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Subになんてなりたくなかったのに
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思春期を迎えると、学校ではダイナミクスの検査が行われる。支配欲を持つ『Dom』、被支配欲を持つ『Sub』、どちらの欲求も存在している『Switch』、そしてそれらの欲求を持たない『Normal』。圧倒的に多いNormalにはその他の性別は理解されにくいが、ダイナミクスが発見されてから何十年と経った今では抑制剤も品質の良いものが出回っているし、様々な制度も確立されて表面的な差別は減ってきた。人の心の中までは流石にどうしようもないので、実際にダイナミクスを公開している人は少ないが。
そんな世の中で生きている自分も少数派であるダイナミクスで生まれてきたらしい。ダイナミクスの診断を受ける以前から既に少数派に属していた自分にとって、その診断結果は正直ショックを受ける他なかった。
――ゲイで、Subなんて。何処に需要があるというのだろう。
研究室に併設された仮眠室――正確には研究室の倉庫に簡易ベッドを置いただけの部屋だ――の窓辺に寄りかかり、楽しみに取っておいた今夜の煙草を箱から一本取り出す。火をつけて煙を吸い込めば、一日の疲れが少し和らいだ気がした。
「あ゙ー……つっかれた……」
オッサンみたいな声を煙とともに吐き出しつつ、あまり美しいとは言えない星空を眺めながら項垂れる。一向に終わらない研究に嫌気がさしてくるが、自分がやりたくてやっているのだから文句は言えなかった。何より先生は厳しいけれど、的確な指示をくれるのだ。ここで弱音を吐いて放り出すくらいなら、食らいついて結果を出して後から褒められた方が何倍もいい。
すぱすぱと煙草を吸いながら、買い置きしていたスイーツを冷蔵庫から取り出して食べる。煙草吸いながらの甘いものは格別だ。
そうして一人で束の間の休息を取っていたところに、コンコンとノックの音が響く。
「梨人さん、また居残りですか?」
返事をするより先に部屋に顔を出したのは、同じ大学の同じ学部、同じ学科を専攻する三年生の後輩である守矢紫央だ。ちなみに自分は同学科を卒業し、同大学の院に進んだ博士一年である。
近付いてきた守矢はその長身を屈めもせず見下ろしながら、自分の目の下にあるだろう隈を親指でするりと撫でた。身長差が二十センチメートルもあれば、見上げる事になるので首が痛い。
決して俺が小さいわけじゃない。こいつがデカすぎるんだ。身長百八十五センチメートルってなんだよ、デカすぎだろ。少しくらい分けろよ。世の中もっと平等にしてくれ。年下に見下ろされることの屈辱ったらないぞ。
なんて脳内で一人文句を垂れながら、見上げた状態で眉根を寄せて反論する。
「うるせー、研究が終わんねぇんだから仕方ないだろ」
「俺が梨人さんと歳が近ければ手伝えたんですけどね」
「ははは、お前なら今やっても出来そうだけどな~」
年齢が四つも離れていれば物理的に無理なため冗談ぽく笑ってみせたが、実際に彼が同学年だとしたら自分の研究を手伝うくらいは出来たかもしれない。正直毎日毎日研究で疲れすぎているため、猫の手も借りたいくらいだった。そんな折に優秀な人材が手伝いたい、なんて言ってきたら簡単に頷いてしまうだろう。実際には年齢差もあるためそうはならなかったが。
「ちょっとだけでも寝たらどうですか」
色素の薄い茶色い瞳にじっと見つめられ、気まずくて目線をすっと逸らす。
こいついっつも俺の目をじっと見てくるから嫌なんだよな。なんか色々見透かされてる気がして落ち着かないんだよ。
「んー……そうするかぁ。その間にお前は帰れよ」
未だに頬に手を置いたままだった守矢の手をぺしん、と払い除けて煙草を口に咥えた。毎日夜に一本だけ吸うと決めているので、出来るだけ長く楽しみたい。
それにしても相変わらずこの守矢という男は、何を考えているのだろうか。こんな草臥れた男一人放っておけばいいものを。そもそもまだ大学生の彼が、既に大学の正門が閉まっているこんな夜遅くにここに居ることがおかしいのだが、何故か彼は何時も自分が仮眠室に居る時に此処へやってくる。その度に直ぐに帰れと言うのだが、聞いてくれた試しがない。
「あんた一人で寝たら起きれないでしょ。俺が起こしてあげますから、さっさとベッドに入ってください」
残り少なくなっていた煙草を奪って灰皿に押し付けた守矢は、自分の背中を押してベッドへ促す。勿体ないな、と思いながら灰皿をみつめていると、早くしろと急かされた。こうなると本当に引き下がらないことを既に知っているため、大人しくベッドへのそのそと上がる。
「どれくらい寝ます?」
「三十分」
「短すぎますよ。せめて二時間は寝てください」
ベッドへ横になった自分の額を軽く叩いた守矢は、眉を吊り上げて少し怒っていた。
「寝るより研究進める方が大事なの! 一時間!」
「はぁ……あんたほんと、何時かぶっ倒れるぞ……一時間半ね。それ以上は譲りません」
「……分かったよ」
不貞腐れたように乱暴に毛布を引っ張りあげて布団へ潜る。少し冷たいけれど、限界だったのか直ぐに眠気が襲ってくる。赤子を寝かしつけるように、守矢が上からぽんぽんと優しく体を摩ってくれているのを感じながら自分は眠りについた。
◇◆◇
「梨人さん、起きて」
「んん……ゃ……」
誰かが自分を揺すりながら起きろという。うるさい、うるさい。まだ眠いんだ、寝かせてくれ。
「起きてくださいって。研究終わってないんでしょ」
「うぅー……やだぁ……」
剥がされそうになる布団を引き寄せ、丸まった。けれどうるさい声の主は一向に退く気配が無い。眩しいし、煩いし、最悪だ。
「やだじゃないですよ。ほんとにあんたは寝起き最悪ですね。さっさと起きないと……研究終わんないですよ!」
「んぁ!?」
思い切り叫ばれ、体が飛び跳ねる。ガバッと起き上がって目をぱちくりとさせていると、クシャクシャになった髪を撫で付けるように誰かが自分の頭を撫でていた。
「あぁ……? 守矢?」
何でここに守矢が居るんだろう、と数秒考える。そして直ぐに、そういえばさっきこいつがここに来て寝ろと言ったことを思い出した。ふぁ、と欠伸を零しながら髪を整えてくれる手に頭を預ける。身長もデカければ手もデカいから、包み込まれてるみたいで気持ちいい。
「寝ぼけてないで、さっさとベッドから降りてください。まだやること残ってるんでしょ。雑用ならしますから、キリのいいとこまで進めちゃってくださいよ」
「んー……はぁ、やるか」
「目覚ましにカフェインでも摂ります?」
「いや、いいわ。どうせ効かないだろうし」
離れていく手を名残惜しく感じながら、一度伸びをしてベッドから降りた。
毎日コーヒー飲んでるやつが今更カフェインなんて摂っても効くはずもなく、大人しく眠気と戦いながら頑張ることにした。幸い守矢がいてくれるらしいので、眠たくなったら話し相手でもしてもらえばいい。どうせ今日やる研究はパソコンでの処理だけで済むものだから。
そうして深夜二時過ぎに作業に取り掛かり、途中で寝そうになっては何度も頬を叩いて起こしたり、守矢に話し相手になってもらったりして研究をキリのいいところまで済ませた。
「やっ……と終わった~!」
「お疲れ様です」
「ありがとな、正直居てくれるだけですげー助かったわ」
「それは良かったです」
疲れた顔をしている自分とは裏腹に、守矢はニッコリと良い笑顔を返してくる。腹立つくらい顔が良い。
此奴がノンケじゃなければなあ、なんて。ゲイだったとしても、こんな年上童顔の男には興味無いだろと自嘲する。それに自分はSubだ。こいつのダイナミクスは知らないが、DomやSub、Switchなんてものはそうそう居るもんじゃない。必死に探してようやく一人見つけられるかどうかと言うところだ。こいつも十中八九Normalだろう。
あー、でも一回くらい間違って抱いてくんねぇかな。酒の勢いとかでいいからさ。いや、それじゃ勃たないかもしれないから、いっそ寝てる間にヤッちゃだめか?
「どうかしました?」
考え事をしていると、守矢が不思議そうな顔で問いかけてきた。連日の寝不足と研究での疲れによる思考力の低下で、アウトな考えをしていたことを見抜かれた気がして、慌てて作り笑いを浮かべる。
「いや、何も? それよりもう朝じゃん。お前今日何限から?」
「俺は三限からですよ」
「じゃあまだ少しは寝れるか。あー、まじねみーな……俺は今日やっとオフだから帰ってしっかり寝るかなぁ」
ぐーっと伸びをしてから肩をぐるぐると回したり、首を捻るとポキポキと音が鳴る。帰り道で寝ないようにしないとな、と考えながら片付けを始める。
「梨人さん、抑制剤は?」
「……は?」
よく、せい、ざい……? 今こいつ、そう言わなかったか? まて、多分聞き間違いか何かだろ。
「ええっと、なんつった?」
なんて聞き返さずに誤魔化してさっさとこの場を去ればよかったと思うのは、後になってからだった。
「抑制剤ですよ。Subのフェロモンや欲求を抑えるための」
「は、はは……お前、なんの冗談だよ。面白くねーよ?」
引き攣った笑みのまま、少しずつ後退る。しかし、守矢は自分が一歩下がる度に近付いてきた。笑顔なのに圧を感じて怖いんだが。
「冗談なわけないじゃないですか。まさか持ってないんですか?」
遂には壁へと辿り着いてしまい、横に逃げようとすると壁ドンなんてものをされる。
おいおい、それは可愛い女の子にするやつだろ。流石にこんな状況じゃゲイの俺でもドキッとはしないぞ。いや、違う意味でドキッとさせられているが。
ここまで来ると流石にSubでは無いなんて否定しても無駄なことは理解している。だから代わりにこの状況をどう抜け出すかを考え始めるが、いい案は一向に思い付かない。
「あー、はは……最近忙しかったから残ってたちょっと強めのやつを一昨日くらいに飲んだきりだなー……なんて」
「あんたは馬鹿なんですか?」
「誰が馬鹿だ、コノヤロウ。たまたまタイミングが悪かっただけだろ! つか、なんでお前は俺がSubって分かったんだよ。まさかお前、」
続きの言葉を言うより先に、体ががくんと傾く。
「梨人さん、Kneel」
「へ、ぁ?」
その場にペタンと座り込み、何も考えられなくなる。徐々に体温が上がってきて、頭がぼうっとしてきた。なんだこれ、クラクラするのに気持ちいい。
「俺の家に行きますよ。Stand Up」
「……ん」
手を引かれながら研究室を出て、守矢の一歩後ろを着いていく。今はコマンドを使われていないはずなのに、無言で進む彼になすがままだった。
車の助手席に乗せられると、運転席に乗った守矢が此方を見て頭を撫でてくる。
「Good boy」
ぶわ、と熱が全身に広がって一層クラクラしてくる。撫でてくる手が気持ちよくて、その手を取って頬に当てて擦り寄った。もっと撫でていいんだぞ、特別に許してやる。
しかしピタリとその手が止まったので、もっと撫でろという意味を込めて視線を上げる。
「……手、離してくれません?」
「んー? 今から俺の事、もっときもちよーくしてくれるんだろ?」
酒に酔った時みたいにぽやぽやとした頭で、目の前の快楽に身を委ねた。
「そうですね。多分あんたは覚えちゃいないんでしょうけど」
「だーいじょうぶ、だいじょうぶ~、おぼえてるって~」
「まあそんなことはいいんですよ。家に行ったら関係ないんで」
それまで我慢しててください、という守矢の言葉に大人しくすることにした。我慢したらご褒美くれるんだろ。俺は出来る子だからな、それくらい待つさ。
走り出す車の中は言葉数が少なかったけれど、それが酷く心地よく感じた。こいつ横顔もかっこいいなとか、案外唇は厚めだなとか、睫毛長いなとか、ずっと守矢を見つめているだけでも満たされる感覚がする。赤信号で停車した時なんかは、こっちを見て「見すぎですよ」なんて言いながら頭を撫でて笑うんだ。
正直に言おう、俺は確実にこいつに――守矢紫央に惚れている。だってこんなに顔が良くて面倒見のいい男が、毎日毎日構ってきたら好きになるに決まってるだろ。
付き合えないとは分かっているし、今回のプレイに関しても気紛れなんだろうけど、少なくとも守矢にとっての今の自分は手を出すに値するのだからそれでいい。
頭の隅で、それはよくない事だと警鐘を鳴らす自分がいることを分かっていながらも、既に溶けた思考では理性よりも欲が勝っていた。車内に流れるゆったりとした音楽を右から左に聞き流しながら、彼の家に着くまで結局ずっと横顔を眺めていたのだった。
車に乗ること数十分、ふとこちらを向いた守矢が困り笑いをしながら「着きましたよ」と言う。ハッとして前を見れば、車は既に駐車場に止められていて。慌ててシートベルトを外して外に出ると、同じように車から降りた彼がこちらに回って手を差し出す。
「……何?」
「一人で歩くの危なそうだなって」
「そんなボケてないっての」
「心配性な俺のためにも、ね。ほら」
確かにまだ頭はふわふわしているけれど、歩けないほどじゃない。そもそもそれは誰のせいだと思ってるんだと言い返したくなったけれど、よく考えてみれば元々は自分が抑制剤を飲み忘れたせいだったと思い直してそれ以上は何も言えなかった。
差し出された手に手を重ね、守矢の後を着いていく。辿り着いた玄関の前で手を離されるかと思いきや、彼はそのまま片手でポケットから鍵を取りだしてその手で玄関扉を開いた。
「ちょっと汚れてますけど、気にしないでくださいね。男の一人暮らしなんで」
男の一人暮らしにしては少し広く感じるアパートの一室に連れ込まれ、そのまま寝室に案内された。見たところものが散乱している訳でもなく綺麗なので、ただの社交辞令みたいなものだろう。
元々そういうつもりで来たのだからそのまま寝室に連れ込まれるのはいいのだが、案外こいつも余裕が無いのだなと思って少し口角が上がる。
「今更ですけど、始める前にセーフワード教えてくれませんか」
手を離して振り返った守矢は、本当に今更なことを言う。セーフワードはDomが過激になりすぎないように、Subが唯一Domを従えられる大事な言葉なのだ。それをDomが知らぬままSubにコマンドを使うということは、最悪奴隷として扱っていると見なされたも仕方がないと言える程大事な事だった。とはいえ、あの状況下で先にセーフワードの話が出るのも変な話ではあるし、流石に守矢がそんな危険なDomだとも思わないので別にいいのだけれど。
「うーん、何にしようかなあ」
まだ思考がはっきりしないまま、顎に手を当てふわふわとした心地で考える。何がいいだろう。何かあった気もするけど、忘れてしまった。
「決めてないんですか?」
「だって今まで必要なかったし。無難にRedでいいかな」
今までプレイなんて全くしてこなかったから、セーフワードが必要になることも無かった。いや、実際には一度だけあるんだが、ほとんど記憶にはないからしていないのと同じでいいだろう。本当は思い出したくないだけなんだけれど。だってあの時のことを考えると、体がおかしくなってしまうから。
少しだけ下がっていた熱がまたぶり返しそうになって、慌てて被りを振って知らないフリをする。
「……そうですか。じゃあまあ、それでいいです。さて、始めましょうか」
少しだけ悲しそうな顔に見えた気がしたが、気のせいだった。目の前の男はベッドに足を組んで座り、その前に立つ自分を少しだけ見上げて口角を上げた。
「Kneel」
コマンド通りに座り込むと、いつも通り自分が下から見上げる形になる。でもいつもみたいに腹が立つことはなく、寧ろそれがいい事のように感じてきた。
前屈みになった守矢は此方に手を伸ばしてきて、猫を撫でるように喉元を指で優しくスリスリとする。
「んん……俺、猫じゃないんだけど」
「俺にとっては猫みたいなもんですよ」
「なんだよそれ」
喉を撫でていた手は頬を伝って、今度は耳を撫ぜていく。擽ったくて肩を竦めれば、クツクツと笑う声が頭上から降ってきた。
「耳弱いんですね」
「擽ったいだけ」
「へえ? じゃあもっとちゃんと確かめましょうか」
耳から手を離して組んでいた足を解いた守矢は、良い笑顔を向けながらもう一度『Kneel』と言った。もう座っているんだが、と疑問符をつけて問いかけると、守矢は膝をポンポンと叩いてもう一度コマンドを発する。
「ここですよ、ここ。出来ますよね?」
立て、とは言われていないので戸惑いながら、守矢に少し近付いて腕を伸ばす。すると彼も腕を伸ばして抱き上げるように、腰と背中に手を回してきた。守矢の首に腕を回した自分は、彼に力を借りながら体を持ち上げて膝に横向きで座ったのだった。
「梨人さんから甘えてくれたみたいで最高ですね」
「お前が立てって言わなかったせいだろ」
「そうだとしても、ですよ。俺にとってそこはどうでもいいんで」
どうでもいいってなんだよ、とムッとして眉根を寄せて睨み上げる。すると、耳元に口を寄せた守矢が低い声で「反抗期ですか?」なんて囁くから、ゾクゾクとしたものが背を駆け巡った。
「んっ……」
甘ったるい吐息がこぼれたのが恥ずかしくて、グイッと守矢の顔を手で押して遠ざける。
「ち、近い!」
ドクドクと鳴り響く心臓を落ち着けるように、俯いて深呼吸をした。この距離を許されている現状が嬉しいと思うのに、少し落ち着いた頭ではこれがプレイの一環だあることを思い出して虚しく感じる。
「俺が何のために梨人さんを膝に乗せたのか、もう忘れたんですか」
押し退けた手を取って甲に口付けた守矢は意地の悪い笑みを見せ、その大きな片手で手錠のように一纏めにしてしまった。
コマンドのせいで膝から降りることも出来ず逃げ場のない自分は、せめてもと体を守矢から離そうと反対へ傾けた。しかし彼がそれを見逃すはずもなく、拘束をしていない手で肩を抱き、引き寄せる。
「Look」
コマンドに抗えずゆっくりと目線を戻すと、嬉しそうた笑う顔がすぐ近くにあって、じわじわと顔が熱くなる。
「誘ったのはあんたなのに、逃げるなんてことしませんよね?」
「逃げてなんか……んぁッ」
すり、と耳を触られて甘い声が漏れ出る。視線はずっと絡んだままなのが羞恥をより強くした。優しく耳を撫でられているだけなのに、触れられる度に吐息がこぼれてどうにかなりそうだ。
「も、やめ……んっ」
「耳が弱いですって認めたらやめてあげますよ」
「おまっ、それはずるい、だろ」
コマンドで言わせないあたり、本当に意地が悪いと思う。待ってれば俺が折れると分かっているのだろう。今はまだ折れてやるもんかと思っているが、多分そう長くは保たないことを自分でも理解はしていた。
いつの間にか手の拘束は解けており、耳を触られながらお腹の辺りを優しく服の上から撫でられた。そんなところ触って何がしたいんだと思いつつも、耳と一緒に触られていると気持ちいいような気がしてくる。
「気持ちいいですね」
「んっ……よく、な……」
「何時まで意地張るんです? 俺はいつまでも待ちますけど、辛いのは梨人さんじゃないの」
諭すように、優しく囁く。気持ちいい、気持ちいいって何度も言われながら耳を優しく撫ぜて、お腹をトントンと優しく押される。その度にぴくんと体が反応して、零れる吐息に熱が混ざった。
あぁ、もう駄目だ。これ以上気持ちいいのが続くと体がおかしくなってしまう。コマンドだけでも気持ちいいのに、自分の弱い場所を暴かれれば抗えるわけが無い。
「みみ、よわい、っから……も、やめて……?」
「ッ……分かりました。目も逸らしていいですよ。Good boy」
とろんとした目を下に向けて、守矢の肩に凭れかかった。額にキスされながら頭を撫でられると、多幸感で満たされていく。こんな気持ちいいことを知ってしまったら、一人になった時虚しいだけなのに。分かっていたから今まで抑制剤を飲んで凌いでいたはずなのに。
「……ね、もっと」
もう一度顔を上げて、強請る。
「もっと命令して?」
「いいですよ。梨人さんなら出来ますよね、Strip」
急に過激なコマンドを言われて一瞬怯むが、元々そういうつもりだったのだし、脱ぐくらい何ともない。けれど、単純に脱ぐだけでは彼が満足しないことも分かっていた。
膝に跨るように座り直すと、見えやすいようにか守矢は後ろに体を少し倒してベッドに手を付いた。自分は彼の膝に乗ったまま手を交差させて服の裾を掴み、ゆっくりとした動作で持ち上げていく。
「良い眺めですね」
茶々を入れる守矢の言葉を無視し、胸の辺りまで持ち上げた裾を口に咥える。片手でそれを支えて完全に落ちないようにしながら、空いた手は腹を指でなぞった。彼の視線がその指に沿って動くのを満足しながら眺め、その指をズボンのベルトへ。カチャカチャと音を立てながら、じっくり時間をかけてベルトを解き、ズボンのチャックに触れる前にもう一度腹を指で撫でた。その指に守矢の手が伸びてきて臍の下をグッと押され、きゅうっとお腹が収縮する。
「ん、っ」
「ほら、続けて」
一度キッと睨み付けてから目を逸らして、お腹に当てられた手を退けることの無いままチャックに手を伸ばす。緩慢な動作でそれを引き下ろし、もう一度目を合わせてズボンに両手を掛けた。『Kneel』を止めていいとは言われていないので、ズボンが脱げない。それを示すように膝に乗ったまま目で訴えながら腰を前後に揺らすと、守矢の喉がグッと鳴った。
「膝立ちくらいならいいですよ」
意図を理解した守矢は少し余裕のなさげな表情でそう言った。その表情に少し気分が良くなり、口に裾を咥えたままニヤリと口角を上げる。膝立ちになると、ズボンの下から覗いていた下着が若干盛り上がっているのが見えた。プレイをしていれば誰だって性的興奮を覚えるのだから、これは仕方ないことだ。それを今更恥ずかしいとは思わない。
腹に添えられたままだった守矢の手首を取り、ズボンに手を掛けさせて視線を合わせる。
「今日の梨人さんはサービス精神旺盛ですね」
乗り気な様子を見せた守矢は手首を掴んでいた手を退けると、その大きな手で上から包むように指を絡めてからズボンに再度手を掛けた。そのままでは足に引っ掛かって脱げないため、彼の方へ体を傾けて上体を預ける。守矢がそれを手伝うように腰に反対の手を添えたので、片足ずつ持ち上げてズボンから足を引き抜いた。
先程よりも主張の激しくなっている下着に、守矢の手が伸びてきて指の背でするりと撫でられ腰が揺れ動く。
「もう濡れてますね、かわいい」
「んんっ」
くす、と笑いながら下着を撫で、支えていた腰も撫でられてくぐもった声が漏れる。もう一度膝に座り直すと、彼も同じようにズボンが盛り上がっているのを感じた。言われてばかりなのが気に食わず、服に手を掛けて今度はバサリと脱ぎ捨てる。
「お前も勃ってるくせに」
「そりゃ、こんなことしてれば勃ちもしますよ」
そんなことより、と守矢は一度言葉を切ってから、下着のゴムに指を掛ける。
「まだ残ってますよ」
くいくいとゴムを引っ張られると、緩く勃ち上がっていたものに擦れて熱い息が零れた。下着に掛かっていた守矢の手を押し退け、また膝立ちになって両手を横から差し込んで少しずつずらしていく。
じっとそれを見られていると、何だか恥ずかしい気がしてくる。今まで何度となくそういうことはしてきたのに、好きな人の前だからだろうか。それともプレイ中だからか。どちらにしても、鼓動が何時もより早まっているのは確かだった。
「手が止まってますよ」
「うるさい」
守矢は腰に手を添えてから、少し露になっていた臀部を撫でた。オヤジ臭い手つきに緊張が少しほぐれて、そのまま下着をするりと脱ぎ去る。
「Good」
ご褒美としてコマンドと共に頭を撫でられると、多幸感が体を支配した。膝に座ってグリグリと頭を彼の肩に押し付け、沢山撫でてもらう。
「じゃあ次はもっと気持ちよくなりましょうね」
「ん……」
こくりと頷くと、守矢は耳に一度キスをしてから低い声で囁いた。
「Roll」
顔をあげれば彼と目があった後、ベッドへとその視線を誘導される。膝から降りてベッドへ寝転がるが、何も身につけていないために全て丸見えだ。服を着たままの彼と対照的なことが少し恥ずかしくなってきて、両膝の裏に腕を差し込んで抱える。
「そうじゃないでしょう、このコマンドは。それにその格好じゃ、梨人さんの可愛いお尻が丸見えですよ?」
「かっ、わいいとかいうな!」
確かにこのコマンドはお腹を見せて抵抗していません、服従していますよと示すものだ。けれど、裸の状態でそれをすればいろいろなものを晒すことになる。
何とか視線を逸らさせたいが、裸でこんな格好だと大したことは出来ない。だから少しでも抵抗の証として、手で後孔を隠しながら足をパタパタとさせた。
それより、何で守矢はそんなに興味津々な感じで尻を凝視してんだ。ノンケのくせに、男の尻なんかに興味を持つなよ! 確かに女の穴みたいに縦に割れてるのはおかしいんだろう。嫌悪感を示されなかっただけ良いと思えばいいのか? いや、そもそもこんなことしてる時点でおかしな話ではあるが。
「じゃあこれならちゃんと出来ますよね。Present」
全裸の今この状態で見えていない場所を見せろ、と言われたらそれはもうひとつしかないだろう。それを言われるとセーフワードを言わない限り隠すことは出来ない。悔しくて唇を引き結びながら恥ずかしくない、恥ずかしくない、と自分に言い聞かせて腕を解いていく。
「ちゃんと足も開けますよね?」
閉じたままだった膝を撫でられ、きゅうっと胸が苦しくなる。今からもっと恥ずかしいことをするんだから、これくらいなんて事ないはずなのに。
恐る恐る膝を開くと、一度も触っていないはずのそれは完全に勃ち上がっていた。それに触れることの無いまま、視線だけが注がれて膝が閉じそうになる。
指示通りに膝を開いて全てを見せた状態で待っていると、不意に守矢の口角が持ち上がった。
「Fap」
「なっ!?」
つい、と下から上に舐めるように守矢の視線が上がって、最後に自分の視線とかち合った。それから逃れるように顔を背けながら拒絶の言葉を吐く。
「や、やだ」
「嫌ならセーフワードをどうぞ」
「うぐ……ノンケのくせに」
既にコマンドのせいで勃起した自分の竿に指が伸びていて、口では拒絶するものの体は指示に従っていた。
先端に指を触れて先走りを指に纏わせる。それを使って先端を指で撫でてから、竿全体にぬめりが行き渡るようにゆっくりと手を上下に動かした。
「んっ……ふ、ぅ……」
自分は顔を背けたままだが、守矢の視線が再び下に注がれているのは分かっていた。今までの男なら寧ろ自分から後ろの穴を弄ってるとこエロいだろ、見ろよって感じのことくらいはしていたのに、守矢の前となると竿を弄ることすら恥ずかしい。
それでも萎えることなく、寧ろどんどん体が熱くなっている。声だけはあまり出さないように唇を噛むが、鼻から抜けるような声は抑えられていなかった。
「俺がいいって言うまでイッちゃ駄目ですよ」
「な、んでっ」
動かしていた手を止めるが、今目を合わせるとイッてしまいそうな気がして顔を背けたまま抗議する。けれど、それを分かっているのかいないのか、守矢は顔の横に両手をついて覆い被さってから再びコマンドを告げた。
「それより。Look」
どくん、と胸が鳴って息が苦しくなる。それすらも気持ちいいと感じて、握ったままだった竿がぴくんと反応したのが手から伝わった。
一度ギュッと目を瞑ってから顔を受けに向け、ゆっくりと瞼を開くと意地の悪そうな笑みがこちらを見下ろしていた。
「見られてイきそう? でもちゃんといいって言うまで続けてくださいね」
「んぁっ……は、ぅ……」
コス、コス、とゆっくりと片手で扱くがイかしてくれないことがもどかしく感じて、もう片方の手が下へと伸びていく。てらてらと先走りで濡れた指を後孔へと当てると、お腹の奥がきゅうっとなるのを感じた。
「駄目ですよ、前だけでちゃんとイッて」
「なら、はやくっ」
目を合わせたまま懇願するが、なかなか許可を出してはくれない。少しずつ手の動きは早くなるものの、許可が出ないせいでイきそうになる手前で手が止まる。熱が少し引けばまた扱いて、熱が弾ける前に止めるのを何度も何度も繰り返した。
「気持ちいいですね。涎と涙で顔がぐちゃぐちゃですよ」
「も、……やぁ……はやく、イかせて?」
腰を浮かせて、竿を扱きながら亀頭を守矢の服へ押し付ける。ゆらゆらと腰を揺らして服に押し付けるのは、背徳感も相まってより気持ちよく感じた。
「悪い子ですね。でも可哀想だからそろそろいいですよ」
「んっ、んっ……は、ぁ……」
守矢の目が弧を描いて、優しく微笑む。あ、その顔好き、なんて思った次の瞬間に守矢はギラついた目で此方を見下ろしていた。
「ほら、もっと扱いて。限界まで。もっと、ほら、もっとですよ」
「あっ、……あっ! ん、ぁ! も、むり、むりっ!」
「Cum」
ビクン、と腰が大きく跳ねて白濁が飛び散る。自分の腹だけでなく守矢の服までもを白く染めたそれを、ぼんやりと眺めた。一度しかイッていないのに、倦怠感で体が沈んでいく。
「Good boy」
頭を撫でてそう言った守矢は、そのままアフターケアを続ける。自分はそれを享受しながら、多幸感と共に訪れた眠気に抗いながら言葉を紡ぐ。
「守矢……いれ、て……」
落ちてくる瞼を必死に持ち上げながら、頭を撫でていた手を取って頬にあてた。けれど、守矢はそれ以上動く気配がない。
「これ以上はしませんよ。梨人さんのフェロモンを抑えるためにプレイしただけなので」
あぁ、そっか。そうだよな、お前ノンケだもんな。そりゃ挿入する側だとしても、男の尻穴なんか嫌だよな。だから普通の接触ばかりで、性的な意図を持った触り方をほとんどしなかったのか。
ぼんやりとした思考でそんなことを考えながら、落ちていく意識をそのまま手放したのだった。
◇◆◇
頭を撫でられている感覚がして、徐々に覚醒に導かれていく。眩しさにギュッと一度強く目を瞑ってから開くと、同じように横になっていたらしい男が微笑みを携えて挨拶をしてきた。
「おはようございます」
「……」
「梨人さん?」
ゆっくりと起き上がり、昨日の出来事を思い出す。抑制剤を飲み忘れ、それを察知した守矢紫央にコマンドを使われて。そこから彼がDomということを知ったから、ワンチャン狙って家に着いてきたはず。そうだよな。でも、昨日は結局――
「何をそんなに考え込んでるんです?」
「うるさい、お前なんか嫌いだ」
手を出す価値もなかったってか。知ってるよ、ノンケのDomにとってSubはただのDomとしての欲求の発散相手でしかないことくらい。コマンドが言えたら性欲なんてどうでもいいことくらい知ってるっての。でも、あんなにいろいろされたら手を出してもらえるかもって、抱いてくれるかもって思っちゃうだろ。
そんな事実を突きつけられせいで、酷く体が冷たく感じる。八つ当たりだとは分かっていながらも、期待が裏切られたという事が頭を支配して冷静になれそうにはなかった。
自分が寝た後にきちんと服を着せてくれたらしく、ベッドから這い出て床を歩くとサイズの合わない服が引き摺られていく。
「梨人さん、Come」
「……ッ、なんで」
逃げようとしたのにコマンドによって行動を制限されてしまった。DomはそうやってSubを弄ぶんだ。Subにはそれを拒否するセーフワードがあるけれど、セーフワードを使うと双方に精神的なダメージがあるため、そうそう使うことは無い。今だってそうだ。セーフワードを使って拒否する程、俺はこいつを拒絶できないでいる。
服の裾をぎゅっと握りしめてから、拒みたくなる体を振り向けてベッドヘッドへ体を預けて座っていた守矢に近付く。
これだからSubは嫌なんだ。簡単に拒めるなら常に抑制剤を飲む必要だってない。プレイで発散するほうが何倍も体には健康的だし、本来そうすることが正常だと言える。
――あの日だって、拒絶ができるならしていたはずなんだ。
「もっと近くに」
ベッドの横に佇んでいれば、守矢が優しい声でそう告げる。ベッドに足をかけて登れば、腕を引かれて彼の足の間へと座らされた。背中に当たる体温と、自分を囲うように腹に回された腕が心地良い。手を出す価値もない相手だと突き放されたはずなのに、優しくされることが酷く嬉しかった。
「Good boy」
「もうプレイなんてしなくたっていいだろ、発散はできたんだし」
昨日のプレイだけで発散してフェロモンは抑えられているはずだ。あとは帰ってから抑制剤をしっかりと飲めば、元通り。今更引き止められる理由なんて何処にもないのに、何でこいつはこうまでして俺を止めたがるんだ。
「まずは俺の話を聞いてください」
「……嫌だ」
反抗すれば、守矢の腕の拘束が少し強くなる。コマンドのせいで逃げられはしないことを分かっているくせに、本当に俺が逃げ出すんじゃないかと怯えているように感じた。
そのまま暫く沈黙が続き、耐えられなくなった自分は深くため息を吐いてから「分かった」とだけ零した。守矢はお礼を告げてから腕の拘束を緩め、話し始める。
「俺ね、Domの自分がすごく嫌いだったんです」
「その割には楽しそうにしてたけどな」
「だから過去形なんですよ。今はむしろ良かったなと思ってます」
肩に頭を乗せてきた守矢の髪が頬にあたって擽ったい。寝起きのせいか腹に当たる手が暖かくて、冷えた自分の手をそっと重ねてみた。迷わずその手を上から包むように握られて、まるで恋人みたいだなと思って、またひとり落ち込む。
「俺ね、こんな顔だからまあ……それなりにモテてたんですよ」
「急に自慢話かよ」
「まあまあ、大事な話なんで聞いてくださいよ」
顔を上げて苦笑した守矢は、握っていた手を強く搦めた。いわゆる恋人繋ぎに、下がっていた体温がじんわりと上がったのを感じる。
「いろんなSubから言い寄られて、その度に“なんか違う”って言われるんですよ。何がって思って聞けば、“貴方はそんなDomじゃないでしょ、似合わないよ”って。意味分かんないですよね」
「一体何したんだ」
守矢の女性関係の話なんて聞きたくなくて、素っ気ない声音で返す。それを気にした風もなく、彼は続けた。
「別に何も。ただDomとしてSubを甘やかしただけですよ。でも俺にはもっと過激なのが似合うとか言われて」
だから、と守矢は続けた。
「Subも女も面倒だなって思ってたんです。それで一度だけ、じゃあ顔の可愛い男ならいけるんじゃないかって」
「なんだよその理由、巫山戯てんのか?」
ゲイであることを周りには隠して生きてきた自分を否定されたようで、腹が立った。握られた手に力を込めると、弱々しい声で「ごめんなさい」と言いながら、守矢は額を肩口へ擦り付ける。
「確かにあの時の自分に梨人さんが怒るのは仕方ないと思います。でもそのお陰で俺は大好きな人に出会えたんですよ」
嬉しそうに告げられたその一言にひゅっと喉が鳴る。大好きな人って、なんだよ。それを今この状況で俺に言うのか。こいつは何もかも分かってて、それを言うのか。とんだサイコ野郎じゃねえか。
告白もしてないのに振られた気分になり、先程の腹の立つ発言も相まって強引に守矢の腕から逃げ出そうとした。けれど彼は自分をそれ以上の強い力で抱え込み、逃がしてはくれない。
「な、っんだよ! 離せよ!」
「嫌ですよ。まだ話終わって無いんで」
「もういいだろ! 今すぐその大好きな人とやらのとこにでも行けば!?」
ジタバタと腕の中で暴れるのをものともせず、守矢は余裕気な声音で痛いですよ、なんて言う。対してダメージもないくせに。
「んー……それより、梨人さんはなんで急にそんなに逃げたがってるんですか? 例え俺に好きな人がいようが、関係無いですよね」
「そっ、れは……! そう、だけど」
「じゃあちゃんと俺が話終わるまで大人しくしててください」
思わず、はぁ? と声が出た。それこそ俺には関係ないだろ。
暴れるのをやめて後ろを振り向けば、近い距離にあった守矢の顔は笑っていなかった。こんな状況で笑うやつもいないだろうが、笑っていないというかむしろ怒ってすらいる感じがしたのだ。怒りたいのはこっちだっていうのに。
「お前のその話と俺に何の関係があんだよ。それこそ聞く必要ないだろ。俺は帰るから、いい加減離せよ!」
ポカポカと腹に回されていた腕を拳で叩く。自分の力では到底彼の腕の力には勝てないことを身をもって知らされたので、彼自身が解いてくれるまでどうしようもないが、抵抗の姿勢は見せておいた。
「Shut Up」
ピタリと動きが止まると共に、呼吸さえも止まった気がした。酷く冷たく低い声音は今まで聞いたこともないもので、頭が真っ白になる。次第に恐怖心すら湧いてきてガタガタと体が震えた。
ヒュウヒュウと上手く空気が吸えていない音がするのに、何処か他人事のようにも思えて。ただひとつだけこんな状況でも頭で理解していたのは、やっぱりSubなんて嫌いだということだった。
「ごめんなさい、怖かったですね」
後ろから抱き締めていたはずの守矢に、いつの間にか顔を胸に押し付けるようにして正面から抱き込まれていた。よしよしと言いながら頭を撫でられるが、頭の中が恐怖で埋め尽くされたままなかなか戻ってこられない。
「大丈夫、俺は貴方を傷付けたいわけじゃないですから。だから戻ってきて。大声で泣いても咎めませんから」
何度も何度も「大丈夫」と優しい声が頭に反響する。次第に呼吸も落ち着いてくると、ボロボロと流れる涙とは裏腹にほんの小さな声が落ちていく。
「ッ……ぅ、……」
「本当にごめんなさい。ただ、俺の話は梨人さんにとっても大事な事だと思うから、聞いて欲しいんです」
体を少し離した守矢は頬を包むように両手を添えると、親指で涙を拭った。少し滲む視界の先で、酷く心配そうな顔が此方を伺っている。
「ん……わか、た」
小さく頷けば、ありがとうございますと言いながら、守矢はまた抱き締めてきた。自分もその体に腕を伸ばしたくなったけれど、グッと堪える。元々自分が勝手に八つ当たりをして彼を怒らせたのだから、甘える資格なんてあるわけが無い。
「俺ね、一度だけマッチングアプリに登録してたことがあって」
このまま話すのか、と思いながらも抱き締められたままじっと話を聞くことにした。此奴でもマッチングアプリとかやるのか。それよりもバーとかに行って引っ掛けた方が当たりそうだけどな、なんて考えて酷く嫌な気持ちになった。
「顔が可愛くて俺より小さい人を探してたら、良さそうな人が居たんです。メッセージのやり取りを何度かして、会ってシてみましょうって所までいって」
「……それで?」
問いかけると、再び体を離した守矢は微笑んだあと顔を近付けた。考える暇もなく、唇にふにっとしたものが当たる感覚がして。目を開けたままだった自分は、そのまま固まって動けなくなってしまった。
「結局ヤッでは無いんですけど。でも、俺はあの時梨人さんに会えて、こんなに大好きになれる人に出会えて良かったと思ってます」
固まったままの自分の唇に、守矢の親指が触れる。くにくにと上唇を押し上げられると先程の感覚を思い出して、頭に血が上ってクラクラした。
「好きです、梨人さん」
「っ、ぁ……う、……お、れも」
じわ、とまた涙が滲んで声が震える。ちゃんと返事をしたいのに、しゃくり上げるばかりでそれ以上は言葉に出来なかった。そんな自分を大切なものを閉じ込めるように抱きしめた守矢は、「良かった」とだけ言った。
恐る恐る彼の背に腕を回すと、強く抱きしめられる。それが嬉しくて、自分も同じくらい強く抱き締め返した。
「もう、だいじょうぶ」
「俺が離れたくないんで、このままで」
どれくらいそうしていたかは分からないが、涙が止まったからもう一度ちゃんと話をしようと大丈夫と言ったものの、離れたくないと言われてしまい動けない。なのでそのまま、彼が満足するまではじっとしておく事にした。
少し冷静になった頭で、先程の守矢の発言を反芻してみる。確かに自分もマッチングアプリを使っていた事がある。でもそれは大学生、二十二歳までの事だ。院に入ってからは研究やらTAやらで忙しくて、遊ぶどころではなかったのだ。元々引きこもり体質でバーなんかには行かない人間だったし、マッチングアプリと言ってもヤリモクばかりが集まるアプリしか使っていない。
そこまで考えて、さあっと顔が青ざめた。守矢の胸を押すと、案外簡単に離れてくれ、顔をしっかりと見合わす。
「お前、今二十一だよな?」
「えぇ、そうですよ」
「俺がアプリ使ってたのは二十二までだ。今俺は二十五だぞ」
「はい、そうですね」
ニコニコと悪気のなさそうな顔を向けてくるが、此奴は間違いなく確信犯だ。
「お前、俺と最初に会ったのは何年前だ」
「五年前ですね」
五年前。つまり、俺は二十歳で、此奴は十六歳。完全にアウトだ。馬鹿じゃないのか。俺を犯罪者にでも仕立て上げるつもりかよ。
「ふっざけんなよ! 俺が捕まりでもしたらどうしてくれるんだ!」
「捕まってないんだからいいじゃないですか」
「いいわけねーだろ!」
「Sh」
唇に人差し指を当てられながらコマンドを言われ、むぐ、と口を閉じた。その指を曲げて唇をふにふにと弄りながら楽しげに笑われ、ムッとする。
「俺はね、貴方の為に生まれたDomなんだって思うことにしたんですよ」
「……?」
指を退けて今度は啄むようにキスをしてくる。それが物足りなくて追いかけるように自分からも唇を重ねた。
「さっきも言ったと思いますけど、俺はSubを甘やかしたいんです」
ちゅ、ちゅ、と頬や額、耳に口付けられて擽ったくて体を攀じる。するとキスをやめた守矢は、髪に指を通して慈しむように梳いた。
「昨日は貴方の発散のために意地悪しましたけど、本来はもっといっぱい甘えさせて俺なしじゃ生きれないくらいにしたいんですよ」
なんだか怖いことを言っている気がするが、ぽやぽやとしてきた頭ではそこまで考えることは出来なかった。寧ろそれは、今の自分にはいい事にしか思えなかった。
髪を梳かれ、頭を優しく撫でられて気持ちが良くてその手に頭を預ける。
「可愛い可愛い、俺の梨人さん。俺のために、貴方の全部を俺にください」
預けた頭を見上げるように上げてから、頷く。そして腕を伸ばして守矢の首へ回した。まだ許可が出てないから喋れないけれど、体で示すことは出来る。
さっき守矢にしてもらったように頬や耳にキスをして、最後に唇にキスを落とした。
「んふふ、ありがとうございます。でも俺は今から学校にいなかいといけないので」
お預けされて拗ねるが、待てが出来れば今度こそちゃんと抱いてもらえると思えば数時間くらい何ともない。回した腕を解いてからベッドを降り、床へとぺたんと座り込んだ。待て、できるよ。
「Good boy。家の中なら自由にしてていいですよ。でもその服はちゃんと着ててね」
こくこくと頷いてから立ち上がると、ベッドから降りた守矢は頭をひとなでしてから大学へ行く準備を始めた。その後ろを何となく着いて回ると、彼は自分の分の食事までも一緒に用意してしまい遅めの朝食を摂ることに。そうして二人で食事を終えて、諸々の支度を済ませた守矢を玄関まで見送る。
「それじゃあ、いってきます。帰ってくるまで良い子でWait、出来ますね?」
一度頷くが、アフターケアまでの時間が長いこともあり少し不安になる。それを察したのか、守矢は困り笑いをしながら頬を撫でた。
「終わったらすぐ帰ってきますから」
頬に当てられた手に自分の手を重ねてから、顔を少し上げて目を閉じる。すると間を置かずに唇が重なった。
何時までもこうしている訳にはいかないので、手を離して一歩後ろへと下がる。手を振って見送ると、守矢も手を振って玄関扉を開けて出ていってしまった。
扉が閉まった途端に不安が大きくなって、寝室へと駆け込む。布団を被り、守矢の匂いをすうっと吸い込んだ。Domのフェロモンも相まって、落ち着くと同時に胸がきゅっとなる。既にこの体はSubとしての気持ち良さを教えこまれてしまった。昔に一度だけDomとプレイした時と、昨日の記憶が重なる。あの時のDomは守矢だったんだな。あの時からずっと俺が好きだったのか、あいつは。――そして、俺も。
誰にも暴かれることのなかったSubとしての本能は、同じ手で再び解かれた。あの夜からもう二度とSubになんてなるものかと思っていたはずなのに。多分それは、守矢をずっと待っていたからだった。あの手に、あの声になら身を任せられると、知っていたんだ。
熱を帯びた体を起こし、布団から這い出る。キョロキョロと部屋を見渡してから、ベッドを降りた。多分ここら辺にあるだろうと目星をつけて、部屋を漁る。案の定出てきたローションとコンドームを手に、再びベッドへと上がった。
ブカブカだったスウェットのズボンを脱ぎ捨て、下着に手をかけて膝までするりと下げていく。ローションを手に垂らして温めながら、上体を倒して臀部だけ上げた。ローションを纏った指を後孔へとあてて、縁を解してからつぷり、と入れていく。それだけでは物足りず、直ぐに二本目を入れていくと、少しだけ圧迫感を感じた。
「っ……ふ、……」
まだ喋ってもいいとは言われていないから出来るだけ声を抑えるが、気持ちいい場所を掠めたことにより少しだけ声が漏れ出る。誰も見ていないのだからと頭の中で言い訳をして、指で先程の気持ちいい場所をもう一度押す。
「ぁ、っ……ぅ……」
ぐちゅぐちゅとローションがたてる水音にすら興奮を覚え、指の動きはどんどん激しくなる。きもちいい、のに……たりない。
いつの間にか勃起していたものを空いた手で扱きながら、後孔に入れた指を腹側へグッグッと押し込む。腰を左右に揺らしながらぐちゅぐちゅと中を掻き回し、あと少しでイけそうというところでパッと手を離した。
「んっ」
熱を溜めて今にも弾けそうな竿はそのままに、再び後孔へと指を入れる。今度はゆっくりと指を動かし、じわじわと熱を高めた。そうして溜まった熱が外に出る前に、また手を離す。それを何度も繰り返して、ただひたすら時間が経つのを待っていた。
始めてからどれくらい経っただろうか。グチャグチャになった下半身は熱を留めたまま、少し触れるだけでもビクビクと跳ねる程になっていた。ぼうっとした頭のまま、また後孔に手を伸ばそうとした時だった。
ガチャ、と寝室の扉が開き、ずっと待っていた人が部屋へと足を踏み入れた。
「ただいま、梨人さん」
ベッドに腰掛けてから横たわっていた自分に覆い被さった守矢は、体に触れない距離を保ちながら言葉を落とした。
「自由にしてて、とは言いましたけど。そんなに待てなかった?」
火照った顔を上げて視線を合わせると、小さな声で「悪い子」と言われてドクンと胸が大きく鳴った。
「声、出していいよ」
「さみし、かった……から……さわって?」
やっと出せた声は、酷く甘ったるかった。守矢はひとつ深く息を吐き出してから自分の上から退くと、上の服を全て脱ぎ捨てた。
「お仕置しようかなって思ったんですけど、そんなこと言われたらだめですね」
再び上に乗っかった守矢は、顔を近付けて『Good boy』と言ってからキスをした。僅かに開いていた唇の隙間からぬるりとしたものが入り込んできて、口内を優しく撫でる。それと同時に下腹部をぐっと押され、溜まっていた熱がバチンと弾けた。
「んっ!? ふっ……は、ぁ♡」
「きもちよかった?」
「ん……♡」
こくりと頷きながら、乱れた息を整える。その間も守矢は休ませる気がないのか、白濁の飛び散った服を脱がされた後ローションを垂らした指を性急に後孔へと突き入れた。既に解れているそこは、ぐちゅぐちゅと卑猥な音を立てながら彼の指を簡単に奥まで迎え入れる。
「ぁ、は……まっ、て……んぁ♡」
「だーめ、きもちいいならやめないよ」
「イッた、ばっかりは、っ♡ きつい、ってぇ♡」
そうは言いながらも、自分からイイところに当たるように腰を動かしてしまう。いつの間にか三本も入っていた指を孔を広げるように開かれると、中に入っていたローションがとろりと零れた。
「挿れていい?」
ズボンと下着を脱ぎ捨てた守矢は、コンドームを付けようとしていたがそれを手で払い除けた。本当は付けた方がいいことは分かっているけれど、ずっと待たされていたんだ。それを薄い膜ひとつにすら阻まれたくは無かった。
「おいで、紫央」
腕を伸ばして首に回し、引き寄せる。ひとつキスを落とすと、守矢は獣のような目つきで見下ろして腹につくほど反り返ったそれを柔らかな孔へと押し当てた。
「ん、っ♡ は、……でっか……♡」
「ふ、……はぁ……」
ぐぐ、と内壁を押し上げながら指とは比べ物にならない質量のものが挿入ってくる。苦しいのに気持ちいい。数年ぶりの生のその感触に、酒に酔ったように目眩がした。
時間をかけて根元まで挿入した守矢は、荒い息を吐き出しながら此方に倒れ込んできて耳元で小さく「やっば」とだけ囁く。
俺もやばいよ。挿入しただけで気持ちよすぎるもん。動いたらどうなってしまうんだろうか。
「きもちい?」
「気持ちいい、なんてもんじゃないですよ。ほんと、あんたって魔性すぎ」
はは、と男臭く笑った守矢は体を起こして両手を恋人繋ぎにしてベッドへ縫い付けた。そうしてゆっくりと腰を引いて、またゆっくりと押し込む。
「あっ、……ん、ぅっ……」
「ふっ……かわい」
ぱちゅん、ぱちゅん、とゆったりとしたリズムで肌がぶつかる音がする。その度に奥を押されて下腹部がキュンとした。本当にデカすぎなんだよ。結腸まで抜けそうで、少し怖い。でもそれ以上に快感と期待が大きくて。
「梨人さん、この奥、いれてもいい?」
額が合わさるほど顔を近付けてから、ゆっくりと奥の方を押し潰すように腰を押し付けられた。少し痛いはずなのに、それさえも快楽として脳が処理してしまう。
「いーよ……でも、もっといっぱい好きって言って」
繋いだ手を引き寄せ、守矢の手の甲にキスを落とす。こいつは案外そういうのが好きだって、分かっててやっている。これもひとつのテクニックだ。だって、好きな人にはいっぱい可愛がってもらいたいだろ。
「あんまりかわいーことしないでもらえますか……理性ぶっ飛びそうなんで」
体を起こした守矢にぎゅっと手を強く握られてから、その手が離れて膝裏を持ち上げられる。あ、やりすぎたかも、と思った時には遅かった。膝が胸に付くほど持ち上げられ、抜けそうになっていた屹立が勢いよく突き立てられる。どちゅ、と腹の中から音がしそうなほどの勢いに息が詰まった。それと同時にゾクゾクッと背筋が粟立ち、肉壁が屹立をきゅうと締め付ける。
「あ゙ぅッ♡ おく、きもちぃ♡」
「あっは、めっちゃかわいー……すき、好きです、梨人さん」
上から体重をかけるように何度も奥を突かれ、次第に壁が緩んでいる気がした。既に気持ちいいということ以外は考えられなくなっており、快楽をめいいっぱい享受するために守矢の首に腕を回して引き寄せる。近付いた事により耳元で聞こえる荒い息遣いすら興奮の素になって、締め付ける屹立の形をまざまざと感じさせられた。
「んっ、んッ♡ 奥、いれて? もっと気持ち良くして……♡」
「分かりました。でも俺がイくまでWaitですよ。一緒にね」
「うんっ……♡」
一度動きを止めた守矢は抱えていた膝を下ろすと、屹立を抜いてしまった。はふはふと息を整えていると、首に回していた腕も解かれて少し焦る。
「奥入れるなら、こっち向きのが気持ちいいと思うんで」
そう言った守矢にくるりと体の向きを変えさせられ、ベッドへとうつ伏せる。上に伸し掛った彼は、直ぐにまた菊門へと昂りを押し付けた。ぬちゅ、と粘ついたローションの水音をたてながらゆっくりと内壁を押し上げられ、はぁ、と熱い吐息が漏れる。
「きもちいいね。そう、リラックスしてて」
「んっ……♡ はぁ……♡」
ゆっくりと腰を前後に動かされる度に吐息が漏れ、気持ち良くて力が抜けていく。わざと前立腺は外すように動かされ、気持ちいいのにもどかしい。じっくりと時間をかけて炙られているようで、頭がバカになりそうだ。
「自分から腰動かしてるの、気付いてます? そんなに奥に欲しいならあげますよ」
緩んだ口の中に強引に指を二本入れられ、指を伝って唾液がとろりと零れていく。それを気にする暇もなく、守矢に反対の腕で頭を抱えられた瞬間、ググッと奥を強く押された。
「あ、ぐっ! ひゃ、ぇて♡ むい、むぃッ♡」
「無理じゃないでしょ。自分で欲しいっていったんだから、責任もって味わって」
「や、ぁ……♡ んきゅっ♡」
激しい動きは何一つされていないのに、奥を割開かれただけでイきそうになる。けれど必死にコマンドを思い出して、快楽を内に留めた。気持ちよすぎて逃げたいのに、上から守矢に押さえつけられていてどうすることも出来ない。
腰をぐーっと押し込まれ、少し緩めてからまた押され。あまりにも強い快楽に、咥えさせられていた指を無意識に強く噛んでいた。
「きもちいいねぇ、梨人さん。そんなに締め付けたら動けないよ?」
口から指を抜かれ、その手が腰を撫でてから下腹部へと降りた。上から体重をかけられているせいで、下腹部を押されると余計に蠕動が激しくなる。
「しおん、しおん♡ はやくイかせて♡」
「じゃあ激しくするけど、我慢しててね」
こくこくと頷くと、強く抱き込まれる。身構える間もなくばちゅ、ばちゅ、と激しく肌のぶつかる音がした。溜まっていた熱が弾けそうになりながらも、一番気持ちいい瞬間を味わうために必死に最後の糸を手繰り寄せる。
「んぁッ♡ ひ、あ゙ぅっ♡」
「は、ッ……イきそ……」
「あ゙ぁッ♡ は、ぁゔ♡」
「はっ、ふっ……梨人さんっ……Cum」
もう無理、と思った瞬間強く奥に叩きつけられながらコマンドが脳に響いた。糸がぷつんと切れたように体が大きく跳ね上がり、同時に中にトクトクと注がれる感覚がした。
「ぁ、あ……♡」
「はー……気持ちよすぎ……」
ゆっくりと何度か腰を動かした守矢は、拘束を解いてから欲を吐き出して少し萎えたそれを引き抜いた。後ろを振り返って確認すると、やはりまだ少し勃ち上がっていた。まだ萎えきっていないということは、足りないのだろう。
「もっと、する?」
自分の横に寝転がった守矢なそう問うと、汗で張り付いていた前髪を指で退けながら額にキスされた。
「いや、それだと梨人さんがしんどいと思うので」
「フェラくらいなら出来るぞ」
「それはまた今度で。それより……」
体を起こして簡単に二人の体液を拭った守矢は、裸のまま何処かへ行ってしまった。疲れているのでそのまま横たわって待っていると、直ぐに彼は寝室へと戻ってきた。
「恋人兼、正式なパートナーとして貰ってくれませんか」
守矢の手の上に置かれた白い箱。体を起こしてその蓋をゆっくりと上に持ち上げると、真ん中に青い宝石の嵌った黒いチョーカーが鎮座していた。
「これ……Color?」
「俺だけのものって印、付けて貰えませんか」
好き同士だと気付いたのは今朝の事なのに、こいつは一体いつからこれを用意していたんだ。それを思うと少しゾッとするけれど、嬉しくないはずかなかった。
「うん。でも、お前も俺以外のパートナーは作らないで」
「それは勿論。あの日からずっと、俺には梨人さんだけですから」
ちゅっと軽いキスをされ、目を見合せて笑い合う。守矢の手でチョーカーを付けてもらい、中心で揺れる宝石に触れた。もう二度とSubになんてなるものかと思っていたはずなのに。
あの夜に囚われていたのは、俺と――
そんな世の中で生きている自分も少数派であるダイナミクスで生まれてきたらしい。ダイナミクスの診断を受ける以前から既に少数派に属していた自分にとって、その診断結果は正直ショックを受ける他なかった。
――ゲイで、Subなんて。何処に需要があるというのだろう。
研究室に併設された仮眠室――正確には研究室の倉庫に簡易ベッドを置いただけの部屋だ――の窓辺に寄りかかり、楽しみに取っておいた今夜の煙草を箱から一本取り出す。火をつけて煙を吸い込めば、一日の疲れが少し和らいだ気がした。
「あ゙ー……つっかれた……」
オッサンみたいな声を煙とともに吐き出しつつ、あまり美しいとは言えない星空を眺めながら項垂れる。一向に終わらない研究に嫌気がさしてくるが、自分がやりたくてやっているのだから文句は言えなかった。何より先生は厳しいけれど、的確な指示をくれるのだ。ここで弱音を吐いて放り出すくらいなら、食らいついて結果を出して後から褒められた方が何倍もいい。
すぱすぱと煙草を吸いながら、買い置きしていたスイーツを冷蔵庫から取り出して食べる。煙草吸いながらの甘いものは格別だ。
そうして一人で束の間の休息を取っていたところに、コンコンとノックの音が響く。
「梨人さん、また居残りですか?」
返事をするより先に部屋に顔を出したのは、同じ大学の同じ学部、同じ学科を専攻する三年生の後輩である守矢紫央だ。ちなみに自分は同学科を卒業し、同大学の院に進んだ博士一年である。
近付いてきた守矢はその長身を屈めもせず見下ろしながら、自分の目の下にあるだろう隈を親指でするりと撫でた。身長差が二十センチメートルもあれば、見上げる事になるので首が痛い。
決して俺が小さいわけじゃない。こいつがデカすぎるんだ。身長百八十五センチメートルってなんだよ、デカすぎだろ。少しくらい分けろよ。世の中もっと平等にしてくれ。年下に見下ろされることの屈辱ったらないぞ。
なんて脳内で一人文句を垂れながら、見上げた状態で眉根を寄せて反論する。
「うるせー、研究が終わんねぇんだから仕方ないだろ」
「俺が梨人さんと歳が近ければ手伝えたんですけどね」
「ははは、お前なら今やっても出来そうだけどな~」
年齢が四つも離れていれば物理的に無理なため冗談ぽく笑ってみせたが、実際に彼が同学年だとしたら自分の研究を手伝うくらいは出来たかもしれない。正直毎日毎日研究で疲れすぎているため、猫の手も借りたいくらいだった。そんな折に優秀な人材が手伝いたい、なんて言ってきたら簡単に頷いてしまうだろう。実際には年齢差もあるためそうはならなかったが。
「ちょっとだけでも寝たらどうですか」
色素の薄い茶色い瞳にじっと見つめられ、気まずくて目線をすっと逸らす。
こいついっつも俺の目をじっと見てくるから嫌なんだよな。なんか色々見透かされてる気がして落ち着かないんだよ。
「んー……そうするかぁ。その間にお前は帰れよ」
未だに頬に手を置いたままだった守矢の手をぺしん、と払い除けて煙草を口に咥えた。毎日夜に一本だけ吸うと決めているので、出来るだけ長く楽しみたい。
それにしても相変わらずこの守矢という男は、何を考えているのだろうか。こんな草臥れた男一人放っておけばいいものを。そもそもまだ大学生の彼が、既に大学の正門が閉まっているこんな夜遅くにここに居ることがおかしいのだが、何故か彼は何時も自分が仮眠室に居る時に此処へやってくる。その度に直ぐに帰れと言うのだが、聞いてくれた試しがない。
「あんた一人で寝たら起きれないでしょ。俺が起こしてあげますから、さっさとベッドに入ってください」
残り少なくなっていた煙草を奪って灰皿に押し付けた守矢は、自分の背中を押してベッドへ促す。勿体ないな、と思いながら灰皿をみつめていると、早くしろと急かされた。こうなると本当に引き下がらないことを既に知っているため、大人しくベッドへのそのそと上がる。
「どれくらい寝ます?」
「三十分」
「短すぎますよ。せめて二時間は寝てください」
ベッドへ横になった自分の額を軽く叩いた守矢は、眉を吊り上げて少し怒っていた。
「寝るより研究進める方が大事なの! 一時間!」
「はぁ……あんたほんと、何時かぶっ倒れるぞ……一時間半ね。それ以上は譲りません」
「……分かったよ」
不貞腐れたように乱暴に毛布を引っ張りあげて布団へ潜る。少し冷たいけれど、限界だったのか直ぐに眠気が襲ってくる。赤子を寝かしつけるように、守矢が上からぽんぽんと優しく体を摩ってくれているのを感じながら自分は眠りについた。
◇◆◇
「梨人さん、起きて」
「んん……ゃ……」
誰かが自分を揺すりながら起きろという。うるさい、うるさい。まだ眠いんだ、寝かせてくれ。
「起きてくださいって。研究終わってないんでしょ」
「うぅー……やだぁ……」
剥がされそうになる布団を引き寄せ、丸まった。けれどうるさい声の主は一向に退く気配が無い。眩しいし、煩いし、最悪だ。
「やだじゃないですよ。ほんとにあんたは寝起き最悪ですね。さっさと起きないと……研究終わんないですよ!」
「んぁ!?」
思い切り叫ばれ、体が飛び跳ねる。ガバッと起き上がって目をぱちくりとさせていると、クシャクシャになった髪を撫で付けるように誰かが自分の頭を撫でていた。
「あぁ……? 守矢?」
何でここに守矢が居るんだろう、と数秒考える。そして直ぐに、そういえばさっきこいつがここに来て寝ろと言ったことを思い出した。ふぁ、と欠伸を零しながら髪を整えてくれる手に頭を預ける。身長もデカければ手もデカいから、包み込まれてるみたいで気持ちいい。
「寝ぼけてないで、さっさとベッドから降りてください。まだやること残ってるんでしょ。雑用ならしますから、キリのいいとこまで進めちゃってくださいよ」
「んー……はぁ、やるか」
「目覚ましにカフェインでも摂ります?」
「いや、いいわ。どうせ効かないだろうし」
離れていく手を名残惜しく感じながら、一度伸びをしてベッドから降りた。
毎日コーヒー飲んでるやつが今更カフェインなんて摂っても効くはずもなく、大人しく眠気と戦いながら頑張ることにした。幸い守矢がいてくれるらしいので、眠たくなったら話し相手でもしてもらえばいい。どうせ今日やる研究はパソコンでの処理だけで済むものだから。
そうして深夜二時過ぎに作業に取り掛かり、途中で寝そうになっては何度も頬を叩いて起こしたり、守矢に話し相手になってもらったりして研究をキリのいいところまで済ませた。
「やっ……と終わった~!」
「お疲れ様です」
「ありがとな、正直居てくれるだけですげー助かったわ」
「それは良かったです」
疲れた顔をしている自分とは裏腹に、守矢はニッコリと良い笑顔を返してくる。腹立つくらい顔が良い。
此奴がノンケじゃなければなあ、なんて。ゲイだったとしても、こんな年上童顔の男には興味無いだろと自嘲する。それに自分はSubだ。こいつのダイナミクスは知らないが、DomやSub、Switchなんてものはそうそう居るもんじゃない。必死に探してようやく一人見つけられるかどうかと言うところだ。こいつも十中八九Normalだろう。
あー、でも一回くらい間違って抱いてくんねぇかな。酒の勢いとかでいいからさ。いや、それじゃ勃たないかもしれないから、いっそ寝てる間にヤッちゃだめか?
「どうかしました?」
考え事をしていると、守矢が不思議そうな顔で問いかけてきた。連日の寝不足と研究での疲れによる思考力の低下で、アウトな考えをしていたことを見抜かれた気がして、慌てて作り笑いを浮かべる。
「いや、何も? それよりもう朝じゃん。お前今日何限から?」
「俺は三限からですよ」
「じゃあまだ少しは寝れるか。あー、まじねみーな……俺は今日やっとオフだから帰ってしっかり寝るかなぁ」
ぐーっと伸びをしてから肩をぐるぐると回したり、首を捻るとポキポキと音が鳴る。帰り道で寝ないようにしないとな、と考えながら片付けを始める。
「梨人さん、抑制剤は?」
「……は?」
よく、せい、ざい……? 今こいつ、そう言わなかったか? まて、多分聞き間違いか何かだろ。
「ええっと、なんつった?」
なんて聞き返さずに誤魔化してさっさとこの場を去ればよかったと思うのは、後になってからだった。
「抑制剤ですよ。Subのフェロモンや欲求を抑えるための」
「は、はは……お前、なんの冗談だよ。面白くねーよ?」
引き攣った笑みのまま、少しずつ後退る。しかし、守矢は自分が一歩下がる度に近付いてきた。笑顔なのに圧を感じて怖いんだが。
「冗談なわけないじゃないですか。まさか持ってないんですか?」
遂には壁へと辿り着いてしまい、横に逃げようとすると壁ドンなんてものをされる。
おいおい、それは可愛い女の子にするやつだろ。流石にこんな状況じゃゲイの俺でもドキッとはしないぞ。いや、違う意味でドキッとさせられているが。
ここまで来ると流石にSubでは無いなんて否定しても無駄なことは理解している。だから代わりにこの状況をどう抜け出すかを考え始めるが、いい案は一向に思い付かない。
「あー、はは……最近忙しかったから残ってたちょっと強めのやつを一昨日くらいに飲んだきりだなー……なんて」
「あんたは馬鹿なんですか?」
「誰が馬鹿だ、コノヤロウ。たまたまタイミングが悪かっただけだろ! つか、なんでお前は俺がSubって分かったんだよ。まさかお前、」
続きの言葉を言うより先に、体ががくんと傾く。
「梨人さん、Kneel」
「へ、ぁ?」
その場にペタンと座り込み、何も考えられなくなる。徐々に体温が上がってきて、頭がぼうっとしてきた。なんだこれ、クラクラするのに気持ちいい。
「俺の家に行きますよ。Stand Up」
「……ん」
手を引かれながら研究室を出て、守矢の一歩後ろを着いていく。今はコマンドを使われていないはずなのに、無言で進む彼になすがままだった。
車の助手席に乗せられると、運転席に乗った守矢が此方を見て頭を撫でてくる。
「Good boy」
ぶわ、と熱が全身に広がって一層クラクラしてくる。撫でてくる手が気持ちよくて、その手を取って頬に当てて擦り寄った。もっと撫でていいんだぞ、特別に許してやる。
しかしピタリとその手が止まったので、もっと撫でろという意味を込めて視線を上げる。
「……手、離してくれません?」
「んー? 今から俺の事、もっときもちよーくしてくれるんだろ?」
酒に酔った時みたいにぽやぽやとした頭で、目の前の快楽に身を委ねた。
「そうですね。多分あんたは覚えちゃいないんでしょうけど」
「だーいじょうぶ、だいじょうぶ~、おぼえてるって~」
「まあそんなことはいいんですよ。家に行ったら関係ないんで」
それまで我慢しててください、という守矢の言葉に大人しくすることにした。我慢したらご褒美くれるんだろ。俺は出来る子だからな、それくらい待つさ。
走り出す車の中は言葉数が少なかったけれど、それが酷く心地よく感じた。こいつ横顔もかっこいいなとか、案外唇は厚めだなとか、睫毛長いなとか、ずっと守矢を見つめているだけでも満たされる感覚がする。赤信号で停車した時なんかは、こっちを見て「見すぎですよ」なんて言いながら頭を撫でて笑うんだ。
正直に言おう、俺は確実にこいつに――守矢紫央に惚れている。だってこんなに顔が良くて面倒見のいい男が、毎日毎日構ってきたら好きになるに決まってるだろ。
付き合えないとは分かっているし、今回のプレイに関しても気紛れなんだろうけど、少なくとも守矢にとっての今の自分は手を出すに値するのだからそれでいい。
頭の隅で、それはよくない事だと警鐘を鳴らす自分がいることを分かっていながらも、既に溶けた思考では理性よりも欲が勝っていた。車内に流れるゆったりとした音楽を右から左に聞き流しながら、彼の家に着くまで結局ずっと横顔を眺めていたのだった。
車に乗ること数十分、ふとこちらを向いた守矢が困り笑いをしながら「着きましたよ」と言う。ハッとして前を見れば、車は既に駐車場に止められていて。慌ててシートベルトを外して外に出ると、同じように車から降りた彼がこちらに回って手を差し出す。
「……何?」
「一人で歩くの危なそうだなって」
「そんなボケてないっての」
「心配性な俺のためにも、ね。ほら」
確かにまだ頭はふわふわしているけれど、歩けないほどじゃない。そもそもそれは誰のせいだと思ってるんだと言い返したくなったけれど、よく考えてみれば元々は自分が抑制剤を飲み忘れたせいだったと思い直してそれ以上は何も言えなかった。
差し出された手に手を重ね、守矢の後を着いていく。辿り着いた玄関の前で手を離されるかと思いきや、彼はそのまま片手でポケットから鍵を取りだしてその手で玄関扉を開いた。
「ちょっと汚れてますけど、気にしないでくださいね。男の一人暮らしなんで」
男の一人暮らしにしては少し広く感じるアパートの一室に連れ込まれ、そのまま寝室に案内された。見たところものが散乱している訳でもなく綺麗なので、ただの社交辞令みたいなものだろう。
元々そういうつもりで来たのだからそのまま寝室に連れ込まれるのはいいのだが、案外こいつも余裕が無いのだなと思って少し口角が上がる。
「今更ですけど、始める前にセーフワード教えてくれませんか」
手を離して振り返った守矢は、本当に今更なことを言う。セーフワードはDomが過激になりすぎないように、Subが唯一Domを従えられる大事な言葉なのだ。それをDomが知らぬままSubにコマンドを使うということは、最悪奴隷として扱っていると見なされたも仕方がないと言える程大事な事だった。とはいえ、あの状況下で先にセーフワードの話が出るのも変な話ではあるし、流石に守矢がそんな危険なDomだとも思わないので別にいいのだけれど。
「うーん、何にしようかなあ」
まだ思考がはっきりしないまま、顎に手を当てふわふわとした心地で考える。何がいいだろう。何かあった気もするけど、忘れてしまった。
「決めてないんですか?」
「だって今まで必要なかったし。無難にRedでいいかな」
今までプレイなんて全くしてこなかったから、セーフワードが必要になることも無かった。いや、実際には一度だけあるんだが、ほとんど記憶にはないからしていないのと同じでいいだろう。本当は思い出したくないだけなんだけれど。だってあの時のことを考えると、体がおかしくなってしまうから。
少しだけ下がっていた熱がまたぶり返しそうになって、慌てて被りを振って知らないフリをする。
「……そうですか。じゃあまあ、それでいいです。さて、始めましょうか」
少しだけ悲しそうな顔に見えた気がしたが、気のせいだった。目の前の男はベッドに足を組んで座り、その前に立つ自分を少しだけ見上げて口角を上げた。
「Kneel」
コマンド通りに座り込むと、いつも通り自分が下から見上げる形になる。でもいつもみたいに腹が立つことはなく、寧ろそれがいい事のように感じてきた。
前屈みになった守矢は此方に手を伸ばしてきて、猫を撫でるように喉元を指で優しくスリスリとする。
「んん……俺、猫じゃないんだけど」
「俺にとっては猫みたいなもんですよ」
「なんだよそれ」
喉を撫でていた手は頬を伝って、今度は耳を撫ぜていく。擽ったくて肩を竦めれば、クツクツと笑う声が頭上から降ってきた。
「耳弱いんですね」
「擽ったいだけ」
「へえ? じゃあもっとちゃんと確かめましょうか」
耳から手を離して組んでいた足を解いた守矢は、良い笑顔を向けながらもう一度『Kneel』と言った。もう座っているんだが、と疑問符をつけて問いかけると、守矢は膝をポンポンと叩いてもう一度コマンドを発する。
「ここですよ、ここ。出来ますよね?」
立て、とは言われていないので戸惑いながら、守矢に少し近付いて腕を伸ばす。すると彼も腕を伸ばして抱き上げるように、腰と背中に手を回してきた。守矢の首に腕を回した自分は、彼に力を借りながら体を持ち上げて膝に横向きで座ったのだった。
「梨人さんから甘えてくれたみたいで最高ですね」
「お前が立てって言わなかったせいだろ」
「そうだとしても、ですよ。俺にとってそこはどうでもいいんで」
どうでもいいってなんだよ、とムッとして眉根を寄せて睨み上げる。すると、耳元に口を寄せた守矢が低い声で「反抗期ですか?」なんて囁くから、ゾクゾクとしたものが背を駆け巡った。
「んっ……」
甘ったるい吐息がこぼれたのが恥ずかしくて、グイッと守矢の顔を手で押して遠ざける。
「ち、近い!」
ドクドクと鳴り響く心臓を落ち着けるように、俯いて深呼吸をした。この距離を許されている現状が嬉しいと思うのに、少し落ち着いた頭ではこれがプレイの一環だあることを思い出して虚しく感じる。
「俺が何のために梨人さんを膝に乗せたのか、もう忘れたんですか」
押し退けた手を取って甲に口付けた守矢は意地の悪い笑みを見せ、その大きな片手で手錠のように一纏めにしてしまった。
コマンドのせいで膝から降りることも出来ず逃げ場のない自分は、せめてもと体を守矢から離そうと反対へ傾けた。しかし彼がそれを見逃すはずもなく、拘束をしていない手で肩を抱き、引き寄せる。
「Look」
コマンドに抗えずゆっくりと目線を戻すと、嬉しそうた笑う顔がすぐ近くにあって、じわじわと顔が熱くなる。
「誘ったのはあんたなのに、逃げるなんてことしませんよね?」
「逃げてなんか……んぁッ」
すり、と耳を触られて甘い声が漏れ出る。視線はずっと絡んだままなのが羞恥をより強くした。優しく耳を撫でられているだけなのに、触れられる度に吐息がこぼれてどうにかなりそうだ。
「も、やめ……んっ」
「耳が弱いですって認めたらやめてあげますよ」
「おまっ、それはずるい、だろ」
コマンドで言わせないあたり、本当に意地が悪いと思う。待ってれば俺が折れると分かっているのだろう。今はまだ折れてやるもんかと思っているが、多分そう長くは保たないことを自分でも理解はしていた。
いつの間にか手の拘束は解けており、耳を触られながらお腹の辺りを優しく服の上から撫でられた。そんなところ触って何がしたいんだと思いつつも、耳と一緒に触られていると気持ちいいような気がしてくる。
「気持ちいいですね」
「んっ……よく、な……」
「何時まで意地張るんです? 俺はいつまでも待ちますけど、辛いのは梨人さんじゃないの」
諭すように、優しく囁く。気持ちいい、気持ちいいって何度も言われながら耳を優しく撫ぜて、お腹をトントンと優しく押される。その度にぴくんと体が反応して、零れる吐息に熱が混ざった。
あぁ、もう駄目だ。これ以上気持ちいいのが続くと体がおかしくなってしまう。コマンドだけでも気持ちいいのに、自分の弱い場所を暴かれれば抗えるわけが無い。
「みみ、よわい、っから……も、やめて……?」
「ッ……分かりました。目も逸らしていいですよ。Good boy」
とろんとした目を下に向けて、守矢の肩に凭れかかった。額にキスされながら頭を撫でられると、多幸感で満たされていく。こんな気持ちいいことを知ってしまったら、一人になった時虚しいだけなのに。分かっていたから今まで抑制剤を飲んで凌いでいたはずなのに。
「……ね、もっと」
もう一度顔を上げて、強請る。
「もっと命令して?」
「いいですよ。梨人さんなら出来ますよね、Strip」
急に過激なコマンドを言われて一瞬怯むが、元々そういうつもりだったのだし、脱ぐくらい何ともない。けれど、単純に脱ぐだけでは彼が満足しないことも分かっていた。
膝に跨るように座り直すと、見えやすいようにか守矢は後ろに体を少し倒してベッドに手を付いた。自分は彼の膝に乗ったまま手を交差させて服の裾を掴み、ゆっくりとした動作で持ち上げていく。
「良い眺めですね」
茶々を入れる守矢の言葉を無視し、胸の辺りまで持ち上げた裾を口に咥える。片手でそれを支えて完全に落ちないようにしながら、空いた手は腹を指でなぞった。彼の視線がその指に沿って動くのを満足しながら眺め、その指をズボンのベルトへ。カチャカチャと音を立てながら、じっくり時間をかけてベルトを解き、ズボンのチャックに触れる前にもう一度腹を指で撫でた。その指に守矢の手が伸びてきて臍の下をグッと押され、きゅうっとお腹が収縮する。
「ん、っ」
「ほら、続けて」
一度キッと睨み付けてから目を逸らして、お腹に当てられた手を退けることの無いままチャックに手を伸ばす。緩慢な動作でそれを引き下ろし、もう一度目を合わせてズボンに両手を掛けた。『Kneel』を止めていいとは言われていないので、ズボンが脱げない。それを示すように膝に乗ったまま目で訴えながら腰を前後に揺らすと、守矢の喉がグッと鳴った。
「膝立ちくらいならいいですよ」
意図を理解した守矢は少し余裕のなさげな表情でそう言った。その表情に少し気分が良くなり、口に裾を咥えたままニヤリと口角を上げる。膝立ちになると、ズボンの下から覗いていた下着が若干盛り上がっているのが見えた。プレイをしていれば誰だって性的興奮を覚えるのだから、これは仕方ないことだ。それを今更恥ずかしいとは思わない。
腹に添えられたままだった守矢の手首を取り、ズボンに手を掛けさせて視線を合わせる。
「今日の梨人さんはサービス精神旺盛ですね」
乗り気な様子を見せた守矢は手首を掴んでいた手を退けると、その大きな手で上から包むように指を絡めてからズボンに再度手を掛けた。そのままでは足に引っ掛かって脱げないため、彼の方へ体を傾けて上体を預ける。守矢がそれを手伝うように腰に反対の手を添えたので、片足ずつ持ち上げてズボンから足を引き抜いた。
先程よりも主張の激しくなっている下着に、守矢の手が伸びてきて指の背でするりと撫でられ腰が揺れ動く。
「もう濡れてますね、かわいい」
「んんっ」
くす、と笑いながら下着を撫で、支えていた腰も撫でられてくぐもった声が漏れる。もう一度膝に座り直すと、彼も同じようにズボンが盛り上がっているのを感じた。言われてばかりなのが気に食わず、服に手を掛けて今度はバサリと脱ぎ捨てる。
「お前も勃ってるくせに」
「そりゃ、こんなことしてれば勃ちもしますよ」
そんなことより、と守矢は一度言葉を切ってから、下着のゴムに指を掛ける。
「まだ残ってますよ」
くいくいとゴムを引っ張られると、緩く勃ち上がっていたものに擦れて熱い息が零れた。下着に掛かっていた守矢の手を押し退け、また膝立ちになって両手を横から差し込んで少しずつずらしていく。
じっとそれを見られていると、何だか恥ずかしい気がしてくる。今まで何度となくそういうことはしてきたのに、好きな人の前だからだろうか。それともプレイ中だからか。どちらにしても、鼓動が何時もより早まっているのは確かだった。
「手が止まってますよ」
「うるさい」
守矢は腰に手を添えてから、少し露になっていた臀部を撫でた。オヤジ臭い手つきに緊張が少しほぐれて、そのまま下着をするりと脱ぎ去る。
「Good」
ご褒美としてコマンドと共に頭を撫でられると、多幸感が体を支配した。膝に座ってグリグリと頭を彼の肩に押し付け、沢山撫でてもらう。
「じゃあ次はもっと気持ちよくなりましょうね」
「ん……」
こくりと頷くと、守矢は耳に一度キスをしてから低い声で囁いた。
「Roll」
顔をあげれば彼と目があった後、ベッドへとその視線を誘導される。膝から降りてベッドへ寝転がるが、何も身につけていないために全て丸見えだ。服を着たままの彼と対照的なことが少し恥ずかしくなってきて、両膝の裏に腕を差し込んで抱える。
「そうじゃないでしょう、このコマンドは。それにその格好じゃ、梨人さんの可愛いお尻が丸見えですよ?」
「かっ、わいいとかいうな!」
確かにこのコマンドはお腹を見せて抵抗していません、服従していますよと示すものだ。けれど、裸の状態でそれをすればいろいろなものを晒すことになる。
何とか視線を逸らさせたいが、裸でこんな格好だと大したことは出来ない。だから少しでも抵抗の証として、手で後孔を隠しながら足をパタパタとさせた。
それより、何で守矢はそんなに興味津々な感じで尻を凝視してんだ。ノンケのくせに、男の尻なんかに興味を持つなよ! 確かに女の穴みたいに縦に割れてるのはおかしいんだろう。嫌悪感を示されなかっただけ良いと思えばいいのか? いや、そもそもこんなことしてる時点でおかしな話ではあるが。
「じゃあこれならちゃんと出来ますよね。Present」
全裸の今この状態で見えていない場所を見せろ、と言われたらそれはもうひとつしかないだろう。それを言われるとセーフワードを言わない限り隠すことは出来ない。悔しくて唇を引き結びながら恥ずかしくない、恥ずかしくない、と自分に言い聞かせて腕を解いていく。
「ちゃんと足も開けますよね?」
閉じたままだった膝を撫でられ、きゅうっと胸が苦しくなる。今からもっと恥ずかしいことをするんだから、これくらいなんて事ないはずなのに。
恐る恐る膝を開くと、一度も触っていないはずのそれは完全に勃ち上がっていた。それに触れることの無いまま、視線だけが注がれて膝が閉じそうになる。
指示通りに膝を開いて全てを見せた状態で待っていると、不意に守矢の口角が持ち上がった。
「Fap」
「なっ!?」
つい、と下から上に舐めるように守矢の視線が上がって、最後に自分の視線とかち合った。それから逃れるように顔を背けながら拒絶の言葉を吐く。
「や、やだ」
「嫌ならセーフワードをどうぞ」
「うぐ……ノンケのくせに」
既にコマンドのせいで勃起した自分の竿に指が伸びていて、口では拒絶するものの体は指示に従っていた。
先端に指を触れて先走りを指に纏わせる。それを使って先端を指で撫でてから、竿全体にぬめりが行き渡るようにゆっくりと手を上下に動かした。
「んっ……ふ、ぅ……」
自分は顔を背けたままだが、守矢の視線が再び下に注がれているのは分かっていた。今までの男なら寧ろ自分から後ろの穴を弄ってるとこエロいだろ、見ろよって感じのことくらいはしていたのに、守矢の前となると竿を弄ることすら恥ずかしい。
それでも萎えることなく、寧ろどんどん体が熱くなっている。声だけはあまり出さないように唇を噛むが、鼻から抜けるような声は抑えられていなかった。
「俺がいいって言うまでイッちゃ駄目ですよ」
「な、んでっ」
動かしていた手を止めるが、今目を合わせるとイッてしまいそうな気がして顔を背けたまま抗議する。けれど、それを分かっているのかいないのか、守矢は顔の横に両手をついて覆い被さってから再びコマンドを告げた。
「それより。Look」
どくん、と胸が鳴って息が苦しくなる。それすらも気持ちいいと感じて、握ったままだった竿がぴくんと反応したのが手から伝わった。
一度ギュッと目を瞑ってから顔を受けに向け、ゆっくりと瞼を開くと意地の悪そうな笑みがこちらを見下ろしていた。
「見られてイきそう? でもちゃんといいって言うまで続けてくださいね」
「んぁっ……は、ぅ……」
コス、コス、とゆっくりと片手で扱くがイかしてくれないことがもどかしく感じて、もう片方の手が下へと伸びていく。てらてらと先走りで濡れた指を後孔へと当てると、お腹の奥がきゅうっとなるのを感じた。
「駄目ですよ、前だけでちゃんとイッて」
「なら、はやくっ」
目を合わせたまま懇願するが、なかなか許可を出してはくれない。少しずつ手の動きは早くなるものの、許可が出ないせいでイきそうになる手前で手が止まる。熱が少し引けばまた扱いて、熱が弾ける前に止めるのを何度も何度も繰り返した。
「気持ちいいですね。涎と涙で顔がぐちゃぐちゃですよ」
「も、……やぁ……はやく、イかせて?」
腰を浮かせて、竿を扱きながら亀頭を守矢の服へ押し付ける。ゆらゆらと腰を揺らして服に押し付けるのは、背徳感も相まってより気持ちよく感じた。
「悪い子ですね。でも可哀想だからそろそろいいですよ」
「んっ、んっ……は、ぁ……」
守矢の目が弧を描いて、優しく微笑む。あ、その顔好き、なんて思った次の瞬間に守矢はギラついた目で此方を見下ろしていた。
「ほら、もっと扱いて。限界まで。もっと、ほら、もっとですよ」
「あっ、……あっ! ん、ぁ! も、むり、むりっ!」
「Cum」
ビクン、と腰が大きく跳ねて白濁が飛び散る。自分の腹だけでなく守矢の服までもを白く染めたそれを、ぼんやりと眺めた。一度しかイッていないのに、倦怠感で体が沈んでいく。
「Good boy」
頭を撫でてそう言った守矢は、そのままアフターケアを続ける。自分はそれを享受しながら、多幸感と共に訪れた眠気に抗いながら言葉を紡ぐ。
「守矢……いれ、て……」
落ちてくる瞼を必死に持ち上げながら、頭を撫でていた手を取って頬にあてた。けれど、守矢はそれ以上動く気配がない。
「これ以上はしませんよ。梨人さんのフェロモンを抑えるためにプレイしただけなので」
あぁ、そっか。そうだよな、お前ノンケだもんな。そりゃ挿入する側だとしても、男の尻穴なんか嫌だよな。だから普通の接触ばかりで、性的な意図を持った触り方をほとんどしなかったのか。
ぼんやりとした思考でそんなことを考えながら、落ちていく意識をそのまま手放したのだった。
◇◆◇
頭を撫でられている感覚がして、徐々に覚醒に導かれていく。眩しさにギュッと一度強く目を瞑ってから開くと、同じように横になっていたらしい男が微笑みを携えて挨拶をしてきた。
「おはようございます」
「……」
「梨人さん?」
ゆっくりと起き上がり、昨日の出来事を思い出す。抑制剤を飲み忘れ、それを察知した守矢紫央にコマンドを使われて。そこから彼がDomということを知ったから、ワンチャン狙って家に着いてきたはず。そうだよな。でも、昨日は結局――
「何をそんなに考え込んでるんです?」
「うるさい、お前なんか嫌いだ」
手を出す価値もなかったってか。知ってるよ、ノンケのDomにとってSubはただのDomとしての欲求の発散相手でしかないことくらい。コマンドが言えたら性欲なんてどうでもいいことくらい知ってるっての。でも、あんなにいろいろされたら手を出してもらえるかもって、抱いてくれるかもって思っちゃうだろ。
そんな事実を突きつけられせいで、酷く体が冷たく感じる。八つ当たりだとは分かっていながらも、期待が裏切られたという事が頭を支配して冷静になれそうにはなかった。
自分が寝た後にきちんと服を着せてくれたらしく、ベッドから這い出て床を歩くとサイズの合わない服が引き摺られていく。
「梨人さん、Come」
「……ッ、なんで」
逃げようとしたのにコマンドによって行動を制限されてしまった。DomはそうやってSubを弄ぶんだ。Subにはそれを拒否するセーフワードがあるけれど、セーフワードを使うと双方に精神的なダメージがあるため、そうそう使うことは無い。今だってそうだ。セーフワードを使って拒否する程、俺はこいつを拒絶できないでいる。
服の裾をぎゅっと握りしめてから、拒みたくなる体を振り向けてベッドヘッドへ体を預けて座っていた守矢に近付く。
これだからSubは嫌なんだ。簡単に拒めるなら常に抑制剤を飲む必要だってない。プレイで発散するほうが何倍も体には健康的だし、本来そうすることが正常だと言える。
――あの日だって、拒絶ができるならしていたはずなんだ。
「もっと近くに」
ベッドの横に佇んでいれば、守矢が優しい声でそう告げる。ベッドに足をかけて登れば、腕を引かれて彼の足の間へと座らされた。背中に当たる体温と、自分を囲うように腹に回された腕が心地良い。手を出す価値もない相手だと突き放されたはずなのに、優しくされることが酷く嬉しかった。
「Good boy」
「もうプレイなんてしなくたっていいだろ、発散はできたんだし」
昨日のプレイだけで発散してフェロモンは抑えられているはずだ。あとは帰ってから抑制剤をしっかりと飲めば、元通り。今更引き止められる理由なんて何処にもないのに、何でこいつはこうまでして俺を止めたがるんだ。
「まずは俺の話を聞いてください」
「……嫌だ」
反抗すれば、守矢の腕の拘束が少し強くなる。コマンドのせいで逃げられはしないことを分かっているくせに、本当に俺が逃げ出すんじゃないかと怯えているように感じた。
そのまま暫く沈黙が続き、耐えられなくなった自分は深くため息を吐いてから「分かった」とだけ零した。守矢はお礼を告げてから腕の拘束を緩め、話し始める。
「俺ね、Domの自分がすごく嫌いだったんです」
「その割には楽しそうにしてたけどな」
「だから過去形なんですよ。今はむしろ良かったなと思ってます」
肩に頭を乗せてきた守矢の髪が頬にあたって擽ったい。寝起きのせいか腹に当たる手が暖かくて、冷えた自分の手をそっと重ねてみた。迷わずその手を上から包むように握られて、まるで恋人みたいだなと思って、またひとり落ち込む。
「俺ね、こんな顔だからまあ……それなりにモテてたんですよ」
「急に自慢話かよ」
「まあまあ、大事な話なんで聞いてくださいよ」
顔を上げて苦笑した守矢は、握っていた手を強く搦めた。いわゆる恋人繋ぎに、下がっていた体温がじんわりと上がったのを感じる。
「いろんなSubから言い寄られて、その度に“なんか違う”って言われるんですよ。何がって思って聞けば、“貴方はそんなDomじゃないでしょ、似合わないよ”って。意味分かんないですよね」
「一体何したんだ」
守矢の女性関係の話なんて聞きたくなくて、素っ気ない声音で返す。それを気にした風もなく、彼は続けた。
「別に何も。ただDomとしてSubを甘やかしただけですよ。でも俺にはもっと過激なのが似合うとか言われて」
だから、と守矢は続けた。
「Subも女も面倒だなって思ってたんです。それで一度だけ、じゃあ顔の可愛い男ならいけるんじゃないかって」
「なんだよその理由、巫山戯てんのか?」
ゲイであることを周りには隠して生きてきた自分を否定されたようで、腹が立った。握られた手に力を込めると、弱々しい声で「ごめんなさい」と言いながら、守矢は額を肩口へ擦り付ける。
「確かにあの時の自分に梨人さんが怒るのは仕方ないと思います。でもそのお陰で俺は大好きな人に出会えたんですよ」
嬉しそうに告げられたその一言にひゅっと喉が鳴る。大好きな人って、なんだよ。それを今この状況で俺に言うのか。こいつは何もかも分かってて、それを言うのか。とんだサイコ野郎じゃねえか。
告白もしてないのに振られた気分になり、先程の腹の立つ発言も相まって強引に守矢の腕から逃げ出そうとした。けれど彼は自分をそれ以上の強い力で抱え込み、逃がしてはくれない。
「な、っんだよ! 離せよ!」
「嫌ですよ。まだ話終わって無いんで」
「もういいだろ! 今すぐその大好きな人とやらのとこにでも行けば!?」
ジタバタと腕の中で暴れるのをものともせず、守矢は余裕気な声音で痛いですよ、なんて言う。対してダメージもないくせに。
「んー……それより、梨人さんはなんで急にそんなに逃げたがってるんですか? 例え俺に好きな人がいようが、関係無いですよね」
「そっ、れは……! そう、だけど」
「じゃあちゃんと俺が話終わるまで大人しくしててください」
思わず、はぁ? と声が出た。それこそ俺には関係ないだろ。
暴れるのをやめて後ろを振り向けば、近い距離にあった守矢の顔は笑っていなかった。こんな状況で笑うやつもいないだろうが、笑っていないというかむしろ怒ってすらいる感じがしたのだ。怒りたいのはこっちだっていうのに。
「お前のその話と俺に何の関係があんだよ。それこそ聞く必要ないだろ。俺は帰るから、いい加減離せよ!」
ポカポカと腹に回されていた腕を拳で叩く。自分の力では到底彼の腕の力には勝てないことを身をもって知らされたので、彼自身が解いてくれるまでどうしようもないが、抵抗の姿勢は見せておいた。
「Shut Up」
ピタリと動きが止まると共に、呼吸さえも止まった気がした。酷く冷たく低い声音は今まで聞いたこともないもので、頭が真っ白になる。次第に恐怖心すら湧いてきてガタガタと体が震えた。
ヒュウヒュウと上手く空気が吸えていない音がするのに、何処か他人事のようにも思えて。ただひとつだけこんな状況でも頭で理解していたのは、やっぱりSubなんて嫌いだということだった。
「ごめんなさい、怖かったですね」
後ろから抱き締めていたはずの守矢に、いつの間にか顔を胸に押し付けるようにして正面から抱き込まれていた。よしよしと言いながら頭を撫でられるが、頭の中が恐怖で埋め尽くされたままなかなか戻ってこられない。
「大丈夫、俺は貴方を傷付けたいわけじゃないですから。だから戻ってきて。大声で泣いても咎めませんから」
何度も何度も「大丈夫」と優しい声が頭に反響する。次第に呼吸も落ち着いてくると、ボロボロと流れる涙とは裏腹にほんの小さな声が落ちていく。
「ッ……ぅ、……」
「本当にごめんなさい。ただ、俺の話は梨人さんにとっても大事な事だと思うから、聞いて欲しいんです」
体を少し離した守矢は頬を包むように両手を添えると、親指で涙を拭った。少し滲む視界の先で、酷く心配そうな顔が此方を伺っている。
「ん……わか、た」
小さく頷けば、ありがとうございますと言いながら、守矢はまた抱き締めてきた。自分もその体に腕を伸ばしたくなったけれど、グッと堪える。元々自分が勝手に八つ当たりをして彼を怒らせたのだから、甘える資格なんてあるわけが無い。
「俺ね、一度だけマッチングアプリに登録してたことがあって」
このまま話すのか、と思いながらも抱き締められたままじっと話を聞くことにした。此奴でもマッチングアプリとかやるのか。それよりもバーとかに行って引っ掛けた方が当たりそうだけどな、なんて考えて酷く嫌な気持ちになった。
「顔が可愛くて俺より小さい人を探してたら、良さそうな人が居たんです。メッセージのやり取りを何度かして、会ってシてみましょうって所までいって」
「……それで?」
問いかけると、再び体を離した守矢は微笑んだあと顔を近付けた。考える暇もなく、唇にふにっとしたものが当たる感覚がして。目を開けたままだった自分は、そのまま固まって動けなくなってしまった。
「結局ヤッでは無いんですけど。でも、俺はあの時梨人さんに会えて、こんなに大好きになれる人に出会えて良かったと思ってます」
固まったままの自分の唇に、守矢の親指が触れる。くにくにと上唇を押し上げられると先程の感覚を思い出して、頭に血が上ってクラクラした。
「好きです、梨人さん」
「っ、ぁ……う、……お、れも」
じわ、とまた涙が滲んで声が震える。ちゃんと返事をしたいのに、しゃくり上げるばかりでそれ以上は言葉に出来なかった。そんな自分を大切なものを閉じ込めるように抱きしめた守矢は、「良かった」とだけ言った。
恐る恐る彼の背に腕を回すと、強く抱きしめられる。それが嬉しくて、自分も同じくらい強く抱き締め返した。
「もう、だいじょうぶ」
「俺が離れたくないんで、このままで」
どれくらいそうしていたかは分からないが、涙が止まったからもう一度ちゃんと話をしようと大丈夫と言ったものの、離れたくないと言われてしまい動けない。なのでそのまま、彼が満足するまではじっとしておく事にした。
少し冷静になった頭で、先程の守矢の発言を反芻してみる。確かに自分もマッチングアプリを使っていた事がある。でもそれは大学生、二十二歳までの事だ。院に入ってからは研究やらTAやらで忙しくて、遊ぶどころではなかったのだ。元々引きこもり体質でバーなんかには行かない人間だったし、マッチングアプリと言ってもヤリモクばかりが集まるアプリしか使っていない。
そこまで考えて、さあっと顔が青ざめた。守矢の胸を押すと、案外簡単に離れてくれ、顔をしっかりと見合わす。
「お前、今二十一だよな?」
「えぇ、そうですよ」
「俺がアプリ使ってたのは二十二までだ。今俺は二十五だぞ」
「はい、そうですね」
ニコニコと悪気のなさそうな顔を向けてくるが、此奴は間違いなく確信犯だ。
「お前、俺と最初に会ったのは何年前だ」
「五年前ですね」
五年前。つまり、俺は二十歳で、此奴は十六歳。完全にアウトだ。馬鹿じゃないのか。俺を犯罪者にでも仕立て上げるつもりかよ。
「ふっざけんなよ! 俺が捕まりでもしたらどうしてくれるんだ!」
「捕まってないんだからいいじゃないですか」
「いいわけねーだろ!」
「Sh」
唇に人差し指を当てられながらコマンドを言われ、むぐ、と口を閉じた。その指を曲げて唇をふにふにと弄りながら楽しげに笑われ、ムッとする。
「俺はね、貴方の為に生まれたDomなんだって思うことにしたんですよ」
「……?」
指を退けて今度は啄むようにキスをしてくる。それが物足りなくて追いかけるように自分からも唇を重ねた。
「さっきも言ったと思いますけど、俺はSubを甘やかしたいんです」
ちゅ、ちゅ、と頬や額、耳に口付けられて擽ったくて体を攀じる。するとキスをやめた守矢は、髪に指を通して慈しむように梳いた。
「昨日は貴方の発散のために意地悪しましたけど、本来はもっといっぱい甘えさせて俺なしじゃ生きれないくらいにしたいんですよ」
なんだか怖いことを言っている気がするが、ぽやぽやとしてきた頭ではそこまで考えることは出来なかった。寧ろそれは、今の自分にはいい事にしか思えなかった。
髪を梳かれ、頭を優しく撫でられて気持ちが良くてその手に頭を預ける。
「可愛い可愛い、俺の梨人さん。俺のために、貴方の全部を俺にください」
預けた頭を見上げるように上げてから、頷く。そして腕を伸ばして守矢の首へ回した。まだ許可が出てないから喋れないけれど、体で示すことは出来る。
さっき守矢にしてもらったように頬や耳にキスをして、最後に唇にキスを落とした。
「んふふ、ありがとうございます。でも俺は今から学校にいなかいといけないので」
お預けされて拗ねるが、待てが出来れば今度こそちゃんと抱いてもらえると思えば数時間くらい何ともない。回した腕を解いてからベッドを降り、床へとぺたんと座り込んだ。待て、できるよ。
「Good boy。家の中なら自由にしてていいですよ。でもその服はちゃんと着ててね」
こくこくと頷いてから立ち上がると、ベッドから降りた守矢は頭をひとなでしてから大学へ行く準備を始めた。その後ろを何となく着いて回ると、彼は自分の分の食事までも一緒に用意してしまい遅めの朝食を摂ることに。そうして二人で食事を終えて、諸々の支度を済ませた守矢を玄関まで見送る。
「それじゃあ、いってきます。帰ってくるまで良い子でWait、出来ますね?」
一度頷くが、アフターケアまでの時間が長いこともあり少し不安になる。それを察したのか、守矢は困り笑いをしながら頬を撫でた。
「終わったらすぐ帰ってきますから」
頬に当てられた手に自分の手を重ねてから、顔を少し上げて目を閉じる。すると間を置かずに唇が重なった。
何時までもこうしている訳にはいかないので、手を離して一歩後ろへと下がる。手を振って見送ると、守矢も手を振って玄関扉を開けて出ていってしまった。
扉が閉まった途端に不安が大きくなって、寝室へと駆け込む。布団を被り、守矢の匂いをすうっと吸い込んだ。Domのフェロモンも相まって、落ち着くと同時に胸がきゅっとなる。既にこの体はSubとしての気持ち良さを教えこまれてしまった。昔に一度だけDomとプレイした時と、昨日の記憶が重なる。あの時のDomは守矢だったんだな。あの時からずっと俺が好きだったのか、あいつは。――そして、俺も。
誰にも暴かれることのなかったSubとしての本能は、同じ手で再び解かれた。あの夜からもう二度とSubになんてなるものかと思っていたはずなのに。多分それは、守矢をずっと待っていたからだった。あの手に、あの声になら身を任せられると、知っていたんだ。
熱を帯びた体を起こし、布団から這い出る。キョロキョロと部屋を見渡してから、ベッドを降りた。多分ここら辺にあるだろうと目星をつけて、部屋を漁る。案の定出てきたローションとコンドームを手に、再びベッドへと上がった。
ブカブカだったスウェットのズボンを脱ぎ捨て、下着に手をかけて膝までするりと下げていく。ローションを手に垂らして温めながら、上体を倒して臀部だけ上げた。ローションを纏った指を後孔へとあてて、縁を解してからつぷり、と入れていく。それだけでは物足りず、直ぐに二本目を入れていくと、少しだけ圧迫感を感じた。
「っ……ふ、……」
まだ喋ってもいいとは言われていないから出来るだけ声を抑えるが、気持ちいい場所を掠めたことにより少しだけ声が漏れ出る。誰も見ていないのだからと頭の中で言い訳をして、指で先程の気持ちいい場所をもう一度押す。
「ぁ、っ……ぅ……」
ぐちゅぐちゅとローションがたてる水音にすら興奮を覚え、指の動きはどんどん激しくなる。きもちいい、のに……たりない。
いつの間にか勃起していたものを空いた手で扱きながら、後孔に入れた指を腹側へグッグッと押し込む。腰を左右に揺らしながらぐちゅぐちゅと中を掻き回し、あと少しでイけそうというところでパッと手を離した。
「んっ」
熱を溜めて今にも弾けそうな竿はそのままに、再び後孔へと指を入れる。今度はゆっくりと指を動かし、じわじわと熱を高めた。そうして溜まった熱が外に出る前に、また手を離す。それを何度も繰り返して、ただひたすら時間が経つのを待っていた。
始めてからどれくらい経っただろうか。グチャグチャになった下半身は熱を留めたまま、少し触れるだけでもビクビクと跳ねる程になっていた。ぼうっとした頭のまま、また後孔に手を伸ばそうとした時だった。
ガチャ、と寝室の扉が開き、ずっと待っていた人が部屋へと足を踏み入れた。
「ただいま、梨人さん」
ベッドに腰掛けてから横たわっていた自分に覆い被さった守矢は、体に触れない距離を保ちながら言葉を落とした。
「自由にしてて、とは言いましたけど。そんなに待てなかった?」
火照った顔を上げて視線を合わせると、小さな声で「悪い子」と言われてドクンと胸が大きく鳴った。
「声、出していいよ」
「さみし、かった……から……さわって?」
やっと出せた声は、酷く甘ったるかった。守矢はひとつ深く息を吐き出してから自分の上から退くと、上の服を全て脱ぎ捨てた。
「お仕置しようかなって思ったんですけど、そんなこと言われたらだめですね」
再び上に乗っかった守矢は、顔を近付けて『Good boy』と言ってからキスをした。僅かに開いていた唇の隙間からぬるりとしたものが入り込んできて、口内を優しく撫でる。それと同時に下腹部をぐっと押され、溜まっていた熱がバチンと弾けた。
「んっ!? ふっ……は、ぁ♡」
「きもちよかった?」
「ん……♡」
こくりと頷きながら、乱れた息を整える。その間も守矢は休ませる気がないのか、白濁の飛び散った服を脱がされた後ローションを垂らした指を性急に後孔へと突き入れた。既に解れているそこは、ぐちゅぐちゅと卑猥な音を立てながら彼の指を簡単に奥まで迎え入れる。
「ぁ、は……まっ、て……んぁ♡」
「だーめ、きもちいいならやめないよ」
「イッた、ばっかりは、っ♡ きつい、ってぇ♡」
そうは言いながらも、自分からイイところに当たるように腰を動かしてしまう。いつの間にか三本も入っていた指を孔を広げるように開かれると、中に入っていたローションがとろりと零れた。
「挿れていい?」
ズボンと下着を脱ぎ捨てた守矢は、コンドームを付けようとしていたがそれを手で払い除けた。本当は付けた方がいいことは分かっているけれど、ずっと待たされていたんだ。それを薄い膜ひとつにすら阻まれたくは無かった。
「おいで、紫央」
腕を伸ばして首に回し、引き寄せる。ひとつキスを落とすと、守矢は獣のような目つきで見下ろして腹につくほど反り返ったそれを柔らかな孔へと押し当てた。
「ん、っ♡ は、……でっか……♡」
「ふ、……はぁ……」
ぐぐ、と内壁を押し上げながら指とは比べ物にならない質量のものが挿入ってくる。苦しいのに気持ちいい。数年ぶりの生のその感触に、酒に酔ったように目眩がした。
時間をかけて根元まで挿入した守矢は、荒い息を吐き出しながら此方に倒れ込んできて耳元で小さく「やっば」とだけ囁く。
俺もやばいよ。挿入しただけで気持ちよすぎるもん。動いたらどうなってしまうんだろうか。
「きもちい?」
「気持ちいい、なんてもんじゃないですよ。ほんと、あんたって魔性すぎ」
はは、と男臭く笑った守矢は体を起こして両手を恋人繋ぎにしてベッドへ縫い付けた。そうしてゆっくりと腰を引いて、またゆっくりと押し込む。
「あっ、……ん、ぅっ……」
「ふっ……かわい」
ぱちゅん、ぱちゅん、とゆったりとしたリズムで肌がぶつかる音がする。その度に奥を押されて下腹部がキュンとした。本当にデカすぎなんだよ。結腸まで抜けそうで、少し怖い。でもそれ以上に快感と期待が大きくて。
「梨人さん、この奥、いれてもいい?」
額が合わさるほど顔を近付けてから、ゆっくりと奥の方を押し潰すように腰を押し付けられた。少し痛いはずなのに、それさえも快楽として脳が処理してしまう。
「いーよ……でも、もっといっぱい好きって言って」
繋いだ手を引き寄せ、守矢の手の甲にキスを落とす。こいつは案外そういうのが好きだって、分かっててやっている。これもひとつのテクニックだ。だって、好きな人にはいっぱい可愛がってもらいたいだろ。
「あんまりかわいーことしないでもらえますか……理性ぶっ飛びそうなんで」
体を起こした守矢にぎゅっと手を強く握られてから、その手が離れて膝裏を持ち上げられる。あ、やりすぎたかも、と思った時には遅かった。膝が胸に付くほど持ち上げられ、抜けそうになっていた屹立が勢いよく突き立てられる。どちゅ、と腹の中から音がしそうなほどの勢いに息が詰まった。それと同時にゾクゾクッと背筋が粟立ち、肉壁が屹立をきゅうと締め付ける。
「あ゙ぅッ♡ おく、きもちぃ♡」
「あっは、めっちゃかわいー……すき、好きです、梨人さん」
上から体重をかけるように何度も奥を突かれ、次第に壁が緩んでいる気がした。既に気持ちいいということ以外は考えられなくなっており、快楽をめいいっぱい享受するために守矢の首に腕を回して引き寄せる。近付いた事により耳元で聞こえる荒い息遣いすら興奮の素になって、締め付ける屹立の形をまざまざと感じさせられた。
「んっ、んッ♡ 奥、いれて? もっと気持ち良くして……♡」
「分かりました。でも俺がイくまでWaitですよ。一緒にね」
「うんっ……♡」
一度動きを止めた守矢は抱えていた膝を下ろすと、屹立を抜いてしまった。はふはふと息を整えていると、首に回していた腕も解かれて少し焦る。
「奥入れるなら、こっち向きのが気持ちいいと思うんで」
そう言った守矢にくるりと体の向きを変えさせられ、ベッドへとうつ伏せる。上に伸し掛った彼は、直ぐにまた菊門へと昂りを押し付けた。ぬちゅ、と粘ついたローションの水音をたてながらゆっくりと内壁を押し上げられ、はぁ、と熱い吐息が漏れる。
「きもちいいね。そう、リラックスしてて」
「んっ……♡ はぁ……♡」
ゆっくりと腰を前後に動かされる度に吐息が漏れ、気持ち良くて力が抜けていく。わざと前立腺は外すように動かされ、気持ちいいのにもどかしい。じっくりと時間をかけて炙られているようで、頭がバカになりそうだ。
「自分から腰動かしてるの、気付いてます? そんなに奥に欲しいならあげますよ」
緩んだ口の中に強引に指を二本入れられ、指を伝って唾液がとろりと零れていく。それを気にする暇もなく、守矢に反対の腕で頭を抱えられた瞬間、ググッと奥を強く押された。
「あ、ぐっ! ひゃ、ぇて♡ むい、むぃッ♡」
「無理じゃないでしょ。自分で欲しいっていったんだから、責任もって味わって」
「や、ぁ……♡ んきゅっ♡」
激しい動きは何一つされていないのに、奥を割開かれただけでイきそうになる。けれど必死にコマンドを思い出して、快楽を内に留めた。気持ちよすぎて逃げたいのに、上から守矢に押さえつけられていてどうすることも出来ない。
腰をぐーっと押し込まれ、少し緩めてからまた押され。あまりにも強い快楽に、咥えさせられていた指を無意識に強く噛んでいた。
「きもちいいねぇ、梨人さん。そんなに締め付けたら動けないよ?」
口から指を抜かれ、その手が腰を撫でてから下腹部へと降りた。上から体重をかけられているせいで、下腹部を押されると余計に蠕動が激しくなる。
「しおん、しおん♡ はやくイかせて♡」
「じゃあ激しくするけど、我慢しててね」
こくこくと頷くと、強く抱き込まれる。身構える間もなくばちゅ、ばちゅ、と激しく肌のぶつかる音がした。溜まっていた熱が弾けそうになりながらも、一番気持ちいい瞬間を味わうために必死に最後の糸を手繰り寄せる。
「んぁッ♡ ひ、あ゙ぅっ♡」
「は、ッ……イきそ……」
「あ゙ぁッ♡ は、ぁゔ♡」
「はっ、ふっ……梨人さんっ……Cum」
もう無理、と思った瞬間強く奥に叩きつけられながらコマンドが脳に響いた。糸がぷつんと切れたように体が大きく跳ね上がり、同時に中にトクトクと注がれる感覚がした。
「ぁ、あ……♡」
「はー……気持ちよすぎ……」
ゆっくりと何度か腰を動かした守矢は、拘束を解いてから欲を吐き出して少し萎えたそれを引き抜いた。後ろを振り返って確認すると、やはりまだ少し勃ち上がっていた。まだ萎えきっていないということは、足りないのだろう。
「もっと、する?」
自分の横に寝転がった守矢なそう問うと、汗で張り付いていた前髪を指で退けながら額にキスされた。
「いや、それだと梨人さんがしんどいと思うので」
「フェラくらいなら出来るぞ」
「それはまた今度で。それより……」
体を起こして簡単に二人の体液を拭った守矢は、裸のまま何処かへ行ってしまった。疲れているのでそのまま横たわって待っていると、直ぐに彼は寝室へと戻ってきた。
「恋人兼、正式なパートナーとして貰ってくれませんか」
守矢の手の上に置かれた白い箱。体を起こしてその蓋をゆっくりと上に持ち上げると、真ん中に青い宝石の嵌った黒いチョーカーが鎮座していた。
「これ……Color?」
「俺だけのものって印、付けて貰えませんか」
好き同士だと気付いたのは今朝の事なのに、こいつは一体いつからこれを用意していたんだ。それを思うと少しゾッとするけれど、嬉しくないはずかなかった。
「うん。でも、お前も俺以外のパートナーは作らないで」
「それは勿論。あの日からずっと、俺には梨人さんだけですから」
ちゅっと軽いキスをされ、目を見合せて笑い合う。守矢の手でチョーカーを付けてもらい、中心で揺れる宝石に触れた。もう二度とSubになんてなるものかと思っていたはずなのに。
あの夜に囚われていたのは、俺と――
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