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10 sideユリウス
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どれくらいの時間が経ったのかは分からないが、神殿の者たちがこの部屋に誰も入ってきていない事を考えるとそう時間は経っていないのだろう。
いつの間にか横たわっていた体をゆっくりと起こすと、針で刺されるような痛みが頭の中を駆け巡る。
(一旦、整理した方が良さそうだな)
長く息を吐き出してから、今現在の自分のことから振り返ることにした。
名前は『ユリウス・ウィン・オークリッド』。水の精霊王ヴィオラを称える国エルミースの第一王子であり、王位継承権は第二位。隣国アーリスの王女を母に持つ。王位継承権が第二位であるのは、アーリス国がこの国よりも小さい国であり、母は側妃として迎えられたからだ。正妃はこの国の公爵の出であり、現在八歳の王位継承権第一位の王子を産んでいる。
父である陛下とは関わりが殆どなく、会話した記憶は数える程しかない。王位に興味がある訳でもないため、スペアとして育てられることに不満がある訳では無い。けれど王族としての矜恃もあるため口に出したことはないが、父に見向きもされないというのはやはり子供にとっては辛いことだった。それも今ではどうでもいい事になってしまったが。
(だって“俺”には、探さなきゃいけない人がいる。今度こそ守りきらなければ)
精霊の言っていた『祝福』と『代償』。祝福が何かはまだ分かっていないが、代償はすぐに判明した。代償はこの左目だ。目が覚めてすぐに、左目が見えていない――正確に言えば視えている――ことに気付いた。
右目は変わらずその場にあるモノを捉えているのに対して、左目はそのモノ自体は分からないが魔力や魔素の流れを捉えられるようになっている。ある意味それが祝福のように思えるが、精霊という特殊な存在がそんな簡単な話で終わらせるわけが無い。
そして代償はそれだけでは終わらない。今はまだ何も起こっていないが、近いうちに魔力暴走が起こるだろう。それを確認するためにも、痛む頭を押さえながら奥にある台座へと足を伸ばした。
「これはもう確実だろうな」
台座の上に乗っている羊皮紙の、バース性が書かれた欄を見遣る。そこには紛れもなく『α ランクSSS』と記入されていた。過去に二人だけ居たとされる、αのランクSSS。その三人目となってしまったらしい。
バース性のランクは魔力と密接な関係にあり、ランクが高ければ高いほど親和性が高く、高度な魔法を扱えるようになる。しかしそれは一概に良いと言えるものでは無いのだ。αとΩのみに存在している発情を促すフェロモンを発するようになれば、親和性の高いSランク以上のαやΩは魔力暴走を起こしやすくなる。幾ら魔力制御を学習していても、突発的に発生するそれは防ぐことが難しい。大人であるならまだしも、フェロモンを発するようになるのはバース判定を受けてから半年から一年程の子供なのだ。
加えて、それによって被害を被るのは何も本人だけでは無いのである。魔力暴走は体内で収まりきらない魔力を、魔法として勝手に排出する。過去に居たαのランクSSSの二人はその魔力暴走によって幼くして亡くなっているのだ。
そういった魔力暴走を鎮めるための魔道具も存在しているし、魔力相性の良い存在が居れば魔力排出を促してもらうことも出来る。けれど、魔道具に関してはランクが高いαやΩの絶対数が少ないことにより、発展途上と言っていい。ランクSSSの自分が使用すれば間違いなく一瞬で破壊され、意味を成さないだろう。
魔力相性に関してはランクが同程度かそれ以上でなければ、魔力暴走した人の魔力に助力者が呑まれ、最悪死ぬ可能性すらある。唯一そうならない存在というのも居るには居るが、自分にとってそれはまず無理な話である。
「それを分かった上で精霊たちはあの子を守れなんて言うんだから、本当に厄介だよな……」
少しの焦燥と苛立ちを覚え、羊皮紙をぐしゃりと握り潰す。幸いにも自分には魔力や魔素が視えるようになった。それを使って生き延びろという事か。
本当に理不尽極まりないが、前世で幸人として生きていた自分が守れなかった唯一無二が、この世界にも存在することが分かったのだ。精霊王の言葉から察するに、あの子は精霊王の子だと考えて相違ないだろう。そうだとすれば相当特異な存在として生まれているはずで、自分が知る限りではそれらしき人物は居ない。つまりいつか生まれてくるあの子を守れるだけの力を今のうちにつけておけ、と。
死ぬことは許されない。もし魔力暴走で自分が死にかけるような事があればあの精霊王のことだ、何としてでもその死を捻じ曲げに来るだろう。それくらい精霊にとって同種の魂というのは大切なものらしい。あの子がなぜ人の子として生きているのかは不明であるし、何故その相手に自分が選ばれているのかも理解が出来ない。まあ、高位の存在である精霊の考えを理解しようとすることすら烏滸がましいことなのだろうが。
「兎に角まずは陛下と神官長に諸々の許可を貰わないとな」
魔力暴走を出来る限り最小限に押し留めるためにも、神殿に留まる必要がある。神殿には至る所に結界が張ってあるため、バース判定によって魔力暴走が考えられる子供たちは一時的に神殿へと預けられるのだ。安定すれば帰ることが出来るが、自分の場合は叔父と同じように神殿に身を捧げた方が生存率は上がるだろう。
面倒なことになってしまったが、愛しい人のためを思うならば苦ではない。僅かに口角を持ち上げ、くしゃくしゃになった羊皮紙を握り締めたまま扉の方へと足を向けた。
いつの間にか横たわっていた体をゆっくりと起こすと、針で刺されるような痛みが頭の中を駆け巡る。
(一旦、整理した方が良さそうだな)
長く息を吐き出してから、今現在の自分のことから振り返ることにした。
名前は『ユリウス・ウィン・オークリッド』。水の精霊王ヴィオラを称える国エルミースの第一王子であり、王位継承権は第二位。隣国アーリスの王女を母に持つ。王位継承権が第二位であるのは、アーリス国がこの国よりも小さい国であり、母は側妃として迎えられたからだ。正妃はこの国の公爵の出であり、現在八歳の王位継承権第一位の王子を産んでいる。
父である陛下とは関わりが殆どなく、会話した記憶は数える程しかない。王位に興味がある訳でもないため、スペアとして育てられることに不満がある訳では無い。けれど王族としての矜恃もあるため口に出したことはないが、父に見向きもされないというのはやはり子供にとっては辛いことだった。それも今ではどうでもいい事になってしまったが。
(だって“俺”には、探さなきゃいけない人がいる。今度こそ守りきらなければ)
精霊の言っていた『祝福』と『代償』。祝福が何かはまだ分かっていないが、代償はすぐに判明した。代償はこの左目だ。目が覚めてすぐに、左目が見えていない――正確に言えば視えている――ことに気付いた。
右目は変わらずその場にあるモノを捉えているのに対して、左目はそのモノ自体は分からないが魔力や魔素の流れを捉えられるようになっている。ある意味それが祝福のように思えるが、精霊という特殊な存在がそんな簡単な話で終わらせるわけが無い。
そして代償はそれだけでは終わらない。今はまだ何も起こっていないが、近いうちに魔力暴走が起こるだろう。それを確認するためにも、痛む頭を押さえながら奥にある台座へと足を伸ばした。
「これはもう確実だろうな」
台座の上に乗っている羊皮紙の、バース性が書かれた欄を見遣る。そこには紛れもなく『α ランクSSS』と記入されていた。過去に二人だけ居たとされる、αのランクSSS。その三人目となってしまったらしい。
バース性のランクは魔力と密接な関係にあり、ランクが高ければ高いほど親和性が高く、高度な魔法を扱えるようになる。しかしそれは一概に良いと言えるものでは無いのだ。αとΩのみに存在している発情を促すフェロモンを発するようになれば、親和性の高いSランク以上のαやΩは魔力暴走を起こしやすくなる。幾ら魔力制御を学習していても、突発的に発生するそれは防ぐことが難しい。大人であるならまだしも、フェロモンを発するようになるのはバース判定を受けてから半年から一年程の子供なのだ。
加えて、それによって被害を被るのは何も本人だけでは無いのである。魔力暴走は体内で収まりきらない魔力を、魔法として勝手に排出する。過去に居たαのランクSSSの二人はその魔力暴走によって幼くして亡くなっているのだ。
そういった魔力暴走を鎮めるための魔道具も存在しているし、魔力相性の良い存在が居れば魔力排出を促してもらうことも出来る。けれど、魔道具に関してはランクが高いαやΩの絶対数が少ないことにより、発展途上と言っていい。ランクSSSの自分が使用すれば間違いなく一瞬で破壊され、意味を成さないだろう。
魔力相性に関してはランクが同程度かそれ以上でなければ、魔力暴走した人の魔力に助力者が呑まれ、最悪死ぬ可能性すらある。唯一そうならない存在というのも居るには居るが、自分にとってそれはまず無理な話である。
「それを分かった上で精霊たちはあの子を守れなんて言うんだから、本当に厄介だよな……」
少しの焦燥と苛立ちを覚え、羊皮紙をぐしゃりと握り潰す。幸いにも自分には魔力や魔素が視えるようになった。それを使って生き延びろという事か。
本当に理不尽極まりないが、前世で幸人として生きていた自分が守れなかった唯一無二が、この世界にも存在することが分かったのだ。精霊王の言葉から察するに、あの子は精霊王の子だと考えて相違ないだろう。そうだとすれば相当特異な存在として生まれているはずで、自分が知る限りではそれらしき人物は居ない。つまりいつか生まれてくるあの子を守れるだけの力を今のうちにつけておけ、と。
死ぬことは許されない。もし魔力暴走で自分が死にかけるような事があればあの精霊王のことだ、何としてでもその死を捻じ曲げに来るだろう。それくらい精霊にとって同種の魂というのは大切なものらしい。あの子がなぜ人の子として生きているのかは不明であるし、何故その相手に自分が選ばれているのかも理解が出来ない。まあ、高位の存在である精霊の考えを理解しようとすることすら烏滸がましいことなのだろうが。
「兎に角まずは陛下と神官長に諸々の許可を貰わないとな」
魔力暴走を出来る限り最小限に押し留めるためにも、神殿に留まる必要がある。神殿には至る所に結界が張ってあるため、バース判定によって魔力暴走が考えられる子供たちは一時的に神殿へと預けられるのだ。安定すれば帰ることが出来るが、自分の場合は叔父と同じように神殿に身を捧げた方が生存率は上がるだろう。
面倒なことになってしまったが、愛しい人のためを思うならば苦ではない。僅かに口角を持ち上げ、くしゃくしゃになった羊皮紙を握り締めたまま扉の方へと足を向けた。
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