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第一章
<十> 自由な気持ち
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山荘の夜が更けていく……。
美味しい夕食のひと時を終えて、みんな司会のアナウンスに耳を傾けた。
「えー、それでは、これから食器の片付けと、寝る準備を進めていきます。二階の部屋から布団リレーで布団をおろしていきましょう。夜の言葉を通しての学びは九時頃から始めます」
「えっ? 布団リレー? バケツリレーは聞いたことあるけれど」
そのあと、ぼくは布団リレーに加わり、人数分の敷き布団と掛け布団を、「敷き一、敷き二、敷き三、…」と布団の数を掛け声にしながらみんなでリレー形式で下ろして行った。掛け声のおかげか、一体感があって面白い雰囲気だった。
――――畳の広間に戻ると、テーブルは片付けられて、ロの字にぐるりと座布団が敷かれていた。これから五十人くらいの人がぐるりと取り囲むようにここに座るのか……。
「すごい、なんか、不思議な光景や……」
正直びっくりした。こうやってみんなで座布団に座ることなんて普段なかなかない。座布団に長い時間座る機会もそうそうない。
カッちゃんに聞いてみた。
「これって何時くらいまでやるん? 長い時間座ってられるかなぁ?」
「いつも大体十二時くらいまでやるで。盛り上がったらあっという間やけどさ」
「えっ? 十二時まで? って三時間もあるやん?」
「疲れたら自由に休憩に出たらええで」
それを聞いてちょっと気が楽になった。
にしても、これからどんな話が繰り広げられるのだろうか……。
――――いよいよ、言葉を通しての学びが始まる。
今日のテーマが中村さんより発表された。
「みなさん今日はお疲れさまでした。桜が咲く中、良い天気で共同作業進められて良かったですね。さて今日のテーマですが……」
「自由について、です」
「えっ? 自由について!? ってことは、自然農についてじゃないんや……」
まさかだった。びっくりした。
てっきり、自然農ではなぜ耕さないのかとか、お米の苗床の話とか出てくるんだろう、と思った。でも、違った。
ふと中村さんと目があった気がした。
中村さんはぼくの驚きを察知されたのか、言葉を続けられた。
「自然農の具体的なやり方については明日の実習で一緒に学びましょう。この言葉を通しての学びでは、自然農の基本のこともみんなで話しますが、そのほかに、自然界の営みのこと、あるいは農を超えて、人の心のこと、人が生きるために必要なさまざまなことを話し合っていけたらと思てます」
「おお、なんと! そういうことか……」
つまり、赤目自然農塾で学ぶことは作物の作り方だけではないということか。
どう生きるか、どう考えるか、そういうことがこれからここで話されるのか。
「そしたら今日も真野さんに朗読をお願いしますね」
「あ、真野さんって今日のお母さん役だった人だな…」
中村さんの言葉を受けて、真野さんによる朗読が始まった。
塾生の何人かも、川口さんの著書『自然農にいのち宿りて』(創森社)を開いていた。
<自由>
――自由とは、自己本位の我がまま気ままではありません。絶対界に立っている、あるいは個々別々にして一体の境地を体得している時は自由です。(中略)自由のなかで誠の人生、心美しく豊かにして幸福の人生を具現化したい、あるいは具現化できる私になりたいと思い願うこと自ずからであり、誰しもが願うところです。
真野さんの、優しく語りかけるような朗読が終わった。
広間を朗読の余韻が包んでいた。
「なんかすごい文章だな……」
聞き覚えのない言葉がいくつかあった。
「絶対界」とは何か、「個々別々にして一体の境地」とは何なのか。
中村さんがゆっくりと話し始めた。
「川口さんの独特の表現があるんで、初めは戸惑うかも知れませんね。徐々に慣れていってもらえたら思います。みなさんいかがでしょう? 思ったこと感じたこと、なんでも話してくださいね」
みんな何を話そうか考えているのか、しばらく沈黙が続いた。
ぼくも自分なりに考えてみようと思った。
自由とは、何か……。
簡単そうで、でも考えると難しい。
そりゃみんな自由に生きたいと願っている。
でも、自由と好き勝手は違うし、みんな仕事があって家庭があって、学生なら学校があって、色んな関係の中で生きている。
その中で自由だと思えるのは、どういう境地なんだろうか……
そう考えていたら、カッちゃんが静寂を破るように、ゆっくりと手を挙げて話し始めた。
「ぼくは、赤目に来ると、自由な気持ちになれるんさ」
えっ? 赤目に来ると自由って!?
カッちゃんは言葉を紡ぐように話をつづけた。
「なんて言ったらええやろな、赤目に来たら、自然に湧き起こる気持ちが出てくるんさ。無理して頑張らなくてもええんやって、そう思えるんさ」
「そうか、そういうことやったんや!」
ぼくは今日の共同作業で、何をしたら良いかわからず戸惑っていたぼくにカッちゃんがぼくにかけてくれた言葉を思い出した。
『そんな考え込むことないで。できることをすればええんやよ』
その暖かく優しい言葉の意味がいまわかった。
それは、自由な気持ちで生きれば良い、ということだった。
でも、自由に生きる、って簡単じゃない。
そしてその自由が、自分本位の自由だったら駄目なんだし……
今度は千恵子さんが手を挙げ、カッちゃんの言葉に応じるように話し始めた。
「赤目に来ると自由に思えるというのは、もしかしたらこの赤目自然農塾のあり方が関係しているのかも知れないですね。共同作業もそう、お台所もそう、誰かが上に立つんじゃない。中心になる役目の人がいて、他の人はその人に添って作業をしていく。そして作業に参加するかどうかはみんなの自由なんです」
カッちゃんと千恵子さんの話を聞いてわかったことがあった。
それは、どうしてこの、「善意で成り立つ組織」が可能なのかということだった。
参加するのはみんな自由、そしてみんなこの雰囲気の中で自然とやりたい気持ちが湧き出るんだ。
ぼくが初めて赤目自然農塾を訪れた時に覚えた、引き込まれるような感覚も、塾のあり方から来ているのかも知れない……。
千恵子さんに続いて、何人かの方が話された。
みんな、赤目に来ると気分が安らぐとか、どうして赤目自然農塾がこうした塾のあり方なのかなど、思い思いに語っていた。
ところがここで一つ問題が起きた。
慣れない座布団で、正座したりあぐらしたり繰り返したけど、足がしびれてきた。
「あかん、限界や……」
ぼくはトイレに立つことにした。
山荘の外に出てみた。まだ作務衣だけだと外は肌寒い。
遠くを見ると、ちょっと赤みがかった半月が、丸い側を下にして、山際に近づきながら沈んでいこうとしていた。
「あれは上弦の月だろうか。こういう月も情緒があって良いな……」
ぼくは半月を見ながら、今の話を思い返してみた。
そして一つひっかかることがあった。
それはカッちゃんが言ってたこと、そして他の人も言ってたことで、
『赤目に来ると、自由』ってことだ。
「でもそれだったら、赤目から普段の生活に戻ったら自由じゃなくなるってことだろうか?」
そこでぼくは妻との会話を思い出した。
妻は友人とのランチ会での話で、友人がみんな悩みを抱えてると話してくれたんだった。
夫婦の会話がほとんどなかったり、離婚間近だったり……
この社会、大人もこどももみんなストレスを抱えて生きているんじゃないか、ぼくはそのときそう思った。
それは、「自由に生きる」とはかけ離れているような気がした。
じゃあ、どうすれば良いんだろう……。
「よし、ぼくもこの疑問をみんなに話してみようか」
そう思いながら、トイレを終えたぼくは山荘に戻った。
このあと夜の学びはさらに深まっていく。
まるで半月が沈みゆく夜空のように……
□次話公開予定…10/8(火)
美味しい夕食のひと時を終えて、みんな司会のアナウンスに耳を傾けた。
「えー、それでは、これから食器の片付けと、寝る準備を進めていきます。二階の部屋から布団リレーで布団をおろしていきましょう。夜の言葉を通しての学びは九時頃から始めます」
「えっ? 布団リレー? バケツリレーは聞いたことあるけれど」
そのあと、ぼくは布団リレーに加わり、人数分の敷き布団と掛け布団を、「敷き一、敷き二、敷き三、…」と布団の数を掛け声にしながらみんなでリレー形式で下ろして行った。掛け声のおかげか、一体感があって面白い雰囲気だった。
――――畳の広間に戻ると、テーブルは片付けられて、ロの字にぐるりと座布団が敷かれていた。これから五十人くらいの人がぐるりと取り囲むようにここに座るのか……。
「すごい、なんか、不思議な光景や……」
正直びっくりした。こうやってみんなで座布団に座ることなんて普段なかなかない。座布団に長い時間座る機会もそうそうない。
カッちゃんに聞いてみた。
「これって何時くらいまでやるん? 長い時間座ってられるかなぁ?」
「いつも大体十二時くらいまでやるで。盛り上がったらあっという間やけどさ」
「えっ? 十二時まで? って三時間もあるやん?」
「疲れたら自由に休憩に出たらええで」
それを聞いてちょっと気が楽になった。
にしても、これからどんな話が繰り広げられるのだろうか……。
――――いよいよ、言葉を通しての学びが始まる。
今日のテーマが中村さんより発表された。
「みなさん今日はお疲れさまでした。桜が咲く中、良い天気で共同作業進められて良かったですね。さて今日のテーマですが……」
「自由について、です」
「えっ? 自由について!? ってことは、自然農についてじゃないんや……」
まさかだった。びっくりした。
てっきり、自然農ではなぜ耕さないのかとか、お米の苗床の話とか出てくるんだろう、と思った。でも、違った。
ふと中村さんと目があった気がした。
中村さんはぼくの驚きを察知されたのか、言葉を続けられた。
「自然農の具体的なやり方については明日の実習で一緒に学びましょう。この言葉を通しての学びでは、自然農の基本のこともみんなで話しますが、そのほかに、自然界の営みのこと、あるいは農を超えて、人の心のこと、人が生きるために必要なさまざまなことを話し合っていけたらと思てます」
「おお、なんと! そういうことか……」
つまり、赤目自然農塾で学ぶことは作物の作り方だけではないということか。
どう生きるか、どう考えるか、そういうことがこれからここで話されるのか。
「そしたら今日も真野さんに朗読をお願いしますね」
「あ、真野さんって今日のお母さん役だった人だな…」
中村さんの言葉を受けて、真野さんによる朗読が始まった。
塾生の何人かも、川口さんの著書『自然農にいのち宿りて』(創森社)を開いていた。
<自由>
――自由とは、自己本位の我がまま気ままではありません。絶対界に立っている、あるいは個々別々にして一体の境地を体得している時は自由です。(中略)自由のなかで誠の人生、心美しく豊かにして幸福の人生を具現化したい、あるいは具現化できる私になりたいと思い願うこと自ずからであり、誰しもが願うところです。
真野さんの、優しく語りかけるような朗読が終わった。
広間を朗読の余韻が包んでいた。
「なんかすごい文章だな……」
聞き覚えのない言葉がいくつかあった。
「絶対界」とは何か、「個々別々にして一体の境地」とは何なのか。
中村さんがゆっくりと話し始めた。
「川口さんの独特の表現があるんで、初めは戸惑うかも知れませんね。徐々に慣れていってもらえたら思います。みなさんいかがでしょう? 思ったこと感じたこと、なんでも話してくださいね」
みんな何を話そうか考えているのか、しばらく沈黙が続いた。
ぼくも自分なりに考えてみようと思った。
自由とは、何か……。
簡単そうで、でも考えると難しい。
そりゃみんな自由に生きたいと願っている。
でも、自由と好き勝手は違うし、みんな仕事があって家庭があって、学生なら学校があって、色んな関係の中で生きている。
その中で自由だと思えるのは、どういう境地なんだろうか……
そう考えていたら、カッちゃんが静寂を破るように、ゆっくりと手を挙げて話し始めた。
「ぼくは、赤目に来ると、自由な気持ちになれるんさ」
えっ? 赤目に来ると自由って!?
カッちゃんは言葉を紡ぐように話をつづけた。
「なんて言ったらええやろな、赤目に来たら、自然に湧き起こる気持ちが出てくるんさ。無理して頑張らなくてもええんやって、そう思えるんさ」
「そうか、そういうことやったんや!」
ぼくは今日の共同作業で、何をしたら良いかわからず戸惑っていたぼくにカッちゃんがぼくにかけてくれた言葉を思い出した。
『そんな考え込むことないで。できることをすればええんやよ』
その暖かく優しい言葉の意味がいまわかった。
それは、自由な気持ちで生きれば良い、ということだった。
でも、自由に生きる、って簡単じゃない。
そしてその自由が、自分本位の自由だったら駄目なんだし……
今度は千恵子さんが手を挙げ、カッちゃんの言葉に応じるように話し始めた。
「赤目に来ると自由に思えるというのは、もしかしたらこの赤目自然農塾のあり方が関係しているのかも知れないですね。共同作業もそう、お台所もそう、誰かが上に立つんじゃない。中心になる役目の人がいて、他の人はその人に添って作業をしていく。そして作業に参加するかどうかはみんなの自由なんです」
カッちゃんと千恵子さんの話を聞いてわかったことがあった。
それは、どうしてこの、「善意で成り立つ組織」が可能なのかということだった。
参加するのはみんな自由、そしてみんなこの雰囲気の中で自然とやりたい気持ちが湧き出るんだ。
ぼくが初めて赤目自然農塾を訪れた時に覚えた、引き込まれるような感覚も、塾のあり方から来ているのかも知れない……。
千恵子さんに続いて、何人かの方が話された。
みんな、赤目に来ると気分が安らぐとか、どうして赤目自然農塾がこうした塾のあり方なのかなど、思い思いに語っていた。
ところがここで一つ問題が起きた。
慣れない座布団で、正座したりあぐらしたり繰り返したけど、足がしびれてきた。
「あかん、限界や……」
ぼくはトイレに立つことにした。
山荘の外に出てみた。まだ作務衣だけだと外は肌寒い。
遠くを見ると、ちょっと赤みがかった半月が、丸い側を下にして、山際に近づきながら沈んでいこうとしていた。
「あれは上弦の月だろうか。こういう月も情緒があって良いな……」
ぼくは半月を見ながら、今の話を思い返してみた。
そして一つひっかかることがあった。
それはカッちゃんが言ってたこと、そして他の人も言ってたことで、
『赤目に来ると、自由』ってことだ。
「でもそれだったら、赤目から普段の生活に戻ったら自由じゃなくなるってことだろうか?」
そこでぼくは妻との会話を思い出した。
妻は友人とのランチ会での話で、友人がみんな悩みを抱えてると話してくれたんだった。
夫婦の会話がほとんどなかったり、離婚間近だったり……
この社会、大人もこどももみんなストレスを抱えて生きているんじゃないか、ぼくはそのときそう思った。
それは、「自由に生きる」とはかけ離れているような気がした。
じゃあ、どうすれば良いんだろう……。
「よし、ぼくもこの疑問をみんなに話してみようか」
そう思いながら、トイレを終えたぼくは山荘に戻った。
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