漁っているよ」
「……っ」シェルナーさんは、こらえきれないと言った様子で、静かに吹き出した。「あの子らしいな。まあ良いさ。現地警察にも連携を仰いでいる。直接足を運ぶ必要はあるが、12人の魔法使いをきみのチームに引き入れることも出来る」
 ハリエットさんは、頷きながら背もたれに身体を預け、窓を見た。「この雨は?」
「フラーだ」
「水の魔女だ。1人で天候を操れる。凄腕さ」ハリエットさんはぼくに耳打ちをした。
 ぼくは頷いた。
 シェルナーさんはコーヒーカップを取った。「歴史に残る大嵐になるぞ。今この瞬間から、ベネチアは封鎖される。船は使えず、飛行機は飛ばず、道路には検問が敷かれる」
 ハリエットさんはぼくを見た。「きみは観光すると良い。こういう珍しい現象が大好きだろう」
「そうなのか?」シェルナーさんは優しい目でぼくを見た。
 ぼくは、少したじろいで、ハリエットさんを見た。「なんでわかったんですか?」
 ハリエットさんは優しくほくそ笑んだ。「目が輝いてるぞ」
 ぼくは、目を固く閉じて、小さく笑った。「わくわくするんですよね」
「子どもだな」ハリエットさんはシェルナーさんを見た。
「子どもだね」シェルナーさんは優しく微笑んだ。
 ぼくの顔が熱くなった。
「わたしは、とりあえず警察署に顔を出すとしよう」ハリエットさんは立ち上がった。彼女は、手の平に作り出した黒のロングコートを身にまとい、手の平に作り出したターコイズのマフラーを首に巻き、手の平に作り出した長い黒の傘を握りしめた。「シェルナー。受付にチップを渡しておく。きみさえ良ければここで過ごすと良い。食材はいくつかレストランに預けてあるから、作ってもらうと良い」
「ありがとう」
 ハリエットさんは、シェルナーさんに右手を差し出した。
 シェルナーさんは立ち上がり、ハリエットさんの右手を握り返した。「頼んだよ」
「ああ」ハリエットさんは、部屋を出ていった。
 ぱたん、とドアが締まり、広々としたスウィートルームに雨音が響く。
 建物を震わせるような大雨の音だけれど、耳を傾ければ、心地良さに包まれる。
 ヒトはやっぱり、自然とともに生きるべきだ。
 ぼくは、深呼吸をした。
 さて……、ぼくは、ぼくの向かいのソファに座っているシェルナーさんに意識を向けた。
 人生最大の難関とは、そう何度もあるものじゃない、そう言う人がいるのも知っている。
 だが、ぼくにとっては違う。
 初対面の人との二人っきりの時間。
 しかも、謎に威厳を漂わせている、出来るオーラむんむんの人。
 しかも、美女で、もろにぼくのタイプ。
 これが、ただのすれ違いざまに道を聞かれたとかなら大丈夫だ。
 でも、シェルナーさんは国際魔法犯罪課の刑事だし、なんだか偉そう。
 対応を間違えれば今後のインターン生活に支障が出るかも知れない。
 愛想良くするのは慣れているけれど、得意とは言えない。
 どうしよう……。
 以前までのぼくなら、15歳の頃のぼくなら、この場で発狂して死んでしまっていたかも知れない。
 だが、今のぼくには、成功した経験がある。
 例えば、アナちゃん。
 なんだかんだでルームシェアもして、一緒に旅行に行くまでの仲になれたじゃないか。
 大丈夫……。
 今のぼくならやれる。
 かましてやるぜ。
 ぼくは目を開けた。
 シェルナーさんが、灰色の瞳で、楽しそうな感じでぼくを見据えていた。
 ぼくは面食らってしまい、彼女から目をそらした。
 だ、だめだ……、もうおしまいだぁ……。
 ぼくは、部屋のあちらこちらへ視線を飛ばした。このときになってはじめて、カーテンの色が緑色だということに気付いた。
 シェルナーさんは、ふっ、と、優しく笑った。「なにか飲む?」
「い、いただきます」
 シェルナーさんは、備え付けの冷蔵庫を開けると、ビール瓶を2つ取り出した。「まともなお酒がないね。これ飲んだらどっか行こっか」シェルナーさんは、手でひねって栓を抜くと、瓶をこちらに差し出した。
 ぼくは、瓶を受け取った。「良いですね」
「ソラって、男から口説かれたことある?」
「何度か」ぼくはビールを啜った。アルコールがすぐに血中に吸収され、少しだけ気分が良くなった。
「私もきみと一緒なの」
 ぼくは首を傾げた。「というと?」
「心が男なの」
「あ、そうなんですね」
 シェルナーさんは頷いた。「子どもの頃からなんか違うなって思ってて、男と試したこともあるんだけど、しっくりこなかった」
 ぼくは頷いた。なんでそんな話をするんだろう。ひょっとすると、ぼくはこれから口説かれるのだろうか。
「男から口説かれててさ、何回も断ってんのに来んのよ」
「逮捕してしまっては?」
 シェルナーさんは笑った。「同僚だし、能力はあるからさ。それに良い奴だし。こういうとき、ソラならどうする?」
「一緒に働いてるんですか?」
「いや。年に何回か顔を合わせるくらい」
「シェルナーさんは楽しんでるんですか?」
「残念な感じ。良い友達になれると思うんだよね。それさえなければ」
 ぼくの脳裏に浮かんだのは、小学生の頃、ぼくに告白をしてきたクラスメイトのことだった。「ぼくも同じようなことありました。突然告白されて、なんか気持ち悪いなって思って、それから自然と関わらなくなっちゃいましたね」
「そいつは魔法使い?」
「そうです。今は、インターンの助手をやってますね。ウルグアイにいるみたいです」
「どうして知ってるの?」
「どうしてだったかな。資料で見かけたんだと思います」
 シェルナーさんは頷いた。「その子も優秀なんだ」
「だと思います」
 世界中には26の学園があり、各学園の中等部卒業時点で上位12位の成績を収めた生徒はインターンになる資格を与えられ、上位13位から26位の生徒は、インターンとなった生徒のパートナーになる資格を与えられる。幼馴染のあいつは、どこかの誰かのパートナーとして世界中を周っているのだった。
「ソラはどうして1人なの?」
「1人が気軽なので」
「人に指示を出す経験も大事だよ。上手くお願いすることが出来ないと、人は社会で孤立して、いい年こいて問題児扱いされちゃうかも」
 ぼくは頷いた。「まあ、気が向けば、パートナーを持ってみるのも良いかも知れませんね」
 シェルナーさんは、空になったビール瓶をテーブルに置いた。彼女は、窓の外を見た。
 強風と叩きつけるような大粒の雨にさらされた窓は、ガタガタと震えていた。「わくわくするの?」
「はい」ぼくは、ビールを飲み干して、瓶をテーブルに置いた。アルコールが回ってきた。身体が程良く温まり、呼吸が軽くなる。自分が無敵モードに切り替わりつつあることを実感する。ぼくは、窓の外を見た。「良い天気」
「変わってるね。良い感じ」
 ぼくは、小さく笑った。
 シェルナーさんは小さく笑い、立ち上がった。「行く?」
「行きましょう」ぼくは、手の平にコートを作り出しながら、立ち上がった。
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