心躍るロンド ~面白き自然農の世界~

うーちゃん

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第一章

<二> おいしくなーれ

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「安全な食べものを自分の手で作れるようになりたい……!」
 
2021年春、今まで農業の「の」の字も知らないくらい農業に縁がなかったぼくが、そう意気込んで、社会人向けの有機農業の大学校に通うことに決めた。

それからは、色んなことが目からウロコの一年間だった。
初めて知ることがたくさんあった。

「学校に通うだけじゃなくて、自分でも実践できる場所がほしいな」
そう思って、家の近所の貸し農園で小さな畑も借りた。

3月、大学校の農場実習が始まった。

早速、ニンジンの種をまいたり、ジャガイモの種イモを植えたり、ピーマンやキュウリの苗を植えたりと、色んな初体験が目白押しだった。

ある日、トウモロコシの苗を植えた。それはアサガオのような双葉ではなく、ピンと縦に立っている。
 
「これがトウモロコシになるんか……」
 
そのとき、中学校の理科で習った知識を思い出した。
植物には単子葉植物と双子葉植物という分類がある。
 
「そっか、トウモロコシは単子葉植物だ。だから、種から発芽したときに双葉ではなく細長い葉っぱが出てくるんやな」
 
それは、紙の上だけだった知識が本物になった瞬間だった。
思えばぼくたちは、学校で農業に関わる知識も学んでいたのだ。それを活かす場がなかっただけで、みんな実は農業に触れている。今でも小学生は毎年アサガオを育てているし、ミニトマトを育てる授業だってある。
 
でも、そのときは、こんなに大事なことを習っているなんて思わなかった。
そして、大人になって忘れてしまっていた。
 
農業実習は毎回楽しかった。
親身になって教えてくださったのは、農業大学校のユニークな先生方だった。
 
「私はニンニクが大好きなんですよ」
 
と言って、畑から収穫したばかりのニンニクを生のままボリボリ食べる先生や、
 
「おいしくなーれ」
 
と言いながら、野菜の苗を植えたあとキュッキュっと両手で土を押さえるお茶目な先生もいた。
みんなもその先生の真似をして、「おいしくなーれ」と言いながら苗を植えて楽しくなった。


春に植えた野菜は成長し、収穫の時期を迎えた。
収穫した野菜を口にしたときは感動した。
 
「美味しい。そうか、野菜ってこんな味やったんや……!」

みずみずしくシャキっとしたキュウリ。
モチモチして甘いトウモロコシ。
どれも個性的な野菜の味がした。

苗が成長し、実を結び、収穫し、味わう。
そのことがこんなにも嬉しいなんて……。


学校に通っているうちに、気の合う友人もたくさんできた。
社会人向けの大学校だったこともあって同年代が多く、話がはずんだ。
ぼくにはみんなに聞いてみたいことがあった。
 
「有機農業を学びたいと思ったきっかけって?」
 
たずねると、みんな快くそれぞれの思いを語ってくれた。
有機農業で生計を立てようと考えている人もいたし、自分の人生に活かそうという人もいた。
 
ぼくと同世代の橋本君は、食に興味を持ったきっかけから話してくれた。
 
「大学生の時に毎昼ポテチとカップラーメンを食べる生活を何年も続けてたら、ある時急に体が動かなくなったんだよ」
 
その後、カップラーメンをやめたらすぐに体調は良くなったんだそう。
 
「やっぱり人って食べるものが大事なんだなって、身をもって知ったよ」
「そして社会人になって、こどもが生まれたときに家庭菜園を始めて、そしたらすごく楽しくてもっと詳しく知ってみたいと思ったんだ」
 
他にも、ぼくより年上のダンディーな渡辺さんは、これからの夢があると語ってくれた。
渡辺さんは今まで旅行業に25年関わって来られたんだそう。
 
「もともと家庭菜園をやってたんだけど、将来定年後に農業に携わりたいと思ってるんだ」
「いつか農業と旅行業をからめたアグリツーリズムを企画して、産地と旅行客がつながるきっかけを作ってみたい。楽しみながら仕事をするのが一番だよね」
 
「楽しみながら仕事をするって、すてきやな……」

ぼくも自分の思いをみんなに語った。

みんなそれぞれの思いを持って学びに来ている。
ぼくも頑張らないといけないな、と改めて思った。
でも、このときはまだ、一年間学び終わった後何をするかを考えていなかった。授業で学んだことを吸収するのに手一杯だったし、それが楽しかったからだ。
 
ところが、夏頃に事件が起きた。
 
――――貸し農園の様子がおかしい。
 
家の近所の貸し農園では、こどもも喜んで食べられるものをと思って、スイカとメロンを植えていた。
生育はすごく順調だった。
このままいけばたくさん収穫できるのではと期待していた。
でも、そうはならなかった。
 
「おかしい、スイカもメロンも葉っぱが黒くなってきてる」
「どうしてやろ、これまですごい勢いで育ってたのに、なんで……?」
 
大学校の先生に聞いてみた。
こういうとき、先生がいることが頼もしい。
 
「それは青枯れ病じゃないかな」
 
葉っぱが青いまま枯れる、青枯れ病。
病気になった原因は色々考えられるとのことだった。
 
「暑い時期で水が足りなかったんやろか? それとも、雑草が生えすぎて風通しが悪かったから?」

雑草……。
それは有機農業ではいつも悩みの種だ。
ぼくは貸し農園を始めたとき、雑草対策として、大学校で教えてもらった通りに「マルチ」という黒いビニールシートを うねにかぶせていた。

でもそれから三カ月ほど経って、マルチの周りの草刈りが追い付かず、いつの間にか草ボーボーになってしまっていた。
それが良くなかったんだろうか。

悩みながら今までの作業を一つ一つおさらいしてみる。
苗を植えて、こまめに水をやって、支柱を立てて、花が咲いて……徐々に実もつき始めていた。
スイカとメロンが青枯れ病になったのは、その矢先だった。
 
「あ!」
 
一つ思い当たることがあった。
 
追肥ついひが原因かも……?」
 
有機農業では、植え付け前に牛糞ぎゅうふんなどの肥料を畑にまき、くわや機械で耕して肥料を混ぜ込む。そして、生育途中にも追加で肥料をまく。
そういえば追肥として鶏糞けいふんをスイカとメロンの株元かぶもとにまいたのは二週間ほど前だった。
どうやらその時から様子が変わったようだ。
 
株元を見てみた。
黒い小さな虫がたくさん群がっている……!?
 
大学校の先生によると、追肥のやりすぎか、または追肥が株元に近すぎたんだろうということだった。
それにしてもこんなに一気に植物は枯れるのか。
有機農業では農薬は原則使わないけれど、自然由来で使えるものがあると聞き、ぼくは必死になって、お酢を吹きかけた。
 
「有機農業も簡単じゃないんやな……」
 
メロンもスイカも半分以上が青枯れ病でやられてしまったけれど、いくつかは収穫することができた。失敗と成功、そのどちらも味わった。
  
――――楽しく学んだ大学校での一年も終わりに差し掛かってきた。
 
「もうすぐ卒業や。この先はどうしよ……?」
 
飲食店を経営しながら、有機農業を頑張って実践していきたい気持ちはある。
でもなんだろう? 漠然と物足りなさを感じた。
 
一つ一つ考えていく。

有機農業は、農薬も化学肥料も使わないし、安全な食べものを育てることができると思う。
そして、大学校で学んだ一年間、農業の楽しさもやりがいも感じることができた。
その一方で、肥料や雑草、害虫、病気などの管理がしっかりできないと作物は育たない。そういう難しさも知った。
 
また、いざ有機農業をやろうと考えると、農地をどうやって借りるか、耕運機やトラクターなどの機械はどうしようかなど、課題がたくさんある。そもそも、店と農業を両立させるプランに踏み切るだけの覚悟が、ぼくにはまだない。つまり、「これだ」という答えをハッキリ掴んだという感覚がまだなかった。
 
「学校は行って良かったなと思う。やけど探しものはこれじゃない」
「ぼくが探している『何か』はきっとまだこの先にある……!」
 
そんな風に悩んでいたとき、ぼくは偶然、本屋で一冊の本に出会った。
 
『自然農』という本だった。
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