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4、疑惑の微笑み
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朝食の紅茶を飲みながら、マリアは昨晩見つけた拙い絵を思い出していた。
近い内に嫁に出される未来の自分をぼんやりと思い浮かべながら、自分の部屋を片付けていると、クローゼットの奥に子供の頃に色々なガラクタや宝物を入れていたクッキーの箱を発見した。
「あの子も、エドワードって名前だったんだ……」
その中に幼い頃の自分と夏の休暇中に出会った少年を描いた絵が入っていて、慣れない筆記体で少年の名前が記されていた。
少年の顔も名前も長い間忘れてしまっていたのに、自分の描いた絵を見つけて、少年との約束や思い出が、断片的に、けれど鮮明に思い出された。
「マリア、大きくなったら僕と結婚しようね」
「うん、結婚する!」
オリーブ色の瞳の少年と子供同士の他愛もない約束をしたのは、マリアが八つか九つの時だった。
(何となく昨日会ったエドワードさんに似てる気がするけど、まさかね……そうだったらいいけど、どう考えても別人に決まってる。それに私は結婚するんだし……)
いつも家族の前で少しぎこちない微笑を絶やさない姉が、ぼーっと物思いに耽っているのを妹のキアラはチラッと見やるけれど、マリアは気付いていなかった。
アリシアが美男だと言っていたけれど、きっと昨日会ったエドワード程では無いだろう。
ベルンハルト伯爵は時間きっちりにやって来た。
先に父達が会い、その後でマリアが応接室に呼ばれる。
部屋に入るなり、すぐに礼をした。
「初めまして、ベルンハルト伯爵。本日はお運び頂き恐縮に存じます」
「こんにちは、マリア嬢。やっとお目に掛かれました」
嘘か本当か、いつぞやのパーティーでマリアを見初めたと言う伯爵は嬉しそうに微笑むと、マリアの手の甲に口付けた。
周りはその様子を見守っていたが、元々、心臓が暴れそうな程に緊張していたマリアはその声に、思わず伯爵を穴が空く程見つめてしまいそうになる。
(この人の声、昨日の森の男性と同じ……? それに微かに見えたハニーブロンドも同じ……)
その面は確かに整っていて、マリアも目を見張るものがあったけれど、それ所ではない。
気になって義母の方を見ると、微笑を湛えたまま父に寄り添っている。
マリアのそんな様子をどう捉えたのか分からないが、ベルンハルト伯爵はマリアの父に二人で庭を散歩して来ても良いか聞くと、マリアの手を取った。
「マリア嬢、私の求婚を受けて下さりどうもありがとうございます」
「いえ、私などにはもったいないお話で御座います……」
もっと気の利いた事を述べるべきなんだろうけれど、マリアは慣れない状況と伯爵に対する猜疑心で、とてもじゃないが冷静ではいられない。
今こうして自分が歩いていられるのですら、信じられない。
「貴女の様なお美しい方と結婚出来るなんて、私は幸せ者です」
照れたような笑顔でマリアを見つめる伯爵は、女性に不慣れな印象すら与える。
(やっぱり昨日のは伯爵では無いのかしら……)
庭の花を見たりしながら二十分程歩いた後は、庭の見えるバルコニーでお茶をした。
その時に小ぶりのテーブルの向かい側に座る伯爵がマリアの右手を握って来た。
両手は常にテーブルの上に置いておかなければならなかったので、どうその手を振りほどいて良いかも分からないし、使用人達は動揺するマリアを微笑ましく見届けるだけで、助けてはくれなかった。
しんどかったお茶の時間が終わり、やっと伯爵が帰る段になって、父がとんでも無いことを言った。
「では、来週の結婚式でまた」
思わず声を上げそうになる。
今日初めて会って、翌週にはもう結婚するなんて、聞いたことがない。
自分達は婚約すらしていないのに。
しかし、伯爵は当然の事のように「はい、マリア嬢の美しい花嫁姿を見られるのを楽しみにしています」と言うと、馬車に乗って帰って行った。
マリアはあまりのショックに呆然としてしまう。
(私には優しくて紳士的な方だったけれど、もし、御母様の不倫相手だったら大変な事だし、今日会って来週結婚するなんて、そんなの無理──!)
父親が自分に話すより遥か以前からこの結婚が計画されていた事に、今さら思い当たる。
「伯爵は、急いで結婚しなくてはならない理由があるのですか?」
マリアは極力自分の感情が滲まない様に気を配りながら父親に尋ねた。
「いや、その様な事は仰って居なかったが、あんなに魅力的な伯爵様の事だ、待っていたら我が家より格上の他の家のお嬢さんに取られてしまうよ。善は急げだ」
「そう、ですか……」
父は自分の妻の不貞の相手が娘と結婚しようとしているのを知っているのだろうか……
チラッと見た父の顔からは何も読み取れなかった。
近い内に嫁に出される未来の自分をぼんやりと思い浮かべながら、自分の部屋を片付けていると、クローゼットの奥に子供の頃に色々なガラクタや宝物を入れていたクッキーの箱を発見した。
「あの子も、エドワードって名前だったんだ……」
その中に幼い頃の自分と夏の休暇中に出会った少年を描いた絵が入っていて、慣れない筆記体で少年の名前が記されていた。
少年の顔も名前も長い間忘れてしまっていたのに、自分の描いた絵を見つけて、少年との約束や思い出が、断片的に、けれど鮮明に思い出された。
「マリア、大きくなったら僕と結婚しようね」
「うん、結婚する!」
オリーブ色の瞳の少年と子供同士の他愛もない約束をしたのは、マリアが八つか九つの時だった。
(何となく昨日会ったエドワードさんに似てる気がするけど、まさかね……そうだったらいいけど、どう考えても別人に決まってる。それに私は結婚するんだし……)
いつも家族の前で少しぎこちない微笑を絶やさない姉が、ぼーっと物思いに耽っているのを妹のキアラはチラッと見やるけれど、マリアは気付いていなかった。
アリシアが美男だと言っていたけれど、きっと昨日会ったエドワード程では無いだろう。
ベルンハルト伯爵は時間きっちりにやって来た。
先に父達が会い、その後でマリアが応接室に呼ばれる。
部屋に入るなり、すぐに礼をした。
「初めまして、ベルンハルト伯爵。本日はお運び頂き恐縮に存じます」
「こんにちは、マリア嬢。やっとお目に掛かれました」
嘘か本当か、いつぞやのパーティーでマリアを見初めたと言う伯爵は嬉しそうに微笑むと、マリアの手の甲に口付けた。
周りはその様子を見守っていたが、元々、心臓が暴れそうな程に緊張していたマリアはその声に、思わず伯爵を穴が空く程見つめてしまいそうになる。
(この人の声、昨日の森の男性と同じ……? それに微かに見えたハニーブロンドも同じ……)
その面は確かに整っていて、マリアも目を見張るものがあったけれど、それ所ではない。
気になって義母の方を見ると、微笑を湛えたまま父に寄り添っている。
マリアのそんな様子をどう捉えたのか分からないが、ベルンハルト伯爵はマリアの父に二人で庭を散歩して来ても良いか聞くと、マリアの手を取った。
「マリア嬢、私の求婚を受けて下さりどうもありがとうございます」
「いえ、私などにはもったいないお話で御座います……」
もっと気の利いた事を述べるべきなんだろうけれど、マリアは慣れない状況と伯爵に対する猜疑心で、とてもじゃないが冷静ではいられない。
今こうして自分が歩いていられるのですら、信じられない。
「貴女の様なお美しい方と結婚出来るなんて、私は幸せ者です」
照れたような笑顔でマリアを見つめる伯爵は、女性に不慣れな印象すら与える。
(やっぱり昨日のは伯爵では無いのかしら……)
庭の花を見たりしながら二十分程歩いた後は、庭の見えるバルコニーでお茶をした。
その時に小ぶりのテーブルの向かい側に座る伯爵がマリアの右手を握って来た。
両手は常にテーブルの上に置いておかなければならなかったので、どうその手を振りほどいて良いかも分からないし、使用人達は動揺するマリアを微笑ましく見届けるだけで、助けてはくれなかった。
しんどかったお茶の時間が終わり、やっと伯爵が帰る段になって、父がとんでも無いことを言った。
「では、来週の結婚式でまた」
思わず声を上げそうになる。
今日初めて会って、翌週にはもう結婚するなんて、聞いたことがない。
自分達は婚約すらしていないのに。
しかし、伯爵は当然の事のように「はい、マリア嬢の美しい花嫁姿を見られるのを楽しみにしています」と言うと、馬車に乗って帰って行った。
マリアはあまりのショックに呆然としてしまう。
(私には優しくて紳士的な方だったけれど、もし、御母様の不倫相手だったら大変な事だし、今日会って来週結婚するなんて、そんなの無理──!)
父親が自分に話すより遥か以前からこの結婚が計画されていた事に、今さら思い当たる。
「伯爵は、急いで結婚しなくてはならない理由があるのですか?」
マリアは極力自分の感情が滲まない様に気を配りながら父親に尋ねた。
「いや、その様な事は仰って居なかったが、あんなに魅力的な伯爵様の事だ、待っていたら我が家より格上の他の家のお嬢さんに取られてしまうよ。善は急げだ」
「そう、ですか……」
父は自分の妻の不貞の相手が娘と結婚しようとしているのを知っているのだろうか……
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