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「サイカ」
優しい声で名前を呼ばれ、自分で動かすことが出来なくなった手をぎゅっと握りしめられる。重たい眼を動かして名前を呼んでくれた人へ目を向けると、その人はとても辛そうだった。
大丈夫だよ、って言ってあげたいのに。透明なマスクをつけられた口から零れるのは、ひゅうひゅうというか細い吐息だけ。それでも懸命に口を動かしてみる。僕は大丈夫、って。伝わったかは分からないけれど、手を握ってくれたその人はボロボロと涙を流しながら笑ってくれた。
「……大好きだよ、彩霞」
どんどん重たくなる瞼に抗えず、目を閉じる。僕も大好きだよって心の中で返事をして、手に伝わる温もりを感じながら僕はゆっくりと眠りについたのだった。
◇◆◇
「ランドルフ、今日は母様と少し散歩をしましょうね」
ゆらゆらと体を揺らされ、眠気を誘われる。散歩するなら眠くなることをしないでほしい。そんなことを思っても、この人には伝わらないのだけれど。
「あぅ、うー」
眠気を振り払うようにぱたぱたと手足を動かす。
「あらあら、今日はご機嫌ね?」
クスクスと笑う声を聞きながら、なんとか頭を働かせる。そもそもここは何処なのか、と。視界はぼやけて何も分からないけれど、すぐ近くから聞こえてくる声からして僕を抱き上げ揺らしているのはお母さん。でも、僕の知っているお母さんはこんな声じゃない。
それ以外にも、お父さんだと言う人とお兄さんだという人が僕を抱き上げてきたことがある。他にも『うば』って人や、『じじゅー』って人もいた。みんな口を揃えて僕のことを『ランドルフ』だと言う。僕の名前は『サイカ』のはずなのに。何度も言われるからさすがにおかしいなと思い沢山考えて、多分これじゃないかなって答えを出した。
僕は生まれ変わったんだ、って。サイカとして生きていた時に、絵本で読んだことがある。人はみんな、死んだらまた新しいものに生まれ変わるらしい。だから僕も、多分そうなんじゃないかなって。
だって僕の体、サイカとして生きていた時よりも小さく感じるんだもの。それに僕の――サイカのお母さんは僕が五歳の時に死んじゃったんだって、知ってるから。
「ふ、うえぇ……」
「あぁ、どうしましょう! ランドルフが泣いているわ! メリー、メリー! どうしましょう……!」
「落ち着いてください、奥様。ランドルフ様が今まで泣くことが殆ど無かったことは存じていますが、そもそも赤子が泣くのは正常なことですよ」
「そ、そうよね。でも、どうして急に……」
お母さんの事を考えると、途端に悲しくなって大声で泣き出す。僕を抱き上げていた人から別の人の腕へと抱き上げられるが、涙は一向に止まらない。
お母さん、お母さん。どこにいるの。僕はここだよ。死んじゃったら、みんな天国に一度は行くんだよって言っていたのに。お母さんに会えないまま、僕は違う人になっちゃった。ねえ、お母さんもどこかに居る? 探せば会えるかな。それに、僕の大好きなあの人も。またねって、お別れ言えなかったからもう会いには来てくれないのかな。
「理由は分かりませんが、念の為医者に診てもらいましょう。悪いことでは無いと思いますので、ご安心ください」
止まらない涙を拭われながら、背中をぽんぽんと優しく叩かれる。心地良いそれに、次第に眠気が再びやってきた。それに抗わず暖かい腕に体を預ける。頭上でずっと会話が交わされているけれど、難しい言葉ばかりだし眠気も相まって右から左へと流れていった。
微睡む思考の中で、サイカとして最後に聞いた大好きな人の声を思い出しながら、僕はまた眠りにつく。
優しい声で名前を呼ばれ、自分で動かすことが出来なくなった手をぎゅっと握りしめられる。重たい眼を動かして名前を呼んでくれた人へ目を向けると、その人はとても辛そうだった。
大丈夫だよ、って言ってあげたいのに。透明なマスクをつけられた口から零れるのは、ひゅうひゅうというか細い吐息だけ。それでも懸命に口を動かしてみる。僕は大丈夫、って。伝わったかは分からないけれど、手を握ってくれたその人はボロボロと涙を流しながら笑ってくれた。
「……大好きだよ、彩霞」
どんどん重たくなる瞼に抗えず、目を閉じる。僕も大好きだよって心の中で返事をして、手に伝わる温もりを感じながら僕はゆっくりと眠りについたのだった。
◇◆◇
「ランドルフ、今日は母様と少し散歩をしましょうね」
ゆらゆらと体を揺らされ、眠気を誘われる。散歩するなら眠くなることをしないでほしい。そんなことを思っても、この人には伝わらないのだけれど。
「あぅ、うー」
眠気を振り払うようにぱたぱたと手足を動かす。
「あらあら、今日はご機嫌ね?」
クスクスと笑う声を聞きながら、なんとか頭を働かせる。そもそもここは何処なのか、と。視界はぼやけて何も分からないけれど、すぐ近くから聞こえてくる声からして僕を抱き上げ揺らしているのはお母さん。でも、僕の知っているお母さんはこんな声じゃない。
それ以外にも、お父さんだと言う人とお兄さんだという人が僕を抱き上げてきたことがある。他にも『うば』って人や、『じじゅー』って人もいた。みんな口を揃えて僕のことを『ランドルフ』だと言う。僕の名前は『サイカ』のはずなのに。何度も言われるからさすがにおかしいなと思い沢山考えて、多分これじゃないかなって答えを出した。
僕は生まれ変わったんだ、って。サイカとして生きていた時に、絵本で読んだことがある。人はみんな、死んだらまた新しいものに生まれ変わるらしい。だから僕も、多分そうなんじゃないかなって。
だって僕の体、サイカとして生きていた時よりも小さく感じるんだもの。それに僕の――サイカのお母さんは僕が五歳の時に死んじゃったんだって、知ってるから。
「ふ、うえぇ……」
「あぁ、どうしましょう! ランドルフが泣いているわ! メリー、メリー! どうしましょう……!」
「落ち着いてください、奥様。ランドルフ様が今まで泣くことが殆ど無かったことは存じていますが、そもそも赤子が泣くのは正常なことですよ」
「そ、そうよね。でも、どうして急に……」
お母さんの事を考えると、途端に悲しくなって大声で泣き出す。僕を抱き上げていた人から別の人の腕へと抱き上げられるが、涙は一向に止まらない。
お母さん、お母さん。どこにいるの。僕はここだよ。死んじゃったら、みんな天国に一度は行くんだよって言っていたのに。お母さんに会えないまま、僕は違う人になっちゃった。ねえ、お母さんもどこかに居る? 探せば会えるかな。それに、僕の大好きなあの人も。またねって、お別れ言えなかったからもう会いには来てくれないのかな。
「理由は分かりませんが、念の為医者に診てもらいましょう。悪いことでは無いと思いますので、ご安心ください」
止まらない涙を拭われながら、背中をぽんぽんと優しく叩かれる。心地良いそれに、次第に眠気が再びやってきた。それに抗わず暖かい腕に体を預ける。頭上でずっと会話が交わされているけれど、難しい言葉ばかりだし眠気も相まって右から左へと流れていった。
微睡む思考の中で、サイカとして最後に聞いた大好きな人の声を思い出しながら、僕はまた眠りにつく。
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