胡蝶は揺りかごの中で眠る

玲瓏

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11 sideユリウス

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 扉に微量の魔力を流すと、少しして扉がゆっくりと開かれていく。扉の先には先程と変わりのない様子でリディオ神官長が立っていた。

「お疲れ様でござい、まし、た……?」

 微笑みを携えていた神官長は、言葉尻を詰まらせながら目を見開いた。

「あの、殿下、失礼ながら」
「何だ」
「その瞳は……どうされたのですか」

 相手にどう見えているのかは分からないが、他人から見て変化が分かるということは、左目は生まれた時の青い色ではなくなっているのだろう。左目をそっと片手で覆いながら、小さく溜息を吐く。

「詳しい話は後にしましょう。それよりバースに関して話したいことが」
「お体に障りがないのでしたら、後にしましょう。ですがそちらの紙は泉へ入れないと記録がされないので……」

 神官長はスッと目線をさげ、困惑の色を声に乗せた。目を覆っていた手をおろし、反対の手で握り潰していた羊皮紙に目を遣る。

「知っています。でもその前に神官長と陛下にはその目で先にご確認していただくべきかと」
「っ! 分かりました。すぐ陛下へ連絡しましょう。ユリウス殿下は一旦泉の方へとお戻りください。そして私が再度扉を開けるまでは出てこない方が宜しいかと」

 扉を開けてくれた神官二人に神官長が他言無用だと告げた後、陛下にお越し頂くように魔力を込めた簡易だが緊急だとわかる手紙を作成して神官へと手渡した。
 受け取った神官が慌ただしくその場を去ったのを見届けてから、自分は再び部屋へと踵を返す。泉の前にある台座へと足を向け、クシャクシャになった羊皮紙を伸ばしてから台座へと置き直せば、それは真新しい紙と同様に綺麗になった。
 部屋の中は最初に入ってきた時と何ら変わりなく、既に精霊の姿も気配もなくなっている。その時の話をすべきか否か、自分は迷っていた。前世の話はしない方がいいだろうが、この瞳に関しては隠しようがない。何処まで本当のことを話すべきか。
 暫くそうして考え込んでいると、静かな音を立てて入口の扉が再度開かれた。此方へ歩み寄ってくる神官長の後ろには、あまり会うことの無い父――この国の王であるアウグスト・ウィン・オークリッド陛下が。
 膝をついて胸に手を当て、礼をしながら陛下へと謁見の挨拶をする。堅苦しい挨拶の後直ぐに陛下から立つことを許された自分は、台座の紙を見て頂くように進言した。

「……お前には何かあるだろうとは思っていたが、ここまでとは」

 呆れたような、困ったような溜息とともに陛下はそう零す。陛下は自分のことなどどうでもいいから放っておかれたのだと思っていたために、その言葉には驚きが隠せなかった。しかし、その言葉の意味を聞き返せるほど自分は陛下に強くは出れず、ただ困惑の色を瞳に乗せることしか出来ない。

「陛下、発言をお許し頂けますか」
「言ってみろ」

 羊皮紙を眉根を寄せて睨んていた神官長は、陛下へと顔を向けてそう告げた。

「ランクSSSのアルファが発情期を迎えればどうなるかは陛下もご存知ですよね? 神殿が一番安全ではありますが、ここまでのランクとなると神殿でも抑えきれないでしょう。最前は尽くしますが、万が一をお考えになっておいた方が宜しいかと」

 ぐっと眉根を寄せたまま告げた神官長の瞳は、何処か悲しげだった。甥があと半年か一年程で死ぬかもしれないという事実を憂いてくれているのだろうか。幼い頃から第二の父として慕っていたこともあり、そうであったら嬉しいなと頭の片隅で考えた。

「そうであろうな。して、ユリウスよ」

 顔色を一切変えず、陛下は自分へと目を向ける。自分の瞳よりも薄い青が、しっかりと此方を見据えていた。

「はい、陛下」
「ここで一体何があった」

 ぐ、っと一瞬喉を詰まらせる。詳しいことは分かっていないだろうが、陛下は何かを察しているらしい。瞳のことに関して今現在まで何も触れて来なかったが、陛下はそれを含めて此処で起こったことを包み隠さず話せと言っているのだろう。流石は王と言うべきか。それとも案外しっかりと自分のことを見てくれていた父だからなのか。
 何方にしても、隠すことは難しそうだ。実際ここまで大きなこととなれば、自分一人でどうにかなる問題でもない。

「水の精霊王ヴィオラが現れました。そして、精霊達に祝福と代償を授かりました」
「なっ……!」
「ほう」

 神官長は心底驚いた顔をし、陛下はニヤリと口角を上げた。顔は似ているのに、反応の仕方は全然違うことに少し面白いなと思う。
 前世の話は伏せたまま、精霊たちとのやりとりとそれに伴う左目の詳細について話をした。話が進むにつれ、神官長は顔色を青くし、陛下は考え込むように顎に手を添える。

「ふむ……精霊王が何処までバース性に関与しているかは分からんが、少なくとも魔力を授けているのが精霊である以上今後引き起こされるであろう魔力暴走には関与しているのだろうな」

 面倒な、と呟きながら考え込む陛下には申し訳ないが、自分はこの状況を少しだけ楽しんでいた。陛下が自分のことで悩む日が来るとは、昨日までの自分では到底考えられないことだったのだから。
 羊皮紙に綴られたランクを指でなぞり、考え込む陛下と青ざめたまま口を閉じた神官長へと向き直る。

「あとひとつだけ、お伝えしておきます。神官長は私が死ぬことを覚悟しておけと仰られましたが、多分それは無いかと」
「何故そう言い切れる?」
「詳しいことは言えませんが、精霊王からのお言葉ですので。『あの子を守れ』と」

 前世でまだ少し元気だった頃の彼を思い出し、少しだけ心が暖かくなる。この世界でもまた彼に会えると、他でもない精霊王から告げられたのだ。その日が待ち遠しくて仕方がない。

「あの子?」
「私の、唯一です」
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