胡蝶は揺りかごの中で眠る

玲瓏

文字の大きさ
上 下
6 / 16

6

しおりを挟む
 心地よい暖かさに包まれながら、甘い匂いに誘われるようにゆっくりと目を覚ました。まだ寝ていたかったけれど、どうしてもその甘い匂いが気になって仕方がないのだ。
 匂いの元を辿るように顔を動かすと、すぐ近くで甘く香ってくることに気付く。良い匂いの元に顔を埋めると、ぎゅっと抱き締められる感覚がした。

「……殿下、そろそろ我が子をお返し頂いても?」

 何処からか父の声が聞こえてくる。『でんか』ってなんの事だろう。ランドルフになってからは知らない言葉が多くて、覚えるのが大変だ。サイカの時も、学校には行ったことがないから他の子達よりも頭は良くなかったけれど。今よりはもう少しひとつひとつの言葉の意味が分かっていた気がする。
 それよりも、今僕を抱えているのは一体誰だろうか。さっきまでアンヘルに抱っこされてたはずなのだけれど、匂いが違う。アンヘルはもっとレモンみたいな匂いがするもの。
 今僕を抱っこしてくれてる人の匂いは知らないはずなのに、懐かしい感じがする。甘くて美味しい砂糖菓子みたいな匂い。ずっと嗅いでいたいけれど、誰なのかも見てみたいと思い顔をあげようとした。でも抱きしめられてるから動けない。

「すみません、急に取り乱してしまい。彼はお返し致します。ですが、後程少しだけお時間を頂けませんか」
「……分かりました」

 僕を抱えていた人は、そっと僕を父に返してくれた。少し離れたため、その顔をじっと見つめる。
 金色の綺麗な髪は長くて、ゆるく三つ編みがされていた。目は……青と、灰色。右と左で目の色が違う人って居るんだね。その目はきらきらしてて、宝石みたいだった。
 僕の家族はみんな綺麗な色をしているけれど、この人は特別な感じがする。例えるなら、絵本の中の王子様みたいな。

「あう、あぶぅ」

 もっと近くで見たくて、もっとあの甘い匂いが欲しくて手を伸ばす。しかしその手は届かない。お父さんの腕の中が嫌な訳では無いけれど、あの人の傍にずっといたいと思ってしまったのだ。それなのにお父さんはその手ごと僕を抱きかかえてしまって、あの人はそのまま遠ざかろうとしていた。
 ――待って、行かないで!

「ぅ、っ……ぅあああ!」

 叫ぶように泣けば、辺りに自分の声が響き渡る。うるさいと言われるかもしれないと頭では分かっていても、悲しくて寂しくて涙が止まらない。
 僕があの時置いていってしまったから? 僕があの時死んでしまわなければ、ずっと一緒に居てくれた?
 また、会えたと思ったのに。

「ランドルフ、どうした。お腹がすいたのか?」

 父はそう言いながら僕を縦に抱え直したため、あの人が視界から消えてしまう。甘い匂いはずっとしているのに、見えないことに不安が募る。

「どうしたの、ランドルフ。母様が抱っこしましょうか?」
「兄様もここに居るよ」

 そういうことでは無いのだ。家族では代わりにならない。僕はあの人がいいの。家族だって大好きだけど、この人だけは何かが違うんだ。僕の中の何かが、離れちゃいけないって叫んでる。
 それを言葉で伝えられない代わりに、体を暴れさせて泣きながら必死に訴えた。

「失礼」
「で、殿下?」

 ひょい、と誰かが父の腕から僕を取り上げた。ふわりと香る甘い匂いがして、縋るように顔を近付ける。
 すると優しく背中を撫でられ、泣いていたのがだんだんと落ち着いてきた。ぷうぷうと鼻を鳴らしながら、近くにあった揺れる金色のひもらしきものを口に入れる。

「あぁ、やっぱり君は……」
「殿下……もしかして、」
「その話は後にしましょう。それよりも先ずはやることがあるのでしょう。私もご一緒させて頂いても?」

 ひもをしっかりと手で掴んで、口の中でもぐもぐと頬張る。反対の手では、僕を抱き締めてくれているその人の服を離されないようにしっかりと掴んだ。

「え、えぇ。ランドルフは殿下から離れたくはないようですので……」
「ありがとうございます。では神官長の元までご案内します」

 甘い甘い砂糖菓子を食べた時みたいに、幸せに包まれる。まだ少し流れる涙にしゃくりあげながらも、どこよりも安心できる場所を見つけたことで再び眠りに落ちるのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

捨てられオメガの幸せは

ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。 幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

暑がりになったのはお前のせいかっ

わさび
BL
ただのβである僕は最近身体の調子が悪い なんでだろう? そんな僕の隣には今日も光り輝くαの幼馴染、空がいた

俺の幼馴染はストーカー

凪玖海くみ
BL
佐々木昴と鳴海律は、幼い頃からの付き合いである幼馴染。 それは高校生となった今でも律は昴のそばにいることを当たり前のように思っているが、その「距離の近さ」に昴は少しだけ戸惑いを覚えていた。 そんなある日、律の“本音”に触れた昴は、彼との関係を見つめ直さざるを得なくなる。 幼馴染として築き上げた関係は、やがて新たな形へと変わり始め――。 友情と独占欲、戸惑いと気づきの間で揺れる二人の青春ストーリー。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

処理中です...