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第6章 偽りのアイドル
32、偽りのアイドルは捨てられる
しおりを挟む あれから涼香と大輝のゆるやかな友情が始まった。色々と話してみると同じ年ということもあって共通点が多い。
「え、涼香ちゃんこのバンド知ってんの?」
「えぇ? 基本じゃない? このバンド通らずしてどこ通るってぐらい」
二人は例の居酒屋に来ていた。
もちろん二人の間のど真ん中にイカの一夜干しが置かれている。
二人は携帯電話の画面を見ながら昔流行った映像を見ていた。こうして話しているとすっかり緊張も解けてきた。それは大輝も同じのようで洋介に話すような口調で涼香に話しかけてくれるようになった。
涼香はそれが嬉しかった。
大輝に惹かれているということではない。そうではないけれど、一緒にいると癒されるような感覚があった。
目の前で少しネクタイを緩める大輝と目が合うと涼香は微笑んだ。
「……弘子がね、私たちが似ているって思って引き合わせたらしいの、過去の恋を引きずってるって……大輝くんも、そうなの?」
今まで気になっていたけど聞けなかった。大輝の顔が少し悲しそうだった。
「あぁ……そうだよ。確かに引きずってる──」
そう言う大輝の顔は本当に辛そうだった。本当にその彼女のことを思っていたのだと感じた。
「涼香ちゃんもそう?」
「ん……そうね……。二年前に別れた人をね、バカみたいでしょ? 思っても、帰ってこないのに」
「……バカじゃない。愛していたら、当然だ」
大輝の口から出た愛という言葉に思わず顔を上げる。大輝は机に向かって目を伏せたまま何かを考えているようだ。声をかけたいのに、かけてはいけないような気がした。
「はい! おまたせしました! 鳥の唐揚げになります」
大輝の視線を切るように机の上に揚げたての唐揚げが置かれた。大輝はそれに気づくとふっと笑い、取り皿を手前に寄せ、取り分ける。
「食べよっか」
「そうだね」
二人は唐揚げを頬張り携帯電話を見て流行った流行語の一覧を見ていく。
「見て、これもう死語だよな」
「うそ、どうしよう。今も使ってるかも……」
涼香の言葉に大輝が笑いをこらえている。大輝の肩をパシンと叩くと思いのほかいい音が響いた。
二人ともまだ違う人を想っている。だから安心して一緒に居られる。他人からしてみれば、次に行け、諦めれば、若い時は一瞬なんだから……と言われてしまう。
でも大輝といるとこのままでもいいんだと言われたようで心が落ち着いた。
過去の恋なのだと、自分だって理解はしている。だけど、心をどうやっても変えられない場合は……どうしたらいいのだろう。
同じ苗字や名前の人と出会った時。
同じ香水を使っている人とすれ違った時。
過去に行った思い出の地に足を踏み入れた時。
部屋にある捨て切ったはずの彼の物も見つけてしまった時。
夢で彼の甘い声を聞いてしまった時──。
愛している気持ちが深かった分、それが消えた時の空洞は空いたままになったのかも知れない。
それが、いつ埋まるのか──私たちは知らない。
「え、涼香ちゃんこのバンド知ってんの?」
「えぇ? 基本じゃない? このバンド通らずしてどこ通るってぐらい」
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「……弘子がね、私たちが似ているって思って引き合わせたらしいの、過去の恋を引きずってるって……大輝くんも、そうなの?」
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「はい! おまたせしました! 鳥の唐揚げになります」
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「食べよっか」
「そうだね」
二人は唐揚げを頬張り携帯電話を見て流行った流行語の一覧を見ていく。
「見て、これもう死語だよな」
「うそ、どうしよう。今も使ってるかも……」
涼香の言葉に大輝が笑いをこらえている。大輝の肩をパシンと叩くと思いのほかいい音が響いた。
二人ともまだ違う人を想っている。だから安心して一緒に居られる。他人からしてみれば、次に行け、諦めれば、若い時は一瞬なんだから……と言われてしまう。
でも大輝といるとこのままでもいいんだと言われたようで心が落ち着いた。
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同じ苗字や名前の人と出会った時。
同じ香水を使っている人とすれ違った時。
過去に行った思い出の地に足を踏み入れた時。
部屋にある捨て切ったはずの彼の物も見つけてしまった時。
夢で彼の甘い声を聞いてしまった時──。
愛している気持ちが深かった分、それが消えた時の空洞は空いたままになったのかも知れない。
それが、いつ埋まるのか──私たちは知らない。
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