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第5章 鳥籠の少女

49、真の『鳥籠の少女』

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電車に揺られながらプールへ向かう面々。
夏休みなこともあり、電車内も学生で賑わっている。

「ふあああ……」
「眠そうだな絵美?」
「楽しみで寝れなくて……」
「子供かよ」
「まだ中学生です……」

いつも規律の正しい絵美が、昨日の夜は眠れなくて辛そうにしていた。
しかもトレードマークのツインテールすらしていなくて、完全に髪を下している。

「目元の黒子が無かったら絵美って気付かないかも」
「それは失礼ですううう」
「秀頼は髪で人を見ているからな!このヘアゴムでウチを判断しているって前に言ってた」
「冗談に決まっているだろ……」

自慢のコーヒーカップのヘアゴムを指す。
中学校ではじめて咲夜と出会った時の冗談を未だに引きずっていた。

「あはは……、大丈夫です!気にしないでください……。悪い夢を見ただけですから……」
「……わかった」

絵美は結構悪夢を見ることが多いらしいからな。
多分、その日にたまたま昨日が合ってしまったんだろうと思う。

「……本当に、なんで私ばっかりこんな目に」

ぼそっと呟いた絵美の一言で、相当にメンタルをやられてしまったことを感じてしまう。
本当に何もないと良いんだけど……。


―――――








「ちょっとうざいなぁ」
「っ!?」

谷川咲夜という初対面の女の首を右手で締める。
彼女は抵抗のためにバタバタと身体を動かして抵抗する。
それがあまりにも邪魔だった。

「少し、黙ってなさい」
「がっ……!?」

顔面目掛けて、左手の拳で頬を殴り付ける。
1撃で彼女の鼻から血が溢れ、同時に涙も零していた。

「ごめんねえ、これも秀頼君の頼みでね」
「たすけ……、ますた……」
「あはっ」

秀頼君のためならなんだってできる。
拳で何回も何回も殴り続ける。
『黙らせて殺さない程度に』、その命令に忠実に従うためにわたしは彼女を血まみれにした。

そのまま引きずって秀頼君の家へ向かう。
案の定、連日秀頼君の生活を脅かす谷川咲夜の父親が秀頼君のオモチャにされていた。

「あっ、秀頼君こんにちは」
「おう、待ってたぞ絵美」

今日も、わたしは秀頼君の命令に従う。
それ以外にわたしには生きる道がない。
たとえそこが地獄だったとしても、わたしは無理矢理に従わせられる。

「はぁ……、俺には大事にしてくれる人が居なくて寂しいねぇ……」
「大丈夫ですよ、秀頼君にはわたしがいますからね」
「あぁ……」

わたしは秀頼君の機嫌をそぐわない様に媚びるしかない。
都合の良い女を演じるしかない。
媚びるために秀頼君の頬にキスをする。

なんの感情もない。
子供の時に憧れた恋愛ドラマってこんなに虚無な気持ちになるものを、ドラマティックに感動的にロマンティックに演出をしていたんだ、なんて脳内で考える。
考えたところでなにもないんだけど……。

「好きです、秀頼君……」
「ああ、俺もお前が好きだぜ」

言わされているだけの言葉。
好きってどういう感情?
お父さんやお母さんに向けるものとは違うのかな?
……よくわからない。

「あらあ、制服似合うわね絵美!」
「そうでしょうか?」

両親に初めて着込んだ中学校の制服を褒められる。
うーん……、秀頼君と褒められることと同じだ。
――全然何も感じない。

「絵美、ちょっとこの肉じゃが味薄いぞ」
「そうでしょうか?」
「もうちょっと味付けをしろって」

秀頼君に料理に関してクレームがきた。
料理をしていても味の違いがわからない。
いや、味はするんだけど、判別できない。

どうせ、そこにはわたしの意思が存在しないのだから何も感じようがないんだ。

「こんなに怯えて可愛いね咲夜ちゃん。うふふっ、怯えているのに忠告してあげて、わたしに文句も言えて素敵。あなたみたいな子は好きよ。友達になりましょ?」

苦しめた谷川咲夜とまた会話する機会があり、彼女に接近をした。
可愛いとも思っていない。
素敵とも思っていない。
好きでもなんでもない。
友達とかどうでも良い。

心が壊れたのか、息を吸うようにくだらないウソを付く口が壊れたのか……。
いつ、こんな日が終わるのか、それすら考えなくなる。

「…………っ!?」

谷川咲夜は振り払って一目散に逃げだした。
いいなあ、わたしもこんなことから逃げだしたい。
自由な足が羨ましかった。
わたしと秀頼君を怖いと感じたらすぐに逃げ出せる選択権があること。
どうして、わたしにはそんな選択権もないの……?

羨ましくて羨ましくて、羨ましい。

「大丈夫だよ、もうちょっとだよ。あと数日だけ耐えて」
「絵美……、ありがとう……。ありがとう」
「それはすべてが終わってから聞くよ」

鳥籠の少女を励ますように声を掛ける。
あなたは、あと数日で鳥籠が壊せます。
羨ましいです。
妬ましいです。

「おらあ、絵美行くぞ」
「はい」
「今週は宮村の親父が何時頃帰宅するのか把握しろ」
「わかりました」

わたしの人生はいつまで鳥籠なのでしょうか?
いつ、この悪夢は終わるのでしょうか?

「絵美、いつまでも一緒だからな……」
「はい……」




――本当の鳥籠に囚われているのはわたしです。

『…………』
『がっ!?とわっ!?……ッ!がっ、がっ!?』

宮村永遠が血まみれになりながら、父親の腹を抉っていた。
血が美人な顔を濡らしてもお構いなく、狂気に取りつかれた顔で心臓を抉っている。
血が無くなって死んだのか、心臓を突かれて死んだのか。
もう、原因は本人にすらわかっていないはずだ。

「……」

わたしは宮村永遠の犯行をすべて目撃していた。
羨ましかった。
鳥籠を全力で壊しにいけるあなたが本当に羨ましかった。
鳥籠の少女だって、悲劇のヒロインを名乗れるあなたが羨ましい。

わたしも、明智秀頼の腹を抉って殺してやりたいのに。
犯行をすべて終えて、緊張の糸が解けたのか意識を失う宮村永遠。
ああ、あなたの鳥籠はもう消えたのね……。

「うそ……、うそ、うそ……?何これ?ドッキリ……?夢……?」
「真実」
「……絵美?」
「目を背けるなよ、永遠がお父さんを殺害したんだよ」

目を覚ました宮村永遠は信じられないように泣き叫んでいた。
その姿に酷くイライラした。
嫉妬の炎で燃え尽きてしまいたいほどにこの女が憎い。

目を背けるな。
鳥籠を破壊したんだ。
喜べよ、喜べよ、喜べ喜べ喜べ!!

なんで自分の意思で鳥籠を壊しておいて泣いている!
わたしとの立場を交換してくれ!
なんでわたしばっかりがこんな役目を負わねばならない。

どうして、そんなに自分を悲劇のヒロインみたいに責任から目を背ける!
受け入れろ受け入れろ!





偽りの鳥籠の少女めっ!!
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